ねむれる夢は樽の中
尾張名古屋の生んだ第六天魔王をたとえた歌と同じ言葉をつむいだ恋人は気が長い方ではない。
待つのは嫌いだと言ってはばからないやつが何をのたまうか、とのごもっともな意見もいただいたがー
「酒ってだいたい寝かすもんだろ」
恋人の家の大きなベッドの上に転げながら、隣の家主を見上げる。
少し前、寺での梅仕事を終わらせて「飲めねえのに酒を仕込まされた」と愚痴った流れだった。
もうすぐにでもハタチになるというに、父は空却に甘酒くらいしか許さない。梅酒だって同じようなもんだろうと言えば、梅ジュースがあるだろうとはたかれる。
そして呆れた顔をしながら「獄くんと呑める頃には仕上がっているから」とため息をつかれた。
なんでそこで獄が出てくんだと喉まで出かかってやめたのは、お手伝いに来ていた檀家さんが『空却くんとカレシの惚気話』を期待している気配を察知したからだが、今は関係ない。
ともかく酒は寝かせて作るのだ。
「鳴かねえ鳥を殺そうとするクセに、気が長いモンが好きだよな」
完成までの時間のほとんどを樽の中ですごす。
いつかに聞き流したウィスキーのうんちくで、記憶に残ったのはそれだけ。
スコッチだのアイリッシュだの、やれシングルだブレンドだと、低く甘い声でとうとうと唱えられる呪文は耳から入って鼻から抜け、眠気となって帰ってきた。
船を漕ぎ出した空却に軽く悪態をつきながら、今も仲良くしているベッドまで連れて行ってくれたのはうっすら覚えている。
「人を待てができない犬みたいに言うな」
「気が長えやつの我慢ならんもんは本当に"二つ"なんだよ」
日々、何個もぽんぽん出てくるやつの"二つ"なんて、そんなのほとんど無限だ。
じぃ、と見つめれば、見慣れた指先が頬へとのばされる。先まで自分でも見たことのないところをあばいてぐちゃぐちゃに拓いた不埒な手だ。
あられもない色々が綺麗さっぱり拭われたせいか、完璧な手入れの施された丸い爪が妙に目につく。そっと触れて、やわくしずむのは指の腹だけ。
何度も夜をともにして、何度も触れられているのに、ひどくこそばゆく感じるのはなぜか。
すり、と肌をたどるのが、自分とおんなじに熱くやわらかなものだけだからだろうか。
「お前のことは待っただろうが」
立てようとしなければ皮膚をかすりもしない爪先が、かり、と耳の裏をくすぐる。
手ばかり見ていて、拗ねた子供のような目がすぐ近くにあるのに気づかなかった。
驚いてしばたたかせたまつげがぶつかりそうなほど、額も、鼻頭も、くちびるだって。
「待たされたんだよ」
二十歳まで、なんて言う口を無理矢理奪ったのは、そう遠い記憶じゃない。
名前を頭の中でなぞるだけで馬鹿みたいにときめいて、顔を思い浮かべたらどうしようもなく浮かれてしまう。
目の前にしたら熱くて、切なくて、弾けとんでしまいそうで。
それなのに待ってなんていられるわけがない。
「酒と同じだ」
好きだ、恋しい、愛おしい、と、なく子供が、焼けつくような恋慕で焦がれて、乱れて、熟れた大人になったのが見たかったと囁かれ、抗議の暇もなくくちびるをふさがれる。
けれども予定を二年前倒しにされたのに逆らわずに美味しくいただかれたのも事実で、やっぱり短気じゃねえかと思ったら咎めるように舌にきゅぅ、と、きつく吸いつかれた。
にじんだ視界に拗ねた子供はもういなくて、獰猛な色をした大人にすっかり囲いこまれているのに観念して目を閉じる。
絡みつく舌から、かすかに嗅ぎ慣れた酒の匂いがした。
「拙僧が待たなかったらどうしたんだよ」
長いくちづけのあと悔し紛れに問いかければ、悪い恋人はなんともイイ顔をして愚問だ、と笑った。
「だって俺のこと、好きだろ?」
2021/06/29
BACK
作文TOP/総合TOP