ラブストーリーはお嫌いで
獄が入っているコンテンツ配信系サブスクを、恋人が『家族だろ』と勝手に共有して、面倒がってアカウントをわけたりもしないから履歴だの予約だのもいっしょこたにされる。おかげで厳選したベストフィルムだけを並べていたメニュー画面に、騒がしいアクションだの流行りのバトル漫画だのが食い込むようになってしまった。
「俺には我慢ならんもんがあってなぁ……」
「獄は我慢なるもんのが少ねぇだろ」
週末の夜、ちょうどよく訪ねてきた恋人に、獄の使っているアカウントをやると言うと不満そうな顔をされる。リビングの、ちょうどテレビを正面に据えたソファに並んで腰掛けて、何か見るかと言われたタイミングだった。
たしかに使用頻度は高くない。侵食具合からしても獄の家で勝手に観ているときだけだろう。だからこそ余計に悪目立ちするのだが……。しかしそれを細かいだの狭量だのと言われても獄が自腹を切って利用しているサービスである。何も使うなとは言っていない。アカウントをわけてほしいだけなのだ。
「そんならお前のアカウントを作ってやるから……」
デジタルネイティブ世代のくせに妙に腰が重い恋人にため息まじりに申し出ると、いらんと食い気味に止められた。
「お前なぁ……これはお互いのために……」
「映画なんか見てねえんだよ!」
「じゃあお前、なに観てんだ?」
件のサブスクは新旧問わず話題になった映画がメインコンテンツとはいえオリジナル作品や番組の配信も盛んで、同業他社に負けぬ特色を出そうとしている。だがおそらく恋人が言ったのはそういうことではない。
意を決したような声だった。裏表も腹に一物もない恋人には珍しい秘め事を明かすしかないと観念したらしいが、目は伏せがちにそらされ、いつになく往生際が悪い。
隣にいるから逃げようもないし、逃す気もないから、す、と無意識にか退がる腰を先んじて掴んで引き留める。
「なぁ……?」
捕まえた身体が熱を増して、触れた場所からどくどくと速くなる脈拍が伝わる。必死でそらされた顔の端、びっしりとピアスで埋まった白いはずの耳が、髪の毛とおんなじに赤い。
充実したラインナップで瞬く間に広まったサービスは、配信されるコンテンツより魅力的なものも、観るものもない。獄には意味がわからぬトンチキなサメが出てくる映画よりも、友情努力勝利で悪を倒すアニメよりも恋人にとって観るべきものなんてないはずだ。だってそれ以外なんてもう、獄の残した履歴しかないのだから。
答えが返ってこないことが答えで、もうすぐ退がりきれなくなった恋人の小さな頭にくちびるがぶつかってしまう。
どんな物語よりも今が一番ドラマチックで、予想がつかない。どうかこのままキスをさせてくれますように。柄にもなく祈ったのは神ではなく、腕の中の未来の仏様であった。
2022/7/23
BACK
作文TOP/総合TOP