雑記
あとでちゃんといただきました
ハロウィンとポッキーの日に間に合わなかったね投稿。
獄空です。
数年前に東都から帰ってきた何かとやかましい子供に、折に触れて菓子を恵まれる。今日だって急に呼び出されて、用件も言わずに何かと思ったら客間に通されてそれきりだが、きっと菓子をくれるのだろう。
いつもいつも、舌の色が変わるガムだとか、ジャンケンができるグミだとか。とっくに懐かしいばかりのものを、まさに『今』楽しんでいる子供に、お前も遊ぼうと無邪気に寄越されると断りきれない。
ハロウィンも同じように呼び出された。一番弟子ともども菓子を持ってこいと命令されて、寺を訪ねたらTrick or Treat! だ。ライブで散々ちらつかせた舌を余さずべろりとさらけ出し、色が変わったかと口を開けたままもがもがと確認される。まだらに赤と青が混ざって紫になった舌は人間らしからぬ色に染まっていて、思わずぎょっとすると目を細めて笑った。
十四も揃うと馬鹿騒ぎはさらに盛り上がって、どこで買ってきたのか糸引き飴なんぞを引っ張って競い合っている。どんぐりの背比べを眺めていると、獄も引けよ、と紐の束を突き出された。大玉はまだ出ていないぞ、とにんまりとする口の端からはひょろりと紐が飛び出して締まらない。けれども逃げるのか? と揶揄する子供の目が突き刺さる。隣から浴びせられる捨てられた子犬めいた視線とのギャップで余計に神経を逆撫でした。
結果から言えば、順繰りに引くこと二回。目測とカンで大玉を引き当てて舌打ちと歓声をいただいた。おとなげねえの、とぶうたれる子供に、お前らに合わせてるだけだと言えば、ますます不服そうに眉間にシワを寄せる。素直にすごいすごい、おっきいっすね、と喜ぶ十四を見習えとは言わないが、お前が仕掛けた勝負だろうが。
ごく最近の記憶を反芻していると、静謐な空気を台無しにするせわしない足音が響いた。べちべちと磨き上げられた廊下にうるさい痕跡を残す子供は、案の定この部屋の前で止まり、がらり! とこれまた元気よく襖を開く。一挙手一投足ですら己はここにいる、と誇示する子供は気配だけですぐわかる。乱暴に繋げられたあちらとこちら、存在そのものが派手派手しい生き物がなんの気なしに君臨していた。
「馬鹿みてえにもらったんだよ」
だからおすそわけだ、と向かい側の座布団に腰を下ろした子供にさし出されたのは、見慣れた長方形の赤い箱だった。客間の卓上に積み上げられた内の一箱を、存外に丁寧に開けるとそのまま中身も開封される。
指でつまめる程度の数センチを残し、チョコレートでコーティングされた細長くまっすぐなプレッツェルは、自分で買うことはないが接待の席を賑やかし、特定の時期――それこそ最近、事務所で差し入れとして渡された。
年に何度、製菓会社に乗せられたらいいのか。はあ、とため息を漏らす反面、コンビニでも買える手軽な菓子の企業努力に目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しい。ハロウィンと違って警察が出動するような地域もなければ、バレンタインと違って不特定多数から届くブランドロゴの小包に憂鬱にならずにすむ。実害がほぼないだけで心に余裕が生まれ、穏やかになれる。
おすそわけならば箱のままいくつか渡してくれれば事務所で配るのにとか、茶菓子代わりなのかとか、そのわりに茶がないだとか。いつもならまず茶をふるまわれるのにそれもなく、気になることがあってもそんなこともあるか、と流していた。
流して、山と積まれた箱が見慣れた赤以外にさまざまな色があるのに注目していたばかりに、とんでもないことになったのだ。
「ん」
「ん?」
やかましい子供にしては珍しい。そう思って箱から正面へと視線をやった瞬間。
ぷるん、という音が聞こえそうなくらいうるんだ無垢な薄桃色のくちびる。その真ん中から本日の馬鹿騒ぎの主役がにゅ、と伸びていた。
「……ん?」
件の菓子の催事を実害がほぼない、としていたのは、菓子を用いての最も有名な遊びが、まともな人間ならば人前でやろうなどとしないことだからだった。プライベートな空間だろうと『遊ぶ』のは『そうなってもいい相手』だけだ。ゲームやビジネスでする人間もいるかもしれないがそこは割愛する。
いつかの昔、細く、長い、チョコレートでコーティングされたつややかなプレッツェルに負けない、こっくりとした深いリップカラーに飾られたくちびるのつるん、とした輝きをまだ覚えている。そしてたまには乗せられるか、とさし出されたプレッツェルに齧りついたのも。貪ったはずのくちびるが変わらぬ輝きのまま、しっとりと濡れていたのも。
今、自分へと向けられているのはそれと同じものだ。
冗談にしては種明かしが遅すぎるし、何よりすぅっとした清涼感だけが漂うすぼまったくちびると、きゅ、と閉じられたまぶたがかすかにふるえている。悪巧みをしてせせら笑っているときとは違う、引導を渡されるのを待っているのに、その時を拒むような雰囲気があった。
ぴんと鋭角に伸びたプレッツェルの先は、ふるえでじわじわと下がり、落ち切る前にまたぴんと尖る。上手くかわすことも出来ず、即座に断ることも出来ず、戸惑うばかりのこちらをあらわすように、プレッツェルがふらふらと宙をかいて、茶色い残像を残した。
ええいままよ、なんて自分に発破を掛けるのなんていつぶりか。いつまでもゆらゆらとしている菓子と子供に振り回されている場合ではない。
「ん、ぅっ!」
指の先がチョコレートでぬめる不快感を無視してさまよう菓子を捕まえる。焦りで上がった体温が想像以上にデコレーションをとかし、口から抜き去るとそのまま卓上に取り落としてしまった。
こん、とかすかな音を立てて、折れもせずに転がったプレッツェルの両端はかたや濡れ、かたや外皮を剥かれ、無惨なことになっていた。他人事のように言っているが原因はほぼこちらにある。真正面で目をぱちくりとさせている子供と転がる菓子が重なった。
戸惑い、焦り、悔しさ、落胆……常ならば迷いなく射抜く金色が、ぐるぐると感情を混じらせて濁らせる。すぼまったままのくちびるは、場違いな爽やかさを纏ってふるりとしていた。
それが何か言おう、と歪む刹那。顎をとっ捕まえて、くちづけをねだる形をした場所に同じものを重ねる。チョコレートとは違うデコレーションをこそげ取り、素のやわらかさを味わいたいと何度も触れるだけの交わりを繰り返す。
最初は驚き一色に染まった瞳は、ちゅ、ちゅ、とわざと音を響かせると、まぶたを下ろして隠れてしまった。恥じらいか、快感か、ほんのりとほてる肌がひどくなまめかしい。
されるがままのくちびるをようやく離してやると、薄桃色だったそこはすっかり鮮やかな赤色になっていた。短い時間とはいえ執拗に吸って食んで擦ったからか、腫れているのだろう。おもむろに開かれたまぶたから覗く目は、それまでにない艶に濡れていた。
「……キスくらいしてやる」
付き合いたての恋人は、追加されたばかりの関係性を扱いあぐねている。告白自体はあっさりとしていて、十年には届かなくとも近い年数を共にして、心地いい気やすさが続くならと了承すると、これまたあっさりと今日からよろしく、と言われた。色気も素っ気もないはじまりは、四十をいよいよ目前にすると悪くなく、子供――恋人も情が厚く深いわりに淡白なところがあるから、こういう形もあるだろうと思っていたのだ。
ところがここ一週間、様子がおかしかった。距離感が近すぎるタイプではあったがよりいっそう近くなり、かと思えば妙に遠くへと離れた。多くもなかった連絡が突然増えたかと思えば一切なくなり、忙しいのかとそれとなく住職に聞くとそういうわけでもない。ただ、なにやら唸っていることがある、と言われた。
とっくにハタチを過ぎた恋人との関係は問われぬ限り言うこともなく、今までの関係の延長線でしかないから問う者もおらず、誰も知らぬままそっと二人きりで進行していた。何かに影響されたのか、淡白なりに芽吹くものがあったのか、いたいけなトライアンドエラーを、どこか微笑ましく見守っていた。
そんなことをしていたら今日だ。
キスくらい、いくらでもしてやるのに。むしろしてよかったのか。色艶を欠いた関係を望まれているのかと思って触れずにいたくちびるは、ずっと待っていたのだろうか。ソファに並んで座って映画を観た時、ぴとりと寄せられた身体は抱き寄せてよかったのか。新しいスカジャンが見たいと乱暴に引かれた手は握り返してもよかったのか。
目の前で美味そうに熟れる恋人に、ひどくもったいない勘違いをしていたと少しだけ悔やむ。
やがて意を決した赤くぬめるくちびるが、もういっかい、と綴るのを見届けて、初めての色っぽいおねだりを叶えてやった。さっきと同じでいいのか、もっと深い方がいいのか。確認しなかったけれど、きっと同じ気持ちだろう。
2022/11/14/作文
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