キスで開くはまぶたと足

 恋人の親に心証をよくしたいという下心と、純粋にお世話になってきた恩義とが混ざり合って、獄は足繁く寺を訪ねる。事前に連絡することもあれば、なんの前ぶれもなく現れることもあり、そのどちらでも手土産を欠かさなかった。
 ほのかに汗ばむ季節。うっそりと乾く喉に負けて、鮮やかでみずみずしい桜桃を手にとっていた。赤く艶めくそれに、これから会う恋人を重ねたのもある。
 数日前にも会っているし、連絡は毎日している。にもかかわらず初めての恋か久方ぶりの逢瀬のように浮かれて。いくつになった?もう三十半ばだぞ?と頭の中で言い聞かせても、愛しい恋しいに年齢なぞ、と十六年下の恋人がよぎる。
 いつだって燃え盛る炎色の髪は変わらないが、獄といるときには紅葉か夕日に似たやわらかくてどこか寂しい色に見えた。そばにいるからこそ離れ難いーなんて絶対に口には出さない恋人は目の方がよほど雄弁で、それすら上手に隠したとき、全身から醸し出されるほんの少しの変化だけが命綱になる。
 そうして、帰らないでほしい、もう少しだけ、と言うように無意識にすり寄る頭の、制し損ねた幼さをかわいいと思うのに、大人に釣り合わない、と恥じるのだ。思うことすら子供だと恥いって。
 実際、獄からすれば空却はまだ子供だ。『子供』にすべきではないことを散々しておいて言うことではないが、泰然として見えても年齢相応のところはある。それは恥でもなんでもなく、自然で、恵まれたことだ。
 熟れてあたたかな赤色の粒が詰まった箱を片手に益体のない考えを巡らせれば、すぐ目的地に着いてしまう。今日の恋人はどんな色で出迎えてくれるだろうか。

 恋人は寝入っていた。訪問前に確認したら親父はいないから勝手に上がって部屋まで来い、と言っておいて無用心すぎる。すやすやというオノマトペが見えるような安らかな顔は、迫力も険もそぎ落とされて可憐ですらあるのに鍵もかけていない。
 しかも抱き枕代わりにぎゅう、と大きなぬいぐるみを抱いているのだ。白い胴に銀色のたてがみ、ねじれた一本角の生えた馬ーユニコーンの。
 畳の上、ユニコーンを抱いて眠る僧侶。というとなんとも珍奇なのだが、ぬいぐるみの背に身を委ねて頬を寄せる姿はおそろしく似合っている。とっくに『乙女』ではないのに、つぶらな瞳の一角獣が騎士のごとく綿で出来た角で威嚇した。
 スパンコールの散りばめられた角は、きらきらと光って硬質に見えるだけで指の腹で押せば簡単に曲がる。やわらかいばかりで押されるままに沈むような角に清らかな乙女を守ることも、不浄な姦淫者を殺すこともできない。
 いとけない寝顔と同じにふわふわとした髪は、自分がひどいめにあうなんて思っていない無垢さを帯びている。何度も自分のことを丸呑みにした一番危険な男を待ちわびて、薄紅色のくちびるが名前を呼ぶようにはくはくと動いた。
 殺してしまおう、ユニコーンなんて。
 眠り姫を起こすのに必要なのはくちづけで、貫くのは糸車でも角でもないのだから。

2021/05/25


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