雑記
そこから先は薔薇の下
B.A.Tカワイイ談義with獄空
十四が自分と獄を評するときは必ずかっこいいと言われてきた。当然だろうと揃って返すところまでがセットで、その後の反応はまあまちまちといったところか。
こういうやりとりを見て引いただのなんだのと言う輩がいるが、己に恥じず、曲げることなく生きようとすれば自然とカッコよくなるモンなのだ。度が過ぎた謙遜も自尊も毒になる。なんでも上手くいくわけでもないし、失敗だって山ほどするが、それがカッコ悪いとは思わない。ボロボロになっても最後まで諦めないことがダサいなんて言って、なんにもしないヤツが一番カッコ悪ィ。
――だからカワイイなんて言われたら、どう返していいかわからないのがおわかりいただけるだろうか。
はぁ?と言ってしまったのは反省している。ただあんまり悪意なく、自然に、カワイイと言われて脳がバグった。
これまでの人生で浴びせられてきたカワイイは、生まれた瞬間から知られているジジババどもに孫か曽孫とばかりに愛でられてのものと、こちらを侮った愚か者から嘲りとともに投げかけられたものにだいたいわかれる。
DRB以降、知名度が上がってからは、そのどちらでもないカワイイを言われることもあった。見た目だけでカテゴライズされるとき、そう振り分けられるのはままあったからいまさらだ。
小さく見えるモノに庇護欲をそそられるように人間はできている。赤ん坊の頃と全く変わらぬ調子で空ちゃんと呼びかけるジジババがいい例だ。しかし、おしめを替えてあげたのよ、なんて言う相手にはどうしたってカワイイ空ちゃんのままだろうが、写真だの動画だのでしか知らない相手ならいくらでも覆せる。
現にそうしてきた。カワイイ、とアイドルかなんかに向けるようだった目の色が、まさに変わる瞬間を何度となく見てきた。そうやってヤンチャなオトコノコとしか思っていなかった相手が平伏すまで、ずっとくり返してきたのだ。
だから、カワイイなんて言うヤツはいなかったのに。
「オイ十四、大丈夫か? コレがカワイイなら世界中のチンピラと暴れ猿がみんなカワイイことになるぞ」
「せめて人間だけにしとけよ銭ゲバ弁護士」
「ええ……でも自分、獄さんもかわいいな〜って思うことあるっすよ」
沈黙――からの爆笑。
そもそも寺の縁側で猫と戯れているのを見た十四が猫をカワイイカワイイと言ったかと思えば、空却さんとこの猫、目の色がお揃いでカワイイっすね、なんて言ったのがはじまりだった。少し遅れて来て遠巻きに眺めていた獄が、状況を察してか面倒くさそうに眉をひそめ、す、と後ずさるのを見逃さなかった。
それでおしまいだったらこんな大惨事にはなっていない。ほぉん? はぁ? と言っている間に、つり目で目尻のぴんとしたところも似てるし、あらためて見ると全体的に猫っぽい、と置いてけぼりのままどんどん話が進む。
素のままでも何言ってるかわからん日が来るとは思わんかったな……と止めるタイミングをうかがって拳を握って開いてをしていると、よりにもよってチンピラと野猿と一緒にされたのだ。ザマァカンカンだええかっこしいめ。
「ヒャーッハッハッハァーッ! あぁ腹いてぇ……言われてンぞ色男!」
「あのな十四……俺はもう三十も半ばでな……」
「あ! その困った感じ! 今とかすっごくかわいいっすよ〜!」
「ヒィー……ッ……あきらめろ獄……っ、一緒にカワイくなろうぜ……」
「ああ〜ったく! このクソガキども! だいたいなあっ!一番カワイイのは十四だろ!」
「それは違うっす! 自分、カワイイよりキレイ系なんで!」
むん! と胸を張る最年少の一番弟子は、それはまあ麗しい顔面で、ポーズは威嚇するアリクイによく似ていた。
「ま、顔"は"な」
「顔"は"ってなんすか! なんで"は"を強調するんすか〜!」
「鏡見な。いつも持ってんだろ、えらく重そうなゴッツイやつ」
「獄さんまでぇ……でも自分、泣いても美しいんすけど……やっぱカワイくはないっすよぉ!」
ふところから取り出した派手派手しい手鏡を覗き込み頬に手を当てる、ぴぇぇ……という絵文字が背後に見えるような仕草に、被害者同士で自覚がねぇって怖いな、と耳打ちしあう。
十四の言わんとすることはわかるけども、残念ながら純粋にカワイイのはまず間違いなくお前なのだと言ってやりたい。デカい図体でぴぇんぴぇんと泣くのがみっともないしウザったいと思う反面、妙にハマって見える。ご自慢の顔は言うだけあってキレイだから、ギャップというのか。もしかしたら一番年下で一番弟子という『小さいモノ』という感覚なのかもしれないがもう知らん。
「十四」
「なんすか空却さん」
「拙僧も獄に賛成だ」
ぽん、と肩を叩くとええぇ……と不満げに呻かれた。
かくして多数決という数の暴力で場をおさめたのだが、すぐに、つまり自分、美しい上にカワイイってことだから最強……ってことっすか……? と何かに目覚めていた。いいぞ、それが不退転だ。そのままこの話ごとどっかに持って行け。こんな話、とっとと終わらせるに限る。カワイイなんてこりごりだ。
名目はラップ修行だったはずの集会の帰り、駐車場までの道すがら。ため息をつきながら歩いているとトークアプリにメッセージが来ていた。頑張ってカワイイも極めます! と意気込む内容に、ほどほどにしろと返信をして閉じる。
実際、四十を目前にすると十代なんてみんな子供でカワイイものだ。見た目だけの話じゃない、自分がとっくに通り過ぎた道を今まさに歩む姿に甘酸っぱさだとか、しみじみ感じ入るものがある。それだって一つのカワイイだから、十四がこちらへ向けたカワイイを頭ごなしに否定はできない。ただ気恥ずかしさは拭えない。
それに三人の中で一番カワイイやつを選ぶならやはり十四だろう。本人は一生懸命にカッコをつけているが、どうしたって素の優しさや素直さがはみ出して、小動物めいた印象が拭えない。なによりもう一つの選択肢である生臭坊主見習いが強烈なクソガキすぎて全然カワイくないのだ。つまらないことで泣きつかれても、捨てられた子犬のように縋られる方がまだカワイく見える。
カワイイも色々だ。辞書に載っている意味、個人の感性に時代の流行り。カワイイがなければ死ぬ人間もいるだろうが、あいにくと今日みたく乱痴気騒ぎに巻き込まれるなら、たまにつまむくらいでちょうどいい。
そう距離もないからすぐに愛車にたどり着く。ポケットの中のキーを探ると、ブ、とスマホが揺れた。珍しいことに電話だ。それもさっきカワイイの道連れにしようとした悪僧から。
「なんだ空却」
『お、間に合ったか。ま、そんな急ぎでもねぇんだけど』
いつも無遠慮な大声がこそこそとしている。解散して間もないのにもう何かやらかしたのか、こいつですら口にするのをはばかるようなことなのか。どことなく嫌な予感がしたものの、それで、と続きを促す。
『いンや、なんつぅか、なァ? ……拙僧以外が獄のことカワイイって思ってんのが妬けたなァ〜、って……』
ぽかん、としていると、急に焦ったように、そんだけ、と返事も待たずに電話が切られた。終話を伝える無機質な電子音がうるさいはずなのに、いつまでも耳から離すことができずにいる。
……あのクソガキ! 自分だけ言いたい放題して切りやがった。そんなことを言うのなら、こっちだってまるっとお返ししてやりたい。いつもカワイイと言ったって全然カワイイ反応をしないクセに今日はなんだ。だいたい妬くところはそこなのか。つうかお前も俺をカワイイって思ってるんじゃねえか!
十四にカワイイと言われて、はぁ?と目を剥いた顔にどきりとしたのは自分だけの秘密で、表情に出ないように抑えたのを違う意味にとってもらえたのは運がよかった。完全に不意を突かれてぱちぱちとまばたきをするのがそれこそカワイくて、自分がさせたのではないのが悔しくてならない。もしかしなくとも、いつもは身構えていやがるのか。カワイイと思われているのだって知らなかった。言いたいことは山ほどあるが、かけ直したって出やしないだろう。次会ったらどうしてやろうか。
「ほんっとにカワイくねぇ……っ」
ようやく通話を切ったスマホに天邪鬼な恋人の顔が映る。ベッドの上ですよすよと眠る顔は、百人が百人カワイイと言うだろうが、誰にも見せるつもりはない。カワイイと思うのはお互いだけでいい――そういうことだろう?
2022/10/18/作文
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