おれのことがすきなんだろう?
なぁくうこう、と寝言で呼びかけられ、ハイハイどしたのヒトヤくん、とよからぬ理由で乱れたベッドの上、隣で眠るカレシの方を見ると、寝ぼけたままキスをねだる顔をしていた。
くちびるで返事をされるまではテコでも動かんと腹を据えた、なんともだらしがない顔がカワイイと感じるのはあばたもえくぼというやつか。それとも破れ鍋に綴じ蓋か。つまるところは惚れた弱みなのだが、ほんの数年前までキスをねだっていたのは自分で、ねだられていたのはカレシの方だったのに。
大人げないキスとタバコで文字通り煙に巻かれた日から、二度と戻れなくなってもいいと思えるくらい、ちゃぁんとオトナになってからアプローチし直した。いつかと同じシチュエーションを狙って、悪いオトナに囲われに来た、と重ねたくちびるは変わらず意外にすべすべで、堅牢な前歯の城門を舌先でノックすれば、もう絶対に逃さんぞとばかりにぬ、と飛び出た舌に捕まってしまう。直前まで口にしていたコーヒーとタバコも変わらない味で、苦くて、まずくて、でもとびきり甘くて気持ちよかったのだけは違った。前よりもっと恥ずかしい音がして、もっとずっと深いところまで暴かれて、気づいたら腰と尻をがっちりと掴まれて退くことも出来ないまま、三回目のくちづけを終える。
すっかりそのまま抱かれるつもりでいたら、脱ぎかけた服を綺麗に直されて、頭のてっぺんから爪先まで、フゥー……と念入りにタバコの煙を吹きかけられた。これも前とおんなじだ。東都で喫煙者とつるんでなんの気無しに聞いたら教えられて、もう知っている。中坊に煽られてやらしいキスをするヤツが、そういう意味じゃなくするわけがない――と、えらく面倒くさそうな目をして言っていた。
煙たいマーキングをされて、どきどきとしながら後で抱いてくれんのか、と聞いたら、本当はキスだって違う場所がよかったとふてくされる。不覚にもきゅんとしてしまって、ちょうどそれからだ。キスをねだるより、ねだられるようになったのは。
東都ではタバコのついでに色々教えてもらった。面倒くさい脈アリ男はお前がヴァージンだろうがヴァージンじゃなかろうが勝手に盛り上がってくれる。お前がハジメテって言えば馬鹿みたいに喜んで抱き潰すし、ヤリまくってたって言えば嫉妬に狂って抱き潰される、どっちがいいかで好きにしろ――じゃあヴァージンは面倒くせぇって言いそうだし適当に相手を見繕おうとしたら、横で聞いてたヤツにものすごい勢いで止められた。お前の話だけじゃわからないこともあるけど、もし独占欲強めのスーパー攻様がハイスペヤンデレ攻に変化したら俺たちの街が血に染まりかねない。頼むから純愛路線にしてくれ。ハジメテが面倒くせぇとか言ったとしても絶対! 見栄とか照れ隠しとかだから! 絶対! そういうヤツだから! お前のこと大好きだから!――真っ青になって何を言ってるのか全然わからない呪文のような言葉を早口で並べ立てられ、唯一聞き取れた『俺たちの街が血に染まる』の不穏さに、わかった、わかったから、獄はたぶんそんなことしねぇけど、と言えばようやく顔色がよくなった。
そうしていくらなんでも言い過ぎだろうと思いながら守ってきたハジメテは、カレシにオトモダチのファインプレーに感謝しろ、と地を這う声で言われた後、重箱の隅までつつき倒し、舐め尽くす執拗さでいただかれた。途中から記憶がないけれど、もうどこにも行けないようにナカもソトもちんぽ汁でマーキングしてやる、と囁かれて、腹と背がぞくぞくとしたのは覚えている。オトモダチの言う通り、本当の、本当に、適当な相手とヤらなくてよかった。たぶん、血は出ないけれど社会的に死人は出た。
ほんのつい最近の思い出にほころんだくちびるのまま、カワイイカワイイカレシのおねだりにちゅ、と触れることでこたえてやる。物足りないのか開かれないままの目蓋にも、ちゅ、ちゅ、と二度三度くり返しくちづけた。
「……お子ちゃまみたいなキスじゃ起きてやれねえよ……」
「お子ちゃまのファーストキスが貰えて嬉しくてしょうがなかったクセに」
とっくに目覚めているくせに、エッチなおはようのキスをしてくれなきゃ嫌だとふてくされる。そんな赤ちゃんみたいな我儘を言うならもうしない、と背を向けると、後ろからぎゅぅ、と抱きしめられた。必死にならなくたっていなくなりやしないのに、後ろ頭にちゅ、ちゅぅ、ちゅ、と駄々っ子丸出しのキスをして、悪かった、としょぼくれた声で謝られる。
「別に怒っちゃいねぇよ……拙僧は、カワイイカワイイ獄くんのこと、だぁいすき、だからな」
ご機嫌直して、と首をひねって顎近く、髭がざらつくあたりにちゅぅ、と長めに吸いついて、ぷは、と口を離した。うっすらと赤らんだ肌にキスマークつけたぞ、と普段はしないサービスをしたら、いけない火をつけてしまったらしい。とたんに食らいつかれ、刻まれたネックレスと見まごうおびただしい情痕を叱る間もなく、元気になっていた逸物をどうにかこうにかおさめることになった。
今日も面倒くさくて、独占欲強めで、拙僧のことが大好きなカレシが、拙僧の最初で最後のカレシが、こんなにもカワイイ。
「なぁ獄。もしあの日、拙僧が部屋戻ってたら」
「……今日も夢に見た」
「……なんのだよ……」
「……戻ってきたお前を、抱く夢……」
やっぱり血の雨も降ったかもしれない、と思った。
2023/5/28
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