黙して語らぬその心は
獄の深々とした眉間のシワにこつん、と何かが当たった。
軽く、けれども固く小さな塊を、顔をしかめながら確認すると、ハート型の桃色の飴がデスクの上に転がり落ちる。
「イタズラすんなクソガキ」
「イタズラじゃあねぇよ」
そんな怖い顔ばぁっかしてると良縁が逃げちまうぜ、と笑う恋人は平日昼間の職場に急に現れた。約束も連絡もなく来たくせに、顔を合わせてぱあ、と輝いた顔に気恥ずかしくなってしまう。
取り繕うように何の用だと怖い顔をしたらこれだ。獄にとって恋人以上の良縁も悪縁もない。この綺麗な赤毛と金の目はどんな顔をしても失われることはなく、それどころかこうして忠告までしてくれる。だから眉間のシワていどで消える良縁も、増える悪縁にも興味も用もない。
「別にかまわん」
「そう言うと思ったわ、これやるよ。疲れたときは甘いモンってな」
「余計なお世話だ」
「嬉しいくせに……ま、帰ってやるよ」
本当にこんな小さな飴一個を渡すだけの用事だったのか、じゃあなと手を振っていってしまった。いつもならもう少し留まって、痺れを切らした獄に追い出されるまで居座るのに。ずっといられても困るが、寂しくないと言ったら嘘になる。手元に残った桃色のハートをすぐ食べる気にはなれず、そのままそっと飾っていた。
「天国さんすごいですね」
「なんの話だ?」
小一時間して部屋に訪ねてきた職員が、わ、と歓声を上げた。入りたての者がバーカウンターを見たときにするような反応に何かあったかと思うと、視線の先には恋人のくれた飴がある。なんの変哲もない桃色のハート型の飴。自分にも恋人にも不釣り合いな可愛らしいそれがなんだというのかと首を傾げた。
「期間限定で入ってるっていうハートキャンディですよ。超少量、見つけられたら宝くじ一等並みっていう」
それは獄でも知っている定番パッケージ商品がご愛顧御礼で掲げた企画だという。有名な動画配信者達が何十、何百箱単位で開封する動画を投稿して、一人として当てた者がいないとしてちまたを騒つかせているらしい。
「すごいですよ、いや、本当に。生で見れると思わなかった……!」
仕事の用件で訪ねてきたはずが、すっかり忘れて写真撮ってもいいですか?なんて聞いてくる始末。あんまり無邪気に嬉しそうにするのが、今はここにいない恋人とその弟子を思い出させて無碍にできない。写真を撮ったら仕事に切り替えろと告げて、この飴を贈られた意味を探った。
『入っていたら宝くじ一等当選レベル!?ハッピーハートキャンディー』
調べるまでもなく、ハッピーと入力した時点でサジェストが特設サイトまで連れて行ってくれた。子供のときに人にもらったりした記憶があるカラフルな飴は、大人になってから口にした覚えはない。
何十周年、総出荷数何百万トン、ご愛顧のお礼に……と途方もない数字に途方もない数字を重ねられ、いっそ笑いがこみ上げてきた。あの邪僧はどうやってこれを入手したのか。
街中をうろつけば空いた場所に菓子をねじ込まれる徳の高い恋人だからお布施をされたのかもしれないし、こういう派手な文句に釣られやすい弟子と運試しをしたのかもしれない。
どうあれ、獄には華々しい謝礼と企画説明の最後に小さく添えられた一文が全てだった。
『大事な人にプレゼントしてハッピー2倍!』
2022/5/29
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