初恋ソーダ割り



 ――やってしまった。
 目を覚まし、真っ先にそう思った。視界に映る色素の薄い金髪とシーツの隙間から覗く引き締まった体に頭を抱える。完全に、やらかした。
 すよすよと眠る男のあどけない顔は、マウンドで立つ威圧感たっぷりの姿とどうも一致しない。一致しないが、隣の男は紛れもなくだった。元稲城実業高校野球部の絶対的エースで、今やプロ野球の世界ですら「No.1サウスポー」と呼び声高いイケメン投手――成宮鳴。

「あああ……」

 土の底から這い出るような低い声で唸り、なおのこと頭を抱える。

 成宮とは、一応幼馴染だ。家が近くて、幼稚園から中学校まで同じで、リトルチームも一緒だった。わたしは成宮ほど野球がうまくなかったし、彼ほど熱心にもなれなかったから、中学に上がると同時に野球をプレイすることはやめたけれど、それでもやっぱり、観るのは好きで。野球の試合を観るために明治神宮に行く時は決まって二人だったし、観戦後は毎回、近くの広場でキャッチボールをした。成宮はよく、知らないおじさんたちに「フォーム綺麗だね」とか「いい球投げるね」とか話しかけられていた。わたし相手だったから、本来の力の半分も出していなかったはずだけど。
 野球の名門である稲城実業に進学した成宮と対照的に、わたしは家から自転車で通える距離の、偏差値もスポーツもそこそこの公立校に通った。成宮からは「名前も稲実に来てよ」と言われていたけれど、残念ながらうちには、遠い私立へ通わせる金銭的な余裕がなかった。寮生活の成宮と会うのは年末年始の休暇だけになったけれど、彼は毎年新年の挨拶にうちを訪れる。存外律儀なやつだよなあ、と思っていた。「キャッチボールしよ!」と、こたつでゴロゴロしているところを無理矢理引っ張るのは、勘弁してほしかったけど。

 ――好きだった、と、思う。きっと、初恋だった。

 同じ高校に来てほしいと言われた時は、正直嬉しくて、両親に進路を変えたいと相談したし、自分の高校が早々に敗退した甲子園の地区予選も、稲実が出ているから最後まで観に行った。マウンドに立つ成宮は、誰よりかっこいいと思っていた。
 でも、それだけだ。
 高校、大学と、それなりに恋愛をして、成宮への「好き」も、いつしか、アイドルや俳優に向ける感情に近いものに変わっていた。いわゆる「推し」。自分とどうこうなってほしいじゃなくて、活躍を見て、すごいなあ、がんばってほしいなあと、応援する相手。それが、どうしてこんなことになってしまったのか。

 ベッドの下に散らかった服を拾い上げながら、昨夜の記憶を手繰り寄せる。お酒はそこそこ飲んだはずだけど、記憶は存外はっきりしていた。わたしを押し倒した成宮のうつくしい筋肉とか、こちらを見下ろす熱の籠った瞳、肌を伝う汗なんかが真っ先に思い出されて、(ワー!?)と叫びたい気持ちをぐっと堪える。
 そうじゃない。そうじゃなくて、そもそもの始まりは。中学校卒業10周年と銘打たれた昨日の同窓会に、成宮が来てしまったこと――。



 同窓会は、新宿駅近くのホテル内会場で、17時から行われた。参観者は全体数の1/3くらいだったと思う。当時は無口だった子が華々しい雰囲気に変わって参加しているのに驚いたりしたけれど、参加者を一番驚愕させたのは、その会場に成宮が現れたことだった。
 成宮は中学時代、部活に入らずシニアに通い詰めていた。それほど仲が良い子がいた記憶はないし、11月の秋季キャンプを終えオフシーズンに入るとはいえテレビの仕事なんかもあるだろうし。本当に、なんで来た? と不思議ではあったけれど、そんなことはみんなにとっては瑣末なことで。今をときめくプロ野球選手の登場に、同窓会の参加者はとにかく喜び、会場は女性の悲鳴と男性の雄たけびで入り乱れた。成宮の名前が参加者名簿になく、彼が来ることを事前に知る人が、幹事以外にいなかったのも騒ぎの原因だったと思う。参加申込の締切のあと、あるいは開催のぎりぎりで幹事に直接連絡を取ったのだろう。気まぐれで王様のように我儘な男だったから、容易に想像ができた。
 同窓会中、成宮とは全く話さなかった。かつて部活が一緒だった友人に「話しかけてきなよ。喜ぶと思うよ」と言われたものの、高校卒業以来まともに話していないし、彼を取り囲むきらきらした空間に割り込む勇気はないし。結局、ビンゴゲームで神戸牛の商品券を当てる成宮を(もってるなー)と遠目から眺めるだけで同窓会は終わった。
 問題は、その後だ。
 同窓会後のクラスでの二次会に、成宮はなぜかわたしと共に参加した。……まあ、なぜか、と言いつつ、成宮を誘ったのは、ほかでもないわたしだ。会場のホテルを出た先、タクシーが停まっているロータリー前で集まった中学三年時のクラスメンバーが、「成宮誘って! 幼馴染だろ?」とわたしに両手を合わせたりするから、ダメもとで声をかけたのだ。まさか、「名前も行くの? なら行く」と言われるなんて、想像していなかった。
 同窓会の時とは対照的に、成宮は二次会の大半をわたしの隣に座っていた。彼は「お酒は飲まない」と宣言していたけれど、それでも酔いが回ったやつらは半ば強引に酒を勧めてくる。奪うようにして代わりに飲んでやったら、「おっとこまえ〜〜」なんて誰かが笑った。

「あいかわらずの面倒見のよさ!」
「苗字ママ〜」
「誰がママだ」
「そういえば中三の時もさ……」

 と、昔話に花を咲かせあう二次会が終わった後のことだ。
 ベロベロになって遠慮という言葉をどこかに落としてしまったような酔っ払いたちが提案した三次会には流石に行きたくなかったらしい成宮は、「名前と一緒に実家に帰る約束をしてた」と誘いを断る暴挙に出た。「何それ、知らない」告げようとした言葉は、成宮の大きな手に塞がれる。
 幼馴染だということが周知の事実とはいえ、二次会後に男女が一緒に帰るなんて、誤解されても文句は言えない。それも、プロ野球選手とかいう話題の塊みたいなやつが。
 お酒でぼうっとしているせいか、感覚が完全に中学三年生の頃に戻っているのか、現状、成宮の発言を訝しんだり咎めたりする者はいない。むしろ「お前らいつからそんな関係なんだよ〜」という揶揄いに、成宮が「生まれた時から」なんてキメ顔をしたりして。「ぶっはっは! 幼馴染だもんなぁ〜!」まさかそこ二人がどうにかなるわけないと、冗談すら言い合える空間が生まれている。
 それでも、だ。酔いが覚めて冷静になった頃に、SNSや週刊誌に暴露されることがあるかもしれない。それも、尾ひれはひれがいっぱいついて。クラスの子たちを疑いたくはないけれど……、人の口に戸は立てられないわけだし。
 けれど、タクシーに押し込まれながら「まずくないの、これ」と問いかけても、「名前は気にしなくていーの!」と答えにならない答えが返ってくるだけだった。わたしは諦める。こうなった成宮はとにかく頑固だ。言い争って目立って、タクシーの運転手が成宮に気づき、その印象が悪くなったりしたらもっと悪手。
 マスクをつけ、伊達眼鏡をかけ、ニット帽で上手に色素の薄い髪を隠した成宮が乗り込む。「小石川の……」って、ちょっと待て、なんで成宮から言うの。「実家に帰る」という方便に付き合ってあげたのだから、わたしを先に降ろして、最後に成宮が支払いを済ませてくれるものだと思っていた。
 不満に思いながら、自身の行き先を告げようと前のめりになったわたしへ、成宮が咎めるみたいに袖を引っ張った。驚いているうちに、車はゆっくりと発進する。
 帰るなよ、と成宮の目が言っていた。
 息を吐き、静かに体を引く。
 しばらくして目的地に着き、二人まとめてタクシーを降りたところで、わたしはようやく、「どこ連れてかれたの、わたし」と成宮を睨んだ。

「だって俺、全然ご飯食べれてないんだもん」
「話してばっかだったもんね。知ってるけど」
「だから付き合ってよ」

 と、彼は、少し歩いた先にある、看板も出ていないようなお店を指した。

「先輩に教えてもらった和食のお店。美味しいんだよね」
「ええ……。わたし、帰りたいんだけど」
「はー!? 何それ、俺に一人寂しく飯食ってろって?」
「……明日、仕事だし」
「はい、ウソ」

 言い当てられて、ぎくりとする。「ウソじゃないし」と目を逸らすも、成宮は確信めいた声音で「いーや、ウソだね!」と畳みかけた。

「名前はウソつくとき絶対目合わせないし、そうやって前髪弄るんだよ! つーか、女子の友達に『名前は明日休みか、いいなぁ』とか言われてたのも聞いてたし!」

 ぎょっとする。彼の指摘の通り、わたしの右手は所在無さげに前髪に触れていた。
 気まずく手を下ろしたら、成宮は勝ち誇ったように笑った。「ついでに名前、『帰りたい』って言った時から前髪弄ってたから」
 再度、ぎくり。
 本当は、久々の再会に、会話に、浮かれていた。ご飯の誘いも嬉しかった。でも、どうしたって、成宮の立場は気がかりなのだ。

「……炎上してるとことか、みたくないんだけど」
「このくらいで炎上してたら、先輩たちなんかもう消し炭だよ。というか、そういうの気にするなら尚更早く店入ってほしいんだけど! こんなとこで言い合いしてるほうがまずいし」

 正論だ、と思うと同時に、不意に辺りが明るくなった。左折して路地に入った車のヘッドライトがこちらに向かっていて、「あ」と思った時には、成宮がわたしの腕を引いていた。
 それで、気がついた時には、お店の個室にいた。結局ついてきてしまった、と後悔したのは最初の方だけで、成宮との話は存外盛り上がったし、お酒もご飯も美味しいし。緊張感とか警戒心(成宮への、というよりは、周囲への)はゆるゆると解けてしまって、いつのまにか日付も跨ごうとする時刻になっていた。終電には、もう間に合いそうになかった。
 「タクシー呼びますか?」と、店長さんが成宮に声をかけた。普段から有名人を相手にしているようで、入店時から随分と落ち着いていた。成宮曰く、先輩の野球選手はひとりではもちろん、彼女さんを連れてくることもあるらしい。たしかに、わたしもお手洗いに立った時、テレビで見たことがある女性のアナウンサーとすれ違った。
 成宮は「二台……」と言いかけて、わたしをちらりと見た。そして、「やっぱり、一台」と言い直す。深夜だからタクシー会社に気を遣ったのかな、なんて、見当違いなことを考えた。そんなわけないと、気づいていたのに。

「こっからだと一時間くらいかかるでしょ。泊まっていけば」

 店長さんが下がった後、成宮はそう言った。
 わたしは少しの間のあと、

「……昔みたいに?」

 とかろうじて尋ねる。
 幼いころは、ご近所同士、お泊まり会をよくしていた。成宮のご両親が忙しい時はうちで。うちが忙しい時は、成宮の家で。成宮にはお姉さんが二人いたけれど、わたしの隣で眠るのは決まって成宮だった。瞼が自然に落ちるまでテレビで野球の試合を観て、野球ボールとグローブを間に挟んで手を繋ぐわたしたちを、お姉さんは「仲よすぎでしょ」と肩を竦めて見守っていた。

「……うん。昔みたいに」

 成宮の家に、どのくらいで着いたかは覚えていない。タクシーが停まった時、(早っ)と驚いたけれど、それが距離として事実だったのか、わたしの感覚的な問題だったのかが分からないのだ。
 「昔みたいに」ならないことは、お互い分かっていた。最初こそ、洗面台を借りたり、シャワーを借りたして普通に就寝の準備を進めていたけれど、成宮はとうとう、「ごめん、ほんとはそういうつもりで帰さなかったんだけど」と告げた。
 なかなか直球だな、と思いながら、「うん」と頷いた。

「いーの?」
「……いいよ」

 ――だって、本当は、ずっと好きだった。初恋だった。ただの幼馴染とか、推しのような存在なんて、昇華できない想いをどうにか閉じ込めていただけで。
 昔よりずっと成長した体が覆いかぶさってくる。目を閉じた。かさついた唇が重なって、それから、成宮の熱い手が肌に触れた。



(――いやよくねえよ!)

 一連の流れを思い出し、わたしはもう一度唸る。
 何が「いいよ」だ。それまで散々、二人きりはまずいとか、炎上したら、とか不安に思っていたくせに、どうして確固たる意思でその場を離れなかったのか。成宮が同窓会に現れたせいだ、とか思っていたけれど、過去の記憶を辿れば辿るほど、断固拒否の姿勢を見せなかった自分が原因だと気づき肩を落とす。
 最悪、最低、馬鹿、流されすぎ、この初恋拗らせ女!
 言葉の限りに己を罵りながら、身支度を整えていたら。

「んー……、名前……?」

 掠れた声を零しながら、成宮が目を覚ました。彼は、もうすっかり服を着たわたしをその目に映すと、瞬きを数回したのち、「情緒がない!」なんて不機嫌に喚いた。

「なんでしっかり服着てんの!? こういうのって、お互いシーツの中で見つめ合って起きるもんじゃないの!?」

 戻って来いというように、ばしばしと自分の隣を叩く彼を無視して、わたしは「成宮」と真剣な声で名前を呼ぶ。

「呼び方! 昨日は昔みたいに鳴って呼んでくれたのに」
「成宮」
「もー、なに!?」
「なかったことにしよう」

 告げて、ちょっと違うか? と考える。成宮にとってはよくある火遊びで、最初から「なかったこと」だったのかも。普段は綺麗な女優とかアナウンサーとか相手にしてるんだろうな、とか思って、切なくなった気持ちに蓋をする。

「や、ごめん。違うね。……えっと、わたしも、なかったことにするので。ちゃんと忘れるし。誰にも言わないし。バレないように帰るから」

 成宮は何も言わなかった。ただ、大きな目を一層丸くして、ぽかんとした表情でわたしのことを見つめて。「じゃあ」と、ショルダーバックを肩にかけたところで、「ハァー!?」という叫び声が発され、思わず足を止めた。
 がばりと毛布を剥ぎ取って起き上がる成宮の眉はつりあがり、「何それ!?」と続く声は怒気を孕んでいる。

「なかったこととか、忘れるとか! できんの!? あんなに気持ちよさそうにあんあん喘いでたくせに!」
「喘……っ、なんでそういうこと言うの!?」
「事実じゃん! 鳴好き、鳴もっと、って、よがりまくってさぁ!」
「きゃー!」

 羅列されていく恥ずかしぎる事実に、思わず耳を塞ぐ。
 そうだ、正直めちゃくちゃよかった。初恋相手で気持ちが昂っていたから尚更だと思う。でも、それを認めるのは、あまりにも危険すぎる。

「それとこれとは、また、別! その場のノリとか、珍しくもないでしょ」

 精一杯否定しながら、とんだ法螺吹きだと我ながら感心する。でも、少なくとも成宮にとっては珍しくないはずだ。
 今度こそ帰ろうと足を踏み出したら、「待てって!」と、立ち上がった成宮に腕を掴まれた。ちょっと力が強い。顔を顰めて、文句を言うより先に、彼が口を開く。

「……なよ」
「……え?」
「日本のエースの童貞奪っといて、簡単に逃げられると思うなよ!!」
「……はぁ!?」

 雷が落ちたような衝撃。
 告げられた言葉の意味を咀嚼して、「いやいやいや」と首を振る。

「馬鹿な冗談言わないでよ。引き止めるにしても、もっとこう、なんかあるでしょ! ていうか服着て!」
「パンツ履いてるし! あと冗談でも嘘でもねーよ!」
「女子アナだかアイドルだかと写真撮られてたくせに!」
「いつの話してんの!? それも、先輩に連れられて飯行っただけって否定したじゃん!」
「でも選びたい放題なのは事実……」
「そうだとしても! なんで好きでもないやつ抱かなきゃいけないの!?」
「はっ? 昨日わたしのこと抱いといて!?」
「そりゃ好きだか……アーッ!?」
「……!?」

 口論がヒートアップする中、成宮が勢いよく口元を隠した。
 ちょっと待って、今なんて。
 驚きすぎて言葉も出ない。口をあんぐりと開けて、成宮の言葉を反芻する。好き、と、彼は確かにそう言った。聞き間違いじゃ、ないはず。じゃあ、なんだ。売り言葉に買い言葉で飛び出た、思ってもない言葉、とか。でも、真っ赤な顔の彼を見ていたら、そうとは思えなくて。

「え……っと、成宮、わたしのこと好きって、そういう……?」
「〜〜ッ、そうだけど!? こーんな、ガキのころから好きだけど!?」

 身振り手振りで、腰より下の随分と小さい位置を指し示しながら、成宮がまた声を荒げる。もはやヤケクソだというのはよく分かった。
 ひとしきり喚いた彼が一息つく。それから、頭をがしがしと掻きながら、「だから、帰んないでよ」と、もう一度わたしの腕を引いた。

「……」

 どうしよう。正直、すごく、嬉しい。
 思案ののち、バックを床に下ろして、ベッドに腰をかける。帰らない、という選択。それが、成宮の「好き」に対する答えでもあることは、彼も分かったようだった。パッと顔を明るくするとベッドへ転がって、

「ねー、名前も。こっち。服脱いで」
「行かない。脱がない」
「なんで。俺のこと嫌いなの?」
「……っ、好きだけど!?」

 それとこれとは別じゃん、と勢いのままに言おうとして、にまーっと頬を緩める成宮と目が合った。はたと気づく。「好きだ」って、言わされた。

「そうだよねー。その場のノリとか、名前にはないもんねー」
「……!?」
「だって名前、まーた前髪弄ってんだもん。ウソだってすぐ分かるよ」

 しまった、と思う。昨晩、成宮に嘘をつくときの癖を指摘されたばかりだったのに。
 なんだか悔しくて、寝転がる男の背中をつまんでみる。「痛っ。もっと色っぽく触れないの!?」ぷくーっと頬を膨らませる様子が幼いころと変わらない。仲良しではあったけれど、しょっちゅう言い合いもして、わたしはよく成宮をこんな風に拗ねさせていた。

「……ねぇ、なんで?」

 好きになってくれたの、とは続けられなかったけど、成宮は質問の意図を察したらしい。「……知らないよ。ガキの頃の俺に聞いて」と、唇を尖らせている。

「でも、もうずっと。付き合うのも結婚するのも名前だって思っちゃったんだから、仕方ないよね」
「……結婚」
「……あ!?」

 予想外の言葉まで告げられて思わず反復したら、成宮は再度「しまった」というような表情をした。

「えー、最悪なんだけど。プロポーズはもっとかっこよくするつもりだったのに……」

 ぶつぶつ零す成宮がおもしろくて、愛おしくて、思わず抱きしめていた。「……なに、誘ってくれてんの?」悪戯っぽく言う成宮に、

「そういうわけじゃないけど」
「違うのかよ」
「……違うけど、あのね、鳴」

 懐かしい呼び方に、彼は分かりやすく喜んだ。「なに」と丸い声で聞き返す、その体をいっそうきつく握りしめて、そっと囁く。

「わたしも、ほんとはずっと、付き合うのも結婚するのも鳴がいいって思ってたよ」


2024.12



backtop