鳴らし蜜月

 空厳寺には古式ゆかしい黒いダイヤル式固定電話がある。
 これまた古めかしい木製の電話台には、てっぺんに電話を据え、下段に備えつけられた棚に地域一帯をまとめた独自の電話帳が五十音順に並べておさめられている。細々とした傷やシール跡などがあるものの、愛着を持って磨かれてつやつやと光っていた。かつてやんちゃのあまり蟄居を命じられた空却のお勤めとして電話番があったなごりで、一人息子の部屋からすぐの廊下の壁に、ぴたりと沿うように設置されて長い。
 そこには法事の問い合わせから町内会、寺自体への質問もあれば、最近では修行僧として身を置く住職の一人息子への取材も増えた。あんまりやかましくて一時的に回線を切ったりしたこともあったが、原因たる一人息子が大恋愛の末にとっ捕まえたのが優秀ゆえに敵が多い弁護士だったので、ぽろりと一言もらしただけで瞬く間に平穏を取り戻したのは語り草となっている。
 攻撃は最大の防御などと言うものの、予防や対策は無益では決してない。入念な下準備こそが攻撃という最終手段を活かす。争いは同レベルでしか起きないとも言うように、拳を振るう価値もない相手と同じレベルまで落ちるのはしたくないものである。



 まだ日も昇りきらぬ時分、じりんじりん、と知らないはずなのに懐かしい呼び出し音が鳴り響く。けたたましく主張するのを聞きながらも起き上がれずにいたら、目覚めたときにはすでにも抜けのからだった寝床の主が元気いっぱいに名乗りを上げているのが聞こえた。
 はじめはでっかい声で、はあ、ふぅん、へぇ、ほぉ、と適当に相槌を打っていたのが、いつしかひそひそと内緒話をはじめた。さすがに長すぎると痺れを切らして向かうと、適当に引っ掛けた作務衣のまま、寝室からほど近い電話台にしどけなく寄りかかり、受話器に白い指先を絡め、カレンダーの貼られた目の前の壁に愛しい誰かでもいるかのように、はくはくと喉をふるわせ鳴いていた。
「やぁ……♡ だぁめ……♡」
「いじわるすんなって、ばぁっ♡」
「あ、やぁ……っ♡ せっそぉ……♡ も、いくぅ……っ♡」
 それはそれは艶めかしい、甘くとろけて滴り落ちる声音が丸々黒々とした送話口に飲み込まれていく。ぷるりとしたくちびるは当然として、悩ましげにひそめられた眉の歪みさえ美しく、愛らしい。
 しかしながら聞き慣れたものによく似てはいるが、同じではない。目も同様だ。声も、目も、蜂蜜のように濃厚な甘さを醸し出しているが、それ以上のものはない。どこか冷たく乾いた作り物の嬌声に呆れていると、視線に気づいたのかにんまりと口も目も悪い形に歪ませた。
 とても新婚ほやほやの伴侶にしてほしくない悪い遊びをしているのはわかっていたけれど、不埒な企みを思いついたら実行せずには終われない悪たれ坊主だ。やれやれというポーズに成り下がって久しい諦観を見せれば、電話の横にあるメモ帳にペンで『ヘンタイデンワ』と素早く書きつけた。詳細な内容はわからないが、それしかないだろう。今までだってかかってきたことがあるたぐいのものなのは容易に想像がつく。
 空却が成人して、結婚して、公表したら馬鹿が湧いた。時代遅れの下衆の勘繰りや中傷に痛みも惑いもしない伴侶の姿が世論を味方にし、なおもどうしようもない――そもそもこちらの本職をすっかり失念している――愚か者は語るまでもない。
 一体全体どういうタイプのたわけかと後ろから抱きすくめるようにして、穴だらけの耳にぴったりはまった受話口をずらして聞き耳を立てる。
 まず真っ先に聞き苦しい荒い呼吸が鼓膜をざらつかせた。合間に合間に伴侶をクン付けで呼ぶ不快な震え声と、おぞましいことに規則的な衣擦れとぐちゃぐちゃと粘ついた音がする。
 ほんのわずかな時間でだいたいの目星がついた。こみ上げる吐き気をなんとか飲み込んで、粋狂を越えて悪趣味な恋人を睨めつけると、憎たらしいほどかわいらしく微笑んだ。



 中坊と三十路の恋路の果て、結婚はゴールではなく新しいスタートであったのだが、おおっぴらにした途端、以前からいた馬鹿が増えた。
 年齢だ性別だ職業だなんだかんだを並べたてて、お前達はおかしいだとか言われても知ったこっちゃない。本気で好きだったのになんぞ言われても、赤の他人から一方的に思われているだけなのに気づけるわけもない。結婚するってことはヤッてんのかどっちがどっちなんだと言われても、お前自身の床事情は人前でつまびらかに出来るのか。
 他にも上げれば数限りないが、罪を犯したわけでもなし、適当におめでとうとでも言っておけばいいものを。赤の他人の結婚によくもそこまで本気になれたものだ。
 おかげで平穏を取り戻していたはずの寺の電話がじりんじりんとけたたましく鳴るようになって、まったくもってめんどうくさい。その執心を自分自身に向ければ間違いなく大成する。まぁこちらには人の恨み嫉みですくすく育ったダーリンがいるので、そうなると思ってましたとばかりに綺麗さっぱり一掃して下さったが、それでもしつこい奴はいるものだ。
 今日の電話の主はその筆頭で、一見すると無防備な骨董品だけれども、その内情は脱法スレスレまで防犯専用カスタマイズされた黒電話に、弾いても弾いてもゾンビのごとく蘇ってはマスカキ電話をかけてくる。はじめは即受話器を置いたのだが、恐ろしいことに一発抜くまでは絶対に諦めないのだ。最低最悪の意地の張り合いは、名乗り半ばで聞きたくもない汚い喘ぎ声で絶頂を告げられた瞬間に、こちらが白旗を揚げて幕を閉じた。思わず気色悪い、とつぶやくと、その潔癖な反応がいい、だのと言ったのは悪い意味で忘れ難い。遭遇率自体は低いのだがインパクトとしつこさが異常で、警察にかき集めた情報を提出して調べてもらっても、どういう技術なのか電話が繋がるごと違う――それこそ一分前の発信場所から数キロ以上離れた――場所からの発信記録が出てくると逆に怖がられた。
 もはや満足するまで射精しきってもらおう、そうすればきっと成仏する、と色に溺れた霊か怪異扱いになっている犯人は、最近めっきり出現していなかった。決して会いたくはなかったのだが、結婚して互いの家に通い合うための環境を整えるのに忙しくて変態電話どころではなかったのだ。
 伴侶の家の電話は素晴らしいハイテク機器で、そもそも知っている人間が少ない番号なのに加えて、登録していない番号や匿名からの着信は自動で名乗らなければ受け付けないというアナウンスがされるよう設定がされている。当然会話は全て録音されているし、骨董品の黒電話には搭載できなかったありとあらゆる防犯ギミックが組み込まれている。
 寺の電話を買い換えれば早い話なのだが、件の変態以外の全ての迷惑電話犯の尻尾を掴んでいる伴侶としては、どうにか全員お縄にしたいらしい。そしてその最後のやつは黒電話をやめたら気づいて逃げると踏んで、どうにか買い替えずに粘りたいらしい。拙僧の鼓膜が変態に犯されてもいいのかと言ったら、断腸の思いだと苦々しげに返された。それにとっくにお前が適当に聞き流してるのは知ってんだぞ、と加えられて、過保護なんだかぞんざいなんだかわからなくなる。
 ……変態電話があったと報告した日は、労わるように一際甘やかされて、その後で妬けついたように強く責められる。特に両耳を。ピアスの有無を問わずにくちづけられ、食まれ、舐められ、耳の内部を傷めないように輪郭をなぞって愛撫される。はしたなく躾けられた身体は、それだけできゅんきゅんと胎をふるわせて股間をびしょびしょにしてしまうのに、まだ終わりではない。
 ぴちゃぴちゃちゅぅう……という淫らな水音に十分骨抜きにされているのに、欲望を剥き出しにした声で吐息混じりに責められ、乞われ、愛でられる。変態に犯されるなんて言葉のあやをしつこくしつこくいじられて、気持ち悪いだけでイッてない、気持ちよくなってない、獄だから、ひとやだからこんなになる、と言わせられる。最後には耳だけ――体はずっと押さえ込まれていた――で、のけ反りながら達して、弛緩したまま粗相をするのも隠せず、びくびくと跳ねるのが定番と化していた。

 今日の変態電話はすっかり忘れ去っていたのもあり、あまりに早朝でなんとなく怪しいな、という気配を感じながらも、ジジババ共の早起きの途方も無さを前に受話器を上げた。
 空却クン、結婚したんだね。おめでとう。
 こちらが名乗り終わった直後、早口なのに妙に滑舌のいい、けれども決して心地よくない湿度を孕んだ声が祝辞を述べた。いつもははあはあと喘いでばかりいるから、はっきりと言葉を口にするのを聞くのははじめてで、思わずこんな声なのかとぼんやりしてしまう。
 変態電話の方も、いつもならとっくにおっぱじめている頃合いなのに、なんでかしみじみと話をしていた。ある時(たぶん獄と出会って)から声に華やかさが出たとか、少し前(たぶん獄とセックスして)から艶っぽくなったとか、あらためて気持ち悪いやつだな……と背筋がぞわぞわとする。お祝いついでに変態電話も卒業してくれるのかと尋ねると、それはないと返された。しろよ。また一段と艶が増して、声だけで何発でも出そうだとか言わなくていい。
 悪い意味で聞き慣れたスタンバイ音声にげんなりしているとイタズラ心が首をもたげた。ヤケクソとも言うが、このまま望んでもいない強制オナニーショーのゲストになるのはいい加減ごめんだったのだ。声だけで何発でも――そんなに言うならば声だけでいっぱい搾りとってやろうではないか。華やかになり艶が出たという声で。寺では性交御法度と決めたばかりにくちづけをして別々の布団で寝て、隣にいるせいで余計に持て余すことになった熱を放出してやる。そうして送話口にひそひそと喘ぎ声を流すと、変態が一瞬だけ止まり、すぐに動き出した。
 くちづけをして、抱きしめられて、そのままじゃれあいながらもう一度くちづけをして、自分と同じくらい熱くなった肌に触れ合ったり。目覚めたときに一人分足りないぬくもりに、互いに合意の上で決めたルールが恨めしくなった。
「やぁ……♡ だぁめ……♡」
 イヤでもダメでもない。もっと近くで感じたい。もっとくちづけられて、肌にだって触れて、痕を残してほしい。
「いじわるすんなって、ばぁっ♡」
 ベッドでの獄はすぐいじわるなことをする。これもイヤか? あれも? と確認するようにされる全部、イヤなことなんて一つもない。
「あ、やぁ……っ♡ せっそぉ……♡ も、いくぅ……っ♡」
 さすがに寺の中。いつ誰に会うとも知れないから、本気じゃない。ベタベタな演技にほんの少しだけ本心を混ぜて、あんあんと鳴いていると、もうすぐ来るだろうと思っていた伴侶がおかんむりで立っていた。



「ゃ……あ……っ!」
「ヤじゃないだろ……っ朝っぱらから散ッ々やらしい声垂れ流しておいて……」
 聞かれたくて見られたくてしょうがないんだろうと囁きながら、ペンを握った指を上から押さえ込み、縮こまる拳をくすぐった。治りかけの細かな傷、ぽこりと浮き出た節々に、滑らかな皮膚を指の腹で転がすだけで、勝手に期待して跳ねる身体がかわいらしい。
 汚らしい不快な音が聞こえた受話口からは、伴侶も含めてとっくに耳を離した。会話だけは聞かせるため、伴侶の肩口あたりに無理矢理受話器を置いている。さっき出していたていどの声なら聞かれてもまだ大丈夫だろう。だから見られても大丈夫なていどの、愛撫に届ききらぬじゃれあいで悪い遊びをする伴侶をたしなめていた。
「ゃ、らしぃことシテんの、はぁ、ひとやだろ……っ」
「俺はかわいいかわいいパートナーが朝から人目も憚らずに浮気テレフォンセックスをしていた被害者なんだが?」
 謝罪と慰謝料を要求していい立場なんだぞ、と緩みはじめた拳からペンが落ちた隙を狙って、じんわりと汗の滲んだ手のひらに侵入する。閉じないように指をねじ込んだ内側は、む、と熱い空気がこもっていて、指でつん、とつつくと大げさにふるえた。
「シテねぇ、よっ!」
「ヤダ♡ ダメ♡ いくいく♡ ……なんて喘いでたのにか?」
「それ、はぁ……っ」
 じゃあどうしてあんないやらしい声を出していたのか、納得できる理由を話せとますます熱が増した手のひらをつぅ、と撫でれば、うぅ、と喉奥で呻めきを上げる。ひと撫でごとに出してしまう演技ではない甘い嬌声を、なんとか噛み殺そうとして漏れる唸りが、いつ耐えられなくなるのか。いじわるな言葉と、たわむれのじゃれあいだけで、快感に貪欲に育てた身体は達してしまうのか。ほのぐらい欲望が背筋を駆け上がり、ずくん、とあらぬ場所が膨れ上がる。
「ひとやが、きす、すっから……」
 てらじゃそれいじょうできないのに、きすをするから、だから――
「ぜんぶ、ひとやがわりぃんだぞ」
 そう理不尽な弁解をして睨んだ目は、後ろから抱かれているばかりに避けられぬ膨らみに期待して濡れていた。ず、と擦れた尻は布越しでもいつものようにやわく、いつもより熱い。こちらも負けず劣らずのつもりだったが、言葉のとおり、昨夜から持て余していたのだろう。
「……そうだな。いくらお寺の皆さんにご理解があるとはいえ、キスだけの方がいいかと思ったんだが……遠慮せず抱いてよかったんだなぁ?」
 ぐぅ、と張り出した逸物を押しつけると、ひくつく肉縁が吸いついた。互いに服に覆われた脈打つ秘部が擦れ合うと、少しだけずれた脈拍がだんだんと混じり合って、淫らな高鳴りが止まらない。ちらりと見えた目はもう偽物ではない蕩け方をしていて、とても早朝の寺でしていい顔ではなくなってしまった。
「よくねぇ……っ」
 頭のてっぺんから爪先まで、砂糖漬けの果物を作るみたいにかわいがった伴侶は、こちらがそうと意識するように触れる一挙手一投足に素直になってしまう。口だけ、態度だけ、お前の思い通りになると思うなよ、と威嚇する。少しでも侮ったり見下したり蔑ろにすれば、本当に剥かれる牙を封じたままにするためにくちづけに乗せて愛を注ぐ。
「じゃあ、部屋に戻ったら? それとも俺の家?」
「ん、ぅ……、ひ、とやンち……なら」
 すりすりと肉縁をなぞるようにゆっくりと腰をゆすり、触れるだけのくちづけを耳元でくり返せば、無茶な要求の後に本命を提示する悪い手口にも素直に乗ってくれる。もう誰にも見せられないような顔になってしまっているだろう伴侶が、恥じらい、肩に乗せた受話器ごと隠れようと電話台にすがり、縮こまるのに覆いかぶさってやれば、ひ、となき声をあげた。
 より強く密着したせいで、ぐり、と秘所をえぐってしまったらしい。重なっていた鼓動がずれ、ひくひくん……っと縦に割れた縁がふるえる。ごく小さな振動はしかし、敏感なさきっぽには強烈な刺激で、余計にぐん、と力を増してしまった。
「ひとゃンちッ、て……い、ったぁ……!」
「なんだよ……っ、挿入ってねえだろ?」
 そういうもんだいじゃない、と噛みつく伴侶は、その割に布越しでわかるほどぶっくりと膨れた逸物から尻を離せない。密着して壁際へと追い詰めているとはいえ、まだ距離はとれるのに。小さく丸まっても隠せぬ耳は、短く切り揃えた髪と同じ色をしている。無防備にさらされた弱点はお守りのような無数の飾りを全て外されたまま、囁き、食み、くちづければさらに赤く染まった。
「こんなん……っ! はいってんのとっ、なにがちげェんだよっ!」
 絞り出された舌足らずな抗議は、常の調子を残すだけに今日これまでのどんな嬌声よりも甘く、やわく、とろけて響く。変態相手の演技よりもずっと、切羽詰まって、耐えられなくて、どうしようもなく快感に溺れる様が浮かぶ声音は受話器の向こう側にどう聞こえているだろうか。
 見せたくも、聞かせたくもなかった自分しか知らない伴侶の全てを、最近は少しならいいと思えるようになった。愛でるほどに花開き、実りを結ぶ。夏の陽そのものの最愛は、ちょっとやそっとで減りも枯れも乾きもしない。何より獄が愛するからこそ美しく、美味そうに見えるのだ。手折って盗みとったところで、翳って酸っぱくなるだけだ。
 そう気づいてから前よりは鷹揚になれたと思うのに、一部では余計に酷くなったとも言われるのが誠に遺憾でならない。もっとも伴侶に前みたいに妬かないのがつまらない、と面白くなさそうに不満と不安を滲ませられるのは悪くない。所詮は前よりは、だが、お前では一生こんな声を出させることは出来ないのだと突きつけるほのぐらい悦びを味わう性根は、確かに以前よりずっと悪くなっている。
「もう、ほとんどおんなじ、だなぁ……?」
「っ……なりゃ、も……ぁあっ!」
 ぐんっ、と擦れ合う秘部を強く、深く、抉ると、ぬち、とねばついた音がした。布越しの交わりはもどかしいけれど、急かすようにしゃぶりつくのがかわいらしい。きゅんきゅん、とよく知っているわななきは、甘イキよりも少しだけ深い絶頂間際で、あと少しほじってやればきっと……。
 そう思ってぐりぐりっとさきっぽでかわいがれば、喉奥で喘ぎを噛み殺し、けれども身体は制御をなくしたまま、ぷしゃぁ……とはしたないおもらしをして達してしまった。匂いの薄い、ほんのわずかなしぶきは潮だろう。極めた後の忘我に浸る伴侶と電話の向こうへ聞こえるように、上手におもらしイキできたな、すごくかわいい、早くちゃんとナカに挿入れたい、と言えば、ばか、くたばれ、のうみそちんぽ、と怒られた。電話先の反応は聞いていないからわからないがどうでもいい。かっかっと燃え上がりながらも、快感の余韻の抜けきらぬ肢体が悩ましくて愛おしい。どうか、いつまでも天邪鬼なまま、決して退かず折れず曲がらぬ心のまま、この愛に屈してほしい。
「なぁ、もういいだろう? 早く帰ろう」
「じゃぁはなせよ……っ、うごけねんだって……!」
「お前の部屋じゃない、俺の家だぞ」
「いくから……っ! ひとやんち、いくからぁ……」
 いまや服を突き破らんばかりにぶっくりと膨れ上がったさきっぽで、はしたなくひくつく肉縁に滴る先走りをぬちぬちと塗り込む。すると先までの威勢はどこへやら。ひ、ひ、と鼻を鳴らして、いく、ぃくぅっ、となくのに背にぞくぞくとした痺れが走る。
 わざとだ。わざといく、と言わせようとしている。そうして甘ったるくかわいらしいだけの演技などと比べものにならない、本物の絶頂を告げる、愛される悦びに耽溺した獣の声を聞かせようとしている。
「はぁ……っ、いく……っ! ぃくかりゃっ……ぁっ! せ、そぉ……っも、ぃくぅぅぅ……っ」
 涙の混じる濡れた喘ぎはしとやかにひそめられ、驚くほど細く高くうたい上げられた。ぶるぶるとふるえる下肢が、またぷしゃぁぁぁ……っ、と愛らしい水音を立てて、粗相をしながら極めたことを暴露してしまう。
「まだ俺んちじゃねぇのになぁ……」
「らて、ひとゃが、ちんぽでぐりぐりすっから……」
 ぽたぽたと床に水たまりを作りながら、甘く蕩けたままの舌で抗議される。から、なんて言われたらもっとちゃんと責任を取りたくなる。まだこちらはイッていないのだ。
「……かぁわいぃ……」
「ばか! すうな! はなせ! かたづけろ! ちんぽしぼめ!」
 ここまできて自然にしぼむかバカ。それはお前の仕事だ。ああでも片付けなくてはならない。さすがに、さすがにやりすぎた。新婚さんと部屋が近いなんて嫌です、と少しばかり隔離されてはいるが完全に封鎖されたりしているわけではない。とりあえず床と電話台――そもそも全てのはじまりの変態電話はどうなったのか。散々煽ってやったが、これでまだシコっていたらさすがに感動する。
「……きれてんな」
 受話器を肩口から外した伴侶が耳をあてるも、ツー、という無機質な終話音がなっていたらしい。果たしていつもどおり一発抜いてから切ったのかどうか。あれだけレアな音声を聞かせてやったのだ、途中退場はともかく萎えていたら許し難い。
「ところで獄」
 電話を切った伴侶に退け、と言われて解放すると、目に毒の色づいた格好のまま、ぎ、と睨まれた。
「あの変態も録音してたらとか考えなかったのかよ」
「もちろん考えた。が、もぉっとやらしいお前を知ってるから見逃した」
「拙僧のやらしい声をオカズにされていいのかよ。もしかしたらそこいら中にばら撒かれるかもしんねぇんだぞ」
「『俺』にやらしいことされて、やらしくなってる声だろ? 拡散上等、まとめてハネムーン代にしてやる」
「……拙僧が、獄以外に見られんのも、聞かれんのも、嫌っつってもか?」
 行為の最中、前後のやらかしで反省会はしてきたが、こんなしおらしく訴えられたのははじめてだった。眉間に寄ったシワが寂しさや切なさを感じさせるのも珍しい。デートだ買い物だとかで連れ立って出かけるときは、もっと見せつけてやろうとか、ファンにもちょっとくらい寛容になれとか散々言われてきたのに。……それとはちょっと、いやだいぶ違うが、お前そんなキャラだったか? と喉から出かかったのを飲み込んだ。
「空却……」
「拙僧は、さっきの獄を、他の誰にも渡したくねぇ……」
 思えば、恋愛をすっとばして結婚してしまったところがある。こんな会話、結婚前のお付き合い期間に擦り合わせて済ませておくものだろう。それをまあ悋気に任せて囲い込んで、法的にも手中におさめるまで、ずうっともどかしい関係のままいてしまった。『家族』のまま恋人を飛ばして伴侶になった弊害に申し訳なさと愛おしさで眩暈がする。
「わかった」
「は?」
「全部片付ける。ハネムーン代は諦めてもらうが……」
「いや、別に拙僧はハネムーンとか興味ねえし」
「俺が行きたい――とにかく、全部俺に任しとけ」



 数日後、有言実行かつ無敗の男はありとあらゆる伝手と金と恥を惜しまずに本当に全てを片付けた。
 最後の事件が起きたときと同じように新婚用に隔離された部屋の中、あの時はああ言ったがやっぱり俺もあの空却を誰にも渡したくない、と言って、だろう、とばかりににんまり笑う伴侶を抱きしめる。そろりと腰へと伸ばす手をぺちんと叩かれたものの、ご褒美、と触れるだけのくちづけをされて、あっさり許してしまっていた。
 件の黒電話も再び平和を取り戻し、ときおりじりんじりん、と不思議と懐かしい音を立てている。





「そういや結局どうやってあのヘンタイ見つけたんだよ」
「……絶ッ対に怒るなよ?」
「……今ので二十四時間鬼修行コースが確定したんだが」
「まだ何も言ってないだろ!?」
「獄がそんな前置きする相手でパソコンだのインターネットだのに詳しいヤツなんざ三郎しかいねぇだろ!」
「しょうがねえだろ! 俺だって本当に最後の手段のつもりだったんだ!」
「だからっておッ前なぁ! あんなヘンタイ電話野郎に関わらせるとかよぉ……拙僧の不始末でもあるんだから、一郎に顔向け出来ねえだろ」
「俺の独断でお前は関係ないって頭下げて依頼して通常価格に上乗せ全額前払い、経費全部持ちの上で向こう三年無料法律相談で手を打ってもらった!」
「チッ……半日地獄修行コースに変えてやる」
「そこは無しにしろよ!」

2023/04/09


BACK
作文TOP/総合TOP