そんなものより俺を抱け
Q.枕を使わないはずの恋人の部屋に抱き枕があった。
「なんで、って……そ、そんなの知らないっすよぉ……」
「また檀家さんにもらったんじゃないっすか? 空却さん、よく空ちゃんあげる〜って、色々もらってるし」
「空ちゃんなんて呼ぶ連中は枕を使わないのを知ってる……? そんなのもっと知らないっすよぉぉ……」
「でも空却さんが覚えのない檀家さんとか、ファンだって人からの贈り物とかは獄さんが全部チェックしてくれてるし、自分で買ったんじゃないっすか?」
「なんのため……? 枕を使わないのに……? だから知らないっすよぉぉぉ……! あ、でも抱き枕だから……もしかしたら寂しいんじゃないすか?」
「そんなタマじゃないって……獄さん、恋は人を変えるんすよ! 空却さんにも獄がそばにいなくて寂しいって夜だってあるんす! ……たぶん!」
自分も配信の時間っす、と叫ぶと、それきりぷつん、と通話は途切れた。空却が十四に勧められてはじめた動画配信を見ていて、見慣れた部屋の見慣れぬ異物に気づいたのがこの問答のはじまりだ。
しかし準備を手伝ったと聞いたから問い詰めたものの、意味があるのかないのか、収穫があるのかないのか。イマイチはっきりしない取り調べを終え、本人に聞くという一番手っ取り早く避けたかった方法に戻ってしまった。
全く使わないわけではないが、新しく買うなんて選択肢があるとは思えず、親しい人間と熱心なファンならば贈らないアイテムが無性にひっかかる。たぶん聞いたらあっさり教えてくれるだろうが、なぜか躊躇ってしまう。
それが目に入った瞬間、いつぞやのラジオでしたような悩み相談への説法まがいの回答が意味のある音として頭に入ってこなくなった。聞き慣れた心地よい声が厳しく優しく、くるくる変わる表情に合わせて響く。今度会うときにいじってやろうと思っていたのに、耳から入ったはずの言葉はするすると抜け落ちていった。
ほんの数日前に訪ねたとき、寺ではしないと決めていたのにちょっとだけ……本当に少しだけくちづけて、肌に触れて……挿入はしなかった。申し訳ていどに添えられたパセリのような枕は早々に彼方へ追いやられて、隠れるようにひっかぶった布団はぎりぎりまで離さずにいたけれど、服ともども剥いてしまえば関係ない。ぎゅう、とシワが残るほど布団の端を握り締め、重ねるごとに深まるくちづけについていこうと一生懸命に舌をからめるいとけない顔。熟れた身体にそぐわないうぶな反応を思い出して下腹部が重く熱を帯びる。
いつもは生意気で可愛くないことばかり言うクソガキが、恋人になるとおぼこい仕草で快感に振り回されてしまう。くちづけるだけでくだける腰はこの時も健在で、服をかき分けて剥き出しにした乳首をかわいがると、くにゃくにゃの腰と背をびくびくとしならせて絶頂してしまった。よっぽど奥深くまで暴いてやろうかと思ったけれど、喘ぎを噛み殺して耐える恋人に申し訳が立たずに手を止めた。人目をはばからずとも、声をひそめずともよい場所で、よく回る舌も頭も馬鹿にしてしまう機会はいくらでもある。
そんな珍しく甘い秘め事を交わした布団の上。見知らぬ黒い円柱が我が物顔で無遠慮に鎮座していたら気にもなる。
……もしも本当に、寂しいなんて理由ならば……――いやないだろう。抱き枕に頼るくらいなら勝手に押しかけてくるやつだ。件の抱き枕にしたって普通よりもひどく重そうでサンドバッグのようだった。そういえば最近、ボクシング漫画をまとめ買いしたとか言っていたから本当にその可能性がある。
やめよう、夜更けの考え事は堂々巡りになる。こういうのは蓋を開ければなんでもないことの方が多いのだから。
面白がって仕入れたものの、でかくて重くて売れなかったという商品を譲り受けたのは、サンドバッグにどうだいと言われたからで、けして、けっして、やましい気持ちなどなかったのだ。
訪ねてきた恋人と少しだけそういう雰囲気になった。多数の人間と共同生活を営む家では完全な二人きりなどあり得ない。安普請ではないが万が一があるし、何より公然の秘密である恋人と意味深に部屋から出てきたらお互いに気まずい。だから寺では触れるだけのくちづけと抱きしめるだけと決めていた。それなのに布団をかぶって逃げても服ごとひん剥かれ、深く暴くようなくちづけをされた上、乳首まで弄ばれてイカされてしまった。
本当に嫌ならとっくに恋人なんてやめている。今回だっていつでも振りほどいて殴り飛ばして逃げ出せた。ただ、くちづけだけだと思っていたから、きゅう、と両乳首をひっぱられたのは完全に油断していたのだ。くちづけで口中をめちゃくちゃにされているのだってきもちよくて、頭がふわふわとして腰がくだけたのに、乳首まで触られたらもうダメだ。乳首と聞くだけで胎がうずく体になってから、なんの意図なく服と擦れるのすら反応してしまう。恋人を前にすると当然のように勃起する乳首に、すっかりはしたなく躾けられてしまったと痛感した。
くちびるが自由になっても声だけは抑えようとふぅふぅと息を吐くと、余計に与えられている快感の大きさを思い知り、目の奥がばちばちとはぜる。あからさまに愛撫をねだる乳首をやらしい、かわいい、とぽつぽつとつぶやきながらこねられて背も腰もへこへこと揺れてしまう。煽るつもりならもっといじわるなことを、それこそやらしい声で耳に流し込まれる。感じさせようとする言葉の責めも淫らに育てられた体には厳しいけれど、無意識に漏れ出た素朴な感嘆という本心もまた同じだ。飾りも隠しもされずに浴びせられた言葉は心底から思っていることで、くちづけだけで甘く達し、種をつけられる悦びを想起して体を跳ねさせ、性器より硬く乳首をとがらせるのを『いやらしくてかわいい』と求められる。
貪欲で淫乱な体にしたのは恋人だけれども、さすがに最近の自分はどうかしてやいないかと戸惑っていた。近くにいて体温を、匂いを感じるだけで、乳首がふくれ、尻がきゅんきゅんとうずく。子供には出来ないと拒まれた行為をするようになって、浅ましく変わってしまった体と心を喜んで望まれたのが嬉しかった。だから、これは共犯というヤツなのだ。
濡れた股間が気持ち悪くて着替えようとすると、申し訳なさそうに部屋を出ていった。これ以上はしないという意思表示だろう。けれどもそろりと手洗いへと向かうのにがっかりとした自分がいた。挿入は無理でも手で慰めるくらいは出来るし、あまり上手くはないけれど口でだって出来る。せっかく二人でいるのにという思いが甘い余韻で気だるい体をくすぶらせた。
そうして恐らく一人ですっきりしたのであろう恋人を見送った後、血迷ってしまったのだ。改造してサンドバッグにするべく押し入れに控えていた抱き枕をひっぱり出すなんて。
抱き枕にしては大きくて重いというそれの、比較対象を知らぬまま寝床に連れ込んだ。大きくて重いと言われてもぴいぴい泣く弟子よりも、パッと見はスマートな恋人よりも小さくて軽い。人間と比べるものではないとは思ったのだが、直近で担いだりのしかかられたりした大きくて重いものが二人だった。
そもそも普通の枕のこともよくわからないのに抱き枕なんてもっとわからない。無骨な黒い円柱は見た目に反してしっとりとしていて触り心地もよく、中身も低反発だかビーズだかでとろけるようにやわらかい。ぎゅう、と抱きしめると隙間なくぴたりと包み込まれ、離し難くも離れた恋人に感じた口惜しさと寂しさを埋められるようだった。
ごろんと横抱きにしたまま転がると、真っ正面から抱き枕が覆い被さってきた。ほどよく心地よい重みを受け止めて堪能していると、さんざんいじられて勃起したままの乳首も包み込まれてしまったらしい。枕の中身とさらさらとした感触が布越しに敏感なままの尖りをくすぐった。
とたん、おあずけを食った体が突っ張ったまま力を無くす。全身の先端がびん、と張り詰めているのに、ふにゃふにゃと空気が抜けていくように力が入らない。ちょうどいいはずだった抱き枕がずしんと重く、胎に響いた。
こちらを潰さず、苦しめないていどに、けれども決して逃がさないと感じさせる圧は、抱かれているときと同じだ。快感を感じる尖りを全てぴっちりと封じられ、包み込んで愛でられる。抵抗する気を削がれ、閉じ込められる檻の中、触れられた場所から甘くとけて、びくひくと跳ねるしかできない。
乳首と胎だけではない、股間もだ。ゆるゆると勃ち上がっていたちんこは先走りでびしゃびしゃで、見なくとも抱き枕に恥ずかしい水たまりを作っているのがわかる。快感にのたうつたび、ぬちょぬちょといやらしくねばついた音がして、羞恥で頭がゆだりそうなのに、はしたなくつっぱっていた足がふるえながら抱き枕にからみつく。
ぎゅう、と両手足で抱きしめてすがりつくと、自分の熱と体液が移り、じっとりと重く湿る無機質な物体とベッドの上の恋人がますます重なった。甘くやわく達し続けているのに逃しも許しもしてくれず、なかにいれて、いっぱいほじって、ぜんぶだして、とねだらないと解放してくれない、意地悪な恋人。自分の匂いしかしないのに脳裏に焼きついた幻香が鼻をくすぐる。
声に出さず、頭の中で獄、ひとや、と名前を呼ぶ。声に出したら全部あらわになってしまう。快感も、羞恥も、切なさも、なにもかも。恋人が他人に聞かせたくないであろう声を無防備に垂れ流すわけにはいかないから、ぐっと飲み込んで抱き枕に口を押し当てた。
大きく、重く、熱く、湿った枕が恋人だったなら、きっとはしたなくひくつく後腔を穿って、くちづけながら器用な指で愛撫してくれたのに。満たされきらないまま、それでも体は深い絶頂へと近づこうと種を搾る仕草で腰をふり、股間からぬちぬちと水音が上がる。みっともなくて、あさましくて、はずかしいのに、全然止まることができないまま、ふうふうと荒くなる息に余計に煽られた。
「は、ぁ……っ」
我慢できずに飛び出した喘ぎは、同時に吐き出した息に殺されてひどくか細く、ひっくり返っていた。たぶん、きっと、自分以外には聞こえていない……はずだ。恋人が訪ねてきたときは人払いがされているし、今日は逢引部屋呼ばわりされている客間ではなく空却の私室で『話し合い』をしていた。見送った後の部屋を片付けると言ったから、よっぽど遅くならなければ大丈夫だろう。それにこれだって後片付けのようなものだ。こんな欲情したまま見せられる顔なんてない。
「ふぅ、ん……っ、ふ、ふぅ、ふ、ぅぅ……っ」
ぬちゅん、ぬちゅぅ……っ、と、ぬめりの増したちんこはもうすぐにでも絶頂しそうなほどたかぶっている。本当なら恋人にかわいがってもらったはずの淫らな突起たちはいよいよ硬く張り詰めて、イキたい、イカせて、とねだるように前に突き出てしまう。抱き枕に詳しくはないけれど、きっとこんな使い方はしない。こんな、性具にするようなこと、してはいけないのに。
「ひ、や、ぁ……っ! ぃ、くうぅぅぅ……っ!」
押し潰されながら押し当てて、ぎゅう、と抱き締めた抱き枕にびゅくびゅくと射精をしてしまった。先走りとは違う、もっとぬっとりと重いしたたりをどうこうする間もなく、同じように包まれて愛撫されていた乳首で胎をも極めてしまう。いく、ぃく、と息も絶え絶えに喘ぎをもらしながら、いけない、だめだ、と思うのに止められない。どうしようもなく切なくて、熱くて、疼く――
「……は、ぁ、ぁ……」
結局、もう一度射精するまで抱き枕を離せなかった。おさまったのだってちんこだけの話で、乳首と胎は余計にたかぶっているし、いよいよ尻が不満気にぱくぱくとしはじめている。それでももう戻らなければいけない。このぐちゃぐちゃの抱き枕をなんとか片付けて、なんでもない顔をしなくてはいけないのに。
――この抱き枕を譲ってくれた相手はこうも言っていた。
『恋人と会えないときに使う人もいるよ』
弁護士さんは忙しいだろう、と続いた言葉に下世話なことを言うな、と噛みついたものの、どきりとしたのも本当だ。
生きていれば、縁があれば、いつかまた会えると思ってきたから、誰かと、それもほんの短い間、会えなくて寂しいなんて日が来るなんて思ってもいなかった。相手からすれば定番のセールス文句だとしても、自分にすとんと当てはまるようになるなんて思ってもいなかった。
以前の自分ならきっと単純な弱さだと思っただろう。今生の別れでもあるまいし、と。もちろんそうでもあるだろう。出会う前は知らずとも生きてこれたのだから、そばにいなければ息も出来ないなんてあるわけもない。
これは愛して、愛されたから負うものだ。かたわらの空白が恋しくて、自分が弱くて脆くなったように感じるのは、それだけ深く想っているからだ。こんなに強い想いが、ただ弱いなんてことがあるわけがない。あってたまるか。
恋人にされた分も含めれば三回もイッて、十分すぎるはずなのに、まだずくん、と体が重たく、甘く、痺れる。本当に、これが最後、とぐちゃぐちゃの抱き枕を強く抱き締めた。
そうして洗浄と乾燥を行う過程で部屋に放逐された抱き枕を見た恋人との一悶着の果て、問題発言を寺中に響き渡る大音量でされることになるのだけれど、詳細は恋人の希望で割愛とする。
2023/3/26
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