お足をどうぞ

 恋人ー空却は大変現金なことに夏は暑いから、と距離をとる。
 それはいいのだ。自分だって距離をとる。汗だくでひっつかれるのはべたべた以上にぞわぞわとして、恋人なのに、と言われたらそれ以前に人間だ、と返してしまう。恋人を免罪符にできることは人それぞれ違う。
 現金が故、クーラーをつければするりと音もなく寄ってきて、裸足の指先でかまえ、とばかりにつつかれる。無意識であったりワザとであったりするが、前者の場合、足を掴むとびくん、として、こちらを見る目をしばたたかせるのですぐわかった。後者の場合はにやにやとしているから、負けじと土踏まずをくすぐってやったりする。数年前からの夏の風物詩だ。
 そうして現在である。急に涼しくなったかと思えば暑く、かと思えば寒く。新元号ちゃんは旧元号ちゃんから引き継ぎを受けていないだの、やっぱ強引に変わったからだの。言いたい放題されているが気象の問題に元号が関係あるものか。
 今も暖房器具をつけるほどではない微妙な肌寒さで、ふとよぎったそれらを打ち消すように馬鹿らしい、とつぶやけば、おかんむりかぁ、と、けたけた笑いながら蹴飛ばされた。まったく、口も足癖も悪い恋人だ。
「んで、どーしたんだよ」
「どうもこうもない。足をどかせ」
「やだ」
「やだじゃねえわクソ坊主」
 ぎゅむぎゅむと背を蹴り続ける空却は、獄も座っている数人掛けのリビングソファの隣席に鎮座して、退屈そうにしている。見慣れた服装で、いつもどおり。裸足の足の指には黒いペディキュアが光る。なるほど、だからか。
「うっわ!」
 考えるまでもない。現金で、挑むように甘える恋人のやることだ。案の定、ひんやりとした足先を掴めば、引っこ抜こうと身を退く。驚いたのかくすぐったかったのか、もしくはバレたから逃げようとしたかー
「希望どおり、あっためてやるから逃げんなよ」
 ぐ、と強く引き寄せた足の甲にちゅ、と軽くくちづければ、白く冷え切った肌がぶわりと赤く色づいた。

 このあと顎下を小気味よく蹴り上げられて意識を失い、目を覚ましたら"すけべ"という書き置きだけが残されることになるのを獄はまだ知らない。

2021/12/12


BACK
作文TOP/総合TOP