泥濘の君

 着の身着のまま飛び出した子供に好意的に話しかける人間は多く、けれども完全な善意は一切なかった。
 小柄な空却を侮る人間は山ほどいて、幼い空却を食い物にしようとする人間も。癖はあっても整った顔立ちはそれをさらに加速させた。
 そうして今日も、くもってよどんだ目が舐めるように値踏みをして、溝川に似た汚れた甘い声がレジスターのように人一人には安すぎる金額を告げた。

 自分はずっと一等きれいな真綿にくるまれていたのだと、拳に残る脂ぎった感触が伝える。
 足下に転がる大人は、自分のことを大事で、大切で、だから思いにこたえることはできないのだと言った男と同じくらいだろうか。
 今は遠い故郷で好きだと告げたときの、子供の言うことだと軽んじているわけではない、真摯なまなざしが懐かしい。
 自分より大きな体が倒れたひょうしにポケットから落ちた財布の中身は、空却につけた金額の半分も入っていなくて、かわりに小さなビニールに入った白い粉だの錠剤だのがくしゃくしゃのレシートとともに地べたに広がっていた。
 なあ獄、俺のことしか知らないだけだと言うけれど、やっぱりお前だけでよかったじゃないか。

2021/06/13


BACK
作文TOP/総合TOP