本日はお日柄も良く仏滅
寺の庭には四季折々の生命が芽吹く。
連日の不規則な雨に濡れ、暗く湿った空気の中でも変わらぬまあるい花は今が盛りだ。
空却は子供の頃から父に、檀家に、庭に生えたものの名前や種類、効能、可食、毒性、迷信、言い伝え、神話に花言葉まで、ありとあらゆる話を聞かされてきた。
見渡すと点在する青、白、赤、紫……元は同じはずなのに、土が変わると色を変える。空却は古びた寺が華やかになっていいと思うのだが、妙齢の参拝者は移り気で浮気っぽくてよくないのだと言う。色だって、青は冷たく見えるだの白は清らかでいいだのと言って。
あんまりかしましいものだから、みんなキレイだからそれでいいじゃねえかとたしなめると、空却くんは関係ないからねえ、とため息をつかれる。何が関係ないものか、と問うと、だってねえ、と口籠って濁された。
結局、教えてもらえないまま彼女らは帰ってしまい、入れ替わるように雨が降り出す。話題の中心にいた花にもぽつぽつとしずくが落ちた。
この時期は外にものを出しておかないが、昨晩は風が強く、枝葉が散って危ないと片付けていたのだ。御年配、子供、それこそ足下まで見目麗しく装った先までのような訪問者のために。寺と同じに古めかしいちりとりとほうきを回収しなくてはならない。
「親父にドヤされるな……」
"空却くんには関係ないから"
写経体験だかがきっかけで、定期的に来てくれるようになった人達だ。はじめは空却の見た目にひいていたが、だんだんと話してくれるようになって、ぼやかした悩み相談もされるようになっていた。お坊さんは真面目でおかたい人ばかりだと思っていたから話しやすい、と言われるのが嬉しかった。
小さな花が集まっている姿から団欒や家族という意味もあるのだと幼い空却に教えてくれたのは家族を亡くした人で、じゃあ寺に来てくれる人はみんな家族だな、と何も知らない空却が言ったら頭を撫でて笑ってくれた。
血の繋がりだけが家族ではない。それだけで『家族』になれるなら、起きないはずの悲しみがこの世には多すぎる。血よりも繋がるべきものが『家族』にはあるのだ。
雨足が強くなって、空がますます黒く暗くなっていく。
はやく、行かなければ。
「サボってんじゃねえぞ見習い坊主」
「……なんでいんだよ銭ゲバ弁護士」
今にも雷が鳴り出しそうな空模様を背景に、自慢のヘアスタイルもファッションも投げ出して、ちりとりとほうきを持った恋人がそこにいた。
乱暴に投げ渡したタオルが当たって、だいぶ崩れた髪型は戻せないだろうが空却には見慣れた姿だ。どだい、びしょびしょに濡れていたのだからいまさらだろう。
「時期だろ」
「何が」
馴染みの客間に通して向かい合って座る。茶を出すと、す、と箱をふたつ差し出された。片方は団子で、片方はー
「毎年、咲くだろ」
上生菓子の、紫陽花。
手のひらにおさまる小さなまあるい花は、たまの日差しできらきらとかがやく姿によく似ている。
「こじゃれたことすんなぁ……」
「他にねえのか」
「美味いけど腹にたまんねえんだよ」
「団子があんだろ」
まさに花より団子だな、と鼻で笑うのがムカつくが、地味に入手が難しい菓子屋の紋が入っているのを見つけて素直にいただくことにした。不真面目でも坊主なんかしていると忙しい。弁護士だってどっこいだろうが。
「ところで寺の入り口で空却くんがどうこうって言ってる若い女の二人組がいたんだが」
「ああ、常連さんだよ」
「檀家さんじゃないんだな」
「ゆくゆくはそうなってくれるとありがてえなあ」
「……本題だ。その常連さんが空却くんは結婚するからね、と言ってたのはなんだ?」
「は?」
全部吐いてもらうからなーと言う声は腹の底から這い出たような低さだった。危うく、飲み込んだばかりの団子を戻しかねないほどに。
寺でなければえらいめにあっていた。
外の湿気に負けないじっとりねっとりとした重苦しい熱さで『結婚するのか、俺以外と』と責める目と声に呆れると同時にたじろぐ。
そんな隙を与えていないくせに、どうやって獄以外と結婚にこぎつけられるというのか。何年も前から公認した恋人を退けてまで父が空却に別の相手を用意するわけもない。
「だから拙僧が獄と結婚するってことだろ」
「そんな話してんのかお前は……」
「言うわけねえだろ。つうかここらでは暗黙の了解なんだが」
檀家でなくとも常連だ。知っている人もいるだろう。
……もしくはお節介な檀家が空却には将来を誓った相手がいる、くらいは吹き込んだかもしれない。
「そんな心配しなくても、頭のてっぺんからつま先まで拙僧は獄のもんだよ」
どこにも行かないしどこからも迎え入れない。獄以外は。
おあつらえむきに純白の紫陽花も気持ち多めに咲いている。
なんなら今から結婚式でもしてやろうか。
そこまで考えて、思い出した。
紫陽花は未婚の人の家の庭にあると婚期が伸びるって言うのよ、と愚痴まじりに教えてくれたのは子供の結婚で悩む人だった。
伝統と格式のある家柄だそうで、由緒ある血統を残すのは義務らしい。馬鹿らしい、と一蹴できるのは他人だからで、渦中の人間にはそう思っても出来ない事情もある。そのあとすぐに晴れやかな顔で家を捨てて子供と逃げます、と言われたのはなかなか気持ちよかったが。
しかしなるほど"空却には関係ない"のだ。
突然に黙り込んだのを、はてなだらけで見守ってくれる獄がいる"空却には関係ない"
言いにくそうにされたのは、空却自身が話していない恋人について触れないためだろう。
雨の音はまだ激しく、窓を打つつぶも大きい。小さな嵐の中、まあるい花がふるりと揺れる。
「なあ獄、結婚すっか?」
ちょうど六月だし、と言うと、わかるように話せとはたかれた。
2021/06/05
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