03


 名前と南雲の関係を探るため、すずめは彼女との距離を詰めることにした。実習以外にも、名前と昼を共にしたり、どこかで遊ぶ約束をとりつけたり。すずめに疑われていることに微塵も気づいていない名前は、それらに笑顔で応じ、すずめを自分の家に招くことさえあった。
 警戒心のなさすぎる行動に、すずめは自分が馬鹿らしくなるくらいだったけれど、それでも名前と南雲が知り合いであることは事実。名前の話によれば、南雲が街中でタチの悪い連中から助けてくれ、それをきっかけに出会ったということだったが、

(殺し屋がそないなことするか……?)

 と、ここでも怪しんでしまう。
 名前は、あのクラブでの恐ろしい出来事は一切話さなかった。それは普通の、一般人相手には、きっと正しい選択だった。

 そんなある日、名前はすずめに誘われ、大きめのアパレルショップへ出かけることになる。服を買いたい、というすずめの希望だった。
 すずめがお気に入りだと言う店舗はいわゆる高級店で、名前は目を惹かれたワンピースにつけられていたタグを見てぎょっとした。

(すずめちゃん、もしかしなくともお金持ち……?)

 そんなことを考えながら、嬉々として服を選ぶ彼女を見つめる。結局、大きなショッピングバッグを二つほど抱えることになった彼女と一緒に晩ご飯も済ませて、二人は駅へと戻る。外はもう暗くなっていたけれど、休日だからか人はまだまだ多い。これから飲みに行くであろう元気な人たちもいる。
 そうして駅が目と鼻の先になった頃、既に酔っている二人組の男とのすれ違いざまに、それは起こった。すずめの肩が軽く当たったらしい男がぐるりと顔を向け、「痛ぇんだけどぉ!」と大きく喚いた。酒の匂いがして、すずめは思わず顔を顰めつつも、「悪かったわ」と謝った。が、彼女に声をかけた男は焦点の定まらない目を細めると、「何〜、俺らと飲みに行きたいのぉ〜」などと口にした。
 「は?」とすずめが分かりやすく苛立ち、名前はひやりとする。「何だよその態度ぉ!」と、もう一人の男が声を荒げる。通りがかった人が、面倒ごとは避けたいと言わんばかりに視線を逸らした。

「何だも何も謝っとるやんけ。誰がおまえらとなんか飲みたいねん」

 淡々と誘いを拒否され、男は益々顔を茹でダコのように赤くした。「てめぇ!」と拳を震わせる彼らに、名前は慌てて間に入ると、「ごめんなさい!」と頭を下げた。が、既に頭に血が上っているらしい男はその体を無理に押し退け、すずめの腕を掴み上げる。彼女としては、父や部下に一報を入れさえすれば目の前の男の首は秒で跳ねられることが分かっており、相変わらず冷静なままだったけれど、名前はとうとう男の横暴さに我慢できなくなってしまった。

「すずめちゃん離せよ、クソ!」

 言葉と同時に振り翳したバッグが男の顔面に当たり、続け様に彼女はその股間を蹴り上げた。

「〜〜ッ!!」

 声にならない悲鳴を上げ、男は蹲る。名前は逃げよう、とすずめの腕を引き、唖然とするもう一人の横をすり抜けた。

「てめぇ、待ちやがれ……!」
(誰が待つか!)

 心の中で叫び、全力疾走。「どこ行くねん!」と焦ったように問いかけるすずめに「交番!」と宣言した通り、彼女は男が追いつく前に交番へと転がり込んだ。

「助けてください!」

 ぎょっとする警察の人たちは彼女らの肩越しに男を見つける。目が合うや否や背を向けた彼にはやましいことがある証拠で、交番にいた一人が勢いよく追いかけた。陸上選手かと思うくらいの速さで逃げる男を捕らえたその人にほっとしていたら、「事情を聞かせてもらえる?」と女性の警察に優しく問いかけられる。



 あったかいお茶を飲みつつ一連の流れを説明する頃には、終電間近の時間になっていた。肌寒くなって来た夜の中を二人は並んで歩き、すずめは困ったように「あんま危ないことしなや」と名前を嗜めた。

「だって……、ううん、ごめん」

 猪突猛進な自分の行動を思い返し、名前はしょげる。その姿を見て、「いや、ちゃうな」とすずめは呟き、「助かったわ」と微笑んだ。ほっとした名前も笑って、「すずめちゃんも、あんまり煽るようなことはやめた方がいいと思う」と正直に言った。すずめは苦笑して、あんな下手くそなナンパよりもずっと危ない誘いをされることだってあるけれど、と思った。それでも、名前が心底心配そうにしてくれるから、「……せやね」と頷いた。
 名前とすずめの最寄駅は異なる。電車に乗って数駅してからすずめは先に下車し、夜道をひとりで歩いた。

(名前はきっと、ほんまにウチのことを知らへん)

 そう確信しながらも、けれど、彼女にはしなければいけないことがあった。
 すずめは今日撮った写真を添付し、ある人物へと連絡をする。相手の名は、タカツキ。

『クラブにおった女って、この子?』

 そうメッセージを送りながら、すずめはどうか違っていてくれと願ってしまった。「……はっ」乾いた笑い声が、夜の帳へと吸い込まれる。