可愛いだけで生きてきた
「俺が死んだら操立てたりしなくていいぞ」
男でも女でもよしんば人類でなくとも好きにしろ、と言われたのは恋人を囲っての盛大な誕生日祝いの後、二人きりでの仕切り直しをはじめてすぐだった。
恋人の家のソファーに並んで座り、プレゼントした酒を美味そうに呑むのを眺めながらコーラを飲む。成人すれどさして酒の味に目覚めぬまま、少しだけがっかりした恋人にお前に酔ってるから十分だと言えば、つまらないことを言うなとまんざらでもなさそうに笑われた。
以前、あんまり美味そうに呑むから興味がわいて舐めさせてもらったものの、匂いも味もそれはまあキツい。酔っ払いとも宴会会場とも違う、ストレートなアルコールの香りは鼻にも舌にも強烈なインパクトを与える。これをあんなに美味そうに呑むのか?とくらくらしていると、お子様には早かったな、と水を渡された。
お子様という響きは不満だったが、空却がひと舐めでもくわんくわんと頭を揺らすものをすいすいと呑み下し、香りまで味わっている姿は、たしかに酒を嗜まぬ子供にはどだい出せぬ色気がある。ゆるんだ表情といつもよりほんのりと赤い頬、かっこをつけたがる男が醸し出す隙から目が離せない。正直すぎる視線を咎めるようにふ、と上がった口角にもどきりとして、呑んでもいないのに真っ赤になってしまった。
そうして盛り上がって、あれよあれよと寝室へと雪崩れ込んだのはそんな昔の話でもないのに、空却が自分を大好きだとわかっているクセにそんなことを言う。だからは?、と怒りまじりの返答をしてしまったのだが、なおも話は続いた。
「本心だよ。俺は何事もなければお前より先に死ぬ。死んだ人間をいつまでも思って新しい出会いを棒に振ることはない」
盛大に祝われたばかりだからこそ、年々自分の体が死へと近づくのを感じてしまう。出会ってからずっと生命そのもののように輝く恋人が傍にいるからこそ余計に強く。誕生日に浸るべきではない感傷で、一途に自分を愛する恋人に言うべき言葉でもないのはわかっている。それでも誕生日がどう生きるか考える日ならば、天衣無縫の恋人を縫い止めるような未練をなくしたい。
語る目はグラスの中の琥珀と空却の金色を行ったり来たりして落ち着かない。縛りたくないと告げるのが自分が主賓の日なあたりから甘えの尻尾がちらちら覗く。そういうところだって好きなのだと見透かしているのに、いるからか、しおらしくふるまっている。
「なぁんで拙僧に獄以外の好きなやつができる前提なんだよバァァァカ!」
酒に視線を落とした隙にばちん!と額を指で弾く。いだ、と悲鳴が上がるが痛くしたのだ。せいぜい苦しめ。恨めしげにこちらを見る目の端に涙がにじむが、自業自得だ。しったこっちゃない。
感傷も甘えも許すけれど、どうして獄以外を愛するなんて思うのかだけは許せない。いい出会いも悪い出会いもあって、唯一無二と思う相手が獄だけではないのは事実だ。だとしても恋しくて、愛おしくて、切なくなるのを教えてくれたのは獄だけで、それはいつか見送る日が来ても変わらない。
たとえ憎からず思う相手ができても、思いを寄せられることがあっても、獄の面影を探して、重ねて見てしまう。そんなのは相手にも獄にも失礼なことだからできやしない。恋人がいくら空却を縛るまいとしても、とっくのとうに恋に焦がされ、愛に溺れた心は自由になどなれないのに。
全部ぜんぶ今さらなのだ。獄が大人ぶった愛し方をしようとしても、空却は大人気なく愛されるのに慣れてしまった。カッコをつけようとしてもカッコがつかないことばかりの男の、子供みたいな独占欲と執着が心地いい。
「……俺が死んでも俺のことだけ思ってろくらい言えよ。いっつもバッカみたいに妬いて、俺のモンってうるさいくせに急にイイコぶんじゃねえ」
ぎ、と睨みつければ、はぁ、とため息をついて抱きしめられた。
「俺が死んでも俺のことだけ思っててくれ。誰かに迫られても俺が好きだからって断ってくれ。……誰のことも、俺と同じように愛さないでくれ……」
隠そうとした本音を目を見て言えない弱さと甘えが愛おしい。ぎゅう、と抱きしめる手がだんだんと強く変わって苦しくなるのすら、いつもより速い心音がわかって嬉しくなってしまう。
「はじめっからそう言やいいんだよ」
どくどくと脈打つ鼓動がいつか止まる。自分をきつく抱く腕も失われてしまう。それがなんだというのだ。あの世まで持っていけるものなんて自分の心一つしかない。この日の記憶を忘れなければいいだけだ。触れた体の熱さも、交わった視線の甘さも、全て。
「……呑み過ぎた」
「そういうことにしてやらなくもない」
「誕生日だからまけてくれ……」
「だった、だけどな」
翌朝、ダサいことをした、としょぼくれる恋人がかわいかったので言われなくともまける気だったのだが、そういうことにしてやった。誕生日じゃなくたってまけっぱなしなのに気づいているのだろうか。いつだって恋は惚れた者が負けなのだ。
2022/6/29
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