邪淫寺〜愛しの君の初恋が叶う頃〜

 初恋は叶わない。それならそれでいい。叶わなくても、やぶれても、何度でも恋をするのだ。
 まぶたを閉じると、世界が終わって、命を喪う。そうして死んだ心は、目を開けば甦る。世界が始まって、命が生まれて、そうしてまた恋をするのだ。何度でも。



 少年が物心ついたときから"近所のお寺のにいちゃん"と慕っていた相手が結婚するのだ、と告げられたのが、ほのかな初恋を自覚し、やぶれた瞬間だった。
 驚きのあまり手に持っていたコップー幸いにもプラスチック製ーを落とし、中身をブチまけ、衝撃のニュースを教えた張本人の母親に怒られてもなお、少年のショックは消えることはなかった。
 まさに今日、残暑厳しい八月末。"きれいな赤毛のにいちゃん"に宿題は終わったのか、と問われて、全部終わった、と応えたときの笑顔ときたら。同級生と同じくらいに見えるのに、母か父、祖父母のようでもあって、それでいて画面越しに見る有名人みたいに、いやそんなものよりはるかにキラキラ輝いていた。
 えらいえらい、と頭を撫でる手は乱暴なのに優しくて、もっとずっとしてほしい、と思うのに、少年に続く子供達の主張にさらわれてしまう。私も、僕も、俺だって、と声高に訴えるのを捌いていく顔と手は少年に向けたのとおんなじで、ひどくもやもやとした感覚が胸に広がった。
 さっきまで"にいちゃん"のきれいな笑顔は少年だけのものだったのに、すっかりみんなのものになってしまったのが面白くない。"にいちゃん"を囲う輪からはずれて見ていると、視線に気づいたのかしょうがない、と言うように眉をへにゃりとさせて笑った。
 困っているのに嬉しそうな変な笑い顔なのに、どきん、と心臓がはずむ。明確に少年に対して向けられた初めて見る表情は、変だと思うのにどきどきとして止まらない。こんなにどきどきしたら死んでしまうのではないか、と不安になるのに"自分だけに向けられた変な顔"を思い出してまたどきどきしてしまう。
 どうしたらいいのかわからなくて、そのまま走って逃げてしまった少年は、どきどきどきどきしながら駆け抜けた先、寺からほど近い道路でようやく止まった。
 このどきどきは"にいちゃん"の顔でのどきどきなのか、全速力で走ったからなのか、少年にはわからない。ミンミンジイジイとうるさい蝉の声と、頭を焦がす太陽を浴びながら、のろのろと家まで帰るしかなかった。
 そうして帰宅するなり、母親に冷や水をかけられたのだ。寺の行事で貰った赤いプラスチックのコップは、"にいちゃん"の髪の毛とおんなじで、かっこよくて、きれいで、少年のお気に入りだった。苦い粉薬を飲むときもこのコップでなら頑張って飲めた。それを伝えたら、今日とおんなじに笑って、褒めて、撫でてくれてー大事な、コップだった。百円ショップでおんなじものを見かけても、"にいちゃん"との思い出のコップは少年の家にあるものだけで、おんなじじゃなかった。今日初めて見た、"にいちゃん"の変な顔のように。
 いっぱい入れたのにしっかり持たないから、と叱る母親は、落とした勢いで少しへこんだコップを、それでも丁寧に洗い、もう一度麦茶を注いでくれた。オブラートでもゼリーでも飲まなかった薬を飲むようになったのは、少年が"にいちゃん"と慕う人がくれたコップのおかげなのを、誰よりも理解して、感謝していたからだ。だからそんな大事な宝物を落とすほどショックを受けた少年が"にいちゃん"をどう思っているか、少年と一緒にわかってしまった。
 "にいちゃん"は綺麗な男の子だ。母親からすれば少年、と言うには育っているし、青年、と言うには幼い。男の子、と言うのも正しくない気もしたが、境界線のちょうど真ん中に立っているような"にいちゃん"は、派手な外見に反して掴みどころがなく、事実として年下の男の子、というポジションに据えていた。
 仕事の都合で越してきた少年一家は"にいちゃん"の寺の檀家ではないが、けしてむげに扱うことはなく、よく遊び、面倒をみてくれる。最初は外見だけで警戒した母親と少年にも"にいちゃん"はいいってことよ、と笑って流してくれた。
 そんな"にいちゃん"に暗黙の了解の婚約者がいる、と母親が知ったのはすぐだった。今もけして大人とは言い難い"にいちゃん"に、なんとまあ中学生の頃から将来を誓った相手がいる、と聞いて、派手で豪快な日頃の姿からは想像もつかない一途さに少女漫画めいたロマンスを感じたのもいたしかたない。そのお相手が十六も年上の、綺麗な"にいちゃん"に並び立つ美丈夫だというのも、母親の眠れる乙女心に拍車をかけた。
 一人っ子の少年が"にいちゃん"と慕う姿を知っていたから、けしてその話をすることはなかったが、先日開かれた"にいちゃん"の誕生日会で、大人にだけ話が回ってきたのだ。もう成人したのだから公然の婚約者でいいだろう、と。子供だって察しのいいものや"にいちゃん"に近い歳のものは気づいていたし、知らされていたことだ。いまさら、という雰囲気もあったが"にいちゃん"のお相手が年齢や職業もあってかひどく気にしていたのだという。やることはやっているのにねえ、と本当に大人にしか聞かせられない下世話な話が一瞬だけわいたが、誰かの咳払いですぐに消えた。
 母親が一度だけ遠目に見た"にいちゃん"のお相手は、たしかに噂に違わぬ美丈夫だった。寺にはそぐわない、最近は見かけなくなったリーゼントを完全に自分のスタイルとして確立している姿は、プライドが服を着ているようで近寄り難く、どこか"にいちゃん"に似ていた。ただ"にいちゃん"よりも強固に纏った鎧が見えて、以前に聞かされたなれそめが母親の頭をよぎる。
 母親は"にいちゃん"の恩人でそこから縁が繋がった、とだけ聞かされていたが、少し調べればすぐわかる有名な話だった。調べるどころか勝手に教えてくれる人が何人もいたのだが、聞くほどにさもありなん、という話で、一児の母として抱いたことのある不安が救われる話でもあった。同時に自分の信じる道を歩む"にいちゃん"とお相手が出会って、惹かれ合うのもわかる話だった。母親は、前に誰もいない道をひとりで切り開いていく二人が似ているのは当然なのだと、話したこともない、名前も曖昧な相手に対してなぜか確信していた。
 その確信が正しいのだと証明されたのは案外すぐだった。母親がいつまでも帰らぬ少年を寺に迎えに行った夕暮れどき、真っ暗になりそうな刹那、たまたま見えた光景。
 疲れて眠たげにする少年を母親に引き渡しながら快活に笑い、少し荒っぽく送り出した"にいちゃん"が、隠しもしない甘さを放つ微笑みを浮かべ、ぎゅう、と人目をはばかるように、けれども強く、寺に不似合いな美丈夫に抱きついていたのだ。
 人気のない寺の中にいるのは母親と少年くらいで、しょぼしょぼと目をこする少年には見えていない。暗黙の了解の、隠れた逢瀬。少女時代、憧れた夢の世界が彼らの現実なのだ。
 母親とて人間である。少年の慕う"にいちゃん"の、きっとお相手だけに向ける特別な笑顔を見てしまった何とも言えない背徳感と罪悪感から、告げてしまった。
 "にいちゃん"は大人になったから、結婚して大事な人と母さんと父さんみたいになるのだ、と。お寺のお勤めも増えて、今までみたいに遊べなくなるだろう、と。"にいちゃん"は少年だけの"にいちゃん"ではないのだ、と。
 "にいちゃん"は今だってけして少年が簡単に遊べるような立場ではない、と母親は思っている。大きな歴史ある寺の後継で、政府主催のラップバトルの代表で、日々忙しそうにする合間、少年と遊んでくれている。成人したことでより多くの責任を負うことになる"にいちゃん"は、それでも可能な限りこれまでどおり付き合ってくれるだろう。だからこそ"にいちゃん"を慕うならば、少年も少し大人になった方がいい、と思ったのだ。
 何より母親自身にも覚えのある蜜月を"にいちゃん"とて楽しみにしているはずなのだ。暗黙の了解とされながらも、けして大っぴらにせず、密やかに育まれた愛が、綺麗な"にいちゃん"をもっと綺麗にしたのを、一度だけ見てしまった甘い微笑みで知っていた。それを邪魔するのは馬に蹴られた方がいい無粋でしかない。
 そして"にいちゃん"のお相手は自身の年齢や職業という理由だけでなく"にいちゃん"を隠しておきたかったのだ。綺麗だけれども苛烈な刃のようでもある"にいちゃん"が、綺麗なうえに可憐な花のような甘さを無防備に振りまくのを恐れていたに違いない。なぜなら、たった一度見てしまった"にいちゃん"のかわいらしくも艶やかな微笑みは、抱きしめ返しながらも周囲を警戒する、お相手の鋭い眼光とセットだったのだから。
 惚れた相手が悪かった、と言って慰めるには少年はまだ幼い。ショックを隠せないまま、今度は落とさないようにと両手でコップを持つのに何と言ったらいいのか。少なくともやぶれることで自覚した恋心に触れるのだけは、絶対にしてはいけない、と母親は思っていた。
 すでに一度、傷つけてしまったあとで、正解はわからない。母親は両手で握ったコップからちびちびと麦茶を飲む少年に"にいちゃん"みたいにかっこいい"にいちゃん"になろう、今度会ったら今よりもっと幸せになる"にいちゃん"におめでとうと言ってあげよう、とあくまでも"にいちゃん"を"兄"のように慕う気持ちだけに触れ、優しく少年の頭を撫でた。

 母親に教えてもらった"にいちゃん"のお相手は、一度だけ会ったことがある大人だと少年にはすぐにわかった。会ったことは一度でも、"にいちゃん"がリーダーをしているラップチームのメンバーなのは知っている。変な髪型と格好の、偉そうで怒りっぽい、なんだか難しいことを言う、少年より大きな"にいちゃん"よりもさらに大きな大人だった。
 珍しく"にいちゃん"がひとりじめできた日で、鬼ごっこと追いかけっこが混ざったようなことをしていたとき、躓いて転んだのを"にいちゃん"が抱きとめてくれたのだ。ぼふん、と頭をうずめ、勢い余って押し倒してしまったから、すぐに起き上がろうとして余計に失敗してしまった。
 わ、と"にいちゃん"の驚いた声がして前を見ると、"にいちゃん"の黒い着物がぐしゃぐしゃになって、その下に真っ白いつるつるぴかぴかのおっぱいがあった。白いだけでなくほんのりピンク色で、ぱちくりとまばたきをしていると、もっと濃いピンクのぷくりとしたものが二つついているのに気づいた。
 少年は、両親にも先生からも服の下は自分のを見せても触らせてもいけないし、他人のを見ても触ってもいけない、と言われていた。
 だけれども自分のものとまるで違う、"にいちゃん"のぷるん、とピンク色をしたそこが不思議でたまらない。人によって色や形は違って、とても大事な場所だから勝手に見たり触ったりしてはいけない、と教わったのに、目が離せない。
 それに少年がじい、と見ていると"にいちゃん"のそこはだんだんぴん、とかたくとがっていくのだ。"にいちゃん"が何か言っていたけれどみるみるうちに形を変えるピンク色のとがりに夢中になって、少年には届かない。いよいよぷっくりとかたくとがりきったピンク色に触れようとして、ごく、と唾を飲むと、後ろから首を引っ張りあげられた。
 地べたに転がって遊ぶな、と怒った声で叱りつけるのは聞いたことのない大人の声で、誰だかわからずに混乱する少年を置き去りに、"にいちゃん"は服を直しながら下ろしてやれ、とどこか安心した声でその大人に言った。
 土埃に塗れたのと、日暮れのチャイムが鳴ったのとでもう帰りな、と促す大人に、こいつの言い方はムカつくけどもっともだ、と"にいちゃん"も味方する。
 "にいちゃん"と仲のいい正体不明の大人が気に入らなくて、帰りたくない、とぶうたれる少年に、拙僧もこのかっこじゃ親父に怒られる、と"にいちゃん"が困った顔をした。突然現れた大人が嫌なだけで、"にいちゃん"を困らせたいわけではない少年が、なら帰る、と言うと、"にいちゃん"はいつもの顔で笑ってくれた。知らない大人がずうっと睨んでいたけれど"にいちゃん"が大人気ないことするな、と怒ると舌打ちして、ずんずんと寺の奥の"にいちゃん"の家の方に行ってしまった。
 帰り道、なんて大人だ、と思ったのを覚えている。そして夜、お風呂で体を洗うときになって"にいちゃん"のピンク色のとがりを思い出してしまったのも。
 自分のとは色も形も何もかも違うそこは、思い出すともぞもぞざわざわとして、もしも触っていたらどうなっていたのか、という想像が止まらない。少年は自分のを触ってもなんにも感じないけれど、つやつやしたピンク色の、見ているだけでぴん、とかたくなった"にいちゃん"のが自分とおんなじとは思えない。
 このもぞもぞざわざわは数日間続いたものの、次に会った"にいちゃん"がこの前はごめんな、と謝ってくれたので、少年はすっかりどうでもよくなってしまった。両親からも先生からもダメ、と言われた場所よりも、綺麗な金色の目が自分を見てくれることの方がずっと大事で、嬉しかったからだ。

 まさかあのときのしょうもない大人が綺麗でかっこいい"にいちゃん"の大切な人だなんて。少年にはとても信じられなかったが、思い当たることはあった。あの日、あの大人は"にいちゃん"の家の方に向かったのだ。土埃にまみれ、着替えなくてはいけない、という"にいちゃん"も帰る家に。
 "にいちゃん"は大切な人と、結婚して、少年の母さんと父さんみたいになるーつまり一緒の家でご飯を食べて、お風呂に入って、寝たりする。一緒に買い物に行ったり、テレビを見たり、たまに喧嘩をして、でもすぐ仲直りをして、少年に内緒でこっそり手を繋いだりするのだ。
 "にいちゃん"は少年だけの"にいちゃん"ではない。少年もそんなことはわかっていたけれど、あの大人はきっと"にいちゃん"を自分だけのものにしてしまう。予感があった。
 初めて会った日、服の下の勝手に見ても触ってもいけない場所を少年が好奇心に負けて見て、触ろうとしたのを、あの大人がそうとは言わずに止めたときから感じていた。
 あの大人は"にいちゃん"をずうっとひとりじめしてしまう。
 友達と公園で遊びながらそう気づいたら、もやもやそわそわ、もぞもぞざわざわして、少年は母親と約束している日暮れのチャイムが鳴ったのに家に帰らず、寺にこっそり忍び込んでしまった。
 "にいちゃん"に会いたかったからだ。綺麗でかっこいい、大好きな"にいちゃん"があの大人のものになる前に、会いたかったのだ。

 少年が一度だけ招かれた"にいちゃん"の部屋は、庭がよく見えるのだと言われたからよく覚えていた。猫が多い寺は家の方にも猫が多く、四季折々の庭を猫と眺めながら団子を食うのはオツなものだ、と言う"にいちゃん"のいつになく穏やかな笑顔が印象的だったのだ。
 小さな少年がうす暗がりをこそこそと歩いても、猫がにゃあにゃあとたくさんいるから目立たない。自然豊かな寺は虫も多く、夜の大合唱の前に少年の足音くらいなら簡単に消えてしまう。夕飯時で忙しいのか、バタバタとした人々は侵入者に気づかず、目的の"にいちゃん"の部屋はすぐに見つかった。庭が見える角の部屋から誰かーあの大人としゃべる"にいちゃん"の声がしたからだ。こそり、と縁の下に隠れて耳をそばだてる。

「ばっ、か!離せよ……っ」
「嫌だね。ったく何度言っても人の言うこと聞かねえで」
 "にいちゃん"とあの大人は何やら揉めているらしい。初めて会ったときも、けして仲良しというふうには見えなかったが、本当に母さんや父さんのようになるのか。
 少年の両親はたまに言い合いはするけれど、普段はとても仲が良い。言い合いだって、二人の思い出の場所や記念日の記憶違いという具合で、同級生にパパがママをぶったからおわかれしたの、なんて言われた日には震え上がってしまった。
 離せ、ということは"にいちゃん"はあの大人にどこか掴まれているのだろうか。少年の頭の中では、同級生から聞いた怖い話がぐるぐる回って、このままこっそり聞くのが怖くなってしまう。
 いや、ダメだ。"にいちゃん"がひどいことをされたら止めるのだ。"にいちゃん"があんな大きな大人にぶたれたらけがをしてしまう。"にいちゃん"が痛そうにしているところなんて、絶対に見たくない。
 縁の下に隠れながら、少年は決意を固めていた。ほんの少しだけ、もしもあの大人が"にいちゃん"にひどいことをしたなら、おわかれさせられるんじゃないか、とも思いながら。
 少年が怖い想像に怯える間、ばたばたと足音が移動して、はじめに入り込んだ場所で聞こえる音がまばらになってしまった。もともと猫や虫の鳴き声で聞こえないこともあったし、相変わらず何か言い合いをしているようだったから、少年は暗くじめじめしているのを我慢して、部屋の真ん中あたりまで移動することにした。
 手探りで進むと、ときおり猫がにゃあにゃあ鳴きながら少年を避けた。こんなところにまでいるのか、と暗闇できらりと光る緑色と目があって、びく、とする。
 少年は猫をかわいい、と思っていた。軽やかに飛んで跳ね、自由気ままに振る舞う姿が"にいちゃん"に似ているからだ。目だって、まんまるできらきらしていて、たまにきゅ、と細くなるのが"にいちゃん"みたいだった。それなのに縁の下の暗闇の中で出会うと恐ろしくすらある。
 だんだん慣れてきた目にぼんやりと映る猫の影が体のわきをすり抜けると、もふもふとした毛並みに数回当たり"にいちゃん"達の声がよく聞こえる場所にたどり着いた。
「やめろ、って!」
 するとダメだと言われたことをやった子を叱るときと同じ、強くて怖い"にいちゃん"の声がした。少年はこの声が苦手だ。"にいちゃん"の明るくて楽しそうな声が好きだから、頑張って良い子にしているのに、悪いことをする子がいると聞かなくちゃいけなくなる。
 あの大人は"にいちゃん"よりもずっと大人なのに"にいちゃん"に怒られるようなことをしているのか。同じ場所からばたばたという音も響いているから"にいちゃん"はまだあの大人に捕まったままで、それを怒っているのかもしれない。
「んっ……ゃ、あ……っ」
 少年が頑張れ"にいちゃん"と心の中で応援した瞬間、全くきいたことのない声がした。どこのだれからも聞いたことのない、声を出したり泣くのを我慢しているような、でも、体をうんと大きく広げてのびをしているときのような、気持ちよさそうな、不思議な声だった。
 いつもより高いけれど、間違いなく"にいちゃん"の声で、"にいちゃん"のピンク色のとがりを見た時とおんなじ、もぞもぞざわざわとした感じがする。
「さわ、んにゃぁ……っ」
 ばか、はなせ、とむずかる声は、男は家族か友達が死んだ時以外泣くな、と少年に言った"にいちゃん"とおんなじはずなのに、全然知らない人のようだった。半分泣いているような、いや、と言いながら、もっと、と言っているような、綺麗でかっこいい、と思っていた"にいちゃん"が、赤ちゃんみたいで、かわいい。ふたたび、もぞもぞ、ざわざわが少年の体中に広がって、落ち着かない。
「なぁにが触んな、だ」
「ひ、ゃあ……っ」
 あの大人だ。すごくいじわるで怒った声なのに、ちょっと笑っているみたいな変な声。がさがさばたばたという音もするから、きっと捕まえた"にいちゃん"にいじわるをしているのだ。
 "にいちゃん"はすっかりふにゃふにゃの涙声で、ゃ、ゃ、と赤ちゃんみたいにぐずっている。少年にとって憧れの、大好きな"にいちゃん"が大きな大人にいじわるをされて泣いている。
 そんなの嫌で、悲しくて、悔しくて、やめさせたいはずなのに、綺麗でかっこいい"にいちゃん"の初めて聞く声に、もぞもぞ、ざわざわが止まらない。いじわるをして泣かせる、なんてしちゃいけないことなのに、いじわるをされる"にいちゃん"の声がもっと聞きたくて、縁の下から飛び出せない。
「前に助平なガキンチョにひん剥かれて、乳首ちゅぱちゅぱされかけたの、忘れたのか?」
「お、ま……事故だろ……っあんなん……」
「事故なもんかよ。ま、転んでひん剥くまではそれでもいいーだがな、明らかに助平な目でお前の乳首見て、しゃぶってやろう、ってしてたぞ?」
 もしかして、あの大人と初めて会った日のことだろうか。しゃぶるだなんて、そんな。もう赤ちゃんじゃないからそんなことはしないのに。
 勝手に触ってはいけない、と言われたところを触ろうとしてしまったけれど。でもしゃぶったりなんて、しようとしていない。つやつやぷるぷるしたピンク色がどんなものか、触ってみたかっただけだ。……触ったら、"にいちゃん"がどんなふうになるのか、気になっただけなのだ。
 思い出したらもぞもぞざわざわがもっとひどくなった。見つかったらいけないのに、体がむずむずして足をすり合わせたり地面をぐりぐりしてしまう。全力で走ったようにどきどきして、息がはあはあと荒くなる。
 "にいちゃん"のぷるんとしたピンク色を赤ちゃんみたいにしゃぶるーあの日、あの大人に邪魔されなかったら、できていたのだろうか。ダメと言われた服の下の、"にいちゃん"の大事なところを、ちゅうちゅうと吸ったら、"にいちゃん"は、今みたいなかわいい声を出すのだろうか。
「またそんな……んっゃ、ぁん……っ」
「お前もお前でガキに見られて硬くしてたしなぁ……」
「る、さい……っ!ひとやの、せいだろ」
 少年があらぬ想像でもぞもぞざわざわ、むずむずとしていると、"にいちゃん"は大人とこしょこしょ話をはじめてしまった。なんにも聞こえないけれど、怒っているような恥ずかしがっているような不思議な声で、顔もなんにも見えないのに、きっと"にいちゃん"はすごくかわいい顔をしているのだ、とわかってしまう。
 だって、いじわるをされているときの声に似ていたのだ。あの大人にずっと、ばか、やだ、と言っているけれど、本当に"にいちゃん"が嫌なときはもっと怖い声がする。
 馬鹿と言うときもそうだ。"にいちゃん"はあの大人にいじわるをされるのを、本当には怒っていないし、嫌がってもいない。
 "にいちゃん"が大好きで、ずっと見てきた少年にはわかってしまう。"にいちゃん"はあのしょうもない、変な髪型と格好の、偉そうで怒りっぽい大人が大好きなのだ。
 少年が"にいちゃん"の服の下のぷるぷるのピンク色に触ろうとしたのが、本当はすごく嫌で、怖かったのだと、今ならわかる。あの大人に止められたときの"にいちゃん"のホッとした顔を思い出して、ずきんとどこかが痛んだ。
「すき……」
 "にいちゃん"の声だ。こしょこしょ話をやめた"にいちゃん"と大人がちゅ、ちゅ、と何かをしながら少年の母さんと父さんみたいにすき、すき、と言い合っている。
 "にいちゃん"はもうずっとかわいい声のまま、あの大人にすき、と言い続けていて、大人も大人で、少年までどきっとするような深い声で、すき、とこたえ続けていた。
 こんな"にいちゃん"は知らない。綺麗でかっこいい"にいちゃん"が、あの大人の前ではびっくりするほどかわいくて、ふにゃふにゃになって泣いてしまうなんて。声だけでもかわいい"にいちゃん"が、どんな顔をしているのか。いけないと思うのに、想像して、もぞもぞざわざわむずむずが止まらない。
「ゃ、う……ん……っ」
 また"にいちゃん"のかわいい声がしはじめた。くちゅくちゅ、ちゅ、ちゅ、と、べとべとした音も一緒にするけれど、少年にはわからない。ただ大人がこしょこしょと何かを言うと、"にいちゃん"はかわいい声でばかばか、やだやだ、と嘘をついた。
 少年ですらわかってしまう"にいちゃん"の嘘は悪い大人にはきっともっとバレバレなのだろう。"にいちゃん"にいじわるするのが楽しくてしかたない、という声がした。
「じゃあどうすんだそのエロ乳首。あのガキ、次があったら絶対、吸って、揉んで……そんなつもりないです、みたいな面してやらしいことするぞ?」
「みんなが、みんな……っん、ぁん……っひとゃみたいな、すけべじゃねえ、よっ」
「たわけ、すけべだからわかんだよ。あのガキ、お前に惚れてるし、やらしい目で見てやがる。小賢しいからおっぱい見せろ、とか言わねえだけだよ」
「んなこと、いうな……っ」
 隠れて会話を盗み聞きする少年を咎めるように、大好きな"にいちゃん"にいけないことをしようとしたあやまちで、大好きな"にいちゃん"にいじわるをされる。
 少年はしちゃいけない、と言われたことをしようとしたけれど、あの大人がそれよりもっと悪いことをしようとした、と"にいちゃん"に言うのが嫌だった。
 だから"にいちゃん"がやめろ、と言ってくれたのが嬉しかった。"にいちゃん"は少年を信じてくれている。ちょっとだけ悪い子だと思ってくれている。
 どうしよう、なのに、少年は大人の言う悪いことを"にいちゃん"にしてみたくて、もぞもぞ、ざわざわ、むずむずしてしまう。
「本当はわかってんだろ"にいちゃん"も。あのガキが自分のことどういう目で見てっか」
「だとしても、せっそ、は、いわん」
「ちゃんとフッてやんな、懐かれてんだろ?」
「ん、ぁ……っこくられてもねぇ、のに、ん……ぅっそんなん……っ」
 どきりとした。"にいちゃん"の大事なところ、ピンク色の、ぷくんとした、少年のものと全然違う、見ているだけでもぞもぞざわざわむずむずするところ。
 そこをいっぱい触って、しゃぶって、"にいちゃん"がやだ、やだ、とかわいい声で嘘をついたら、なんて悪いことを考えていたからだ。あの大人が変なことを言うからだ。
 少年は"にいちゃん"が綺麗で、かっこよくて、大好きで、"にいちゃん"にいじわるをして喜ぶあんな大人とは違うのだ。ちょっと悪いことをしたけれど、絶対に、違うのだ。
「今度会ったとき、やらしいえっちな乳首にしてくれたカレシと結婚すんだって言やいいんだよ」
 少年には"にいちゃん"と大人の会話は難しい。聞いたことがなかったり、意味がわからなかったり、なんとなくこうじゃないか、と思っていた。
 服の下の大事なところをちくび、というのはわかったし、エロちくび、とかやらしいえっちなちくび、というのが"にいちゃん"のようなピンク色でぷるぷるのちくびのことなのもわかった。
 頭の中で"にいちゃん"のピンク色のぷるぷるを思い出しながら、えろちくび、とぼそりと口にする。すごく、いけないことをしていると思うのに、もぞもぞして、ざわざわして、むずむずして、"にいちゃん"のやだ、というかわいい声まで思い出してしまう。
 頭の中がぐるぐるどくどくとうるさくてたまらない。憧れの、綺麗で、かっこいい"にいちゃん"でいけないことを考えて、ダメだと思うのに止められない。知らなかった熱と疼きに苦しむ少年は、それでも頭の中にひっかかる言葉があった。
 『やらしいえっちなちくびにしてくれた』ということは、つまり。"にいちゃん"は今みたいに、あの大人に大事なところをたくさんいじわるされて、かわいい声でないてしまうようになった、ということなのだ。
「ばっ、か!いえるかよ……つか、まだガキにまで……やいて……」
「最初にお前と付き合うとき言ったろ。俺は俺のもんを他人に物欲しげに見られるの"以外"は我慢ならんって」
「だからって、もうけっこんすんのに……っはずかし……どっちがガキだよ……っ」
「結婚するから、だろ」
 俺のもんーあの大人は"にいちゃん"をそう言った。綺麗で、かっこいい、大好きな"にいちゃん"はあの大人のものなのだと。
 少年とて『結婚』という言葉を知らないわけではない。母さんと父さんみたいになる、大切な人と一緒になる、そういう約束だ。
 "にいちゃん"はその約束をあの大人とする、してしまう。そうして、あの大人のものになってしまう。そうなる前に会いたかった。大好きだと伝えたかった。なのに。
「ゃ、まて、も、ちくび……っゃ、あ……っ!」
「……ああいうガキほど、お前がもう手の届かないもんなんだってしっかり教えてやんねえとダメなんだよ……っ」
「ゃ……っも、いくっ……ぅ、からぁ……っちくび……や、だぁ……ゃぁ……っ!」
 "にいちゃん"が悲鳴みたいな声を出した。せっぱつまって、我慢して、でもかわいい声を隠しきれず、ゃ、ゃ、と嘘をつく。
 やっぱり"にいちゃん"はピンク色のぷるぷるーえろちくびにいじわるをされるとふにゃふにゃになって、かわいい声になってしまうのだ。
 息をはくはくと吐きながら、途切れ途切れでゃ、ゃ、と言われるたび、どきどき、もぞもぞ、ざわざわ、むずむずが止まらない。だんだんと小さくかすれていく悲鳴はずっとかわいい声で嘘をついて、嫌がっているのに気持ちがよさそうだった。
 同時にあの大人の言葉にずきん、ずきん、とどこかが痛む。間違いない、あの大人は"にいちゃん"を自分だけのものにしてしまう。
 綺麗で、かっこいい、大好きな"にいちゃん"は、あの大人といると全然違う人になってしまう。いじわるをされて泣きながら、かわいい声で嘘をつく人になってしまう。泣くのも、嘘も、ダメだ、と"にいちゃん"は言ったのに。あの大人といると"にいちゃん"は悪い人になってしまう。
 "にいちゃん"がかわいい声を出した後、またこしょこしょ話がはじまった。
 あの大人がいじわるを言っているのがなんとなくわかってしまうし、"にいちゃん"がそれをばか、と怒りながらも本当には嫌じゃないのもわかってしまう。
 そのうち誰かに呼ばれてぱたぱたばたん、と部屋から出て行く音がして、少年は縁の下でひとりぼっちになった。のそのそと知らぬ間に戻って来ていた猫達をかき分けて這い出すと、縁の下の暗闇と同じくらい、外は真っ暗になっていた。

 幸いと言うべきか少年の家は住宅街の中で、子供も多い地域だからと街頭が他より多い。悪い夢を見た後のような火照りが冷めないまま、通い慣れたはずの家までの道をひとり歩く。
 真っ暗闇、と思ったのは大きな寺の中だったからなのか。もう九月も近いとはいえ夏は夏。寺から出れば外はまだ人も多く、明るかった。
 しかし、日暮れのチャイムが鳴ったら帰ってきていた少年が、それからさらに小一時間過ぎても帰ってこなかったのはちょっとした事件になっていたらしい。
 熱に浮かされた顔をしたまま、ひとりぽてぽてと薄暗がりを歩く少年を見つけた母親に名前を叫びながら抱きしめられたとき、ようやく夢から覚めたようにハッ、と目を見開いた。
 母親に友達と公園で遊んだ後、どこに行ってたの、と言われても少年は本当のことが言えなかった。一緒に遊んでいた友達もちょっと変だったって言っていたけど、と気遣わしげにする母親に言えるわけもないのだ。
 母親が心配する係をしているから叱る係をしよう、と身構えていた父親も、普段なら理由を言って謝る少年が、口ごもったまま何も言わないのに矛をおさめてしまう。
 一見して友達と公園で遊んだくらいの汚れと小さな怪我しかない、おかしなところのない息子。けれどもどこか様子が違う。俯いて何も言わないのも不安を煽り、大事をとった両親は少年を病院へと連れて行った。
 何事もないように、と祈る両親を尻目に、少年はどうして?と思っていた。
 いつもと違う大きな病院の、知らない先生に大丈夫だよ、と言われながら服を脱いだり手を上げたりする。
 何が大丈夫なのか。幼いながらに眉間にシワを寄せながらも素直に言うことを聞いて返事もする少年に、知らない先生はにっこりと笑った。"にいちゃん"にほんのちょっとだけ似ている。優しい、顔と目だった。
 先生は体に全く問題ありません。泥汚れと擦過傷……擦り傷くらいです。ご心配されるようなことはないでしょう、と青い顔の両親に告げた。
 色艶を取り戻した両親に、ようやく少年の意識も夢の中から浮き上がる。それでもとても話せない。お寺に忍び込んで、聞いてしまった、考えてしまった、とてもいけない、悪いこと。
 今度は少年の顔が青くなる番で、ぶわ、と冷や汗を吹き出す。それに先生は誰よりも早く気がつくと、胸を撫で下ろす両親に少し少年と二人きりで話したい、と申し出てくれた。
 不安げな二人に、心配をさせる、と思うと言い出せなくなる子は多いですよ、と耳打ちしているのが聞こえる。
 違う、本当の、本当にいけないことをしたのだ、と思いながら、お話しましょう、と笑う顔に逆らえなかった。ほんのちょっとだけ、まっすぐ少年の目を見て笑う顔が、"にいちゃん"に似ているから。
 本当のことは言えない、でも嘘もつけない少年は、寺に忍び込んだこと、"にいちゃん"と大人のお話をこっそり聞いたことーとてもいけないことだけをないしょにして、お話をした。
 憧れの、綺麗で、かっこいい、大好きな"にいちゃん"が結婚してしまうのが嫌で、嫌で、会いたかったけど会えなくて、ひとりでぼうっとしていた、と。
 嘘はいけないことだけれど、だって、そうしたら、"にいちゃん"が大人にいじわるをされて、かわいい声でゃ、と泣いてしまうことを話してしまう。
 これ以上、"にいちゃん"がかわいいなんて、知られたくない。少年にだって"にいちゃん"の嘘がわかったように、ないしょにしていることがあるなんてきっと先生にはわかっていただろう。
 けれども少年の"にいちゃん"への思いは嘘はない。大好きな"にいちゃん"にどこにもいかないでほしい。誰かのものにならないでほしい。ずっとあのお寺で笑っていてほしい。出来れば自分だけの"にいちゃん"でいてほしい。
 話しながらひ、ひ、と鼻を鳴らして泣いていた少年は、知らぬ間に母親に抱きしめられていた。そんなに思い詰めていたなんて、と泣く母親に、違う、と心で叫びながら、少年はまた泣いた。

 病院からの帰り道、少年は母親にごめんね、と謝られた。まだ先の話だと思ってはぐらかしてしまった、と申し訳なさそうにするのにずきん、と胸が痛む。
 父親もおんなじ様子でいたが、初恋は叶わないって言うからな、と少年の頭を撫でた。どういうことかと聞けば、初めて好きになった人とは結婚できないってことだよ、と悲しそうな顔をする。でも父さんも母さんも初恋じゃないけどとっても幸せだし、大好きだよ、と笑う。
 ふたりが仲良しなのは少年が一番知っている。初恋じゃなくたって、大好きにも、幸せにもなれる。少年にはこれからも色々な、たくさんの出会いがある。その最初に"にいちゃん"がいて、でも"にいちゃん"にもたくさんの出会いがあって、たまたまもう特別な人がいた。いつかきっと自分だけの特別な人と出会うよ、と父親が言った。
 少年は"にいちゃん"が前に話してくれた縁、というのを思い出す。ここで拙僧と出会ったのも縁だ、と笑う、綺麗な、金色の目が、好きで、好きで、でもー目の前がぐじゃりと歪んだ。
 再びぼろぼろと泣き出し、うずくまった少年をひっぱり上げて抱えて、両親は急いで帰宅した。
 何もいらない、何もしたくない、と儚げにするのに弱りきり、しかたなく布団へと押し込んだ。泣き疲れ、目を腫らし、船を漕ぎながらもなお泣く息子に、お坊さんなのに罪深い、とんだ初恋泥棒だ、と少し恨みがわきもした。
 しかし"にいちゃん"の事情を知る母親には泣かせてやるしかない、という思いがある。
 少年や母親の前ではただの男の子でしかない"にいちゃん"が、目を見張るほど艶やかに微笑むお相手なのだ。息子は目に入れても痛くないほどかわいいが、"にいちゃん"が靡くことなど万が一にも有り得ないのはわかっている。
 ほとんど手のかからなかったまだ幼い息子がこんなにも激しい恋煩いをするなんて。疲労でか、ばったりと寝息をたてはじめた息子の頭を撫で、寝室をあとにした。

 少年は夢を見た。泣いて、泣いて、泣き尽くして、わからないことと言えないことばかりが増えて、誰にも話せないまま抱え込んで、たった一つ"にいちゃん"があの大人が大好きで、あの大人のものである、ということだけが確かだった。
 "にいちゃん"が抱きしめてくれたあの日。真っ黒い着物の下、ほんのりピンク色の白いおっぱいに、ピンク色のぷるぷるーちくびがある。目の前でぷるぷる、びくびくとしながら、じぃ、と見るほどにぷくぅ……とかたくとがっていく。
 ゃ、ゃ、とかわいい声がするけれど、顔が見えない。どきどき、もぞもぞ、ざわざわ、むずむず。みるな、さわるな、と小さなかわいい声で言われて、どこかがずきんずきんとしはじめた。
 こんなにぴんととがって、ぷくんとふくれて、さきっぽはちょっとこいピンク色になっていて、見ないでいるのも、触らないでいるのも、少年にはできない。ましてこれは夢だ。あの大人は邪魔できない。少年の夢の中の"にいちゃん"はあの大人のものじゃない。
 やだ、やだ、とかわいい嘘を繰り返す"にいちゃん"のピンク色のぷるぷるに、えろちくびに、ちゅう、と吸いつく。ほんの数年前まで母さんのおっぱいを飲んでいたのよ、なんて言われたのを思い出す。
 赤ちゃんみたいで恥ずかしい、もうお兄ちゃんね、と言われたのに。恥ずかしいのに、ちゅう、ちゅう、と"にいちゃん"のえろちくびを吸うたび、んっ、ゃ、やぁ……っ、とかわいい声がしてやめられない。
 吸っていない方にも手を伸ばすと、びくびくとふるえながら、りょうほぅは、だめ……と涙まじりにお願いされる。ちらりと見たピンクのえろちくびは、ぴぃん、としながらもぷく、ぷる、とふるえてさびしそうで、気がついたらさきっぽをなでなでしていた。
 すると、ひ、ゃ、ゃだぁ……いくぅ……っ、と悲鳴のような、けれども気持ちよさそうなかわいい声で"にいちゃん"が叫んだ。あの大人にいじわるをされるときとおんなじ、どきどき、もぞもぞ、ざわざわ、むずむずして止まらない、声。かわいくて、もっともっと聞きたくなる。
 だからあの大人は"にいちゃん"にいじわるをするのだ。綺麗でかっこいい、空の星みたいな"にいちゃん"が、手のひらにおさまるくらい、小さくかわいく見えるから。
 顔が見えない夢の中の"にいちゃん"に、もっともっとかわいい声を出してほしい。ちゅうぅぅ……と吸いながら、さきっぽだけべろでなめて、くぼみをこりこりとほじると、も、ゃっ、ゃあ……と泣き出してしまった。
 泣かせたいわけじゃない。ただかわいい声が聞きたかったのに。吸われたくないのかと、くちびるを離して、今度は両方を指でなでてみた。ぷるぷるとした感触が面白くて、ぴん、ぴん、とひっぱったりはじいたりすると、ぁん、ゃ、ゃっ、と泣きながらかわいい声を出す。
 "にいちゃん"はかわいい声で泣いて嘘ばかりつく。こんな"にいちゃん"見たことがなかった。ないしょで、ひみつの"にいちゃん"の姿にどきどきして、もぞもぞして、ざわざわして、むずむずする。それが全部混ざりあって、ずきん、ずきん、と、どこかが痛む。
 どこかわからない。もしかしたらと思う場所は、服の下の、やっぱりいけない場所で、怖くて、恥ずかしい。"にいちゃん"のかわいい声でどんどん痛くなるそこに触れたくなくて、"にいちゃん"の乳首をくにくにといじる。
 おじぎをするようにさきっぽをぷにぷにと上下にゆっくり動かすと、ひ、ん……っ!も、ゃあ……っと嘘をついた。少年にだってもうわかっている。"にいちゃん"のやだ、が、かわいくなってしまう自分を隠したいがための嘘なのだと。
 あんなに強くて、綺麗で、かっこいい"にいちゃん"が服の下のピンク色のぷるぷるにいじわるされたら、赤ちゃんみたいにかわいくて、守ってあげたいのに、もっといじわるしたくなってしまう。
 隠さなきゃ。"にいちゃん"はえろちくび以外もきっと、触られたらかわいくなってしまうところがある。そうしないと"にいちゃん"は、他の人にされてもかわいくなって泣きながら嘘をついてしまう。
 "にいちゃん"と呼んだつもりだった。夢の中で、誰も、両親も先生も、あの大人だって邪魔できない、少年と"にいちゃん"だけの世界。ずきんずきんと痛みはじめたきっかけの日。そのはずだったのに。
 なぜか空却、と呼んでいた。"にいちゃん"の名前だ。ご年配の人からはくうちゃんと呼ばれたりして、嫌がったりしている。少年は恥ずかしくて呼べなかった。
 くーこー、と呼び捨てにする子もいたけれど、口にするだけで全部わかられてしまいそうだったから呼べなかった。何をわかられてしまうのが怖かったのか、今ならわかる。今さらわかってもしかたないのに。
 でもなんで。なんで"にいちゃん"をそんなふうに呼んでいるのだろう。本当はそう呼びたかったからなのか。でも、でも、あんな声で、呼べない。少年には"にいちゃん"の名前を躊躇いも、迷いもなく"好き"と言うように呼ぶことなんて、できないー
 これはだれ。今までずっと自分自身だと思っていた"にいちゃん"と一緒にいた人は、だれ。夢の中なのに。少年の夢の中なのに。知らない誰かがいる。
 違う。知っている。"にいちゃん"をひとりじめしてしまう、悪い大人を、ひとり。
「ひとや……」
 ずきん!と今までで一番大きな痛みが少年を襲った。
 見えていなかった"にいちゃん"の顔が、ようやく鮮明になる。綺麗で、かっこよくて、でもかわいくて、涙に濡れる目すら星のようにきらきらと光った。
 こんな顔、少年には絶対に向けない。呼ばれた名前だって少年のものじゃない。なにより、さっきとおんなじだ。"好き"と言うように名前を呼ぶ。"にいちゃん"は少年のことをこんなふうに呼ばない。
 これは少年の夢なのに、夢ですら"にいちゃん"は少年のものになってくれない。それどころか夢でさえ悪い大人が"にいちゃん"をひとりじめしてしまう。
 "ああいうガキほど、お前がもう手の届かないもんなんだってしっかり教えてやんねえとダメなんだよ"
 悪い大人の言葉が蘇る。夢じゃない、本当の"にいちゃん"をかわいくして、泣かせて、"好き"と言わせていた、悪い大人の言葉が。

 翌朝、寝ながら泣いていたから心配したのよ、という母親に、怖い夢を見た、とだけ答えた。内容は言えなかった。どんどん言えないことばかりが増えていく。
 誰かを好きになるのは良いことで、素敵なことだと両親も先生も、少年ににこにこしながら話しかける人はみんなそう言ったのに、"にいちゃん"が好きだと気づいてから、苦しくて、悲しくて、悔しくて、痛いばかりだ。良いことのはずなのに、言えないこと、いけないことばかりしてしまう。すっかり悪い子になってしまった。
 "にいちゃん"もこんな思いをしたのだろうか。綺麗でかっこいい……かわいい、"にいちゃん"が。同時に"にいちゃん"をひとりじめするくせにあんな気持ちにさせていたら許せない、という思いもわいてくる。
 "にいちゃん"に好きだと言われて嫌なものなどいるわけがない。少年があの大人が"にいちゃん"にふられているところが見たいから言うわけではないが、逆の可能性だってありうるのだ。
 ぼんやりとしたまま朝食を終え、出かけようとすると母親に引き留められる。今日は絶対にチャイムが鳴ったら帰るのよ、と。もっと怒られてもいいくらい、いけない、悪いことをしたのに、どこかしょんぼりとした少年が反省していると思ったのか、今日おんなじことをしたら新学期まで外出禁止だからね、とだけ言って送り出してくれた。

 何もかもを暴きたて晒しあげてしまうような陽光の下、少年は昨日は忍び込んだ寺に、今日は堂々と正面からお邪魔していた。
 色々な人に少年を知らないか、と、連絡して大変だったという母親が、"にいちゃん"にも電話したのよ、と言った時、もしかしてあのとき部屋から出て行ったのはーと思ったが、あわてて口をつぐんだ。少年の嘘と"にいちゃん"の秘密が、バレてしまうから。
 これから"にいちゃん"に会えば間違いなくその話をされる。きっと純粋に少年の無事を喜び、両親に心配をかけるな、と怒った顔をされるだろう。少年がそんなことをした理由も知らずに。母親だってきっと"にいちゃん"にも、誰にも、言っていない。でも、もしも知ったら"にいちゃん"はどうするのだろうか。
 好きだから、結婚しないでほしくて、どこにもいかないでほしくて、誰のものにもならないでほしくて、ずっとはじめてあったときとおんなじに、お寺にいてほしいー最後以外、全部不可能なわがままだ。少年にだってそれくらいわかる。だって、夢ですら"にいちゃん"は少年のものにはなってくれなかった。
 少年自身よりも先に気持ちに気づいていた"にいちゃん"は、知らないなら、気づいていないなら、言わないのならば何もしない、と言っていた。それならば、少年が思いを告げたならば、"にいちゃん"はなんと答えてくれるのだろうか。
 全部がおんなじことだ。少年の"にいちゃん"の結婚によって自覚させられた初恋。絶対に叶わないとわかっているその行方を、確かめるために少年は通い慣れた寺の門前に立っていた。

「よ、不良少年」
 門をくぐってすぐ、見慣れた黒い着物姿の"にいちゃん"から声をかけられた。一仕事終えたのか、頭に巻いた手拭いを外して首にかけ直す。ぷるぷると頭を振って汗を飛ばす姿が、水にぬれた犬のようだった。かわいい、と以前なら思わなかったことが頭をよぎる。昨日の、昨日聞いてしまった秘密のせいだろうか。
 一人もやもやとする少年を知ってか知らずか、このまえ宿題やったの褒めたばっかじゃねえか、と笑いながら頭を軽くはたかれる。思わずいたい、ともらすと、お前の母ちゃんと父ちゃんはもっと痛くて怖い思いをしたんだぞ、と怖い声で叱られた。そうなのだ、昨日の少年はたくさん悪いことをして、たくさんの人を困らせた。約束をやぶって、嘘をついて、いけないことを、秘密を、知ってしまった。
 とても"にいちゃん"の顔が見れなくて俯いている少年に、お前のことだからわかってるとは思うけど、せめてどこに行くかは言わないと、と今度は優しく撫でられた。
 そうだ"にいちゃん"は知らないのだ。あの大人とのお話を聞かれているのを、いじわるなことをされてかわいくなってしまうのを聞かれているのを、知らない。
 目の前にいる"にいちゃん"は、昨日、あの大人と、服の下の、大事なところを。今、頭を撫でる手は。お説教をする口は。つ、と視線を上げた先で合った金色の目は。あの大人にたくさんいじわるをされて、かわいくなってしまうのだ。
 急にずきん!と胸とどこかが痛む。ぐ、と苦しくなって胸を押さえてうずくまると、大丈夫か?と"にいちゃん"に抱え上げられた。お姫さまが王子さまにされるような持ち方が恥ずかしかったけれど、下から見上げた"にいちゃん"は綺麗で、かっこいい。痛みか、"にいちゃん"に触れてかでどきどきとするのを押さえながら、少年のために焦って、走る、"にいちゃん"を眺める。胸はもうあまり痛くないけれど、昨日の夢なんかよりずっと"にいちゃん"をひとりじめできているのが嬉しかった。
 幸せな時間は長くは続かない。素早く屋根のある場所ー"にいちゃん"の部屋の縁側に運ばれた。クーラーの調子が悪いから、と日が当たらず、特に風通しがいいあたりに座布団を並べて作った敷布団に転がされ、痛くないかと上から覗かれる。
 少しだけ息をきらして、心配そうにひそめられた眉の間を汗が流れた。落ち着いたせいか、あとからどんどん噴き出す汗を乱暴にふくものの、ぼたぼた、としたたり落ちた汗が少年の顔に降りそそぐ。頬と、くちびる。少年のまるい輪郭をなぞって、透明な線がつぅ、と重力に従って弧を描く。頬の方は耳の裏へ、くちびるは口の中へ。
 "にいちゃん"の、汗。"にいちゃん"の、一部。汗なんてばっちいはずなのに、すべり込んだほんのわずかな塩辛いしずくに、また胸がどきどきとしてしまう。変だ。昨日からずっと。"にいちゃん"が好きだと気づいてから。
「本当に大丈夫か?」
 熱中症って感じでもないし、病気があるとは聞いてないし、と頭をひねる"にいちゃん"は、とても少年の気持ちに気づいているようには見えない。もしかしたら気づいていても結びつかないのかもしれない。少年が、"にいちゃん"を好きでおかしくなっているのだと。だとしたら、なんてひどい。
 音にならなかった少年の言葉は、はくはくと息を吐き出すだけで終わり、"にいちゃん"には届かない。届いたところでそれならそれでいい、と言われてしまうだろう。
 知られるまでも、答えを聞くまでもない。"にいちゃん"は少年の思いを受け取っても受け入れない。あっさりとあの大人がいるから、と断るだろう。少年が泣いても騒いで駄々をこねても、一切表情を変えずにいるだろう。それくらい揺るぎのないものを"にいちゃん"に示せないかぎり、示せたとしても、少年が意識してもらえることはないのだ。
 考えすぎなのかもしれない。"にいちゃん"が全然気づいていない可能性だってある。どちらにしろ少年は"近所の家の子供"としか見られていない。そんなことわかっていたじゃないか。初恋は叶わない。少年の初恋は叶わないのだ。
 スポーツドリンクを取ってくる、と席を立った"にいちゃん"の背を見送りながら、頭の中でしていた堂々巡りに少年はだんだん悲しくなってきてしまった。たまに湧き上がっていた悔しさはじわじわと虚しさへとかわり、叶わない初恋への苦しみだけが募っていく。
 こんな気持ちのままこの先もずっといるのだと思うと、大きな声で泣き出してしまいたかった。でも今そんなことをしたら"にいちゃん"を困らせるだけで、理由だって言えない。想像しただけで泣きそうな痛みを本当にしてしまう。そうしたらもっと泣いて、泣いて、昨日の夜も、そうだったー

 かたん、と物音がして目を覚ました。見慣れぬ天井に、ここは"にいちゃん"の部屋だった、と思い出す。寝転んだままきょろきょろと見渡しても、おぼんに載ったスポーツドリンクがあることと、運ばれたときよりも日が落ちたことしかわからない。目尻をこすると、少しだけ何かが乾いたような跡があって、ちょっとだけ泣いてしまったのだと思った。"にいちゃん"は気づいただろうか。
 じょじょに意識がはっきりしてきて、起き上がろうとした瞬間だった。縁側の反対、"にいちゃん"の部屋へと続くふすまの方から話し声がしたのは。
「はぁ〜……やぁ〜っぱりアマグニセンセは白がいいんデスネェ〜」
「お前、いっつも黒着てんだろうが。いくら本格的な式じゃないとはいえ、普段通りじゃ俺がドヤされんだよ」
「誰に」
「"くうちゃん"のファンの皆様だよ」
「あぁ〜……」
「わかったら白にしな。灼空さんよりおっかねえんだから」
「悪ぃな、"くうちゃん"がジジババのアイドルなもんで」
 楽しそうに話しているのは"にいちゃん"とあの大人だ。二人が話しているしき、というのはなんだろうか。"にいちゃん"を"くうちゃん"と呼ぶ人達が参加できる、何か。白い服を着る、しき。
 ここ最近の出来事と、二人の会話がぱちん、と頭の中で繋がって、少年にはわかってしまった。しきー式が何か。
 白い服を着た人が二人、愛を誓って、参加した人にお祝いされるー結婚式だ。少年も一度だけ参加したことのあるそれは、とても大きな場所でたくさんの人が集まっていた。悲しくて泣く人しか知らなかった少年は、嬉しくて泣く人がいることをはじめて知ったのでよく覚えている。みんな泣きながら、でも笑っていて、知らない人達ばかりだったけれど楽しそうだった。
 "にいちゃん"もあの大人と結婚式をする。たくさんの人が、"にいちゃん"とあの大人を祝福して、幸せを祈るような。
 ずきん、ずきん、とまた胸が痛み出す。いいかげん、少年にもわかっていた。これは"にいちゃん"を思っての痛みだ。好きだと気づいたときにはもう遅かった"にいちゃん"を思うたび、"にいちゃん"の特別な人になってしまったあの大人のことを考えるたび、二人のことを見て、聞いて、想像するたびに、ずきんずきんと痛んで止まらない。胸のあたりをぎゅう、と押さえても消えないどころかどんどんと深くなる。
「……ファンといえば、お前あのガキどうすんだよ」
「どうもこうもねえよ。しょうがねえだろ、昨日の今日で切羽詰まった顔してウチ来て、具合悪そうにしたと思ったら黙り込んで。ハッキリしねえのも待つのも嫌いだけど、たぶん拙僧が原因だからよ」
「言ったろ、きっぱりフらないからそうなる」
「モテる男は言うことがちげえな。でもな、キッパリサッパリしたら死にそうな顔してたんだよ」
「生臭坊主も極まれりだな。かわいそうに、あんなちいせえガキ惑わして」
「惑わしてねーよ。拙僧は普通にしてるっつうの」
「おーおー言ってろ言ってろ」
「あとアレだ、似てたんだよ」
「誰に」
「……獄を好きになったばっかの頃の、自分にだよ」
 少年が胸を痛めている間も二人の会話は続いていて、やっぱり"にいちゃん"は気づいていたし、少年の不調も自分のせいだろう、とわかっていた。本当に眼中にないのだと突きつけられる反面、"にいちゃん"らしからぬ行動の理由も明かされた。
 "にいちゃん"は待つのが嫌いで、ウジウジしてハッキリしないのも嫌いだ。喧嘩をして気まずくなっていたクラスメイトが仲良く拳骨をくらい、お前達はどうしたいんだ、と聞かれていたのを見たことがある。まっすぐとした綺麗な目は、逃げることを許さない。逃げるという選択肢を選ぶことは許しても、選択肢を前に逃げることを許さない。
 少年の前にははじめから結果の見えている選択肢があって、とっくにどれを選ぶかを急かされてもおかしくないのに、未だ気づかぬそぶりまでされて猶予を設けられている。かつての自分に似ているから、と。
 今度はずきん、ではなくどきん、とした。"にいちゃん"もこの痛みを知っているのだ。痛くて、苦しくて、泣き出しそうな胸の痛みを。少年は憧れるばかりの"にいちゃん"とはじめて重なるものについ喜んでしまったが、あの大人は綺麗でかっこいい"にいちゃん"にこんな痛い思いをさせたのか。
 昨日からずっとひどいことばかりされているように思うのに、"にいちゃん"はなぜか嬉しそうだ。あの大人が好きだから嫌じゃないのだろうか。少年にはわからない。"にいちゃん"は好きでもこんな痛み、全然嬉しくない。
「ああ、まだうぶでかわいかった頃か」
「そのうぶでかわいかったガキをやぁらしい目で見てたくせに」
「何もしてねえだろうが人聞き悪い」
「ガキ扱いしてたとは思えねえ目だったぜ」
「そらそうだろうが。やらしい目で見ろって迫られたからには見ない方が失礼だろ」
「そんで結婚まですんのか?」
「やらしい目で見たら、今度は美味しくいただけって迫られてなぁ。大事な跡取り坊主を食っちまった責任はとらねえと」
「だから婿に来てくれるって?」
「俺が知る限り一番盤石な方法でお前を縛って、繋いでやる方法がそれだっただけだよ。よかったなあ、俺が弁護士で。場合によっちゃあお前の好意につけ込んで手籠にした上で誘拐、なんてされてたかもな」
「うわ、絶対しねえだろ」
「なんだ、試してみるか?」
 すっかり二人の会話に聞き耳を立てていた少年は、急にがたん!と大きな音がして思わずびくん、と身をすくませる。試してみるか、という言葉のすぐ後だ。誘拐、と言っていた。まさか、そんな。"にいちゃん"があの大人に拐われてしまうのだろうか。これ以上、"にいちゃん"の何を持っていくというのだろう。
 衝撃で動けない少年を尻目に、襖の先がばたばたと騒がしくなる。やめろ、とかばか、とか"にいちゃん"の声もあの大人の声も混ざり合って、何が起きているかわからない。ひとしきり続いた喧騒がおさまっても、"にいちゃん"が拐われてしまったのかはわからない。
「クソッ、目隠しとれよ!」
「これから手籠にして拐うっていうのにとると思うか?」
「……冗談だろ?まだあいつ、縁側で寝てんだぞ」
「寝てるならいいだろ」
「よくねえわバカ!起きたらどうすんだっつうの」
「どうもこうも、大好きな"にいちゃん"が悪い大人にやらしいことされてるとこを見るだけだよ」
 そして何か言おうとした"にいちゃん"は、口を塞がれたのかもごもごとして、後からぺちゃ、ぷちゅ、とべちゃべちゃした音がした。

「ゃ、だって!」
「なぁにがやだ、だよ。気持ちよさそうにもっともっと〜、ってとんがらせて」
「ばか!んっ、ゃ、やぁ……!」
「ちょっと撫でただけでさきっぽびんびんにして、やぁらし……」
「ちくび、も、ゃあ……っ、はなせ、ってば」
「手籠にするって言ってんだろ。やらしいとこぜぇんぶ気持ちよくして、ちんぽ待ちしてひくついてるケツからあふれるまで種付してやる」
「……っだか、ら……!まだ、いんだろ、がっ」
「泣き疲れて寝てんだろ。それより、うるさくすると起きちまうぞ?」
 ぼそぼそと、大きくなってはまた小さくなる二人の声の合間に、がさがさしゃわしゃわと何かがこすれる音がする。この前、聞いてしまったのとおんなじ、"にいちゃん"がかわいくなってしまう秘密のお話をしている。
 少年がいるから、と前回とは違い、本当に嫌がっている"にいちゃん"の声は、やっぱりどこかかわいくて甘い。また服の下のいけないところ、ピンクのえろちくびにいじわるをされているらしい。
 ちんぽ待ちしているケツ、が何かわからないけれど、きっとここも"にいちゃん"がかわいくなってしまう場所なのだろう。たぶん、ちんぽはちんちんで、ケツはおしりのはずだ。……でも、"にいちゃん"のおしりがちんちんを待っている……?
 少年には全く意味がわからない。自分の股間についたものは、服の下の勝手に見せても触らせてもいけない大切なもので、今はまだおしっこに使うとしか聞いていないのだ。
 ただ最近、胸といっしょによくずきん、と痛む。そんなふうになるなんて聞かされていないし、大切な場所だけどおしっこをする場所でもあるから、そこがたまに変だとは恥ずかしくて言えなかった。
 けれども今、結婚式のときのように少年の中で何かが繋がろうとしている。どきどき、もぞもぞ、ざわざわ、むずむずして、ずきん、ずきん、と、どこががーちんちんがー痛い。
 そうだ、"にいちゃん"の顔を、えろちくびを、かわいい声を、思い出すと、ちんちんが痛い。どきどきして、もぞもぞして、ざわざわして、むずむずして、ずきん、ずきん、と爆発しそうになる。
 だからか少年の体はひどく熱い。日差しは十分に避けられて風もそよそよと吹いてきて、この上なく心地いいはずなのに、寝床を用意してくれた"にいちゃん"のせいで、ちんちんが大変なことになっていた。
「ずいぶんあのガキがお気に入りなんだな」
「なにいってんだよ……っ、フツー、きかれたくねえし、みられたくもねえだろ……」
「同感だよ。……でもなぁ」
「ひ、ゃぁ……っ!やぅっ、あっ、ぅあ……ぁぁ……っ」
 ぶちゅ、にちゅ、むちゅぅぅ……と、ねばついた音がして、"にいちゃん"がかわいくて大きな声を出す。すぐに小さくなったけれど、どきん、ずきん、と胸もちんちんも痛くなる。
 痛いのを止めようとしても、"にいちゃん"の小さなかわいい声と、むちゅ、ちゅう、ちゅぅぅぅ……、とねばねばした音が交互に、同時に、隣から聴こえてきて、もっとひどくなってしまう。
「前にも言ったろ、あのガキにはもうお前が手の届かないもんなんだって教えてやんなきゃいけないって」
「だから、てぇ……っ!ゃ、やぁ……っやだ……っ!ぬけ、って、ばぁ……っ!」
「ちゅぱちゅぱちんぽおしゃぶりして、なぁに言ってんだよ……っ」
「ふ、ぁ……っ、ゃ、ゃぁ、ゃぁ……っ」
 ばちゅばちゅぶちゅぶちゅ、と粘土やのり、スライムで遊んだときのような音がする。"にいちゃん"の声はどんどん小さくかわいくなって、ねばつく音にまぎれて聞こえなくなりそうだった。
 何をしているかわからない。けれども"にいちゃん"のおしりはちんちんを待っていて、さっきあの大人は"にいちゃん"がちんちんをおしゃぶりしている、と言っていた。どこで。"にいちゃん"のかわいい声は今も聞こえているのに、どこでちんちんを。
「も、やだ……ちくびも、しりも、ゃだ……ぁっ」
「乳首しこしこしてやると、きもちぃ〜ってケツきゅうきゅうすんのに?」
「だから、ゃだって……い、てのに……」
「乳首もケツも、もっともっと〜ってすりすりちゅぱちゅぱしてんのに?」
「そゆ、こと、いうな……!」
「……ホント、あのガキに見せてやりてぇなぁ……小さいケツでちんぽ咥えて、乳首くにくにされるたびにちゅうちゅうちゅぱちゅぱしてるとこ……」
「だ、から……ぁっ!ゃ、ゃらぁ……っ!しり、も……っちくび、もぉ……っきもち、ぃ、かりゃ……っ」
「……なぁ、ふすま、ちょぉっとだけ、開いてんぞ……?」
「ひ、ゃ、へ……?」
「ガキが起きてたら、聞かれて、覗かれて……"にいちゃん"のやぁらしぃ声も、びんびんの勃起乳首も、ちんぽちゅぱちゅぱしてるケツも、ぜぇんぶ、見られちまうな……?」
「ゃ、ゃだ……!ぜ、たいやだ……ぁっ!」
「お前がとっととフらないからだろ。ガキにあんな目させて」
「ま、てって……っ!ゃ……!やだっ……!」
「起きてたら、だからそんな焦んな、よ……っと」
「ひ、ゃ、ぁんっ!」
 ばちゅん!という大きな音がして、"にいちゃん"もカン高い声を上げてないた。なんとなくわかっていた、どこ、の答え合わせもされた今、襖を隔てた向こうからの、ゃ、ゃ、というかわいい声と、じゅぼ、ばちゅ、ぐちゅん、というねばねばした音は完全に甘く苛む毒と化して少年に襲いかかっている。
 あの大人の言うとおり、襖と襖にほんの少しの隙間があって、あそこから覗けば"にいちゃん"が見えるのだろう。えろちくびとおしりを気持ちよくされて、かわいい声でなく、あの大人が独り占めしている"にいちゃん"が。
「ゃだ……っ!ゃぁ……っ!ひとゃの、ばかぁ……っ!」
「だぁれがバカだ、すけべ坊主」
「らて、らってぇ……っ!」
「起きてたら、だろ?」
「ひ、ゃぁ……っ!おく、ぐりぐり……っしな、で……っ」
「なんで」
「も、いく、からぁ……っ」
「……ちょうどいい、やらしいイキ顔見せてやんな」
「な……そんなん、できるわけ……!」
「起きてたら、憧れの"にいちゃん"がとっくに他人のもんだって、嫌でもわかんだろ」
「だから、てっ……!ぁ、んっ、ゃぁっ、ゃぁんっ!ゃあ……っ!」
「なんだかんだ言って嬉しそうにちんぽしゃぶってんじゃねえか……!」
「だ、て、ひとゃが、かわい、からぁ……っ」
「はぁ?」
 "にいちゃん"の予想外の言葉に、ひどいことばかり言っていた大人が困惑した。わからない言葉もあったけれど、"にいちゃん"にいじわるをしようとしているのはわかっていたから、少年も驚いている。
 かわいいのはどう考えても"にいちゃん"だった。砂糖を入れすぎたココアみたいに甘い、優しくして、守ってあげたいのに、同じくらいいじわるをしたくなる声。それなのに"にいちゃん"は低くて怖い声でいじわるをして泣かせる大人をかわいいと言う。
「あんなちっちぇこどもに、ほんきでやいてるの……かぁわい……」
「……こんのクソガキ」
「そん、くらい……せっそぅのこと、すき、なんだろ……?」
「……ああ!ったく……!そうだよ!じゃなきゃ結婚なんざしねえんだよ……!」
「ぁっ……!やっ!まって、いくから……っ!けつ、いく、からぁ……っ!!」
「イケよ……!たっぷり射精してやっから……!そのまま種付イキ顔見せてやれ……っ」
「ゃ、いくの、みられるの、ゃだぁ……っ!」
「そ、いうのは……っ、ちんぽきゅうきゅう搾りながら言っても、説得力がねえんだよ……!」
 再びばちゅ、ぶちゅん、どちゅ、という音がしはじめた。"にいちゃん"があの大人のちんちんをおしりでおしゃぶりしているという音は、どんどん激しく、大きくなっていく。あの大人の名前を呼ぶときとおんなじに、好きと言うように甘くとろけてからみつくのが、悲しくて、苦しくて、悔しくて、羨ましくて、ずきんずきんと胸が痛い。
 それだけならよかったのに、少年は胸だけじゃなくちんちんも痛くなってしまう。襖を挟んだ向こうで、大好きな、憧れの、綺麗で、かっこいい"にいちゃん"が、少年ではない、それどころか少年の父親と同じくらいの大人にかわいくされてしまっている。そんなの嫌なのに、知らなかった"にいちゃん"の姿に胸もちんちんも痛くて痛くてたまらない。
 "にいちゃん"は見られたくないと嫌がっていたけれど、少年はもういっぱいいっぱいだった。破れることで自覚した淡い初恋は、その瞬間から少年をめちゃくちゃにしてしまって、素敵なはずの『誰かを好きになること』も、もっと大きくなってから知るはずの『いけないこと』も、いっぺんに降ってきてしまったのだ。
 それに少年の"にいちゃん"への思いは、告げても告げなくとも叶わず終わる。それならばもう、一生見ることの叶わない"にいちゃん"の姿を見てしまってもいいだろう、と投げやりな気持ちにもなっていた。
 たねつけイキ顔、なんて言葉を少年は知らない。けれども親や先生に聞いてはいけないのはわかった。あの大人が"にいちゃん"にいじわるをしてかわいくしよう、というときの声で言っていた言葉だから、きっと、ひどくいけない言葉なのだ。
 嫌だけど、悔しいけれど、あの大人のいじわるを"にいちゃん"は嬉しそうにする。いや、いや、と言っていても、好き、好き、と言っているようにしか聞こえないくらい、あの大人が好きなのだ。言葉の意味も、どんな顔かもわからないけれど、きっと少年が見たこともないくらい、"にいちゃん"はかわいい顔をする。
 意を決して、ほんの少しだけ身を起こし、襖の隙間を覗き込む。じゅぷぅ……ちゅぽぉ……と重たいねばりの増した音の合間に、ゃ、ゃぁ、ぃく、ぃく……とかわいい声が混ざった。
 おそるおそる覗いた先、まず目に入ったのは"にいちゃん"の真っ白い身体。ほとんど裸で、汗でぬめり、ほてってうっすらピンクの肌に、よく見ると黒い着物が巻きついている。えろちくびは前に見たときよりも濃いピンク色で、一回りくらい大きく見えた。ぷるん、ととがっているのにどきどきして、ちんちんがずきん、ずきん、と強く痛む。
 おんなじくらいピンク色だったのがちんちんで、少年のよりもずっと大きいのに、なぜかかわいくて、やっぱりぷるん、ぷるん、と揺れていた。少しだけ上を向いていたのは、"にいちゃん"が少年よりも大人だからだろうか。ちくびがとがるように、ちんちんもそうなるのかもしれない。少年のちんちんが痛いのも関係あるかもしれないが、次に飛び込んできたもので頭から抜けてしまう。
 "にいちゃん"はあの大人のちんちんをおしりでおしゃぶりしているーおしりのどこで、どうやって、と思っていた答えが"にいちゃん"のぷりんとしたきんたまの下にあった。そこは、たぶん、少年にもあるはずの場所で、触ったことも見たこともないけれど、そんなに大きくひらくとは思えない場所で、ましてや少年よりも大きな"にいちゃん"より、もっと大きな大人のちんちんなんてとっても入るわけがない、そう思っていたのに。
 "にいちゃん"の真っ白な身体の、真っ白な両足を後ろからあの大人が抱えて、上下に揺さぶっていた。ちゅぅぅ……、ぶちゅん、ちゅぽぉ……、という音と共に、一生懸命にひらいた"にいちゃん"の穴から、太くて赤黒い、ごつごつした怪獣みたいなちんちんが出たり入ったりしている。あんまりにも驚いてじっと見てしまったけれど、少年にはひどいことをされているようにしか見えないのに、"にいちゃん"はどんどんかわいくなってしまうのが不思議でしょうがない。
 そうだ、顔。顔を見なくては。たぶん、"にいちゃん"が一番かわいくなる顔。それを見たくて覗いたのに。ようやく少年が本来の目的へと視線を移すと、肝心の目が隠されていた。最初に会ったときに持っていた手拭いで覆われた金色の目は、ところどころ涙を吸って濡れている。
 結局、あの大人は一番大事なところは誰にも譲る気はないのだ。昨日の夢の中、想像でしかない"にいちゃん"ではない、本物の"にいちゃん"の目が見れると思ったのに。大人気ない大人にがっくりとしながらも、いつも吊り上がった眉が困ったように下がり、ほっぺたは濃いピンク色になっていて、半開きの口から、かわいい声と荒い息を吐き出す真っ赤な舌と、鋭くとがった犬歯が見える。
 "にいちゃん"自身にもどうにもならないのか、つやつやとしたくちびるの端からよだれが垂れていて、ばっちいのにどきどきとしてしまう。かわいくなった"にいちゃん"は赤ちゃんみたいに頼りなくて、守ってあげたい。手が伸ばせるなら口も、目も、ハンカチで拭いてあげるのに。
「ふぁ……っ、ゃ、も、いく、ぃくっ、いっ、く、ぅ……っ!」
「は、く……そっ!」
 "にいちゃん"に見惚れていた少年に、昨日も聞いたひときわ切羽詰まった声が聞こえた。甘くとろけて、ふにゃふにゃなのに激しくて、泣き出しそうなのに嬉しそうな、かわいい声。
 ますます赤く、濃く変わったほっぺたと、せわしなく動く口が、びくん、と跳ねると、かくんと力をなくした。これがたねつけイキ顔、なのだろうか。
 一番大事な場所が見えないから少年にはわからない。首を傾げていると、ぷしゃ、ぷし、と何かが噴き出す音がして、"にいちゃん"のちんちんから透明な何かが出ていた。臭いがおしっこと違うけれど、あの大人がまたおもらしした、と"にいちゃん"にいじわるな声で言っていたから、おしっこかもしれない。
 怪獣みたいなちんちんは、少しだけ小さくなっていたけれど、まだまだ大きいまま、"にいちゃん"のおしりの穴にずっぽりとはまっていた。
 隙間からとろとろと白っぽいどろどろしたものが出ていて、"にいちゃん"のおしりの穴の周りはつやつやした濃いピンク色だから、白いどろどろがつくと"にいちゃん"の大事なところがいたずらされたみたいでどきどきして、ちんちんがずきずきする。
 ……"にいちゃん"のおしりの穴に、ずきずきと痛むちんちんを入れたい。大人の怪獣ちんちんが入るなら、"にいちゃん"のちんちんより小さな少年のちんちんなんて簡単に入るはずだ。痛くて、羨ましくて、痛くて、痛くてたまらない。目の前にあるのに、見ることしかできない。
「ちんぽ、ぬけ、よ……」
「じゃあケツでおしゃぶりすんのやめな」
「して、ねぇ」
「嘘つけ。さっきから抜こうとしてんのに、先っぽちゅぱちゅぱして種付おかわりされてんだよ……っ」
「してね、ぇっ、てぇ……!」
「ほんと、身体のがよ〜っぽど素直だなぁ……?」
「や、だっ……!」
「だぁから、手籠にしてやるって言っただろ……。お前がやだって言ってもやめてやんねえし、他のやつがちんぽ挿入れようなんて気ぃ失せるくらい奥の奥までちんぽ汁ぶち撒けて、匂いが染みついて取れなくなるまでみっちり塗り込んでやる」
「なに、いって」
「……なぁ、俺が弁護士でよかったろ?」
「……ぃつも……っおなじことしてんだろ……」
「あ?」
「や、ばか……っ!なか、ごりごり……す、にゃあ……っ」
「安心しな。ちんぽ挿入ってなきゃ落ち着かない、すけべなケツ穴にしてやるだけだから」
「……っやめ、ろよ!けっこんしき、すぐやんだろ、が」
「かわいいかわいい"くうちゃん"が大人になったとこ、見てもらうの楽しみだなぁ……?」
「ばか……!この、ばかちんぽ……っ!も、ゃだ……ぁっ!」
 少年が痛みに耐える間、あの大人の怪獣ちんちんがみるみるうちに力を取り戻して、"にいちゃん"のおしりの穴はぎちぎちに広がってしまう。
 そこからはもう台風のようだった。びきびきにふくれたちんちんは、本当に"にいちゃん"のおしりからあふれるまで白いどろどろを注ぎ込んだし、"にいちゃん"は途中からすき、以外はなんにも言えなくなって、ピンク色のちんちんをぷるぷるとふるわせて、ずうっとおもらしをしていた。
 "にいちゃん"の目が見えなくてもわかってしまう。"にいちゃん"はとっくの昔に少年の父親とおんなじくらいの大人のもので、たとえあの大人がいなくなっても他の誰のものにもならない。
 ずっと突きつけられていた選択肢をあらためて叩きつけられている。何も言わずにいるか、何もかも告げてしまうか。どちらを選んでも"にいちゃん"は少年を選ばない。それだけが確かで、あとはもう何もかも真っ暗闇の中だった。目の前で力無くくねる肌は、夏の陽の下でも雪のようなのに。
 結局、あの大人がぐったりとした"にいちゃん"を大事そうに抱えて出て行くまで、少年はずっと目を離すことができないままだった。
 絶対に叶わない初恋から。憧れの、綺麗で、かっこいい、大好きな人が、自分ではない人に好き、好き、と言って、特別な人にしか見せない顔をするところから。

 痛む場所を押さえながら、戻って来るまでに寝たふりをしようとして、少年は本当に寝てしまった。
 体を揺さぶられて目を開くと、そこにはいつもの"にいちゃん"がいて、よく寝てたな、と笑っていた。うっすらと腫れた目元は涙のせいだろう。心なしか気だるげなのは言うまでもない。
 だとしても、さっきまで全身をピンク色にして、かわいい声ですき、すき、と言いながら怪獣みたいなちんちんをおしりでおしゃぶりしていたなんてとても思えないくらい、"にいちゃん"は綺麗で、かっこよくて、かわいいー
 でももしかして、今までも。違う、ずうっと、あの大人と、あんな、あんなことをしてきたのだ。笑いかけてくれた顔も、明るく話しかけてくれた声も、優しく撫でてくれた手も、一緒に歩いてくれた足も、抱きしめてくれた体も、全部全部、その全部が、あの大人にかわいくされて、ピンク色になって。しかもそうだ、おしりの中まで、あの大人に、びっくりするくらい大きくひらかれて、いっぱい、いっぱい、白いどろどろを出されて。
 少年の胸とちんちんが、またずきずきと痛みだす。なぜかひどく裏切られたような気持ちでいっぱいになってしまう。"にいちゃん"は何も悪くないのに、見られたくない、と言っていたのを見たのは少年なのに。憧れた、綺麗で、かっこいい"にいちゃん"のあんな姿を見たくなかったと思ってしまう。
 目をそらし、うつむく少年に、"にいちゃん"が何か言おう、とするのを止めるように口を開く。頑張って大きく開いた口は、最初の一言以外、全部しぼんで消えてしまった。
 辛い、苦しい、痛い。でも今を逃したら、もう言えない。何も言えないまま、結婚式をして、あの大人のものになった"にいちゃん"を幸せになって、なんてお祝いすることはできない。せめて思いを告げたい。叶わないとわかりきった初恋とその過程で抱えたものは、少年には重すぎる。
 ぱくぱくと口だけを動かして、どうにか伝えようとする少年を、待つのが嫌いなはずの"にいちゃん"はじい、と見つめながら待っていてくれた。綺麗な、大好きな金色の目。
 怖いと言う人もいるけれど、少年や寺で会う人に向けられるのはあたたかくて優しいものがほとんどだった。今だって、静かだけれども責め立て、追い立てるような鋭さはない。少年が選んだ答えを聞こうとしてくれている。
 "にいちゃん"のこういうところが好きだ。乱暴なところもあるし、怖いことだってある、それでも本気で向き合えば歳の離れた少年の話だってちゃんと聞いてくれる。子供だと馬鹿にしないで、えらい、すごい、と褒めてくれる。大人にだって悪いことは悪いと言う。
 "にいちゃん"が綺麗でかっこいいのは、見た目だけじゃない。まっすぐで歪みのない、目とおんなじにきらきらとした心が、何よりも綺麗でかっこいい。だから憧れて、だから好きになって、だからー
 すき、と、小さくも大きくもない、おはようと挨拶するときの自然な声で、少年の初恋は告げられた。火山が爆発するのではなく、海底に埋まっていたものがあふれ出して、ぽこんと水面に浮かび上がったような告白に、金色の目が少しだけ見開かれ、すぐにやんわりとまるくなる。
「よーやく言ったな」
 待ちくたびれたぜ、と笑う声は勘違いしてしまいそうなほどあたたかくて優しい。わずかでも期待する心を叱咤して、言い聞かせる。
 "にいちゃん"は結婚する、初恋は叶わない、と。その証拠に、"にいちゃん"はけして少年に近づかず、いつもなら無遠慮に頭を撫でたり叩いたりするのもしない。
 少年が寺に遊びに来る子供、ではなく、"にいちゃん"に恋する男、としているかぎり、けして夢を見せるようなことはしないつもりなのだろう。わかっていたことだ。
 "にいちゃん"はあの大人を選んで、それは絶対変わらない。けれども少年の抱えきれない気持ちは受け取ろうとしてくれる。急に自覚した恋心に潰れそうな少年に、ずっと寄り添ってくれていた。
 すき、と吐き出した後はもう本当に何にも言えなかった。ぼろぼろと昨日の夜に戻ったように涙があふれて止まらない。ひぐ、ひぐ、としゃくり上げて喉が痛い。鼻水で詰まって息苦しい。昨日泣いた目の腫れも治りきっていないのに、今日もまた泣いたから痛くて痒くてしょうがない。
 ほれ、とさし出されたティッシュで鼻をかんで、涙を拭う。少しはっきりした目に、いつものように微笑う"にいちゃん"が映って、また涙が噴き出す。
 ああ、ああ、と何かにすがって祈るような泣き声はしばらくおさまらず、その間、"にいちゃん"はずっとそばにいてくれた。
 腫れた目を冷やすための濡れタオルをもらって当てていると、"にいちゃん"から月末に結婚式をするのだ、と言われた。よかったら来てくれ、と話す声はいつもより静かで、優しい。
 少年は、なんとなくこの結婚式が"にいちゃん"とのお別れなのだと思った。あの大人のものになるからだけではなく、寺に遊びに来る子供達の"にいちゃん"ではいられても、"にいちゃん"に恋をした少年だけの"にいちゃん"ではいられないからだ。
 すっかり日も落ちて、間もなく日暮れのチャイムが鳴るだろう。そうしたら帰らねば。きっと母親も父親も、少年の腫れた目について何も問うことはないだろう。
 それはもう昨日の夜、今朝からわかっていた。何もかもわかりきったことしかないのに、みんな少年を待ってくれている。それはやっぱり、少年が子供だからで、どうしようもないことだった。
 ある意味、大人げない、と思った"にいちゃん"の結婚相手だけが少年を対等に見てくれた。誰がどう見たって"にいちゃん"に選ばれているのに、少年が"にいちゃん"を奪うのを恐れていた。父親とおんなじくらいの大きな人が、初めて会ったときからずぅっと、少年を敵視していたのだ。
 寺の門まで見送られたとき、少し離れた木の影にあの大人が立っていた。"にいちゃん"と少年が話す間にきっと追い出されていたのだろう。不機嫌そうな顔でこちらを見ている。なんて心の狭い大人だろうか。"にいちゃん"は絶対に自分以外を選ばないなんて誰よりも知っているはずなのに。
 しょうもない、という顔をしたのがバレたのか、"にいちゃん"がいたずらっぽく笑いながらつぶやいた。
「ほんと、ガキだよな」
 甘い、甘い、声だった。いいオトナがあんなおっかねえ顔して、と少し馬鹿にするような口調にしても、隠しきれない甘さが残る。好き、好き、と言うようにあの大人のことを話して、見つめる。
 なんのことはない。もうとっくにお別れははじまっていたのだ。少年が叶わぬ初恋を自覚したときから。あるいは少年が気づかなければ永遠に迎えることのないお別れだったのか。今は考えてもわからない。
 そうして約束の時間に帰宅した少年を出迎えた母親は、腫れた目と鼻を見ても何も問うことはなかった。ただおかえり、とだけ言うと、新しくセットで買ったグラスに麦茶を入れて出してくれた。
 何の色もついていない透明なグラスに夕陽がさして赤く染まる。落とさないように両手で持ちながら、母親に"にいちゃん"の結婚式の話をした。

 少年はまた夢を見た。それも"にいちゃん"が、今日見たばかりの裸で目の前にいる夢。かわいいピンク色のえろちくびとちんちんをぷるぷるとゆらして、ぁん、ぁ、ゃ、ゃあ、と、かわいい声でないている。ぐちゅ、ぶちゅ、とねばねばした音が聞こえておしりの方を見たら、やっぱりちんちんをおしゃぶりしていた。
 上に乗っかった"にいちゃん"を下から見上げるような体勢で、腹のあたりに手を着いた"にいちゃん"が一生懸命に腰をふる。ばちゅん、ぶちゅん、と音を立て、きゅうきゅうとちんちんを飲み込んだ。
 困ったように眉を歪め、きり、とした目尻も弱々しく垂れている。半分くらいまぶたに覆われた目は、今にも閉じきってしまいそうだ。綺麗なまるいおでこも、頬も、くちびるも。全部がピンク色で、ぱかん、と開き、端からたらたらとよだれをこぼす口の中だけが赤く、ぬとぬととしていた。
 胸とちんちんが痛い。今日、目の前でさんざん見せつけられた、特別な人にだけ見せて触らせるところでする、見てはいけないこと。
 夢の中とはいえ、好きな人なのだ。ちんちんが痛くて痛くてたまらない。痛むごとに上に乗っかった"にいちゃん"が、ぅあ、やぁ、ゃ、とかわいい声を出しながら目をうるませて、ちんちんをしゃぶる。ぷるん、ぷるん、とゆれるかわいいピンク色のちんちんはおもらしでびしょびしょで、ぷりん、とした先っぽからきゅ、と上を向いたきんたままでてらてらと光っていた。
 腹に着いた手で隠れたえろちくびに触りたくて手を伸ばすと、びくんっ、と"にいちゃん"の体が跳ねる。えろちくびをくにくにされると、おしりがちんちんをちゅぱちゅぱしてしまうと言われていたから、きっと気持ちよくなりすぎるのが怖かったのだろう。
 触らないで、と言うように避けるのを、少し腰を上げてずん、とおしりに深くちんちんを入れれば、簡単にふにゃふにゃになってしまう。
 すかさず、ぷりぷりのえろちくびを両方、きゅぅぅ……と掴んで転がすと、ゃあ……っ!と大きなかわいい声でないた。ぷしゃぁ、ぷし、とおもらしをするピンク色のちんちんと、ぽろぽろと涙をこぼす目にちんちんがまた痛む。
 ぐぅ、とふくらむような感覚はあっても、"にいちゃん"のおしりにしゃぶられている感覚はないのがもどかしい。もっと言えばちんちんが痛い、以外の感覚は少年にはない。今日見てしまったものと、少年の想像と、知らぬ間に頭の隅にあったものが混ざっただけで、テレビかVRを見ているのに近い。
 しょせんは夢なのだ。本物の"にいちゃん"はあの大人以外にこんなことを許さないし、それ以上にあの大人が許さない。こっそり聞いたかぎりでは"にいちゃん"の方が先にあの大人を好きになったようだった。
 "にいちゃん"の好きなものはたまにわからない。かっこいいと思う反面、難しくて怖いときもある。耳にたくさんついた輪っかや飾りの全部に穴があいているのだと知ったときもそうだ。少年と同じくらいのときの"にいちゃん"の耳には何もついていなかったらしい。
 なんでそんなことをしたのか、なんであの大人がいいのか。聞けないまま、聞く機会もなくして、夢の中の"にいちゃん"にすがりつく。過去も未来も今さえも手に届かない"にいちゃん"が好きで、好きで、恨めしい。
 白いおっぱいにおでこを寄せて、ぐりぐりとすりつけると、仕方ない、と言うようなため息と共に、あたたかい手のひらがくしゃくしゃと頭を撫でてくれる。
 とくとくと少しせっかちに響く鼓動と、手のひらの優しさは知っているから、夢の中でも感じることができた。べったりと抱きついて甘えたまま見上げた先、ほんのつい最近見たばかりの"にいちゃん"の変な顔があった。
 困っているのに嬉しそうな、笑い顔。今ならこの顔の意味がわかる。自分よりずぅっとちいさな子供にまで本気で警戒して嫉妬をする、大人げなくてしょうもない、けれどもそれだけ"にいちゃん"を好きだというあの大人へ向けられた顔。
 ひどい話だ。他の子供に"にいちゃん"を奪われた少年の嫉妬に、あの大人を重ねてあんなかわいく微笑むなんて。一瞬でも自分にだけ向けられた顔だなんて思ったのが恥ずかしくなる。"にいちゃん"はあの大人以外、選ばない。絶対に。それがたとえ、少年の夢の中であっても。
「ひとや、かぁわぃ……」
 すり寄せたせいで薄ピンク色になった肌はやわらかく、あやし続ける手のひらはあたたかい。何もかもとかして、包むように、泣きたくなるほど優しく撫でられているのに、甘くきらめく金色の瞳の中にはあの大人がいる。
 痛い、胸も、ちんちんも、何もかもが。この恋に気づかなければこんなに苦しむことはなかったのか。好きだなんて言わなければよかったのか。何もかもがいっぺんに降りかかった少年の心はぐちゃぐちゃのまま。
 どうせ夢だ。痛むままにひどいことをできたら、してやれたらー。あふれそうな凶暴な気持ちはしかし、"にいちゃん"を見たらどこかへと行ってしまった。ただまっすぐにあの大人を好きだと言葉で、全身で伝える"にいちゃん"は、やっぱり綺麗で、かっこよくて、かわいい。
 じわ、と視界がにじんで、またおっぱいへとすがりついてしまう。よしよし、と甘やかす手のひらにもぐりぐりとすり寄った。何もかもが少年のものではなく、なることもない夢の中、ほとんど唯一の少年のものだったから。好き、と言うように呼ばれる名前が自分のものでなくとも、もう二度と触れられない体温を刻んでおきたかったから。

 ひどい夢だった。少年が選ばれないことを思い知らせるためだけに見せられているような、どこまでも甘くてあたたかくて優しいのに、痛くて苦しくて辛い夢。
 連日の泣き通しで腫れぼったい目のまま、もそもそと朝食を食べた少年が今日は出かけない、と言ったのを、母親はそろそろ新学期だしね、とだけこたえた。
 少年が去年の夏休みの終わりに友達と冒険する、と行った先で盛大に転び、顔に大きな絆創膏を貼って登校して一悶着あったからだろう。自分で自分の靴紐を踏んでできた傷を、マヌケ、ドジ、とからかうクラスメイトを叱って、男の勲章だ、と励ましてくれたのは"にいちゃん"だった。少年の思い出の中のきらきらしたところには、いつも"にいちゃん"がいるーいた。
 その"にいちゃん"が結婚式をする。かしこまったものではなく、少し前の"にいちゃん"の誕生日会と似たようなものになるらしい。お寺の大きな部屋で主役を囲んでの出入り自由の宴会は、"にいちゃん"がほとんど一番前の真ん中の席を動かなくてよかった。
 呼ばれても呼ばれなくても"にいちゃん"はひょいひょい、とどこへでも行ってしまうから、少年としてはひとところに留まっていてほしい。そばにずっといるとなんか食べたり飲んだりしろ、と言われるから、たまにお菓子やジュースをもらいに"にいちゃん"から離れてみたりした。けれども結局、目が"にいちゃん"を追ってしまう。楽しそうに笑う"にいちゃん"。いつでも、誰とでも、もちろん少年にも。
 たまにちょっと違う顔をした。あの大人と話すとき、怒っているのに嬉しそうな、お腹の奥底にある気持ちを隠せなくて漏れ出してしまったような、不思議な顔をする。
 唯一、近いものを自分に向けられたのが"にいちゃん"が結婚すると言われた日だった。困っているのに嬉しそうな、笑い顔。特別なものを貰ったような日だった。運動会のかけっこで一等になったら貰えるリボンみたいだった。結局それは毎日一等になって、リボンを貰っているあの大人へのものだったけれど。
 あの大人のように"にいちゃん"の一等特別な人にはなれなくとも、"にいちゃん"が少年を大切に思ってくれているのはわかる。どれだけ打ちのめされても、少年は"にいちゃん"を傷つけたくも、泣かせたくもないのだ。大好きだから、ただずっと、綺麗でかっこいい"にいちゃん"でいてほしい。思わずじわり、とにじんだ涙を拭って、少年は数日後、夏休みの終わりにお寺で開かれる式への参加を決めた。大好きな"にいちゃん"の幸せを祝うために。
 
 夏休みの最後の日、昼を少しすぎた頃。少年はほとんど毎日通っていたお寺にいつものように足を踏み入れた。
 ほんの数日のはずなのに、ずっと前のことのような。もう"にいちゃん"はいないのではないか、と馬鹿なことを考えてしまう。
 母親に結婚しても"にいちゃん"はお寺からいなくならないと言われたけれど、違うのだ。"にいちゃん"はいなくなってしまう。あの夜から少しずつ、少年の"にいちゃん"は喪われている。これから会う人はもう"にいちゃん"ではないかもしれない。だって、あの大人といる"にいちゃん"は"にいちゃん"ではなくなってしまうのだから。
 お別れの日なのはわかっているけれど、かけらでもいいから残っていてほしかった。
 母親と選んだ小さな花束を持って、手を引かれながら結婚式へと向かう。走って逃げ出した日とも、いけないことをした日とも、告白した日とも、ただただ"にいちゃん"に会いたくて通った日々とも違う。暑く、重く、静かな日だった。
 すでに多くの人がつめかけ、宴会めいたものが開かれた会場の一番奥の真ん中。いつもと違う格好の"にいちゃん"がいた。雪みたいに真っ白い着物で、襟や帯、ちらちらと覗くようなところだけが黒い。黒く塗られた爪は今日も変わらない。ただ、すっきりとした両手の指のはじっこ、左手薬指に見慣れぬシンプルな指輪が一つだけおさまっていた。
 たくさんの人に囲まれて笑う"にいちゃん"は綺麗だった。目尻に塗られた紅色が笑うたびに形を変えて、くるくると変わる表情は"にいちゃん"でしかない。それなのにどうしてだろう。もう"にいちゃん"はいない。賑やかな祝いの席にいるはずなのに、帰りたくてたまらない。握った花束をくしゃりと強く握ると、つい、と流れてきた金色の視線に捕まった。じい、と野生動物のように鋭かったのは一瞬で、すぐにやわらかくなる。
 優しい目だ。少年を大事に思っているのがわかる目だ。幼く、小さく、弱く、脆い生き物をかわいらしいと思っている、残酷な目だ。
 よ、と明るく呼びかけられ、手を振られる。きらきらと光る輪っかは小さく細いのに、普段身につけている大ぶりのものよりも目についた。更地と化した白い指先に刻まれた唯一無二の銀色が、"にいちゃん"はあの大人のものになったのだと否が応でも少年に突きつける。泣き出して逃げ出したかった。祝いたかった。幸せになってと言いたかった。そうすることを選んだのは少年だったのに。
 憧れた、強くて、綺麗で、かっこいい、"にいちゃん"はもういない。隠しもしない好意でいっぱいのかわいい顔で、隣の大人に微笑む波羅夷空却という知らない人になってしまった。
 少年に気づいたのか、ムスッとした大人が威嚇するように空却の手を引いた。おんなじ左手薬指におさまった輪っかを見せつけるような動きに、大人げない、と思っていたら案の定叱られていた。けれども、その大人げなさの方がよほど今の少年には優しかった。
 着物だってそうだ。ところどころに黒を入れて、あの大人がよく着ていて、今日も着ている服を思い出させるようにしている。頭のてっぺんから爪先まで、それどころか体の中から心まで、空却の全てを手に入れているくせにまだ足りないと装わせて。
 少年の方が恥ずかしくなる、みっともないほどの執着。その方がいい。余裕を持った大人らしい態度をとられていたら、とっくに泣いていた気がする。
 こっちへ来い、という仕草をする空却の方へと、母親にも促されてむかう。花束はくしゃくしゃで、顔だって笑えていない。逃げ出していないだけでもう泣いている気がした。
 そんなに遠くにいないはずの空却が遥か彼方にいるようで、変わらない微笑みが蜃気楼のように掴めない。ようやく目の前にたどり着いて、声を搾り出しておめでとうと言って花束を渡す。声も手もどうしようもなくふるえていると少年自身にもわかっていた。
 ありがとな、と花束ごと手を握られる。あたたかくて、とくとく、という鼓動が伝わる。硬くて厚いけれど、やわらかいところもある。小さな指輪一個だけの、"にいちゃん"でなくなってしまった手の方がずっと触れる場所が多いなんて。
 少年は重ねられただけで、どきんどきんと胸が跳ね上がるのが恥ずかしくて、悔しい。本当に空却にとって自分は近所の子供でしかないのだと突きつけられる。わかっている。空却は嫌なことを仕方ないと受け入れたりしない。あの大人のものになるのは空却自身も望んで、許したことなのだ。
 まっさらな指に穿たれた小さな輪っかは、好き、と言うように名前を呼ぶ相手との約束で、一方的な所有印ではない。儚く脆そうな細い輪を魂のよすがにする強さも思いも、少年の知らぬ間に積み重ねられたのだ。
 もうお別れしなければ、手を放さなければ、と思うのに放せないでいると、大人げない手が伸びてきた。片手で花束を奪って、残った手で空却を奪いとる。
 動き自体はスマートだったが、ちいさな子供への露骨な嫉妬で燃える腕の中、奪われた主役がダセェと笑う。そのくせに嬉しそうな目に、少しだけ恨めしく思いながら、視線で本当にこの人でいいの?と問いかけると、満面の笑みを返された。
「初恋なんだよ」
 それはこの場の誰でもない、少年にだけ手向けられた言葉だった。盛り上がって騒がしい宴会場の中では、近くにいる少年と、あの大人にしか聞こえていないだろう。
「拙僧の、最初で最後の恋なんだ」
 少年が渡した花束以外にも、部屋にはたくさんの花があった。新しくお店が開いたときに置かれているようなものや、風船やぬいぐるみで飾られたもの、色とりどりの花々が揃っていて、それこそ花屋が開そうなほど。
 その中にあってなお、一切引けをとらない微笑みだった。てんで靡かない相手をどうにか口説き落として捕まえて、何もかも捨てさせて奪いとって自分のものにしたのだ、と誇らしげに語る顔は、凶暴なのにかわいくて、"にいちゃん"ばかりで空却のことをなんにも知らなかったのだと思い知らされる。そして初恋は叶うのか。何もかも、相手も、自分さえもめちゃくちゃに壊してしまっても、どうしようもなく焦がれて、求めて、足掻き続ければ。
 かっこいいんだね、と誰が、を言わずにつぶやけば、絶対にやらん、と金色の目だけ鋭くして笑われた。
 拍子抜けするほどあっさりと、お別れをして、少年の恋は終わった。ジュースとお菓子を少しだけもらって、母親と帰宅する道すがら、あんな態度をとったら"にいちゃん"が好きだとみんなにバラすようなものだった、とぼやくと、母親にあなた以外にも似たような子がいたわよと慰めなのか励ましなのかわからないことを言われた。
 そうだろう。だって"にいちゃん"は、空却は、綺麗でかっこいい。あんなきらきらとした人を好きにならないわけがないのだ。これまでもきっと少年のようにたくさんの人の初恋を、心を奪ってきたのに、本人はそしらぬ顔で自身の初恋を叶えていた。
 けれども少年をふくめ『最初で最後の恋』なんて断言するほどの恋をした者はいなかったのだろう。少年とて、いまだ痛む"にいちゃん"への思いが嘘だとは思わないけれど、名前を呼ぶだけで好きなのだとわかる相手から奪いとれるとは思えない。あの揺らがない心を変えられる気がしない。そう思った時点で嘘ではなくとも叶わないものになったのだ。
 明日から新学期。少年の夏と恋が終わる。





 ひどい夢を、見る。
 夏休みの終わり、ほんのわずかな間に生まれて消えた初恋とお別れしようとしているのに。

「ひとや……」
 甘くとろける声、かわいい声、名前を呼んでいるだけなのに好き、と言うように聞こえる声。でもそれは少年の名前ではない。短いとはいえ恋焦がれた初恋の人ー空却が、身も世もなく求めて手に入れた相手のものだ。
 結婚式で着ていた白い着物はほとんど暴かれて、負けず劣らずにまばゆい肌が、熱を帯びて薄桃色に染まっている。いつのどこかもわからない畳部屋で、着物の上に横臥する肢体は抱かれる悦びも、誘惑する術も知り尽くした顔をしていた。
 秘所を隠すようによじる身体は、白を纏えど純潔の乙女ではない。とうの昔に淫らに拓かれた身体は、恥じらっているのではなく早く、とねだっているのだ。
 さんざん打ちのめされて、諦めて、振り切ろうとしている初恋の相手のあられもない姿に、少年の育ちきらない性器が悲鳴を上げる。ずきずきと痛むそこは、白いすべすべした体にぱっくりとあいた、桃色にぬめる割れ目に挿入れたら良いのだと知っている。現実で盗み聞き、覗き見してしまった行為は、忘れようとしても忘れられないまま、こうして淫らな夢となって少年の前に現れる。
 このまま空却を抱けたならよかった。自覚した瞬間にやぶれた初恋への慰撫。間近で嫌というほど見せつけられた空却が恋慕い、愛し合う結婚相手から、夢の中とはいえ寝取る優越感と背徳感。果たせなかった思いを一時でもとげてみたい。みっともない横恋慕なのはわかっていても、少年の夢なのだ。それくらいいいだろう、と思うのに、何度見ても自由にならない。夏のたった数日間に植え付けられた『空却は決してお前のものにはならない』という呪縛から抜け出せない。だから今日も、少年は痛む股間を握りしめて見ているしかないのだ。初恋の相手が、空却が、その空却の初恋の相手と、獣のように交わる姿を。

 すっかりひん剥かれた空却と違い、あの大人はしっかり着込んだまま、さらされたままの肌を隠すようにのしかかり、迷うことなくくちびるを寄せる。
 額、目蓋、鼻、頬、くちびる……横たわる裸身に上から順繰りに降り注がれたくちづけは、首筋あたりから歯を立てた。かぷかぷ、と甘噛みされたと思うと、がり、と食いつかれ、ちゅ、ちゅ、と舐めて吸うだけのときもあって、その全てにびくびくと身をふるわせる。特に入念に舐めしゃぶり、噛みつかれたうなじは、隠そうが隠さまいが嫉妬深い大人の気配を色濃く匂わせるだろう。
 新雪を踏み荒らすようにまっさらだった胸元にも情痕が散っていく。薄桃色の肌に刻まれる愛と呼ばれる色と欲と執着。とうぶん人前で服を脱げないような有様を、やめろ、ばか、と叱りながら、けして本心から拒絶はしない。咎めるように乱れた着物をよせ上げて隠そうとするが、そんなのはあの大人を煽るだけだ。
 腕の中に閉じ込めるように空却の傍に着いていた手を、白い着物で覆われた胸へと伸ばす。すべすべとした生地はよく見ると金糸が織り込まれ、見た目よりも重く厚みがある。
 本来ならば情事の下敷きにしていいものではない。だがこれは婚礼装束とは名ばかりの、あの大人が公的にも空却を手中におさめた、と知らしめるための拘束着。皺がよろうが、口に出すのもはばかられる体液がつこうが、むしろ穢されるほど良いのだろう。檀家がどうだと言っても、結局は牽制で威嚇でしかない。散乱した着物に紛れる半襟と帯の常闇のような黒が、逃すまいと穿たれた楔に見えた。
 一生懸命に着物を引っ張る努力は、大人の大きな手のひらのひと撫でで霧散する。たわんだ生地を伸ばして広げるように、上から下へ、大きく円を描くと、びくん、と着物の下の身体が跳ね、ぷくぅ……と小さなふくらみが二つ顔を出した。重く、厚い生地を押し上げる突起に、大人は満足そうに笑うと、ぴん、ぴん、と指で弾き出す。ひ、ゃ、と弾かれるたびに眉を寄せて目をうるませる空却に、さきほどまでの余裕はない。敏感な場所を無遠慮に弾かれることで、さらにぷっくりと大きくなった尖りをしごかれ、潰されるたびに、もっともっと、とねだるように胸を突き出して、ゃ、ゃ、と口だけの拒絶をくり返す。
「なぁにがや、だよ」
 もっと触っての間違いだろ、と、はしたなくふくれた乳首をふにふにくにくにといじりながら、意地悪く笑う。かわいい恋人に天邪鬼に縋られ、満足そうな顔の大人ときたら。素直になれ、と焦らしに焦らして、限界をむかえた空却が羞恥に耐えながらもはしたなくねだるのが好きでしょうがないのだ。そんなことをしなくともいつだって空却はあの大人を求めて、欲しがっているのに。
「ちくび、ゃ、だぁ……っ」
 ぷくりとした乳首はしっとりと重量のある生地に押され、こすれ、しかも指でいたずらをされて辛いのだろう。目元に涙をため、ひ、ひ、と泣く顔は年齢より幼く見えた。
「ゃ、じゃなくていい、だろ?……足もじもじさせて、やぁらしぃの」
「ゃ、う」
 少し前まで思わせぶりによじられていた下肢を、隠し耐えるようにすり合わせる。それを目ざとく見つけた大人は、嬉しそうに新しい目標へとにじり寄った。すり合わされる足のあわいへ片膝をぐ、と押し込み、割り開こうとする。
「なに、すんだよ……っ」
「なにって、ナニしかないだろ」
 気持ちよくなるとすぐ頭が馬鹿になる、とぐ、ぐ、とさらに強引に迫る膝に、開かせまいとぴっちりと両足を閉じた。胸元を押さえていた手も片方下ろし、着物をひっぱって隠そうとする。空却は自分から招いて、誘って、惑わすくせに、いざとなると待って、やだ、無理、とうぶなことを言い出す。
 あの大人と対等になるために背伸びをする子供だった名残なのか、負けん気の強さで引っ込みがつかなくなったのか。なんにせよ強がって天邪鬼に振る舞う空却の鎧を剥ぎとって、心と身体のやわいところを暴いて犯すのがあの大人のやり口だ。
 乱れた着物を無理に引き寄せたせいで、片方の胸元が大きく開く。しゅる、と擦れる刺激にひく、とふるえる身体が見逃されるわけもなく、ぷくん、とふくれた濃い桃色の乳輪が、意地悪な大人の指先近くにさらされてしまう。
 しまった、という顔をしても、するから余計にまずい。もとより戯れでしかない装甲は、少しでも大人げなく攻めたてられれば簡単に崩れてしまうのに、はしたなく勃起した乳首なんて覗かせたらどうなるか。
 当然、空却より一回り大きな大人が、無防備な乳首へと吸いついた。赤ん坊のようでありながらまるで違って見えるのは、淫らな下心の有無だろう。あの大人の目的は乳ではなく、乳首そのものを吸って、食んで、いやらしくかわいがることだ。
 ちゅぅ、ちゅぱ、ちゅぅぅ……と吸引して、ぷるん、と勃った乳首のさきっぽだけを吸う。どれだけ肌を重ね、夜を過ごしてきたのか、日々の鍛錬で無駄なくうっすらと乗った胸筋を、むちりとはしたなく感じさせるほど、その乳首は性感帯として育てられていた。
 突起だけでなく乳輪までふっくらとさせた乳首は、触れずともやわく桃色に尖り、かわいがるほどに熱を帯びてかたく、濃い桃色に勃っていく。こんなはしたない胸ではなかった、と意地悪く攻めたてられるたび、空却はばか、やだ、と顔と全身を真っ赤にして怒りながら、びくびくとふるえて甘く達してしまう。
 指一本触れたことのない身体の反応を、見ているだけの夜を繰り返して覚えてしまった。悔しさを通り越して虚しいとすら思うのに、この夢から解放されることはない。空却に恋したことが罪かのように苛まれ続けている。幼く、淡い、儚く消えた初恋にそんなにも重い咎があるのだろうか。はたまたこれは少年の夢だから、無意識の自罰感情ということなのか。わからない。ただ今日もまだ罰ははじまったばかりだ。

「着物、汚れちまうぞ」
 つぽん、と解放された乳首は、紅く尖ったさきっぽから薄桃色の裾野まで唾液でぬらめき、着物で隠された方はいまだにこりこり、かりかりとしごかれ、ほじくられていた。両足はぴいん、と張り詰め、きゅぅぅ……と股間を押さえつけている。それでも腰や足、全身をびく、ひくん、とふるわせているので、甘く達しているのは明らかだった。
 もう少し胸元の突起をいじめてやれば、過ぎた快感で淫液を漏らしながら絶頂してしまう身体が、欲張りな大人の望みどおり、無垢な着物を淫らな汁で汚してしまうだろう。
「クリーニングは出してやるけど、どうする?……俺とやらしいことしてついた恥ずかしいシミ、見られたいか……?」
 この大人のことだ、空却のこともよく知っている馴染みの店に依頼して、わざと見せつけ、知らしめるつもりだ。そうされたくなかったら隠さず脱げ、という意味だし、意地になって脱がなくとも、渋々脱いでも大人にとっては美味しい。
 さあどうする、と問いかけながら、乳首を嬲る手は止まらず、空却がうぅ、と唸るように身をよじり、真っ赤な顔でぬぐから、まって、と言ってようやく止まった。
 とろん、とした金目は恨めしげに睨めつけるが、大人はどこ吹く風、と受け流すどころか、かわいらしい、とばかりにくちづけながら、胸を揉む。乳首ではないからいいだろうと言わんばかりの動きに、さすがに空却がじたばたと抵抗すると、ぱ、と手を離した。
「悪かった。待っててやるから脱いでくれ」
 一転した殊勝な態度にいぶかしげにする空却に、今度はじぃ、と視線を送る。拓かれ、熟れつつある身体を。もっと甘く淫らにとろけるために、たどたどしく動く指先を。純白の着物の下からあらわになる、熱でうだった肌を。いっそ一思いに触れられ、舐められ、食まれ、しゃぶられた方が楽だろう、と同情したくなるような目だった。上等な着物を汚さないためではない、上等な着物が二目と見られない有様になるまぐわいをするために、孕むはずのない胎に種を撒かれ淫らに喘ぐために裸になるのだと教え込むような目だった。
 待っててやる、なんて鷹揚なものではない。犯してやるからストリップをしろ、と言っているのとおんなじだ。まがいなりにも初夜とは思い難い淫奔さを強いる大人が、一方的に空却を食い散らすだけならば良かったのに。
「やぁらしぃのはどっちだよ……っ!」
 ふてぶてしい大人に気圧されたふりをして、ばさりと豪快に着物を投げ捨てる。楔のように散らばっていた黒い小物たちも一緒に吹き飛び、裸の空却だけが残った。先ほどまでの色香が消え失せたわけではないのに、一糸纏わぬ今の方がよほど力強い。薄桃色の肌は甘く香らんばかりなのに、みだりに触れようものならば焼け焦げてしまいそうだ。
 急な振りかぶりを上手にかわした大人は、両手を後ろについてあぐらをかいている。破天荒な空却に振り回されてきた杵柄だろう。高いんだからもう少し丁寧に扱え、などとどの面を下げて言っているのか。しかし満更でもない顔をして同じような体勢で睨めつける恋人を見ていた。
「こんなにちんこデカくして、獄はどうなんだぁ……?」
 つぃ、と伸びた足先は、大人の股間へと着地する。きつそうにテントを張ったそこを、くん、と押して、軽く踏みつけた。紅潮した頬は皮肉げな笑みを浮かべているが、足裏で脈打つ逸物への淫靡な期待が隠しきれない。匙ですくって落とした蜂蜜のように濃く、甘い、粘度を帯びた目は、足を動かすたびにぶるん、ぶるん、と硬く育つふくらみから離れられないでいる。
「俺はやらしいんじゃなくてスケベなんだよ」
「屁理屈こねてんじゃねーよ!」
 空却がぐんっ、と足裏で逸物をきつく踏みつけた。見ている方は縮み上がりそうだったが、大人は軽く息をつめただけで黙っている。効果がないと思ったのか、器用な足が今度は優しくなぞるように動きを変えた。根っこをきゅっ、と締めつけ、しゅ、しゅ、と上へと撫で上げる。あらゆる意味で弱点である部位は、苛烈なばかりが責めではない。
「獄、拙僧の足コキ好きだよなぁ……」
 ヘンタイ、スキモノ、と嬉々として煽りながら、両足裏でいきり勃った逸物を挟み、しゅこしゅことしごく。ぱんぱんに張りつめた股間は快感と苦痛が半々くらいだろう。ひそめられた大人の眉間に気づいたのか足を離すと、身を乗り出して先ほどまでの足で愛撫していたふくらみへと顔をうずめた。
 ちゅ、とリップ音を立てて触れるだけのくちづけをして、そのまま口でジッパーを下ろす。ふくらみ続ける屹立に難儀しながらも、瞳はずうっととろとろとしたまま、ん、ぅん、と悩ましげに鼻を鳴らして咥えた金具を引いていく。ちぃ、ちぃぃ……、とつっかえつっかえしながら、数分ほどかけてようやく開放された社会の窓からは、ぶるんっ、と勢いよく勃起した肉茎が飛び出した。
「足で踏まれてもぉっとデカくなったすけべちんこ……、どーしたい?」
 むわ……と熱気を放つ雄を目の前にして、にぃ、と口角を上げて楽しそうに笑う。細められた目が三日月のように妖しくて、縁取る睫毛の落とす影が惑わして、うっすらと紅ののったくちびるが、誘うのだ。何も腫れているのは大人のものだけではない。少年のちんこだって、ずっと、ずっと、ずうっと痛みながらふるえている。それなのに、これは少年の夢なのに。
「そんなの、決まってんだろ……」
 ばさり、と二度目の大きな衣擦れは大人によるもので、まだ乱れていなかったジャケットも、シャツも、全て脱いで放り出す。下は空却に居座られているからだろう、ベルトを外し、前を寛げるにとどまった。けれども下着にひっかかり隠れていたところはあらわになって、はしたなく見つめていた顔にぱちゅん、と当たる。
 やわらかな頬をなぞり、ふっくらとしたくちびるにくちづけるように着地した赤黒く、ぶっくりとふくれた亀頭が忌々しい。濡れた尖端がぬちぬちと先走りを塗りつけて、早く開け、と催促するのも憎らしいのに、我慢のきかない子供をあやすように小さな口は迎え入れてしまう。
 ん、んん、ん、と歯を立てまいと、一生懸命に咥えこむ口は、長大な男根を受け入れるには狭く小さい。にも関わらず喉奥まで使って愛撫しようとする健気さがたまらないのだろう。むくむくと膨張し続ける逸物が喉を突いたのか、一度ちゅぽん、とくちびるをはなした空却が真っ赤な顔で大人に言った。
「くちまんこに、無駄打ち射精しちまえ……っ」
 恥じらいまじりの宣戦布告はすけべな大人に効果覿面で、再び怒張を飲み込んだ頭を押さえつけ、苦しげにえずく喉奥でごりゅごりゅとしごきあげてしまう。反抗しそうなものを、とろとろとした目を涙でうるませ、そのくせやわく良い肉筒であろうと身をふるわせて耐える空却がさらに大人に火をつけた。
 ぢゅぽ、ぢゅ、ぢゅぽぉ……、と完全に種付をするときのように腰をふられ、どちゅどちゅと喉を突かれ、目がぎゅう、とつぶられる。はじめは息苦しく辛いのかと思っていたが、全身を淫らに拓かれた空却には、後ろにするように口腔を犯されるのは耐えがたい快感なのだ。びくびくとふるえるのだって、挿入されてもいないのに中で達そうとしている前ぶれでしかない。
 ぐぅ、と大人の呻く声と同時に、空却の身体がひときわ大きく跳ね上がる。喉奥に子種を浴びせられ絶頂を迎えた身体は、びくん、びくん、と不随意に跳ねて、ぷしゃぁ……と精ではない、淫らな汁を吹き出した。
 これだけでくらくらするほどいやらしいのに、おずおずと開かれた金色の目はうっとりとしながら逸物をしゃぶっているのだ。ちゅぽ、ちゅぽ、と尿道に残った一滴すら搾りとろうと、愛おしげに這わされる舌は、べっとりと精子がからみついている。
「……くちまんこ種付でケツまんこイキしたなぁ?」
 すっかりすっきりした様子の大人は、はぁ、と息を荒らげながら掴んでいた頭を優しく撫で、いまだちゅぅちゅう、と亀頭をしゃぶる恋人の口の端についた白濁を拭いとった。
 煽られたら煽り返す二人の応酬は場所を問わず、閨ではとびきり下品になる。喧嘩の様相を呈することすらあるが、しょせんは痴話、戯れ、乳繰り合い。互いの心と身体、魂まで貪欲に求める愚かな恋人達の言葉遊びを見せつけられている。
「んぅ……っ」
 甘くとろけた声でないて、空却がまた達した。射精してもすぐに硬くなる逸物を敏感な口腔でしゃぶりながら意地悪なことを言われたからだろう。おおげさなくらいびくん、びくん、とまろい尻を揺らし、足の間からしょろ、と淫水をこぼす。拭われたばかりのくちびるがよだれと精液で汚れながら、ちゅぽぉ……と吐き出した亀頭と透明な糸で繋がった。前から後ろからはしたないおもらしをする空却が、すり、と頭を撫でる手のひらにすり寄る。とろんとした目を細め、半開きの口を閉じてこくんと喉を鳴らした。
「ひ、とゃ……」
 気持ちよさそうに名前を呼ぶ声は少しくぐもっていて、それに大人がまさか、と強引に空却を抱き寄せて口を開く。脱力した身体はされるがままに腕の中におさまって、大人しくぱかりと口腔をあらわにした。先までは舌にからみついていた粘度のある白濁はほとんど失せている。
「お前なぁ……」
「まずい」
「当たり前だ!」
 このたわけ、とぐいぐいと指を突っ込んで検分を続ける。飲み下し損ねた精液を指の腹でねちねちとこそげ取りながら、ちっ、くそ、と舌を打つ大人に反して、口中をいじくり回される空却は、ぁ、ぅう、となきながら身をよじっていた。
 ああも盛大にぶち撒けておいてこうなるとは予想できなかったのか。あんなに健気に、熱烈に、愛されているのに、どうして思い至らないのか。今だって敏感なままの口内を指でこちゅこちゅとくすぐられて、ひくひくと身体をふるわせているのに気づかずにいる。
「も、ひぃ、かりゃ……ぁ」
 あぐらをかいた足の間でもぞもぞと尻をゆする空却にようやく意識が向いたのか、つぽ、と口から指が抜かれた。ねちゃりとした液体が引く糸を切って、大人がちゅ、とくちづける。乱れた前髪の散る額、陶然として落ちた目蓋、赤い鼻先と頬、そしてぬめるくちびる。
 労るように、愛おしげに落とされるくちづけは、くちびるに触れたとたんに深くなった。仕上げとばかりにさんざん指でこそげて回った口腔を、今度は舌でくじり倒す。爪を立てまいとしていたときと違い、やわく厚い舌が縦横無尽に暴れ回る。
 眠たそうに閉じつつあった目が、ときおりぱちくりと大きくまばたき、そのたびにびくん、と跳ね、またきゅう、と閉じて、びくびく……と余韻に揺れた。
 大人の意地か矜恃か、はたまた空却かわいさか。一責められたら百責め返すところがある。かわいい恋人に搾精の上に飲精などされたらたまったものではないのだろう。よく見れば口どころか、尻までちゅこちゅこと責め立てている。自らの精子で粘つく指をそのまま挿入して、浅いところを拓いているらしい。
 上も下も大人に好き放題にかわいがられて、快感でいっぱいになるしかない空却は、またぷし、ぷしゃ、と淫らなおもらしをしてないていた。
「ふ、は、ぁ、ぅ……」
 何度目かの吹き上げで口腔を解放され、しびれきった舌を奮い立たせてなんとか喋ろうとしているのに、尻への責めが激しくなる。この夜のためにあるていどまで拓かれていた尻は、馴染みの指の形にも感触にも簡単に身を任せてしまう。空却の出した淫水も利用して、すっかりひくん、ひくん……っとわなないてしまう後腔の縁は、熟れて濃い桃色になっていた。
「ば、ぁか」
「かわいくねえこと言うとまたちゅうすんぞ」
「だって、ばかだろ」
 また、いつも、すぐ、拙僧ばっか気持ちよくする、とふてくされる。このやりとりも何度見ただろう。見ている方が恥ずかしくなるくらい、互いが欲しくて欲しくてしょうがない、良くしてやりたい、かわいがりたい、愛おしくてたまらない、と貪り合う姿を見せつけられているのに、渦中の二人だけが学ばない。
 天国と地獄の箸の話を思い出す。地獄では長すぎる箸を自分のために使おうとして飢え、天国では誰かに与えるために使うから互いに満たされるというものだ。二人は天国にいるのに互いの口にねじ込み合って揉めている。
 恋とは、愛とは、なんと愚かなものなのか。そしてそれをただただ眺めているのはなんの罰なのか。懲りずに初恋の相手の肢体に、痴態に、性器を痛めてしまうからいけないのか。
「まぁた……もうその話はいいだろ」
「よくねえ」
 無理矢理に黙らせようとため息をついた大人が指をぐ、と深く挿入れても、空却も退かない。とろとろととろけたまま、むぅ、としかめた顔は、ちゅぽちゅぽとほじくられるのをこらえてもいる。実は大人の逸物も涙を流して天を突いているのだが、自分で手一杯で気づいていない。おもらしを繰り返しながらゆるく勃起した空却の陰茎ともたまに擦れ合っているのに。
 この場で一番罪深いのは空却ではないのか。僧侶でありながら意識的にも無意識にも男二人を振り回して。あげく一方とは獣のようにまぐわって、愛だ恋だと狂っている。報われなかった初恋を嘆いているわけでも、恨んでいるわけでもない。ただ愛されなかった男の罪を考えているだけだ。
「……わかったよ、じゃ、ヨクしてくれ」
「ひっ!ああぁぁっ……!」
 何度言っても聞かない恋人を強行突破で納得させることにした大人は、力なく両膝裏を抱えて持ち上げるとどちゅんっ!と一気に挿入した。拓かれているとはいえ、ほとんど浅瀬しかいじっていなかった中は、乱暴に割り開かれて驚いているのだろう。
 前のめり気味だった空却の背が挿入と同時に大きく反り返り、不随意に尻をきゅん、きゅん、とふるわせていた。とはいえこれまでさんざん咥え込んだ逸物はじきに馴染み、そのうち誂えたようにぴったりとおさまるだろう。すでに後腔の縁はきゅぅ、きゅぅぅ……と吸いつき、ひくついている。
「ぁ、やぁ……」
「は、ナカ、きもちぃ、ぞ」
「ゃ、ゃあ……!いう、な、ぁ……っ」
 膝裏をゆっくりとゆすりながら、ピアスの外れた無垢な耳を食み、無防備な鼓膜に流し込むように囁く。きつく締めつけていた後腔が、じわじわと記憶を取り戻し、慣れ親しんだやわさで吸いつき、しゃぶりつくのを感じている肉茎はさらにふくらみを増した。
 きゅん、きゅん、とはしたなく根っこまで咥え込んでいる方も、自覚があるのだろう。気持ちいい、と望んだ言葉をもらっているのに、羞恥で拒んでしまっている。そんな反応はまたあの大人を喜ばすだけなのに。案の定、よこしまな笑みを深めた大人が、首をつい、と下へおろした。
「なに、ひ、とゃぁっん……っ!」
 耳から首筋をなぞるように、ちゅ、ちゅ、とくちづけをする。本当にくちづけるのが好きな大人だ。滅多に痕をつけないが、つければ長く消えず、つけないものは忘れられないようにする。
 見えるキスマークを禁じられた代わりに、見えなくとも心身に刻みつけるキスをし続けてきたのだ。頭のてっぺんから爪先まで。触れていない場所、知らない場所などないのだと、身体を許して拓かせてくれた空却に伝えるために。
 見えない性感帯を仕込まれたからこそ、簡単に甘くとろけ、快感を受け入れ、絶頂してしまうのに、執念深さと愛情深さが比例する大人の献身と情熱を、空却もまたわかってはいない。
「ふ、ぅ、ぅぅ……」
「声、だしな……」
「だせ、らぃ……っむり……ぃっ」
 胎に挿入った逸物を馴染ませながら、愛撫されるのは敏感な身体には重労働だ。ましてや、耳から降ってきたくちびるが、ついにそこだけで極めてしまう場所へとたどり着いたのだから、ひ、ひ、と息も絶え絶えにないてしまうのもしかたがない。
 しばらくいじられていなかったにも関わらず、陰茎と同じかそれ以上の性器と化した桃色の胸の尖りは、ぷるん、と勃起したままだった。そこにいきなりふぅ、と吐息を吹きかけられ、ちゅ、とくちづけられ、おまけにぱくん、と食べられて、吸って舐めて食まれてしまったらー結果は言うまでもない。
 逸物のおさまった胎はやわやわにとろけ、そのくせきゅんきゅんと締めつける。素直なのはそこだけではない、薄紅色の陰茎も、刺激を受けるたびにとぷとぷと淫水を吹き続けていた。丁寧に愛でられ、育てられた淫らな突起達は、見つめるだけでもぷくん、とふくれて、触って、触って、とねだる。いくら声をおさえても、それ以上に雄弁な目と身体が恥じらいを暴いて意地悪にかわいがられてしまうのだ。
「ふ、ふぅ、ふうぅぅぅ……っ」
「そういうことすっと余計にやぁらしく見えんの、わかんねえんだよな……」
「ふ……ぅん、な、に……?」
「なんでもない」
「ぅ、むぅ……っ!」
 ぴぃん、と舌先でぷっくりとふくれた乳首を弾かれ、びくん、と空却が反り返る。大人はふさがった両手で跳ねる身体をおさえながら、自由な口でちゅ、ちゅ、と左右の乳首をついばんだ。とろけきった目の険はすっかり削ぎ落とされていとけない。かわいらしくなきだすのも時間の問題だろう。
「ぅ、や、ぁ……ゃあ……」
「ん?なにがやぁなんだ?」
「りょうほぉ……いっしょが、いい……」
 赤ん坊のようにむずがって、乳首を吸う大人の髪をくしゃくしゃにして甘える。快感でうだりきった頭は、意地も見栄も削いでしまったらしい。プライドで固めたような大人の髪に顔を埋め、鼻をならしておねだりをする空却に、はぁぁ、と大きめのため息をついた。
「俺は両手がふさがってんだよ」
「じゃ……せっそう、やる」
「やる、っておい……!」
 言うや否や、抱き寄せられてからずっとぶらんとしていた腕を胸元に寄せ、きゅぅっと乳首をつまむ。しゃぶられ、てらてらとぬめっていた桃色の頂きをちゅこちゅことしごき、ぁ、ゃ、と喘いでいる。甘くかすれた声とともに垂れたよだれがさらに髪の毛を乱しても、大人はしかたない、という様子で、腰をゆすった。
「おらエロ坊主……っ両方どころか全部だぞ」
「ぅ、あ……ちん、こ……きたぁ……」
「……乳首いじりながらナカとろっとろにして食うちんぽ、美味いだろ?」
「ん、きもちぃ……、ひとやのちんぽでなか、いっぱい……」
 ついにむしゃむしゃと髪を食べはじめた空却を頭から引き剥がし、くにゃりと崩れた身体を抱きとめる。肩口に乗った小さな顔は、髪に飽き足らず肩を甘噛みしはじめた。
 大人と違い、空却はキスマークを残そうなどとしない。いくら刻んでも消えてしまうからか、独占欲が薄く嫉妬もほとんどしないからなのか、どちらにしろかぷかぷと歯を立てる姿は珍しかった。
 やめろ、くすぐったい、と言いながら満更でもない顔をする大人の伸びた鼻の下のみっともなさときたら。どちらが年上かわかったものではない。
「もぉっと、ナカ、よくしてやる」
「ん、ぅ……っ!」
 今度は腰だけでなく、掴んだままの膝裏も合わせ、ばちゅん、どちゅん、と乳首いじりでやわくなった中をほじりだした。じっくりと慣らされたナカは、硬く太くふくれた肉茎を縁のシワが伸びきるほどぐっぽりと深く迎え入れながら、無理なくちゅぅ、ちゅぱ、としゃぶっている。突き上げと自重で奥へ奥へと挿入り、くじられるのもよろこんで、胸に伸びた手の動きがにぶっていく。
「手、止まってんぞ……」
「らて、なか……きもちぃ、から……」
「お前が自分でちんぽちゅぱちゅぱすんなら、乳首いじってやるけど」
「ぁっ、やぁ……っゃらぁ……!きゅ、に、ぉく……ゃ、あ……っ」
「そんなん、むりだもんなぁ……?」
 前に全部挿入れたらそんだけで動けなくなったもんなぁ、と尻をぶるぶるとふるわせる空却に意地悪く囁いた。大人の陰毛と睾丸がすれて当たるほど深くまで飲み込んで、またそれを引き抜く激しいピストン運動など、大人の好みに拓かれて愛でられた空却には出来っこない。
 やってもらっている今だってそこだけで達してしまう乳首がお留守になるのだ、数多の夜をかけて覚え込まされた、中にぴったりとはまる大人の逸物を飲み込みきるまでにあられもなく乱れるのが目に浮かぶ。
 いつかの夢で見たことがある。自ら乗っかったものの、亀頭で浅い部分をごりゅ、とほじられて甘く達し、まだまだ中腹というところでも盛大にもらしながら絶頂していた。
 最後には意地の悪い大人に乳首を淫らにかわいがられ、いやらしいおもらしをしながらいく、いく、と喘いで尻で肉茎をしごき、子種を搾りとって気絶している。弛緩した身体から、ごぷ、とあふれ出す精子は大人の欲望と執着を形にしたようだった。
「むり、むりぃ……っ!らて、ひとゃのちんこ、きもちぃ、から……っ、ん、ふぁ……ぬけ、にゃ、い……」
「だったら、自分で乳首やんないとな……っ」
「ゃあ……!」
 ばちゅん、ばちゅん、と言葉を紡がせまいと大人がいっそう激しく腰をふる。空却も乳首をいじろうと健気に指を動かすが、なんとかつまんだのをぎゅぅ……と押さえているのが精一杯らしい。そのぶん尻はちゅぅちゅうちゅぱちゅぱと熱心にしゃぶりついている。
「はぁ……ったく、ゃ、ゃ、って嘘ばっか言いやがって……」
「ぅそじゃ、ね、よ……っ!」
「や、っつうのはな……!ずっぽりちんぽ咥えて言うセリフじゃねぇんだよ……っ」
「ゃ、あ!ゃぁぁああ……っ!」
「まぁた言った、なぁ……?」
「ら、て、らて、きもちよすぎて、も、むり……」
 乳首をきゅぅ、とつまみながら訴える限界は、大人も身に覚えがあるらしい。考えなくとも、自分専用の熟れたやわやわの尻穴に、ずぅっとしゃぶられているのだ。空却より先にイくまいとする大人の見栄と意地だけが透けて見える。
「前にゃ、じゃなくて、好き、って言うって決めたよなぁ……?」
「……はずかしい、から……」
「ゃ、か?」
 無言でうなずくいとけない顔は、よっぽど恥ずかしいことも言っているしやっているのに、わからないものだ。そもそも二人して、互いを好き、と言うように名前を呼ぶのに。ゃ、にしたって、むり、にしたって拒絶をしていたことなど一度としてない。せいぜいが待って、ていどだ。肩口をかぷかぷと食みながら、頬をぐりぐりとすり寄せる。とっとと好きでも、ゃ、でも言えばいいものを。
「……俺も言ってやるから」
 な、とさも親切ごかして大人が言うが、もちろんかわいい恋人をより深い快感に溺れさせたいだけだ。まともな判断などできないうだった頭の空却につけ入る悪い大人。
 こんな光景も何度となく見てきた。それでも本当に、本気で、拒んで、抵抗して、嫌がれば、大人は空却に指一本触れたりしない。空却自身が許しても、大人が許さないときもある。そんなのはほとんどない。ただ、滅多にないことなのは、この邪で淫らな夜を大人だけでなく空却も望んでいることの証左だった。
「……すき……」
 甘くとろけたかわいい声。あの大人以外、絶対に聞くことのできない声。名前を呼ぶように好き、という声。結局、全てを許してしまう。空却の溺れるほどの愛がこの夜と閨を産んでいるのだと理解させられる、声。今も二人はねちゅねちゅとはしたない音を立ててまぐわっているのに、澄んで清らかな感覚すらある。
 大儀そうに首を上げて、うるんだ目ですき、すき、となく空却に大人も好きだ、愛してる、と返事をした。一度はゆったりとした抽挿も再び激しさを取り戻し、ばちゅ、ぬちゅと肉のぶつかり合う音が響きだす。
 すき、しゅき、すひ……とだんだんと回らなくなる呂律を諫めるように、小さな口を大人がふさいだ。睦言が消え、くちびるまでもがちゅ、ちゅう、と深く交わりだす。言葉も吐息も我が物にしようとする貪欲なくちづけにも終わりは見えない。
「ん、んぅ……ん……っ」
 身体中を甘く責め苛まれ、金色の目はうっとりとして焦点が合わないまま、目の前の大人だけを見つめている。それは大人も同じで、このまま絶頂を迎えるのであろう二人の眼差しまでも交じり合う。
 ー違う、二人はずっと互いしか見ていない。ここだけではない、いつも、少年が気づくより前から、出会ったときから、夜と肌を重ねる前から、ずっと目と目を合わせ、心を重ねてきたのだ。それがこの夜、この閨、この褥という小さな世界に二人きりになっただけで、何も変わってなどいない。
 ばちゅんっ!ぬちゅ、ぱちゅ、ちゅぅ、ちゅ……淫らな交合音を聞きながら、たった一人、なぜか混じってしまった異物として少年は孤独に股間を痛めている。
 いよいよ絶頂が近いのか、んんっ、んっ、んん……っ!と自らの乳首をきゅむきゅむとしごき、好き放題にゆさぶられていた腰も積極的にふりだした淫乱が初恋の人だ。
 尻の穴のシワが伸びきるほど深く飲み込んだ肉茎に、胎の奥深くまで犯されて、種をつけられたいとしゃぶりつく。ぷるぷるとゆるく勃起した陰茎は、ひと突きごとにぷし、ぷしゃ、と淫水を吹き上げた。
 絶対に、少年を見ることのない、快楽に、恋に、愛に溺れた金の瞳。恨めしい、憎らしい、それなのに恋しくて愛おしくてたまらない。忘れたい、無くしたい、終わりたい、それなのにいつまでも惨めたらしく囚われて。
「んはぁ……っいく、ひとや……っも、いく……っ」
 ぷちゅ、と繋がっていたくちびるが離れ、空却を捕らえている牢の名を呼ぶ。少年は僧侶にこんなにも愛おしげに呼ばれる地獄を一つしか知らない。父親とおんなじくらいの、変な髪型と格好の、偉そうで短気で、ええかっこしいだ。
 初恋の人の初恋で、心どころか身体も魂も全部奪ってしまった男は、上に乗っかった恋人がいく、いく、となくのに嬉しそうに口角を上げる。びくびくとふるえる裸身を一等よくしてやろうといやらしいことを考えている顔だ。
 案の定、飲み込ませたまま種付してイかせてやればいいものを、ぬろ、と肉茎を抜き出した。当然、なんで、ゃだ、と寸止めを食らった空却が腰を落とそうとするが、両足が掴まれたままでは距離は離れるばかりで、ついに先っぽ以外は外に出てしまう。
 あられもない汁にまみれた肉茎は、ぶるんと太く、硬く、あらためてよくあの小さな穴におさまっていたものだと思わされる。何度となく犯された肉縁は、縦に割れ、ふっくらとしているとはいえ、とても性器が挿入れる場所とは思えない。全て、あの大人のために拓かれたのだ。
「ひとゃ、な、んで……っ」
「どうやってイキたいか、教えてくれよ」
「へ、な、で、そん……っ」
「いちおう新婚初夜だろ?あらためて、どうされるのが好きか聞いとこうと思って、なぁ」
 聞くまでもないことを聞こうとしている。いや、言わせたいのだ。自分しか見えていない相手に、あえて口に出して求めさせることで強固なすり込みをしようとしている。あとは単純に寸止めで理性の箍がゆるんだ空却にいやらしいことを言わせたいだけだろう。悪い大人の思惑はもちろんバレているので、言わないという選択肢のない空却の顔は羞恥で赤い。
「……この、すけべっ!」
「そのすけべのちんぽがほしくてしょうがねえんだろ?」
「サイッテーだよ……っ」
「で?」
 ずるくてすけべな大人は、かわいい恋人いじめに余念がない。本当に空却が挿入れなくていいし言いたくないと拒まなければ、絶対に卑猥なおねだりをさせずにこの場をおさめることはないだろう。空却だって空却だ。こういうやつだとわかっていて、許して、受け入れて、甘やかす。
「……せっそぅのナカ、の……ひとゃのちんぽほしくてやらしくなってるとこ……いっぱいごりごりって、して……」
「ごりごりすんだけでいいのか?」
「ごりごり、のあと……ちんぽじる、びゅ〜って……いつも、ひとやが、びゅぅ〜って、するとこに……ぜんぶ、たねつけ、されて、イキたい……」
 恥じらいで頬を染め、伏し目がちにうるんだ目をさまよわせて、つたなく、いとけなく、そのくせしっかりと種付をねだる。これも大人の教育の賜物か、空却自身の素養か、はたまたその両方か。どちらにしろ満足そうに居住まいを正した大人には同じことだ。
「よく、言えました……っ」
「あっ!ふぁ……っああ……っ!」
 どちゅんっ!と一気に肉茎が挿入される。一旦は抜けて狭まった肉管を、ぶちゅぶちゅと敏感な肉壁をなぞりながら割り開かれるのはすさまじい快感なのだろう。根っこまで突き刺さると、ぷしゃあ……っと白濁まじりのおもらしをして絶頂してしまった。
「種付前にイッちまったなぁ……?」
「ふ、ふぁ……っちんぽ、ごりって……っなか、きもちい、からぁ……」
「まぁたうれションして……やぁらし」
「ら、てぇ……ひとやの、ちんぽぉ……せっそ、のなか、ぜぇんぶ、やらしくす、からぁ……」
 もっともっとやらしくして、そんでいっぱいいっぱいなかにだして……きゅぅん、と尻を締めつけながらするおねだりで一緒にイキたい、と大人を誘う。
 寸止めは大人も同じで、むしろ甘く達することもなかった分、ため込んだ量は比ではない。静かに足を掴む力が強くなり、尻に当たっていた睾丸がぐぅ、と上がったことで空却が目をしばたたかせる。
「……きんたまの中、からっぽになるまでぜぇんぶ出してやる……っ」
「……っひと、や、ぁっ、ああっ……!」
 それほど大きく動いてはいないように見えたが、実際、肉茎でほじった奥、亀頭だけがえぐれるさらに奥だけをごりゅ、ごちゅ、と念入りにかわいがっているらしい。いつも中出しされる場所に全てを出し尽くされてイキたい、というお願いは間違いなく叶うだろう。
「は、ホントにやらし、なぁ……っ」
「ひ、ぅ、ぁ、ちん、ぽ……ゃ、あ……」
「ゃ、じゃないだろ……?」
「ん、は、ぁ……す、きぃ……すき、すき……」
 ぬちょぬちょぐちょぐちょと粘ついた水音に混ざる幼い告白は、初恋なのだと語ったときの空却を彷彿とさせた。十六も離れた相手に恋をした中学生のときのまま、家族や友人に向けるのとは違う、狂おしいほどの感情の奔流を隠しもせずに相手にぶつける。
 相手も自分もめちゃくちゃにする激情とその影に隠れる幼さと健気さ、わずかに香る達観ーただの想像でしかない。けれどもずっと、見せつけられてきた。初恋が決定的にやぶれた日から、幼く淡い恋心を葬るのにも、弔うのにも失敗した日から、ずっと。
「すき、ひとや、すき……すき、すき……っ」
「しってる、よ……!」
 きらきらと涙にぬれた金色がまたたく。愛を訴え、愛を乞う。すき、という二文字にのせられた祈りと願いが、淫靡な熱と欲に支配された空間に不釣り合いに清らかだった。
 びくびくとふるえる身体は精を貪ろうときゅんきゅんと胎を鳴らすのに、瞳とくちびるが無垢に光る。ひどくいやらしいのに穢れない、相反しながら求めているのはたった一人で、そのたった一人ときたら当たり前の顔をしてぐぅ、と挿入を深くした。
「あっ!……ふ、ぅあ……っなか、びゅぅって……ん……っ」
「……っは、ぁ……!」
 頭のてっぺんから爪先まで、びくびくん……っと波打つ肢体は、何度目かの絶頂の中の一番深いものを感じている。腹と腰と尻、掴まれた足がひときわぶるぶるとしているのは、おそらくびゅぅ〜〜〜っ、びゅうぅぅ……とためにためた子種を打ちつけられているからだ。
 射精を忘れた陰茎が、ぷし、ぷしゃああぁぁぁ……と負けじと盛大に吹き上げている。息を殺した大人の腰もびくびくとゆれ、本当に睾丸の中を注ぎ切るように、不随意に跳ねる足を掴み、押さえつけて離さない。
「なか、いっぱ、い……」
 乳首を掴んでいた手を胎に当て、愛おしそうに撫でる。少しふくれて見えるほど大量に射精され、淫らに極めていたとは思えない清廉さと幼さが、いっそ怖いくらいだった。
 大人も同じ気持ちなのか、足から離した手でそっと頬を撫でる。快楽でぐちゃぐちゃになった顔の中心、どうしたって損なわれることのない金色の輝きの最奥。そこを確かめるために。
「好きだよ……」
「ひとや……?」
 目当てのものが見つかったのか、大人がくちづけを落としながら愛を告げる。自分を捕らえて離さない、初恋を叶えた子供が変わらずそこにいると安心して。
 そしてようやく終わる。この夜が、閨が、褥が。見ているしかできない、股間を痛めるだけの時間が。



 股間がべたべたと濡れる不快感とともに目覚め、よたよたと洗面所へと向かう。あの夢の後はいつもこうだ。初めは恐怖し、混乱、焦り、泣きながら相談すると、両親から優しく少し早いけれど大人になったのだ、と説明された。
 空却を奪っていった大人を羨んだせいか、とありもしない想像をしたけれど、盗み聞きしたことも、覗き見したことも、ましてや夢のことも言えるわけがない。
 特にきっかけの夢は最悪だった。今回のとほとんど同じだけれども、件の結婚式の衣装の二人が衣装を汚すことを厭わずにまぐわっていたのだ。
 結婚式を最後の思い出にしようとしていたのに。お別れしようとしていたのに。その思いすら穢すように、白無垢にも、顔にも、身体にも、余さずあの大人の精液をぶちまけられた空却が、胎の中までたっぷりと種を付けられて絶頂するのを見せつけられた。
 夢の中ではいつも小さな頃に戻ってしまう。あの夏の日に閉じ込められたように、小さな体と性器しか持っていない。頭では何もかもわかっているのに、夢の中の未成熟な性器は硬く張りつめて痛むばかりで、目覚めた瞬間に弾ける。あれほど生々しい夢なのに、空却を見ながら達したことは一度もないのだ。夢から覚めた頭の中のぼんやりとした空却では容易く抜くことができるあたり、どこまでも嫉妬深いあの大人の呪いとしか思えない。
 初恋は叶わない。父親の言うとおりだったけれど、叶わなかった初恋の呪いはどう解けばよいのだろうか。葬り損ね、弔い損ねた初恋の遺骸が、終わったと思った頃に甦っては苛むのだ。恋したことが罪のように。愛されなかったことが罪かのように。
 あの夏からもう何度も新しい夏を迎えて、寺にもほとんど行かなくなった。それでも近所だからかどうしても避けられないことがある。そうすると必ず出会ってしまうのだ。痛いほど鮮やかな赤毛、何もかも見透かしたように澄んだ金の瞳の僧侶に。
「よう、元気か?」
 屈託なく、近所のお寺のお坊さん、として話しかけてくる、憧れの、初恋の、淫乱のー
「元気、です」
 貼りつけたような笑顔でなんとか返事をして、そのまま足早に立ち去った。きっと気づいている。何かはわからないけれど、きっと。
 早く、早く、もっと大きくなって早く、この家を、街を、出なくてはならない。せめてこの寺から遠く、ずっと遠くへ行かないといけない。
 もうあの寺を、空却を、まっすぐな目で見ることができないのだ。どうしても邪で、淫らな、記憶と夢がちらついて、ずきん、ずきん、と条件反射のように痛み出して止まらない。
 今日も痛みをこらえ、祈りながら目を閉じて、またあの夢を見る。殺し損ねた初恋に、殺される夢を。

2021/12/12


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