縁とは不思議なものだと、つくづく思う。
中学時代、喧嘩が原因で一度は断たれかけた野球の道は、青道高校に拾われて続くことになった。甲子園に出場して、いくつかの大学から声をかけられた。亮さんの助言もあって、古いしきたりや制度が一番なさそうな大学に進学して、野球を愛する馬鹿たちと出会い、切磋琢磨した。そうしてまた、道は続いて――大学卒業後は、ドラフト下位指名ながら、プロ野球の世界に足を踏み入れることになった。昔は想像もしなかった世界。そして、縁は、野球以外でも。
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扉を開けたら、食欲をそそるいい匂いが漂ってくる。
「苗字ー」
「あ、倉持。ごめん、今手放せない!」
声をかけながら靴を脱ぎ、部屋の奥へと向かうう。苗字はキッチンでフライパン片手に格闘していた。黄色の波がフライパンの上に広がっていて、「オムライスじゃん」思わず反応してしまう。「会うの久しぶりだもん、がんばるよね」と彼女は笑い、ずいぶん慣れた動作でチキンライスを卵で包む。俺の好物がオムライスだと知ってはじめて作ったときは、卵が破れたりカチカチになったりとなかなかの出来栄えだったことが懐かしい。美味しかったけど。
大学卒業後、苗字は本格的に芸能界に身を置くことになり、俺はプロに入って、互いにもうすぐ二年目。付き合いは三年を越えたけれど、週刊誌や報道関係者にすっぱ抜かれたことは一度もない。
大きめの喧嘩は、俺がプロ入りして半年ほどしたときに一回だけ。同期がどんどん一軍入りを果たすなか、プロの洗礼を浴びて、二軍でもたつき焦り、順調に仕事をこなす(こなしているように見えた)苗字に理不尽にあたったことが原因だった。
電話越しに彼女は静かに怒った。普段よりも冷めた声に背筋が凍った時には通話は切れていて、やっちまった、と長く息を吐く。
馬鹿すぎる、最悪だ。
終わりを覚悟して浅い眠りから目覚めた翌朝は二軍の試合だった。うっすら隈がある眼を擦って起き上がる。時刻を確認しようと画面をつけたスマートフォンに、ラインの通知が入っていた。直感的に苗字からのものだと気づいたが、別れ話だったりしたら試合中に吐く、と思って何も見ないまま球場へ向かった。
球場の外には出待ちをするファンが集まっていた。ファームでの試合は一軍と比べて選手との距離が近い。先輩が足を止めて一人一人に握手をしたりサインをしたりするのをぼうっと見つめて、流れるままに現地入り。先輩選手が「お前、大丈夫かよ」と尋ねてきて、辛うじて「っす」と返したが、全然大丈夫ではない。
それでも、試合が始まれば逃げ場はないので集中した。それなりに守備をこなして、それなりに安打を出す。時折ちらつく焦りや不安を無理やり押し込めて。
試合は、初回にうちの投手が三点を失って以降、なかなか攻撃が繋がらず、3ー0のままずるずると進んでいた。ようやく一点を返したのは、七回裏のことだ。ツーアウト満塁で相手投手が乱れ、ボールを連発。俺の打席は四球となり、押し出しで一点が入った。その、直後。
「ナイス選ー!」
一塁側から、聞き慣れた声が届いた気がした。いやいや、まさか。と思いながらもちらりと見れば、予想通りというか何というか、彼女が――苗字がいた。帽子とマスクという簡単な変装はしているものの、それだけでバレないはずがない。
何やってんだよ、やべーだろ!
めちゃくちゃ焦るが、彼女の周りにいた観客たちは楽しそうに会話をしていて、存外苗字を受け入れているように見える。
彼女がいつから来ていたのかは知らないが、この頃には敵ベンチも味方ベンチも「あそこやけに盛り上がってんな?」「てかなんか……あれ? 苗字じゃねえ……? 女優の……」と騒ついていた。
(あー、もー!)
叫びたい気持ちをぐっと堪えた。こちらの様子を意に介さず、彼女は一般の観客たちと一緒に、楽しげに「打てー」と声援を送っている。
それに呼応するように、打者が振り抜いたバットが白球を捉えた。セカンド頭上を越える。ライト、間に合わない。落ちる。
即断して、ベースを蹴った。二塁手と三塁手が本塁に帰る。同点を確信して、三塁で止まろうとするが、三塁コーチは「そのまま!」と思い切り腕を回していた。俺からは、ライトの捕球体勢は見えない。ミスでもしたのか、なんなのか。とにかく、コーチャーを信じて、トップスピードのまま三塁を突き進む。「うぉっ」「行った!」誰かの驚きが聞こえたような気がした。
本塁にスライディングで突っ込むのと、ライトからの返球が届くのはほとんど同時だった。どろどろに汚れたユニフォームで主審を見上げると、「セーフ! セーフ!」と畳み掛けるようにコールしていた。
ベンチが盛り上がる。「お前、その脚反則だろ」「よく突っ込んだなぁ」
頭をわしゃわしゃと撫でられながらこっそり観客席を見る。苗字は、一般客と共にぱちぱちと拍手をしていた。
その日の夜、苗字の家まで行った。一応、連絡は既にしている。貰っていた合鍵を回して、部屋まで上がり、真っ先に「苗字! 今日の何だよ……!」と言って、じとりと見つめる彼女にハッとした。
「……すみません。お邪魔します」
「うん」
「それと……、昨日は悪かった。八つ当たりした」
「うん。……わたしだって、そんなに上手くいってるわけじゃないよ」
「知ってる。ネットで酷ぇこと言われることがあんのも。……だから、ほんとごめん」
「うん。わたしも、ごめんね」
「は? 何でお前まで謝るんだよ」
「ちゃんと話さずに通話切っちゃったし。あとは……、応援してるって言いながら、ちゃんと試合観に行ったりはしてなかったなって」
「や、あのまま話しても多分冷静じゃなかったと思うし……。応援に来ないのは、苗字は芸能人だから仕方ないだろ」
と、そこまで言って思い出した。俺は再度めくじらを立てて、「今日のあれ! 大丈夫なのかよ」と焦る。
苗字は落ち着いた声で「うん」と頷き、自身のスマートフォンを差し出した。
「他の試合も観に行ってるし。インスタにもあげてるから」
確かに、彼女の言う通り。苗字は野球の観戦をよくしていて、その度にインスタに投稿している。SNSでもたまに、『球場で苗字ちゃんらしき人見つけた』と呟かれてるくらいだ。
今日の試合については、『仕事で埼玉へ! その後、野球の試合も観てきました。ファームは初めてだけど、距離が近くて楽しい』という文章と共に、球場の写真があがっていた。そのコメント欄はいつも通りだ。
『あいかわらず野球好きすぎ』
『ついにファームにハマったか……』
などなど、炎上要素はひとつも見当たらない。
「お前がいいならいいけどさぁ……」
「うん。倉持は?」
「ん?」
「わたしがいて迷惑しない? 集中できないとか」
遠慮がちに尋ねる彼女に頭を掻く。
「まあ正直、何来てんだよって焦りはするけど」
「……うん」
「でも、やる気はもらえるっつーか」
「うん」
「気合入るし、今日もお陰でいいプレーできたと思うし……」
うん、と頷いた彼女が勢いよく飛びついた。「ぅおっ」間抜けな声を零しながらも受け止める。
「じゃあ、また行かせてね」
「……おう」
抱きしめた苗字の体からは、いつも、甘い匂いがする。
年が明ける少し前には、苗字は俺の実家に挨拶にも来た。ちょうど、オフシーズンの真冬。
「倉持くんとお付き合いをさせていただいています」と、弓道部の頃に培った美しい所作で礼をした苗字に、母親がひっくり返りそうになっていたことをよく覚えている。まあ、こんなヤンキーみたいな息子が今をときめく芸能人を連れてきたんだから、気持ちは分かる。苗字は、自分の立場が理由でどこかで迷惑をかけることがあるかもしれないと、それでもこの先の未来を一緒にいさせてほしいと、丁寧に言葉を紡いで、聞いているこっちが恥ずかしいくらいだった。帰り際、プライベート用のスマートフォンで母親と連絡先を交換していたから、たまに連絡をとっているのかもしれない。
洗面所で手を洗って、キッチンへ戻る。カウンターキッチンっていうんだっけ、こういうの。大学生の頃と比べて広いし洒落た空間だ。部屋全体も、一人暮らしには十分すぎる大きさ。詳しい話は聞いていないけれど、十中八九、事務所が用意しているんだろう。そういうことを考えるたびに、貰った合鍵の重さを感じて、ちょっと緊張したりする。
「もうちょっとでできるから待ってて」
二つめのオムライスを作りながら、苗字が言う。
「や、なんか手伝う。キャベツでも切るか?」
「いいの? 冷蔵庫の下に使いかけのが……、あ、トマトときゅうりも切ろうと思ってて。最後にツナのせるつもりだった、そこの缶のヤツ」
「おっけ」
フライパンのうえのチキンライスは、既に皿にのせられたオムライスと比べると随分大きい。たぶん、卵も多めに使っている。あきらかに俺用。
「美味そう」
「ほんと? よかった」
ざくざくと切った野菜をサラダボウルに移し、ツナをのせて完成。リビングのテーブルに運ぶ。折り畳み式の机じゃなくて、背の高いテーブルで、お揃いの椅子が向かい合うように置かれている。
スプーンとお箸を探して開けた食器棚の中にも、茶碗をはじめとしたペアものが多く並んでいた。付き合い始めた頃から少しずつ増えていって、今ではもう、同棲してるんじゃないかってくらいだ。
「サラダありがと。こっちもできたよ」
苗字がオムライスを運んでくる。
「スープはインスタント。ごめん」
「いーよ。そっち、仕事だったんだろ」
「昼過ぎには終わったんだけど、掃除とか片づけしてたら遅くなっちゃった」
「別にいーのに。苗字の部屋、そんな汚くなったことねえじゃん」
「だーめ。きれいな状態で迎え入れたいもん。……あ、そうだ。まだ言ってなかった。オープン戦おつかれさま」
「さんきゅ。苗字こそ撮影おつかれ。見てたぜ、テレビ」
「ほんと?」
お互いに「いただきます」と手を合わせてから、あれやこれやと話をする。
プロ野球のチームに入団後は、ほぼ絶対的に寮生活となる。俺の場合、大学卒業後三年間。外泊は禁止だし、門限も22時半と決められていて、苗字と会う機会は減りに減った。つもる話は、いくらでもある。もっとも、俺も彼女も、関東拠点だったことは幸いだった。
「ご飯足りた?」
「じゅーぶん。ごちそうさま」
皿をシンクに置き、軽く水で流す。「後で洗うよ」「や、今日はもう洗っちまう」「今日はって言いながらいっつも洗ってくれるじゃん。ありがとうね」「全然」
洗濯とか、食器洗いとか、あとアイロンがけとか。家事のいくつかは、小さい頃に母親に叩き込まれた。母子家庭で、俺自身、母の負担を少しでも軽くしたかったのもあったと思う。付き合ってから苗字の家で食事をしたあと、当たり前みたいに「スポンジこれ?」と食器を洗おうとした俺に、苗字は「そういうところ」なんて言っていた。
早めの晩ご飯を終えて、七時半。寮の門限には、九時過ぎに出たら間に合うので、時間には余裕がある。
苗字がテレビをつけて、大きなクッションに体を沈める。
「それ、こないだまでなかったよな」
「うん。買っちゃった。ほんと、人間をダメにするクッションって感じ」
軟体動物のようにぐでっとして、彼女はリラックスしている。その姿さえ、愛おしかった。気を抜いているところを曝け出しても構わない相手だと思われているのが嬉しくて。
おいで、と手招く苗字に誘われて、その隣に腰を下ろす。ころん、と床に転がった彼女が「使っていいよ」と笑うから、ふかふかのクッションに背中から沈んで。
「あー……、やべえわ、これ」
「でしょ」
ふふ、と笑った彼女が、不意にこちらを覗き込んだ。その意図を察するのとほとんど同時に、苗字の柔らかな唇が触れる。
「……苗字サン。テレビ見ねえの」
「めぼしいのなかったもん」
「そーですか」
覆いかぶさった彼女が、もう一度キスをする。食むように唇を押し付け合っていたら、彼女の方から舌を差し込まれた。「……ふっ」優しく絡めて応じながら、ふと気づく。
「……スースーする」
「歯磨きしたからね」
「げ、あの強力なミントか」
「倉持は甘い」
「うっせ」
大学生の頃、彼女の家に泊まったとき。彼女が普段使っているミントの歯磨き粉が超スースー系で、思わず咽せたことがあった。びっくりした苗字は後日、期間限定で売っていたというミルキーの歯磨き粉を買ってきて、「倉持用ね」と洗面台に置いたのだ。そこまで甘いの求めてねぇよ、と思ったし言いもしたけど、もったいないのと普通に嫌いな味じゃなかったのもあって、なんだかんだと使い続けている。聞くところによると、苗字もたまに使っているらしいけれど。
「んっ……」
キスをしながら、ニットの裾から手を滑り込ませる。苗字の目が嬉しそうに細くなって、彼女もまた、俺の腹部へと手を伸ばした。「腹筋すごい」「お前、ほんと触んの好きな」
最初こそされるがままだった苗字も、何度か体を重ねるうちに余裕ができたのか、ある日を境に俺の腹筋をぺたぺたと触るようになった。こんな硬いの触ってて何が楽しいのか正直分からないけど、彼女のうっとりした目を見ていたら、ちゃんと鍛えててよかったなと思う。
「……くらもち」
しよ、と彼女が囁いた。何を、なんて聞くまでもないし、ここまできて断るはずもない。
既に火照った体を抱きかかえて、寝室へと向かう。大学時代から変わっていない白いベッドに体を沈め、ニットとスカートを脱がせて。自身もトレーナーを取り去った。
手を繋いで、指を絡めて、うなじから鎖骨、脇腹、とキスを落としていく。身を捩った彼女が、「わたしも」と言って、俺の体に口づけた。くすぐったい。ふ、と小さく声が漏れる。
互いに身体をまさぐって、快感を高め合う。すっかり硬くなった自身を押しつけたら、「ぁ……♡」と、苗字が切なげに声を漏らした。
「すげー濡れてる、かわい」
ショーツを取り払い、熱棒で入口をなぞる。まだ挿れない。後ろから抱きしめるようにしながら、すっかり尖った胸の先端を指でつまんで、愛液が垂れてぬるぬるになった太腿の間で熱棒を前後に動かして。「ぁっ♡ぁ、ん……っ♡そ、れぇ……っ♡ぁぁっ♡」苗字は腰をかくかくさせるし、その入口もひくついているのが分かった。
喉を鳴らして、苗字の腰が動かないようにがっちりと掴む。自分のモノは、擦らせるけど。
「……っ、は、きもち……っ」
「ぁ、倉持、の、いじわる……っ」
潤んだ目で苗字が見つめるから、俺のモノが反応してまた大きくなった。
「ぁっ♡も、ちょうだい……♡くらもち、おねがい……っ♡」
苗字は、意外とこういうことに積極的だ。会うと大抵、彼女の方から求めてくれるし、俺から誘った時だって、嬉しそうに応じてくれる。えろくてかわいい。
「……っ、膝ついて。体、こっち」
四つん這いの体勢になってもらう。ゴムをつけ、今度こそ入口に先端をあてがった。よく濡れている。俺のモノはすぐに呑み込まれ、彼女の熱で包まれる。
「ぁ、ん♡」
「……っ、ぁ」
挿れると同時に、彼女の体がぞくりと震えた。背後からぴったりと覆いかぶさって、両手で胸をまさぐる。
「ひ、ぁっ♡ぁ、それぇ……っ♡ん、ぁっ♡ぁぁッ♡」
後ろからするのは初めてだった。いつもと違う、気持ちいいところに当たっているらしく、普段よりも反応がいい。
胸の先を指で挟む。「〜〜ッ、あぁッ♡」泣きそうな声をあげた彼女は、もはや自ら腰を動かしている。背中を伝う汗が淫靡だ。れろ、と舐めたら、苗字の身体はまた震えて、「はぁっ♡」といっそう甘い声が溢れた。
耳たぶを甘噛みしながら、腰を動かし続ける。
「ぁっ♡ぁ、ぁ♡おく、すご……っ♡」
「んっ、く……っ♡」
今にも蕩けそうな表情で苗字は喘ぎつづける。が、ふと、「倉持、これ、やらぁ……っ♡」と、微かな抵抗を見せた。
「……なんで?気持ちよくねぇ?」
「ぁっ♡きもち、きもちぃ、けど……っ♡顔、かお、みたい、からぁ♡ひ、ぁ、ぁ〜ッ♡」
「……っ」
一生懸命、後ろを振り向こうとする様が健気だ。そんなおねだりをされて断れるはずもなく、挿れたままの状態で、ゆるゆると体位を変える。結局、いつもどおり正常位に。俺を見上げる苗字は顔を綻ばせて、「くらもち、キス」と、またねだる。
「っ、ん……、はぁ……っ♡」
「ぁ、んっ♡〜〜ッ♡すき、くらもち、すき……っ♡」
「俺も、好き……っ」
「ぁ、ぁ♡ひぅ……っ♡も、イク、イッちゃ……ぁ、ぁ〜ッ♡」
「……っ。は、ナカ、すっご……ッ」
嬌声とともに、苗字のナカがきゅうきゅうと締まる。たぶん、一息つきたいところだろうけど。「悪ぃ、俺、も……っ」「ぁっ♡ぁ、も、これっ♡は、ぁぁ……っ♡」もう少しだから我慢してくれと、腰の動きをより早くする。苗字は時折「へんになる」とか「もうむり」とか言うけれど、それ以上に「きもちいい」を繰り返して俺を受け入れてくれた。
「ぁ、ぁっ♡やぁ♡きもち、きもちぃ♡も、へん、に、な……っ、ぁぁっ♡おく、おく、しゅご……っ♡んぁ、ぁ♡くらもち、また、また、イッちゃ、う……っ♡」
「……っ、ん、ぁ……っ♡は、俺、も……っ♡……っ、苗字、一緒に……っ」
「ん、ぁ♡ぁ、ひぁ……っ♡ん、いっしょ……っ、ぁ、ぁぁッ♡ひ、ぁ〜〜ッ♡」
「〜〜ッ♡」
互いの体が共鳴したみたいに震える。下腹部の熱が一気に放たれて、快感が背中を駆け上がった。「は……っ、はぁ……っ」荒い息を整えながら、唇を重ねあわせる。汗ばんだ肌をくっつける。
苗字が俺の体をぎゅっと抱きしめて、何度目になるか分からない「好き」を告げた。「……俺も」キスの合間に返しながら、なんでこんなにかわいいんだろ、なんて思う。何度体を重ねても、というかむしろ、抱くたびに苗字は、かわいく、綺麗になっていく。最近の苗字は色っぽいと、ネットで誰かも言っていた。
ベッド脇の時計はもうすぐ九時を差す。本当はもっとゆっくりしていたいけれど、門限を破るわけにはいかない(破ってる先輩とか、けっこういるみたいだけど)。
ごそごそと部屋を出る準備を始めたら、苗字も起き上がった。「寝てていーぜ」と言うけど、彼女はいつものように「お見送りする」と、玄関の前までやってくる。
「がんばってね。試合、観に行くからね」
「おう。……マジでバレないように気をつけろよ」
「大丈夫だよ。ほかの試合も観にいってるし、野球好きで通ってるから」
「それはそうかもしんねぇけどさ」