雑記


にがい、まずい、もういっかい


Twitterの #キスシーンを14文字で書く で考えたものをタイトルにして書いたキスの日ネタの獄空です。
気持ちいつもよりちょっと悪い大人の獄とぴかぴかの中学生な空却がキスをします。

 仕事場の私室に押しかけてきた中坊がくちびるを奪っての第一声がそれだった。
 そりゃあそうだろう。タバコを吸った後、コーヒーを飲んで、口の中に広がるのは心地いい苦味ばかり。深い香りの奥にほんのわずかな甘みがないとは言わないが、表面をかすめただけの子供にわかるわけがない。
 それよりも聞き捨てならないのは最後の一言だ。
「なぁにがもう一回だ! ガキが生意気言いやがって!」
「なんだよ、中学生のファーストキスだぜ? 獄くらいのおっさんに金払ってでもしてほしいって言われんのに」
「ファ……っ、金……、おまっ……この、バカッ……!」
 断じて言っておくとこの中学生は依頼を受けて助けただけの恩人の息子で、ファーストキスを捧げられる関係でも、金を払ってでもキスをしてもらう関係でもない。
 むしろ押しかけてくるのを邪険に追い払っているというのに、なんでか懲りずに熱烈アプローチされている。思えば何かとこれくらいの年齢の子供に懐かれることが多いが、自分の何が琴線に触れるのかまるでわからない。ましてキス――それもファーストキスの――相手に選ばれるなんて思ってもみなかった。
 金を払ってでもと望まれるくちびるは確かにふるんとやわらかく、色白の肌に花が咲いたように赤く艶めいていた。黙っていれば幼いながらも整った美しさのある顔立ちは、大枚を叩いてでも、という人間がいるのも納得してしまう。俺がまともな大人なのを感謝しろ、とため息をもらすと、ひどく不満げにされた。
「拙僧とキスしたくなかったのかよ」
「あのな空却、俺は今までお前に何度も告られてきたがな、そのたびぜぇんぶ断っとるだろうが!」
「そんなん知っとるけど、オツキアイしてなくてもキスはしてもいいって思わねえか?」
「思わん」
「拙僧は思う」
 だからもういっかい、とねだる子供に目眩がする。こいつが赤ん坊だったなら額だの頬だのにしてやってもよかったが、もうすぐ高校に上がる中学生なのだ。その上こんな綺麗な顔をして。有名弁護士事務所所長、中学生の元依頼人に淫行――下世話な雑誌の見出しが容易に想像が出来てしまう。
「いいだろキスくらい」
 よくない。社会的に殺す気か。一生懸命、どう断ったら退いてくれるかと頭を捻っているのに、なぁなぁキス、キスしろよ、ケチ、減るもんじゃねえだろ、キスしようぜ、と矢継ぎ早にうるさくねだられて、ぷつん、と何かが切れる音がした。

 好きだ、と思ったら理由なんてなく、ただ『好き』だった。テンプレートに勘違いだ、思い込みだ、と宥められ、子供だからと一括りにするのを失礼だと返せば、大真面目に子供だから俺はお前の『好き』を受け入れない、と諭された。
 こちらの派手派手しい見た目だけで挨拶もそこそこに買値で話しかけてくるおっさんは気持ち悪いけれど、獄はガキだバカだとは言っても都合のいい玩具のように見ることも扱うこともしない。同じような年嵩の男の口から出る『子供だから』という言葉なのに、乱暴にも聞こえる獄の声には見下しも嘲りも驕りもなく、ただ大切にしたい、守りたいという真摯な戸惑いがあった。
 勘違いでも思い込みでもいい、絶対に後悔しないと誓えるから、素直でないことばかり言う男のくちびるで初めての箔を剥がしたい。自分とは違う、けれども強い意志の宿る言葉を放つくちびるになら、噛みつかれたっていい――そう思っていたのに。
「ふ、ぅぅ、ぅう……ん、ぅ……っ」
 実際には噛みつかれた方がマシ、というくらい優しく優しく食まれ、舐め、しゃぶられた。驚いて見開いた目はぼそりと閉じろ、と囁かれ、それきり開けることが出来なくなった。ちゅぱちゅぱ、ちゅぅ、ちゅぽ、と恥ずかしくなるほど湿った音がして、目を閉じた分、余計に耳に響いてしまう。自分からねだった手前、拒むことも出来ず、鼻と口からもれる息を垂れ流すしか出来ない。
 もういっかいとは言った、言ったけれど、意外にやわらかくて、すべすべしていて、すれ違ったときより強く香るタバコとコーヒーがひどく心地よくて、もういっかい、それを感じたかっただけなのに。最後の砦と言わんばかりに半開きの口の中には絶対入らないけれど、前歯と八重歯をわざとらしく舌やくちびるでくすぐられる。
 さっきのがはじめてだと言ったのに。まだ二回目なのに。こんなキスをするなんて大人げないにもほどがある。
「は、ぁ……」
 くちびるを離す間際、ぷちゅん、とくちびるを重ねられて、そのまま舌がぬぅ、と歯と歯の隙間に忍び込んだ。散々弄ばれたくちびるは触れ合うだけで気持ちよくて、今度は口の中までめちゃくちゃにされる、と思うのに止めらない。むしろ自然と舌が伸びて、意地悪な大人を招き入れようとしてしまう。何度もねぶられて、欲しかったものより濃厚な香りが口中に広がり、にがくて、まずくて、それだけだったはずなのに、いまはあまくて。このままもっとふかく、ふかいきすをしたら、きっと――
 ところが待ち望んだ侵入者は、伸ばした舌をちゅるりと一撫でするとさっさと帰ってしまった。くちびるだってぱっと離してしまって、最初と同じに驚きで見開いた目の先には何事もなかった顔をした大人が立っている。
「もう一回、してやったぞ」
 子供の希望をかなえてやった、という風情の男をぎ、と睨みつけると、鼻で笑われた。
「いんこうべんごし……っ」
「『キスくらい』で淫行たぁ、ガキはカワイイもんだな」
 ファーストキスだってずいぶんピュアだったし、あんなお子ちゃまみたいなキスをしたのは久しぶりだと、いつになく悪い顔で並べ立てる目は、ことさら意地悪く細められている。気づいたらタバコを片手にくゆらせていた大人は、余裕を見せつけるように咥えると、すぅ、と軽く一息吸った煙をろくに飲みもせずこちらに吹きかけた。
「なぁんにも知らねえガキんちょは、ガキんちょらしくオトモダチと遊んでな」
 有無を言わさぬ態度で部屋から追い立てられ、ばたん、と鼻先で扉が閉められる。刹那、かち合った目は見慣れた困惑にいくらかの後悔が混じっていて、待て、と言いかけたのをどうにか引っ込めた。
 だって、あの部屋に戻ったら、きっともう逃してもらえない。
2023/05/24/作文


TOP
総合TOP