雑記
介錯ステーキナイフ
ハタチじゃ足りない!成人式までいたさない!という獄とようやくいたした空却くんの事後獄空。
やらしいことはしていないです。
もうハタチになったぞ、と胸を張る子供の額を成人式を終えたらだ、と弾けば、いたく不満げにされた。
ならば今、この真夏の真夜中にお前を抱いたらどうなると思う。
「……部屋の外に出られなくなると思え……」
「どうした空却、何ぼそぼそ言ってんだ」
ほれ、と目の前に置かれたでかい盆には、水の入ったグラスと揃いで買った湯呑みに注がれた日本茶、細切りの鶏肉と大葉と梅干しののった粥とたくあんだのきゅうりだのの漬物が並べられた小皿、一口大に切られた白桃とゼリーの小鉢が鎮座していた。
動けないだろ、とベッドの上に直接置かれたそれはありがたい反面ひどく気障ったらしくて落ち着かない。喉が乾いていたから水を飲むと、全部おかわりがあるし無理に食べなくていい、とベッドの横のテーブルに待機しているペットボトルを目で示した。
昨晩……夜中……今朝……? ともかく、二目と見られぬ有様にしたはずの寝床は綺麗さっぱり片付けられ、どちらのなにとも知れぬ汁にまみれた身体も右に同じである。
手際がいいのか手慣れているのか、ちょうどいいぬくさの湯呑みを啜りながら、薄く切られたたくあんを齧り、そのまま白桃を摘む。水分、塩分、糖分、緊急事態ならば無理矢理にねじ込まれたであろうそれらは、自力で補給出来ると判断されたらしい。
「用意周到すぎンだよ……」
「お前の準備が疎かなだけだ」
はずみがついて粥に手を出すと、グラスに水が追加された。流れるように茶もつがれると、危うく納得しそうになる。
「拙僧がハタチになっても成人式までとか言うから、興味ねぇんだと思ったんだよ」
「そんなのお前の早合点だろうが。俺は成人式を終えたらって言ったろ」
「そりゃ言ってたけど……」
鶏出汁の粥は梅干しの酸味とよくあって、気づけばぺろりと平らげてしまった。大葉ですっきりとした後味に満足して、おかわりを断った後にゼリーをひとすくいする。
「きちんと灼空さんにも話を通してお前をいただいたんだ。今日はゆっくりして明日の朝に寺まで送ってやる。その頃にはもう少しおさまってるだろうよ」
「おさまる……?」
透明なゼリーも桃味だったけれど、果物の方にゼリーがついていた様子がないからわざわざ別々に買ったのだろう。コンビニにも桃入りゼリーなどあるというのに。
「忘れたのか? 部屋の外に出られなくなると思え……って言ったよな?」
わざと低く、甘く、ひそめられた声にぞく、として、ゼリーをすくったスプーンを取り落とす。幸いにも小鉢にぶつかったそれを甲斐甲斐しく拾うと、こちらの手へと握らせた。
「首は当然、鎖骨と胸。背中に腕……下半身は大丈夫か」
スプーンごと握られた手は離してもらえず、ぞくぞくとする声のまま耳元でどきどきとすることを囁かれた。
「冬だからないと思うが……ほいほい脱ぐとお坊さん失格なのがバレちまうから気をつけな」
注意にしては楽しげに告げられた言葉に体温が上がり、はじめて自分の体に目を向ける。ちら、と下を覗き込むと、着慣れたスウェットで隠れない部分でもわかるほど、それはもうびっしりと、キスマークが散っていた。
「赤くなるといくらか紛れるな」
空却は色白だから、と、空気をたっぷりと含んで吐き出された声に続く台詞を聞いてはいけない、と頭の中で警鐘が鳴り響く。けれどもスプーンごと握られた手は未だ離してもらえない。
「——そろそろ、俺を見てくれよ」
拗ねたように甘えた素振りと声が、吐息と共に鼓膜をくすぐった。ぞくぞくん……、と背がふるえて、じわじわとあらぬ場所が甘ったるく疼き出す。
「きのう、いっしょうぶんみた……っ」
これが余韻というものか、などと感慨深くなる暇もない。今すぐ逃げなくてはならないのに、逃げられない。腰がくだけ、胸が、腹が、尻が、じくじくと熱を孕んで止まらない。
「何言ってんだ。昨日の一生分を、これから死ぬまで……死んでもずうっとやんだよ」
地震雷火事親父、加えて自分自身。それよりもっとおそろしいものが常世までを誓う。
観念して見上げた先、鋼色の眼差しは幼い覚悟を殺すにはあまりにも鋭かった。
2025/01/14/作文
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