片思いと卒業
木葉先輩の片思い相手が、テニス部のエースから第二ボタンを大事そうに受け取るところを見てしまった。卒業式の日に告白するって言ってた先輩、ちゃんとできたのかな。できてたら、いいな。「叶わねーもん」って笑ってたの、たぶん、そのとおりなんだろうけど。先輩の気持ちが、ちゃんと伝わってたら、いいな。
肌寒い渡り廊下を抜けて、バレー部員が集まっている体育館へと向かっていたら、体育館脇の桜の木の下に、珍しくひとりで、そのひとはいた。上履きのままなの、怒られても知らないよ。
「アキちゃん先輩〜!」
努めて明るく呼びかけたら、くるりとこちらを見た彼が苦笑した。
「だーから、その呼び方やめろ」
「かわいい後輩がボタンを貰いに来ましたよ!」
「聞け!」
卒業証書の入った筒で、頭をぐりぐりと押さえつけられる。「縮む、縮む!」と抗議すれば、「おお、縮め縮め」なんて、楽しそうに笑うのは酷い。
乱れた髪を直すあたしに、彼はひとしきり笑うと、少しだけ上を向いた。
「……まだ咲かねえなあ」
「桜?」
「そ。お前覚えてるか?入学式の時、満開だったろ」
先輩が、ボタンに手をかける。……あ。上から、二番目。第二ボタン。いいのかな、あたしがもらって。
「覚えてますよ。先輩、花びら追ってずっこけてた」
「それは忘れてろよ!」
目くじらを立てて突っ込んでから、先輩は再びボタンを指でつまんで、ぐっと引っ張った。意外に力がいるらしい。
「懐かしいな、あれから二年かあ」
「……あっという間だった」
「……ああ、そうだな。……お」
少しだけ跳ねた声と同時に、ぷつん。糸の千切れる、小さな音。
「ほら、取れたぞ。手出せ、手」
言われるままに差し出せば、思ったよりも丁寧にそれは転がされた。
「どうせなら大事にしてくれよ」
「……」
「おーい、どうした」
……先輩の、第二ボタン。
ゆっくりと噛み締めて、ああそうか、本当に卒業なんだ、これでお別れなんだと、実感がわく。掌の上のボタンが滲んだ。
来年はもう、一緒に桜、見れないんだ。廊下ですれ違うこともないんだ。購買のパンやジュースを奢ってもらうことも。テスト勉強に付き合ってもらうことも。運動場で小さい子みたいにはしゃぐ先輩の姿を見ることも、試合で活躍する姿を見ることも、もう。
堪らず掌を握りしめて俯いた。肩が震える。先輩が、わかりやすく動揺した。
その直後、体育館の入り口から木兎先輩がひょっこりと姿を見せて、「ぎゃ!?」と大声を出した。
「木葉が後輩泣かしてる!木葉のせいで後輩ちゃん泣いちゃってる!!」
「うるせえ木兎ォ!つうか俺のせいじゃねえ、お前も否定しろ!」
「やだ……」
「なんで!?」
嫌だよ、だって、先輩のせいだもん。
狼狽える彼に笑い声が零れる。先輩は安堵しつつも、何笑ってんだ、とちょっとだけ怒ったように告げた。その袖を、あたしは知らず知らず掴んでいた。
「……で」
「は?何……」
「……卒業なんかしないで、木葉先輩」
ああ、そっか。あたし、先輩のこと、好きだったんだなあ。きっとずっと、特別な意味で、大好きだった。
先輩は何も言わなかったけれど、大きくて温かい掌で、あたしの頭を優しくなぞってくれた。