おさななじみ
ゆっくりと目を開けば、見慣れない白の天井が飛び込んできた。
ぼんやりする視界に映るものは、ほとんど白ばかりだ。白のカーテン、白のシーツ。それから、薬のような独特な匂い。辺りの様子を確認しようと首を動かしたところで、無遠慮にカーテンが開いた。ぎょっとしているうちに、見知った顔が現れ、「おう、目ェ覚めたか」と問いかけられる。
「はじめちゃん」
「オイコラその『はじめちゃん』ってヤメロ」
「ここ、保健室?」
「聞いてんのか」
眉を寄せて文句を言いつつも、彼はてきぱきとタオルや温かいお茶を用意してくれた。本当に、面倒見が良くて、優しい。
差し出されたそれらを「ありがとう」と受け取ると、はじめちゃんはぶっきらぼうに頷いた。
「お前の言った通り、保健室だよ。部活中にぶっ倒れたの、覚えてるか?」
言いながら、彼はがさごそと保健室の棚を漁っている。バレー部の中では小柄な彼だけど、そこらの男子高校生よりは大きい。一番上の棚にも余裕で手が届いている。
「そうだっけ」と曖昧に呟きながら記憶を巡らせてすぐ、わたしは思い出す。あ、と間抜けな声が零れた。
そうだった、確か今日は月に1度のあの日で――といっても私はとんでもなく不順だから月に1度、でもないけれど――とにかく、そのせいでけっこう身体が怠くて。とりあえず動かしてた方が考えなくて済むからと無理に動いて、案の定バタン。
保健室までは、はじめちゃんが運んでくれたんだろうか。うん、きっと、そう。
ごめん、と、ありがとう。それを伝えるより先に、保健室の棚を漁っていた彼はこちらを見ずに言った。
「まあアレだろ、生理痛」
「ちょっ!?」
「なんだ、違うのか?今薬探してんだけど」
「ちがっ……イヤ違わないけど、デリカシーがないんじゃないのはじめちゃん!?」
「そんな声出して大丈夫か?」
「気遣うところが変だよ!」
「お、あったコレだな」
「聞いて」
「待ってろ、お湯用意するから」
「はい……」
ちくしょう、おまえはわたしのオカンか。
なんだか悔しい気持ちになりながら息を吐く。ここに徹がいてくれたら、わたしと同じように「デリカシーがないよ!」と彼を叱責してくれたに違いないのに。……いや、動揺して「そういうことはさぁ!」なんてポンコツになる可能性もあるけれど。
そういえば、はじめて生理痛に襲われた時も、はじめちゃんが側にいた記憶がある。たしか中学三年生の冬、持久走大会の時だった。寒さと緊張と色々混ぜこぜになって、余計酷いことになっていたんだと思う。あの時もはじめちゃんが私を背負って助けてくれた。それだけじゃない、もっとずっと小さい頃から、彼はいつだって私を助けてくれている。
おさななじみ。
おさななじみで、私のヒーロー。
懐かしい記憶に浸っているうちに、薬とお湯の用意ができたらしい。薬とマグカップを差し出したはじめちゃんは、ベッドの脇にある丸い椅子に腰をかけた。不思議なことに、椅子はやたらと小さく見える。
今更だけど、保健室の先生はどこに行ってるんだろう。尋ねてみれば、「もう帰るとこだったから、鍵借りて開けさせてもらった」らしい。ああ、教師に信用されてるはじめちゃんだからできた技だと小さく笑う。馬鹿にでもされたと思ったのか、彼は少々ムッとしてしまったけれど。
「ほら、さっさと飲め」
「うん」
受け取る時に微かに触れた彼の指はわたしのそれと違って随分骨ばっていてごつごつしていて、流れた月日の長さを思い知らされる。むかしは、わたしのほうが手も足も大きくて、背も高かったのに。
もう高校生だ。いい加減、はじめちゃん離れしないといけないなあ。
ふとそんなことを思って、薬を飲み込むのと同時にこのちょっとした特別な感情も呑み込んでなくなってしまえばいいのにと思った。けれど、飲み終わった後に「はやく良くなれよ」と彼がやさしく手を当ててくれるから、わたしはやっぱり今日もそれに縋ってしまうのだ。たぶん明日も、明後日も。
叶うならずっとこの距離でいたいと願う私の貪欲さ、はじめちゃんはきっと知らない、知らないままでいい。
◇2018