俺と一緒にここで死ね


非公式・無節操・全年齢向け二次創作作文置き場
管理人:中野かたく(連絡)

空の蔵


2023年冬のTwitterのタグ企画『#怪異遭遇真冬の空厳寺』の参加物です。
波羅夷空却くんがモブとおしゃべりする話です。

 枕も凍る真冬の夜中。ただでさえかちんこちんに冷え切ったそれから、しくしく、と湿っぽい声がした。
 しおらしいのに我と水気の強い泣き声に、余計に寒気と面倒な予感がして無視をすると、さらにしくしく、しくしく……としつこく訴えかけてくる。
「……うるっせぇなぁ……」
 しかたなしに布団にくるまったまま声の主へと視線をやると、認知をされた喜びでかしくしく……しくしく……とより大袈裟に泣くようになっていた。
「こんな夜中になんだってんだよ」
 あと数時間後にはぬくい布団から嫌々這い出し、腹にたまらぬ飯を食い、非効率で退屈なお勤めをせねばならぬのだ。だから近くで泣かれるとうるさいし、気になって眠れない。気づかなければ知らぬままでいられるが、一度気になったら無視できない。しめの甘い蛇口のしたたりや時計の秒針と同じだ。
 ぴいぴいとよく泣く弟子との付き合いの賜物か、前ならば一喝してどこぞへ放り投げていた気がする。もっともただの枕から湿っぽい音がしているだけで赤ん坊もかくやの高周波よりはずっと静かだし、べしょべしょの泣き顔も縋りついてくるでかい図体もない。なによりなんだかんだ言っても物心ついたときにはすでにあった自分の枕だ。
「なんで使ってくれないのですか」
「はぁ?」
「今だって、布団ばかり」
 私はたまさかに頭を乗せてもらえる日を待っているのに布団たちときたらほとんど毎日――そう言うと妬ましい、羨ましい、とまたしくしく泣きはじめる。
「ンなのしょうがねえだろ。枕も布団もねぇとこで寝るのに慣れちまったんだから」
 近所の山から遠くは東都まで。食料も路銀も必要になったら現地で調達するような正真正銘の着の身着のままの旅路に寝具の入る余地はない。
 山は人の場所ではないから、本来の住人と変わりやすい天候――つまりは自然そのものと上手く付き合わねばならない。街は人通りが多ければ騒がしく警察もすぐ来るし、少なければ治安と運次第で寝るどころではなくなる。のびのびと気兼ねなく寝転がり眠れるなんて状況は山でも街でも貴重で、気づけばすっかり寝具――特に枕を使わないことに慣れていた。
 布団だって誰かが泊めてくれでもしないかぎり出番はなかったけれど、そもそも頭を乗せるのと体を覆うのとでは役割が違う。まともな寝具もなく、完全に体を休めることもできない劣悪な環境で、最低限の体力回復と維持のためにとられる睡眠に求められるのは後者だった。
 自分の腕は枕にできても、自分の体を自分で覆うことはできない。せいぜい自分で自分を抱き締めて小さくまるくなるのが関の山で、寒いから一枚皮を増やして暖をとるなんて芸当をできるならば苦労はないのだ。
 そうして染みついた習慣は抜けず、安穏と眠ることができるはずの自室ですら掛け布団にぐるんとくるまって、ぽつんと転がった枕を見つめて話している。
「あなたがひとところに留まらないのは知っています。ほんの小さな頃から一緒にいるのに私が綺麗なままなのがいい証拠です。屋根のない野山で石を私とするように、その腕が代わりになることもあるでしょう。私では布団のようにあなたを包めないのも認めます。けれども、せめて、この部屋でお眠りになるのなら、もう少し私を使ってくれてもいいではないですか」
 涙をこらえ、ときおりつまりながら、うぅ、う、と恨みがましげになじられた。なんの変哲もない枕カバーに包まれたなんの変哲もない枕から、不義理を咎める言葉がするのがおかしく、けれどもおもしろくはないから笑えない。
「たまには使ってんだろ」
「せめて必ず一度は乗せるようにしてください」
 あなた、最初から私を避けるときがあるんですよ。枕としてあんまりにも不甲斐なくて、悔しくて、私もう泣けてきて……。言うやいなや、またしくしく、しくしく、と泣き出した。
「なぁんでそんな使われてぇんだよ。頭なんて重てぇもん、拙僧だったらゴメンだぜ」
「それはあなたが人間だからです。私はあなたの枕だから、あなたの頭を乗せなければ、なんのためにここにいるのか」
 あまりにも枕として当たり前の答えに、そりゃあそうだ、と思ったときにはもう遅かった。いっそう強く響く、したたる大粒の涙が見えるような泣き声に気が滅入る。枕そのものはずっと微動だにせず、湿りもせずに敷布団の隅に鎮座しているから、声だけが悲しみをたたえていた。
「ったく……乗せりゃいいのか?」
「乗せてくれるんですか!」
 渋々承諾すれば、すっかり手のひらを返し、涙の引っ込んだ嬉しそうな声が告げる。ほんの数瞬前まで怨嗟を垂れ流していたと思えぬ嬉々とした様子に、現金なことだと胸の中でひとりごちた。
 布団にくるまったままもぞもぞと動き、枕へと近づく。不思議なもので、ぴくりとも動かぬ無機質な塊でも声だけで先までより機嫌がいいのがわかる。灯りの消えた部屋の中、そこだけ明るく見えるほどだ。
「それにしてもお前、付喪神にしちゃあ早くねえか? 拙僧より前に持ち主がいたとは聞いたことねえし、百年かかるんじゃねえのかよ」
 そこまでない距離をじりじりと這って縮め、いよいよ枕が目の前になったとき、ずっと抱えていた疑問をなげかけた。はっきり言えば愛用してもいないものに、こんな心めいたものが宿るなんて思えない。枕としての矜持が高く、役割を果たせぬのが歯痒いのだとしても神に成るにはいささか早すぎる。
「お前、本当に『拙僧の枕』か?」
 とたん、あれほど嬉しげにおしゃべりしていた枕がしん、と黙りこくってしまった。うすらくらい部屋の中でもうるさいくらい浮かれているのがわかったのに。
「なあ」
 呼びかけるも返事はない。じい、と枕を見つめてみても、何一つ読み取れない。どうやら中はすっかりもぬけのカラのようだ。逃げたか、とため息をつき、枕から離れて二度寝の準備に入る。
 まったくとんだ茶番に付き合わされた。本来の主が滅多におさまらぬ空却の枕は、よほど不在を埋めたいのか良い悪いを問わず某かを入れてしまう。
「お前もほいほい入れんじゃねえよ」
 当然、返事はない。やはり十数年、思い出したように使われるから手入れだけはされ、けれども枕として重用されたことのないものに宿る心などありはしないのだ。枕を名乗った不埒者が言ったように、もう少し空却が使っていれば悪心を持った輩から『本当の枕』が守ってくれたかもしれない。
 からっぽになった枕は今なら頭を乗せても無害だろう。しかしながら今さら自分以外のものに自分の魂をゆだねる気にはなれなかった。なにより長らく寒気に晒された枕など、乗せた頭から風邪を引きかねない。さっき布団の上をほんの少し移動しただけでも目が覚めるほど冷たかったのだ。
 この話をしたらぎゃあぎゃあとうるさく騒ぐであろう『家族』ならやぶさかでないけれど、あんな面倒でうるさくて硬い連中では枕なんて務まらない。だから枕は使えない、使わないままでいいのだ。
2023/02/28/作文/


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