こぼれ蜜月

 庭のように歩いていた商店街の馴染みの店が皆、新婚さんでしょ、と言って気を利かせてくれる。おまけをしてくれたり、アドバイスだったり、そして――

「十一月二十二日がいい夫婦の日なら二月二十二日だって夫婦の日だって」
「なるほど」
 空ちゃんちは夫夫かしらなんて言われたけれど、隣にいる理由のハードルは性別よりも年齢の方が高かった。言葉が武器で仕事だから軽んじはしないけれど、些末と言えば些末だ。
「でも猫の日でもあるからって」
「なるほど……」
 にゃんにゃんにゃんの日と夫婦の日か……。しかつめらしい顔をして、にゃんとかかんとか言われるとこんなにシュールなんだな、と思ったのは胸にそっと封じて、じ、と上目遣いで見つめる。
 成人するまではと頑なに譲らず指一本触れようとしなかった男は、成人した途端に頭のてっぺんからつま先まで、自分の知らないところも触れていないところもなくしてしまった。たった一日で何にも変わりやしないのに、面倒なことにこだわるのは変わらない。
 ずっと触れたかった。キスだってもっとしたかった。お前の誘いにどれだけ乗ってやりたかったか。これまでのつれなさ素っ気なさが嘘のように好きだ愛していると告げられ、壁を作って避けられたくちびるどころか舌まで食まれ、脱いでは風邪を引くと着せられていた服を待てと言っても聞かずにひん剥かれた。
 かくして想像以上に愛され求められていたと嫌と言うほどわからされてから、元恋人・現伴侶はともかく甘い。馬鹿みたいに成人するまでなんて我慢をした結果がこれならば、いっそ小出しにした方がよかったのではないか。
 ……そうなっていたらそうなっていたで色々と変わっていたかも知れない。強い執着とこだわりは、転じて良くも悪くも情の深さに繋がる。今より幼かった自分がそれを受け止めきれたかは正直言えばむつかしい。
 お揃いで着てね、と渡されたのは猫の着ぐるみパジャマで、年末年始のバラエティギフトのあまりだそうだ。なんということかオスの三毛猫なんてレアな化け猫が一気に二匹も誕生してしまう。
 以前は伴侶の美学に反しそうな贈り物は、いつもお世話になっている方からだぞ、と言って押し切っていた。今は自分がちょっと可愛こぶった仕草をすれば一発だ。こちらの腹を全部見抜いて、それでも逆らえないほど参ってしまっているのは口にしないだけで周知の事実となっている。
 もはや満更でもない顔をしながらしょうがないやれやれ……なんて口にしていた頃が懐かしい。不安になるほど容易く受け取り身につけて、隣り合って座ったソファの上、テレビから流れる爆笑を無視してフードごしにくちづけられる。
 帰ってくるなりかわいい猫ちゃんがお出迎えしてくれると思わなかった。しかもかわいいおねだりとお誘いまでついてきて。俺はおねだりを聞いてやっただろう? なぁ……。
 ちゅ、ちゅ、とだんだんと激しくなるリップ音に混じり、そんなつもりじゃなかった、ではすまされない熱を帯びたささやきが降りそそぐ。成人という節目を超えて外れた箍は普段の会話にも影響を及ぼして、だいたいはいつもどおりなのに何かの拍子にスイッチが入ると歯が浮くような文句を目的を達成するまで吐き続ける。
 思えば『恋人』として付き合いはじめたらするような色々をしないまま、いきなり『結婚』してしまったのだ。元より淡白な自分と、そこそこに経験のある伴侶では『恋人』と『結婚』の捉え方も考え方も違う。
 そういえば成人したその晩、あらためて嫌なら無理強いはしないと言う伴侶に、獄とならシタい、とこたえてから今のようになった気もする。ずっと誘ってきたのをなんだと思っていたのかと内心で憤慨したものの、積年の本懐を内から外から注ぎ込まれた初夜に、年上の伴侶は実に誠実で理性的な獣だったのだと思い知らされた。
 もし中学生の身の上でこの砂糖の塊をチョコレートで塗り固め、生クリームでデコレーションしたような情を捧げられ続けていたら、きっと頭が馬鹿になっていただろう。体だって、おんなじだ。
「気持ち悪ぃからかわいい猫ちゃんとか言うな」
「そんなかっこしてんのに?」
「拙僧がかわいい猫ちゃんなら、獄もそうなるぜ?」
「――なら、かわいい猫ちゃんのお願いを聞いてくれよ」
 にゃぁぁぁぁあん……、と低く甘えた響きの可愛くない鳴き声は、ベッドの上で聞かされるのと同じ音をしている。どうにかいつもどおりに仕切り直したかったのに、全部無駄骨になってしまった。すり寄せられる硬くほてる塊が何で、何を欲しがっているかわからないなんて言うほどおぼこではない。
「可愛いじゃなくて発情期のスケベ猫ちゃんだろっ」
「そこまでわかってるのに助けちゃくれないのか?」
 猫の日で、夫婦の日だろう? そう言って、ず、と押し当てられた何某はどくどくと今にも吹き出しそうに脈打っている。同性だけに苦しさがわかるから無碍にも手荒にもしかねたし、なにより、それがナカに挿入ったらどれだけ気持ちいいか……と唾を飲んでしまった。
「……つがいの、ちんぽの面倒くらい見てやるよ……」
 そこら辺に種を蒔かれたらたまったもんじゃない。そんな絶対しないことを言って、いっそう硬く熱くなった逸物に手を添える。どくんどくん、と爆発寸前の熱源は可愛らしい着ぐるみとあまりにもそぐわない。
「優しいパートナー様々、だな」
 少し苦しげにしながらソファの上にうつ伏せに転がされた。着ぐるみだけれどもパジャマだからと用便しやすいように股間周りが開く設計は、この状況では都合がよすぎる。案の定、迷うことなく尻を引っ張り出された。
 無防備な尻にず、ぬぅ、と同じように解放されたちんぽが当てられる。先走りでぬとぬととぬめるさきっぽに割れ目をなぞられて、尻の穴がひく、ひく、と期待した反応をしてしまう。
「……なんだ、お前だって発情期のドスケベ猫ちゃんじゃねえか」
 ひく、ひくん、とひくつく尻穴から、奥まで拡げて仕込んだローションがこぼれ落ちた。先走りと混ざってぬちぬち、ぬちゃぬちゃ、とはしたない音を立てるのが恥ずかしい。
「ひとやが、そうしたんだろ……っ」
 うつ伏せのまま、どうにか首を動かして睨む。にやにやと嬉しそうな顔は、猫ちゃんなんて可愛いものじゃない。狡猾で残酷で、万年発情期の人間という獣だ。
「そんなかわいいこと言われたら、絶対よそになんか種蒔かねえからな」
 恐ろしさでか喜びでか、ぞくぞくとふるえる体にぐっ、とちんぽが挿入された。ゆっくりと、形を教え込むようにみちみちと拓かれるのにナカが喜びいさんでしゃぶりつき、きゅう、きゅん、と締めつける。それだけで甘く達し続けてしまうのに、根本まで挿入ったとき、尻にばちゅんっ、と当たったきんたまにおののいて、そのまま絶頂してしまった。
「ふ、ゃ、あぁぁぁ……っ」
「ほんっと、かぁわいいなぁ……」
 かわいい。かわいい。そう言いながら腰を打ち据えられ、そのたびにばちゅ、ばちゅん、とでっぷりとしたきんたまが尻を叩く。この中身が全部、ぜんぶ注がれる、注がれてしまう。考えただけでナカが射精を急かし、ぎゅぅっ、とちんぽを食い締めた。



 抜かずの何発とは聞いたことはあってもまさかされるなんて思っておらず、ようやくやわらかくなった逸物が抜かれたとき、どぷ、とナカから子種があふれた。
「は、ひぃ……」
 体力も、なんなら喧嘩だって負けない自信がある相手に満身創痍にされて、全身が甘く痺れたまま動けない。まだナカに挿入っているみたいで、ひく、ひくん……っと穴がねだるようにすぼまっては、注がれたものをこぼれ落とす。
 途中からフード越しにうなじを噛まれ、ふぅふぅと荒い鼻息と衣擦れ、体が交わる音だけが聞こえたときがあった。本当に、言葉を持たない獣のようで、どうしようもなく浅ましいのに、一心不乱に揺さぶられるのが心地よくて、馬鹿みたいにイッてしまった。
 今、このつがいのものにされている。そして唯一無二の男が自分だけのものになっている――胸に残る野蛮な歓喜は『いい夫婦』という牧歌的な幻想にふさわしくはないとしても、自分の中では何よりも正しく感じられた。
 後始末は全てするから、と触れるだけのくちづけとともに甘やかされ、くったりとした体が眠りに誘われる。これまでと同じようにきっと完璧に整えられて朝を迎えるだろうと思いながら意識を手放す刹那、ぼんやりと見えた最愛の顔は恥ずかしくなるほど幸せそうで、それはそれは可愛かった。

2023/2/22


BACK
作文TOP/総合TOP