王は答えを求めない
「どうして」
裏庭を通りがかった時に偶然聞こえたのは、セナの非難めいた声だった。わたしは思わず足を止め、建物の陰で息を殺す。
セナに問いかけられた人物は、彼とは裏腹の穏やかな声で「なんのこと」と返す。その反応が予想外だったのか、セナは僅かに狼狽えたようで、「何のことって」と紡ぎ出す言葉は珍しく不安定に揺れていた。
「あんたが決めたことに、俺が口出すつもりはないけどさあ」
そこで一度言葉を区切った彼は、つい先日の出来事を思い出しているに違いない。わたしがれおくんに告白した日のこと。そして振られてしまった日のこと。
「だってあんた、本当は、あいつのこと」
「セナ」
それ以上は言うなと、王様の命令のような鋭さで彼の声が響いた。一際大きな風が吹き抜ける。彼の周囲でいくつもの音符で彩られた五線譜が躍る。
「いつだって何だって、答えが分かれば面白くない。つまらない。知らないままだと妄想が広がって、そこから音楽が生まれる。約束事みたいなちっぽけな言葉や感情で、無限の可能性を『おしまい』にしてしまうのは惜しいだろ。おれはまだ、知らないままでいたいんだ。だから、答えはいらない」
それは月永レオという男がわたしを振るのにひどく納得のいく理由で、すとんと胸の中におちた。同時に、告げたことをひどく後悔した。わたしはやっぱり、言うべきじゃなかったのだ。彼を本当に想っているのなら。彼の創る世界を壊してしまわないように、この感情には蓋をして、今まで通りに接するべきだった。
謝罪の言葉を述べたところで、なかったことにしようと笑いかけたところで、もう元の関係には戻れないと分かるくらいには、大人になれていて、彼のことも理解できていたらしい。過ちを心の中だけで嘆いて、わたしはその場を立ち去った。だから。
「……答えはいらない、か」
だから、わたしは知らない。
立ち去った後、セナが目にした楽譜の数々。そこに紡がれていた、ひどく切なく哀しくて、遣る瀬無さの感じる音楽たちを。
2017