教育係の変更を希望します!
関西殺仁学院を卒業後、とある殺し屋会社に就職し二年程経ったころ。学院時代の先輩から「うちに来ぉへん?」と話を持ちかけられた。金髪で目つきが悪くて、いかにもな雰囲気の先輩だったけど、わたしはその先輩のことが割と好きで懐いていた。お昼はしょっちゅう奢ってくれたし、面倒見もよかったし。だから、何の報告もなく中退をされた時は正直裏切られた気分になって、数年後の唐突な誘いの連絡には(今さらどの面さげて)と思ったりもしたけれど。今働いているところよりも待遇がよかったこと、何よりまた彼と一緒に任務ができることが嬉しくて、結局その誘いに乗ることにした。
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「神々廻先輩、久しぶりやんな〜!」
配属先は、殺連の特務部隊ORDER。顔合わせの後、わたしは早速、神々廻先輩に突撃した。彼は「寄んな」と渋い顔をしたけれど、その表情が学院時代と全く同じだったから笑ってしまう。昔と違うことといえば、その顎元に傷痕があるくらい。男前になったやん、と揶揄おうかと思ったけれど、こんな仕事だし、深い事情や思い出したくない過去がある可能性を考えて口を噤んだ。
「俺から声かけといてあれやけど、ほんまに大丈夫かいな」
「心配せんでも、学生時代から優秀やったやん。それに神々廻先輩が教育係なってくれるんやろ」
「あー……、いや」
新人の内は教育係が一緒に任務に当たると説明をされている。当然のように神々廻先輩が教育係になると思っていたわたしは、彼の歯切れの悪さに首を傾げた。直後。
「神々廻さん、行こ……」
ベールを被った背の高い女性が、神々廻先輩の腕を引っ張る。たしか、大佛さん。年はわたしよりいくつか下のはずだけど、ORDERに入ったのは彼女が先だから先輩ということになる。というか、ちょっと待って。
「神々廻先輩、わたしの教育係……」
「二人もは面倒見れへん」
「エ」
待て待て待ってや、一緒に任務できる言うたやん。あれ、嘘やったん。
固まったまま、ぱくぱくと口を動かしていたら、ぽん、と肩に手を置かれた。振り返ると、背が高くてやたら顔の良い男のひと。たしか、
「はじめまして〜。南雲です」
そう、南雲さん。南雲さんは、殺し屋にふさわしくないほどの満面の笑みで、「君の教育係、僕だから。よろしくね〜」と言った。
神々廻先輩と対照的なひとだな、というのが第一印象だった。
「なんや胡散くさい……」
思わず零した言葉に南雲さんは僅かにひくついて、神々廻先輩は笑いを堪えていた。
そういう態度が、よくなかったのかもしれない(というか、絶対にそう)。
南雲さんは現場に到着するや否や、「実践あるのみだよね〜」と笑顔のままわたしを突き飛ばした。
「は?」
ビルの吹き抜けからぐんぐん落下し、数秒後には敵陣のど真ん中。周りはもちろん
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一週間後、殺連本部にて。
「教育係変えてください!お願い、変えてえや……!」
人事課の窓口で、わたしは必死に頭を下げていた。通りがかった社員たちが、何事だと訝しげにこちらを見るが、気にしていられない。
「そうはいっても人材の配置はORDER様に任せているので」
「そこをなんとか……!」
両手を合わせ、拝むように頼み込んでいると、「南雲、何したんだ」と呆れたような声が聞こえた。振り返れば、豹さんと南雲さんが並んで歩いている。南雲さんはブラックコーヒーをぐいと呷って、「別に〜?経験あるんだから、あれくらいできるでしょ」と笑顔のままで言う。その言葉が嫌味ったらしく聞こえてしまうのは、わたしが捻くれているからだろうか。
「自分は離れたとこで見とるだけ、サボり魔やないですか」
「本当にやばそうな時はちゃんと助けに入ってるでしょ。二日前の任務とか」
「グ……ッ」
ずばり指摘され、わたしは口籠る。彼の言う通り、これ以上は本気でまずい、と思う時には、南雲さんはいつもふらりと現れて敵を倒してくれている。新人が成長できるように任務を任せていると言えなくもなくて、いやでも、文句があるのは実践任務だけではない。例えば書類仕事ひとつにしても、南雲さんは馬鹿みたいな量を渡してくる。それも、定時であがろうとしたタイミングで。「僕忙しいから、代わりにやって〜」とか言って。きっと忙しいというのは嘘ではないのだろうけど、にしたって、事前に言っておいてほしいとか、頼み方ってものがあるだろう、とか。
「ほら、追加で任務もらったから早く行くよ〜」
「いややぁ……っ、別の人がええ……!」
首根っこを掴まれ、ずるずると引き摺られる。助けを求めるように豹さんに手を伸ばしたけれど、彼はこちらを一瞥して、「気ぃつけろよ」と見送るだけだった。この裏切り者!と、理不尽な発言が喉奥から飛び出しそうだった。
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南雲さんと行動を共にするようになって一ヶ月。彼から押し付けられる任務にだいぶ慣れてきたころ、同性メンバーの大佛さんとは「大佛ちゃん」「名前さん」と呼び合うくらいの仲になっていた。大佛ちゃんは「自分が年下だからさん≠ヘいらない」と言ってくれて、それに甘えてこの呼称になった。
連絡先も交換して、大佛ちゃんはよくメッセージを送ってくれる。内容は、『早上がりできそうなら一緒に夜ご飯食べに行きたい』というお誘いだったり、『神々廻さんにお昼奢ってもらった』という報告だったり。
その日も、大佛ちゃんは『夜ごはん』とわたしにメッセージを送ってきた。大きなハンバーグが映った写真の端には黒いスーツと長い金髪が映り込んでいて、神々廻先輩に奢ってもらったのか、と羨ましく思う。
廃墟ビルの中。死体を確認して依頼書の写真にチェックをつけながら、同じように後処理中の南雲さんに「大佛ちゃん、神々廻先輩に美味しいご飯屋連れてってもろてるみたいです」と、大きな声で言ってみた。「ふーん?」と返した南雲さんは、ややあって、「僕らも行く?」と提案する。
「行く!」
珍しい誘いに勢いよく返事をし、どんなお店に連れて行ってもらえるんだろうとわくわくしていたけれど。南雲さんが選んだお店は色気のない中華料理店で、いや、餃子もラーメンも美味しかったのでそれ自体には文句はないのだけど、
「……わたしが運転やし!しかも支払いわたし持ちやん……!」
帰りの車の中、助手席に南雲さんを乗せた状態でわたしは怒りの叫びをあげる。昔ながらのそのお店は現金払いしか対応していなくて、すっかりお皿を空にしたあとに「僕、現金持ってないや」と零した南雲さんの分までなぜかわたしが払う羽目になった。彼はいつもの人当たりの良い顔で「ごめんね〜、気づかなくて」と謝ったけれど、たぶん、絶対、嘘。
陽が落ちた街の中、車を走らせる。南雲さんはこのまま直帰すると言ったので、ひとまず彼を送り届けてから会社に戻ることにした。
南雲さんの案内通りに運転して、到着したマンションは思ったより普通だった。並んだベランダから察するに、部屋も馬鹿みたいに広くはなさそう。
「もっとキラキラしたとこに住んどるもんやと思ってました」
思わず零してしまったわたしに、南雲さんは「何それ」と笑う。
「なんか、やたら高層で、入り口がガラス張りで、よう分からん木がいっぱい植わっとって、高級車がめちゃくちゃ並んどるマンション、あるやないですか」
ほんで女連れこんでる、と続けようとして、さすがに口を閉ざした。
「苗字、僕に対してどんなイメージ持ってるの」
南雲さんが車を降りる。「お疲れ様でしたー」とやる気のない適当な挨拶で締めくくろうとしたら、扉を閉める直前、彼は思い出したように「あ。家の場所、秘密にしててね」と車の中を覗き込んだ。意図を掴めず、返事が遅れる。南雲さんは口元に笑みをたたえたまま、
「教えたの、苗字がはじめてだから」
「……いや。そんな特別扱いされても、今日払わされた恨みは忘れへんですよ」
「……駄目かぁ」
駄目に決まっとるやろ、逆になんでいけると思ったん。
顰めっ面のわたしに、南雲さんは「明日も頑張ろうね〜」と手を振る。その背中が自動ドアの向こうへ消えるのを確認してから、ゆっくりと車を発進させた。
それからも。南雲さんは任務のほとんどをわたし任せにするので、わたしはORDERの集まりがある度に「豹さん、教育係変わってくれません?」と持ちかける。「まだ言ってんのか」と呆れる彼の返答はやっぱり「変わらねぇよ」で、「じゃあ篁さん……」と、俯いて何やらぶつぶつと繰り返しているおじいちゃんに近寄ろうとして、「それはやめとけ」と割と真剣に止められる。
じゃあ神々廻先輩、とは言えなかった。一度彼に頼み込んだ時、大佛ちゃんが、わたしの服の裾を引っ張りながら「神々廻さんは駄目……」と僅かに拗ねたような顔をしたから。「……南雲さんと交換、駄目?」「絶対いや」「力強すぎる」嫌われとるやん、南雲さん。思わず吹き出しそうになったことを、よく覚えている。
「信用されてると思え」
と、豹さんは言った。任せられるだけの実力があると、自信を持てばいい、と。
「……面倒くさいだけとちゃいます?」
そう言いながらも、南雲さんが何も考えていないわけではないことくらい、だいぶ分かっていた。だって、(あれ、これホンマにやばい)と思った時にはすぐに助けに入ってくれる。「甘いな〜」って言いながら、先輩らしく庇ってくれる。
「まあ、あと一ヶ月もしたら単独任務も増えるだろ。それまで頑張れよ」
「はぁい」
気の抜けた返事にも、豹さんは怒りはしなかった。
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――体が痛い。視界はコンクリートの瓦礫だらけ。硝煙の匂いがしていて、咳き込むと血の味がした。瞬きを数回、目線だけで状況を確認する。やば、脚、挟まっとるやん。動けへん。
どこかにぶつけたのか、ずきずきと痛む頭をフル回転させて思い出す。そうだ、今日も南雲さんと任務で、いつもどおり終わらせられると油断していたら、想定外の敵が来て。何人かは南雲さんを襲っていたけれど、まあたぶん、彼なら大丈夫なんだろう。わたしだけ、情けない。
唇を噛んでいたら、視界を覆っていた瓦礫がどかされた。ぱら、と砂埃が落ちてくる。差し込んだ自然光が眩しくて目を細める。
それから、
「苗字!」
と、声がした。
こちらを覗き込んだ南雲さんは明らかに焦った表情をしていて、このひとこんな顔もするんだ、と妙に感心した。
「すみません……」
鉄の味がこびりつくカラカラの喉で振り絞ると、南雲さんは黙ったままわたしを引っ張り上げて、文句を言うことも揶揄うこともなく背負ってくれた。いつもみたいに、「甘いな〜」と笑ってくれたらいいのに、と、回した腕に少しだけ力が入った。
・
その後わたしは、殺連と連携している病院で検査を受けることになった。「捻っただけ、絶対大丈夫」という言葉は聞き入れてもらえなかった。真っ白なベッドと真っ白な天井、薬品の匂い。気が滅入りそうで、どうやって抜け出してやろうかと画策していたら、ガラガラと音を立てて引き戸が開いた。
「苗字ー、なんや怪我したらしいやん」
「名前さん、大丈夫…?」
「神々廻先輩、大佛ちゃん」
忙しいだろうに、わざわざ見舞いに来てくれたらしい。メロンやリンゴまで持ってきてくれている。
わたしは包帯をぐるぐるに巻かれた右脚をぶらつかせながら、「捻っただけやねん。周りが大袈裟」と肩を竦める。
「いや折れとるやろ、完全に」
「……こんなん捻ったみたいなもんや」
神々廻先輩は呆れたように息を吐いて、大佛ちゃんがわたしの脚をぽんぽんと叩いた。痛……くはない、けど。神々廻先輩が「大佛、やめぇ」と注意する。
大佛ちゃんは近くに置かれていた木造りの椅子に行儀良く腰をかける。隣の神々廻さんは、なぜか背もたれ側から足を伸ばすように座って、もう
それから、少し間を置いて。神々廻先輩は珍しく真剣な顔をしたと思ったら、「教育係のこと、ほんまにええん?」と切り出した。わたしは首を傾げる。
「教育係がどないしたん」
「嘘やん、聞いてへんのかい。回復したら南雲から変更になんで」
告げられた言葉を脳内で反芻させて、その意味を理解して。わたしは、「は、何で」と、神々廻先輩に掴みかかりそうになった。
落ち着きや、とわたしを宥めた彼が説明を続けてくれる。
どうやら進言したのは南雲さんで、理由は「判断ミスで怪我をさせたから」。そんなん、わたしが弱かっただけやのに。納得がいかなくて、
「……南雲さん、今どこおるん」
絞り出すように問いかけたら、二人は不思議そうに顔を見合わせた。
「さっき廊下ですれ違ったで。せやから教育係の件伝えに来たもんやと……、そもそも会ってへんかったん」
「は!?なんやそれ、まったく知らんのやけど!」
来とったんなら顔くらい出せや、気まずさとか感じるタイプと違うやろ!
怒りに任せて立ち上がると、神々廻先輩はぎょっとした。
「おいこら怪我人、どこ行くねん」
「南雲さんとこに決まっとるやろ」
ふんす、と鼻を鳴らし、片足立ちで歩みを進める。大佛ちゃんが立ち上がるのが分かった。このままだと止められるので、わたしは彼女に向かって、
「二人とも見逃してくれるんやったら、その高級メロン食べてええよ」
「え……」
分かりやすく彼女の目は輝き、神々廻先輩の腕を掴んだ。その隙に病室を抜け出し、廊下を可能な限りの速度で駆け抜ける。「あ、ちょっと苗字さん!貴方、足折れてるんですよ!」看護師の悲鳴みたいな声が飛んできたけれど、それを無視して「南雲さん!南雲さーん!」手当たり次第に名前を呼んでいたら、「ちょっと。ここ病院だよ」ロビーの自販機前で紙コップのコーヒーを飲んでいた彼が、若干迷惑そうな顔でこちらを向いた。
「というか、足。折れてるんでしょ、走ったら危ないよ」
「こんなん怪我のうちにも入りません。それより、教育係のこと聞きました。変わるって、急すぎとちゃいますか」
「まあ。やっぱり向いてなかったなー、と思って」
淡々と言う彼の腕を掴む。「うわ、危ないな」南雲さんの手にあった紙コップが揺れて、もう少し勢いがよかったら中の液体が溢れるところだった。
「……おりんといてください、教育係」
真っ直ぐに見つめて言ったら、南雲さんは珍しく動揺した。目を丸くして、「ええ……」と、困惑したような声が零される。
「君さぁ、この間まで真逆のこと言ってなかった?」
最もな指摘をされ、「言っとった、けど……」と、わたしは口をもごもごさせる。それらしい理由を探そうとするも、なかなか出てこなかった。
南雲さんは未だに任務を任せっきりだったり、家までの迎えを強要したり、嘘ついてきたり揶揄ってきたり……、正直、イラッとすることは多々あるけど。……でも、なんやろ。嫌いでは、ないんよなぁ。
(……それに)
ふと、助けに来てくれた時の彼の姿が蘇る。あんなふうに焦るくらいには、わたしのことを気にかけてくれてたらしいし。それが思いのほか嬉しかったなんて、我ながら単純すぎかもしれないけれど。
何と伝えるべきか頭を悩ませるわたしに、南雲さんはふっと笑った。空気が小さく震える。「僕はさ」と、彼はゆっくり言葉を紡ぐ。
「神々廻みたいに面倒見よくないし、豹みたいに優しくないよ」
「……知っとりますよ、そんなこと」
今更何を言ってるんだと眉を寄せたら、彼は「アハ」と肩を震わせて、それから、不意にわたしを抱き寄せた。
「ぅわっ」
突然のことだったうえ、片足がうまく使えないので、わたしは彼の胸板にぽすんと埋まる体勢になる。訳がわからなくて逃げようとするより早く、南雲さんは背中に手を回して囁くように言った。
「死なないでね、苗字」
息を呑む。それから、瞬きをひとつ。こんなひとでも、傷になった過去があるんだろうかと考えて、でも問うことはできなくて。
「……善処します」
精一杯の返事に、南雲さんは「うん」と喉を鳴らした。
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足のギプスは1週間とせずに取れた。わたしたちみたいな仕事をしている人間は怪我の治りが一般人よりも断然早い。看護師も特に驚くことはなく、「お大事に」とわたしを見送った。
そのままの足で会社に向かい、ORDERの事務室へ。とりあえずホワイトボードの予定表を確認したら、神々廻先輩と大佛ちゃんは遠方の任務にあたっていた。しばらくは会えそうにないな、と残念に思っていると、扉が開いて「苗字。足の調子は大丈夫なのか」と声がかかった。豹さんだった。
「ヨユーです」と、包帯のない右足を前に伸ばす。彼はわたしの足をじっと見つめ、「まぁ無理はするなよ」と気遣った。相変わらず優しいなと感心していたら、「教育係のこと、聞いたぞ」と続けられる。
「結局、南雲のままだってな」
まぁ、と曖昧に笑って肯定した。
そういえば。もし教育係の変更を受け入れていたら、新しい担当は誰になったのだろう。残りのメンバーのことを考えると、やっぱり豹さんか。上終さんと京さんが教育係なんてものを引き受けるとは思えない。
そんなことを考えていたら、扉が開いて、「あ。苗字、今日からだっけ」と南雲さんが現れた。
「ご迷惑おかけしました、よろしくお願いしますー……」
形だけの謝罪をしたわたしに、南雲さんは、「またよろしくね〜」と間延びした声で返事をする。あの日病院内で見せた表情が嘘だったのかのようにヘラヘラと笑っていた。まあ、それでこそ南雲さんよな、とぼんやりしていたら、
「じゃあ早速だけど」
と、わたしの目の前に書類が積み上がった。「エ」と乾いた声が出た。大量の書類は、作成前の完了報告書、新しい任務の依頼書、エトセトラ。あらゆる文字が、堅苦しい文が、病み上がりの脳内に襲いかかる。そんなわたしを他所に、南雲さんは爽やかに続けた。
「君が休んでた間に溜まってた分。一緒にがんばろうね」
「ゲェー!」と、潰された蛙みたいな悲鳴が響く。小さく息を吐き、我関せずを決め込んだ豹さんを恨めしく思いながら、わたしはお決まりの台詞を叫んだ。
「やっぱり教育係変えてほしいねんけどぉ!」
2024