邪恋騒乱・前

 後世に聖人と讃えられる人々に共通したエピソードに『悪しき存在からの誘惑を退ける』というものがある。未熟な修行の間、心が弱った一瞬の隙――そういった絶妙なタイミングに囁かれる甘言に打ち勝ち、正しい道を進めてこそ得られる賞賛。
 実際、人ならざる者からでなくとも堕落への誘いはある。むしろその方が多いだろう。見知らぬ他者ではない、もっとも身近で切り離すことの出来ない存在、自分自身の内から湧き上がる感情と欲。
 甘く、頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱す邪な思いの奔流は、果たして無理矢理に与えられたものだけだったのか。それとも知らず封じ込めたものだったのか。



 真昼間の寺の客間に相応しくない、ぼんやりとピンクに光るハートマークの紋様は、向かい側であぐらをかく見知ったクソガキの、見たことのなかった腹に浮かんでいた。
 あらためて見ると真っ白い、すべすべとした肌は、人形めいたなめらかさに逆らうように、うっすらと六つに割れている。かすかな凹凸に乗るネオンサインに似た紋様は、形と色も相まって夜の街の看板を思い出させた。
「なんだこれ……?」
「だからさっきも言ったろ。淫紋だよ。淫らな紋様で淫紋」
「だからそれがわからんって言ってんだ」
「あー……簡単に言や拙僧と、拙僧に近寄った人間が発情するまじないだよ」
「発情するまじないだぁ?」
 何をたわけたことをほざくかと鼻で笑えば、真面目な顔で最近、拙僧は外に出てなかったろう、と問われる。そう言われれば寺を脱走しては事務所に押しかけ、我が物顔で居座っている太々しい姿をとんと見ていなかった。職員が波羅夷くん来ませんね、なんて首を傾げるほどに日常と化していたのにだ。
 一昨日、空却の体調がおもわしくない、と修行が急遽とりやめになったのを鬼の撹乱か仮病だと十四と連れ立って訪ねたときは、まさかこんな事態になっているとは思ってもいなかった。住職から心配そうに感染るかもしれないから……と言われたものの嘘みたいに普通にしていたから、結局小一時間話してDRBまでには治せよ、なんて言って別れたのだ。思い返してみれば最初に顔を合わせた時はしまった、という顔をしていたのに、その後でひどく驚き、安心していたような気もする。
「この淫紋のせいなんだよ。拙僧に近寄ったり、目を合わせたり、話したり……そういうことすると発情して襲いかかるっていうまじないが込められてる」
「まぁたそりゃけったいな……。で、今度は一体何したんだ? 封印されてた悪霊でも解き放ったか?」
「なァんもしてねぇよ。真面目に修行してただけだ。不信心な罰当たりの銭ゲバ弁護士センセでも聞いたことくらいあんだろ? 敬虔な修行者への試練っつうやつだよ」
 冗談のつもりで言ったことを半ば肯定されて閉口する。不惑も数年後に迫った人生でおかしなことは山ほどあった。目の前のクソガキもご愛読の少年漫画を地で行くところがあったが、年齢が上がったせいか青年……成人漫画に足を突っ込んだらしい。
 言い出したらキリがない、今更のことを追及したって現実は変わらない。この失敬で無礼で生意気な生臭坊主見習いが、何のために自分を呼び出したかが問題だ。
「――まず、だ。お前が言うまじないっていうのは本物なのか?」
「ンな馬鹿丸出しのウソついてどーすんだよ」
「言いたかないがな、俺はさっきからずうっとお前と真正面から向かい合って目ぇ合わせてお喋りしてるが、まっっっったくピクリともしねぇんだよ」
 馬鹿も腹も丸出しのクソガキが人間ネオンサインになっているのはわかるが、それに対してなんともどうとも思わない。ふとした瞬間に見える腕だの足だのが存外にたくましいのを知っていたから、案の定割れていた腹に違和感はなかった。浮かんだ紋様自体は淫紋という名前どおりエロティックなデザインをしているが、それだってなんということもどうということもない。
「ま、その淫紋? とかいうのがお前のいたずらじゃねえのはわかるから協力してやるが」
「……親父と」
「あ? なんだ空却?」
「……親父と、十四と、獄だけなんだよ」
 淫紋が腹に宿って二週間、何の対策もなしに拙僧と至近距離で向かい合って、目を合わせて、会話をして、発情しないでいるのは――
 再び、いつにない真剣な面持ちの子供と目が合った。普段と同じ金色の目に遊びはなく、強い決意が見て取れる。同時にひどく言い出しにくそうに、申し訳なさそうに揺れる眼差しに、自分が何を求められているのかがわかってしまった。
「だから、拙僧を……抱いてほしい」
 このままじゃDRBに出られねぇ、と小さくつぶやいたのが不思議なほど大きく響き、待て、と言うより先に口にされてしまった恐れていた言葉が、ずん、と重くのしかかる。直前まであった戸惑いと躊躇いはすっかり消えて、退かずをたたえた黄金が瞬きもせずにこちらを見据えていた。断るなんて、出来ない輝きで。



 おぼこな坊主は知らぬから惑わぬのだ、とくらくくろい何かは言った。腹の上でぐるりと渦巻きながら、わらう声は面白がっているようでもあったし、不愉快そうでもあった。悪意と害意で織り上げられた細長い塊が蠢くたび、腹が重くなり、じわじわと熱くなる。なぜかぴくりとも動かせない体に悪いまじないがかけられている、そうわかるのに瞼すら開かない。そもそも今はいつ、どこで、自分は何をしていたのか。
 知って惑え、混乱するこちらを置き去りに、そう簡素な言葉でまじないを結ぶと、くらくくろい何かは消えてしまった。急にあらわれ、急に消える。きまぐれでひとところに留まらぬ、人あらざる何某かのイタズラを確認すべく、重たい瞼を持ち上げる。
 ゆるゆると瞼を開き、辺りを見渡すと、そこは見慣れた山の中だった。気に入りの大木の下、瞑想をしようと組んだままの手足に一切乱れはない。早朝にたどり着いてから日の高さも変わってはいないから、長くて十数分ていどか。
 最近、何ともなく頭がもやもやとして、胸のあたりがすっきりせず、腹がもぞもぞとする。降って湧いたDRBへの参加に弟子誕生。その弟子と腐れ縁とチームを組んで、いよいよという時に一悶着あったが、それも解決――まさに絶好調なのにか、絶好調だからか、ざわつく感覚が消えなかった。
 武者震いとは違う、漠然と悪い何かに迫られ、絡まれ、囚われるような焦燥感が付き纏う。思い出そうとすると霧がかかり、頭痛をともなう友と呼んだ男との再会が近いからか、と思ったものの、違った。雲を掴むような話なのは同じだけれど、今直面しているのは何一つヒントがない。もう一度会えたなら、決着がつけられたなら、かつての友との別れは何か掴めると思うのに。
 まさにそんな心の隙間を突かれたのだろう。つまるところは不覚、油断、修行不足、悔いても言い訳にしかならない。どことなく重たいままの腹を確認せねばと手を伸ばす。服の上からでもわかるよこしまなまじないの気配に、父親にぐうの音も出ぬほどにドヤされるのが今から目に浮かんだ。
 腹を括り、ええいままよ、と一息に服をたくし上げる。医者に見せるときのような体勢だ、なんて現実逃避とも懐古ともつかない考えを巡らせていると、そこにはまあ、かかりつけの医者が匙を放り出しそうな突拍子もない光景が広がっていた。
 臍の少し下、じんわりとピンクに光るハートマークを中心に、シンメトリーに蔓草か羽根のような模様が広がっている。露わにすると余計に悪趣味極まるまじないに、おそるおそる触れると、びり、と腹全体に軽い痺れが走った。ぴく、と少し跳ねるていどにおさまったものの、これはマズい、と頭の中で警鐘が鳴り響く。
 本当に、指の腹で少し撫でただけだったのに、今まで感じたことのない衝撃が走ったのだ。どくどくと心臓が加速して、熱っぽくなった全身から力が抜け、体の芯がずくずくと燃え盛ろうとする。思い出すだけで恐ろしいのに、ずっと撫でていたかった、もっと強く深く触れていたかった、と思ってしまう。
 これがまじないの効果なのか、それとも他にも何かあるのか。軽い気分転換のつもりがとんでもないものを引き当ててしまった。少し前にこてんぱんに説教をされたばかりだと言うのに、ますます帰宅後が恐ろしい。なんであれ悔やんでも腹からまじないが消えることはない。幸い、おそるおそる下ろした服は触れても大丈夫だったから、隠すことはできるだろう。
 乱れた衣服を整え、予定よりもだいぶ早まった下山の準備をはじめる。ともかくDRBまでに片付けなくてはいけない。慣れた獣道を駆け抜けながら動作に違和感がないか確認すると、やはり直接触れなければいいようだ。詳細な効果はまだわからないけれど、支障がないならば最悪でも腹にまじないを貼りつけたまま挑むしかない。ともかく、身から出た錆とはいえ不服ではあるが父親に頭を下げ、しこたま説教されて盛大な罰を与えられるのを覚悟でまじないの解除を頼むしかない。
 せっかく気持ちのいい朝だったのに、油断してえらい目にあっている。青々とした葉の木漏れ日がきらめき、若い樹々の香りも近くで咲く花々の甘さに負けず劣らずみずみずしく匂い立っていたのに。あたたかい季節は植物だけでない、動物も生き生きとして動き回り、急がなくてはならないのに引き止めるように鳥も獣も寄ってくる。それらを軽くあしらいながらようやく山の入り口まで戻ってくると、入山するときに挨拶をした近くに住まう檀家の御年配に再会した。健康のためにと自宅の庭で太極拳だの体操だのに勤しんでいるのだが、ちょうど休憩中だったらしい。お早い帰還だ、とからかう好々爺に、実は、と簡単にあらましを話そうとした瞬間――常の東都に言ってしまった息子を見るような目の色が別のものに変わった。
 きん、と縦に伸びた瞳孔が異様で話を続けることを出来ずにいると、老爺がわずかな間を置いてああ、と戸惑った声を上げ、まばたきをくり返し、頭を傾げる。自問自答をくり返すように目を閉じて開いた後、空坊、と子供の頃から変わらぬあだ名を、聞いたこともない声音で呼ばれた。酔っ払いが出すのに似た制御をなくした音はもごもごと何かをつぶやいているが、よく聞こえない。にも関わらずべたべたと妙に甘たるく鼓膜にひっついて離れず、ぞわりと背筋がふるえた。
 山に入る前、ほんの小一時間前までは父親を彷彿とさせる年齢不相応な快活さに溢れ、はきはきとした滑舌で気持ちのいい空気を纏っていたのに。下山した自分と二、三言葉を交わしただけで酩酊状態に近いどろんとした目と弛緩した口元に変わってしまったのは明らかにおかしい。頭の中で鳴り響く警鐘に、もしや、と下腹を撫でる。服の裾を直すように軽く触れただけだったのに、濁った眼差しはその下にあるものを理解しているようにじぃ、と見つめてきた。やっぱりこれが原因か――これ以上接触を続けたら互いにどうなるかわからない。何より見知った人間が自分のせいでおかしくなるのが嫌で、家の中にいるだろう細君にも聞こえるだろう大声で別れを告げて走り出した。
 まじないの対象範囲となったものの精神に何らかの害を及ぼすのだろう。効果だけならヒプノシスマイクに近いが、施された部位、印、老爺の反応からするとひどく嫌な予感がする。イケブクロにいたとき漫画でそういうのがあるんだと言われて、そんなバカなことあるかと頭をひっぱたいた覚えがあった。
 寺からそう遠くない山で、早朝で人気がないのが功を奏したらしい。時折すれ違う『男』だけが、酩酊したような、あるいは凶暴な欲を宿した目に変わったが、全速力で逃げるのを追っては来なかった。かけられたばかりで効果が出きっていないのか、老爺と同じに戸惑っているのか。ともかく父親に土下座してでもまじないを解いてもらわなくてはならない。自分一人が耐えるだけでないのなら、DRBどころではなくなってしまう。
 一足飛びに寺の中を駆け抜け、すれ違う兄弟弟子とロクに挨拶もせず、間をぬって居住区へと飛び込んだ。なんの修行もしていない人間よりは耐性があるだろうが、生活を共にする人間が惚けた顔で自分を見たら……なんて、想像するだけでゾッとする。後から罰として雑巾がけを命じられるであろう廊下はすでにピカピカで、走ると残る足跡にげんなりしながら父親のいそうな場所を目指す。いつもならとっくにお勤めをはじめている時間だけれども、今日は空却が早朝から脱走していたからきっと探している……もし探していなくとも、きっと父親なら勘づいているはずだ。人ならざるものの扱いは悔しいがまだ父親に分がある。寺にとどまっているならば、この距離ならば、まじないに気づかないわけがない。
 脱走すると、父親はぐるりと寺全体を一周してから兄弟弟子らにあの馬鹿を見つけたら大声で知らせるように、と言い含める。兄弟子は幼い頃から知っている空却に甘く、弟弟子は年下の兄弟子がおっかない――ただの悪ガキに、と頭を抱える父親に、ほんの少しだけ賛同してしまう。兄弟子の一部は檀家のジジババと同じに空ちゃんと呼びやがるし、弟弟子の一部は未だに目を合わせてもくれない。こんな根性が足りない連中にとっ捕まる気がしないから父親の判断は正しいのだが、すれ違った相手がは、と一瞬意識をなくしていたようか反応をして、その後に口々に自分の名と父親の名を大声を叫んだ。まがりなりにも父親の修行を受けてきた者達をも正気を失わせるまじないに、よもやと最悪の想像がよぎる。いつもなら追いかけっこをする父に、早く捕まりたい。自分からも知らせるべきか、とすぅ、と大きく息を吸い込むと、周囲を一喝する大きな声で名前を呼ばれた。
 びりびりと全身をふるわせる音波は今日ばかりは有り難い父のもので、まじないのせいでどこか浮ついて締まりのない空気をも吹き飛ばしていく。しん、と鎮まった中を父の足音と気配が支配する。親父、と吸った息の意味がないくらい小さな声が出て、向き合った瞬間、それはそれは盛大に頭を叩かれた。頭のてっぺんから貫くような拳骨は痛い――痛いのだが、いつもと違う。純粋な打撃だけではない、まじないに触れたときよりももっと深く、重く、腹がびりびりと痺れ、そのまま留まることなく腰から背、体の芯へと広がっていく。心臓もどくん、どくん、と深く、速く、脈打ち、足ががくがくとふるえ、立っているのもやっとの有様にどうにか耐える。
 この反応を見ていた父の顔色はよくなかった。絶望、とまではいかないものの、どうしたものか、という逡巡がありありと浮かんでいて、とんでもないまじないをかけられたのだとあらためて痛感する。ただ、解決策がない、ということではないのもわかった。おそらくとてつもなく厄介なのだろう。今にして思えば短い時間におしゃべりの片手間に施されたまじないとしては強力すぎるのだ。空却が修行をしていて、ある程度の耐性がついていることを加味すれば、もはや異常なほどに。同じことを考えただろう、渋面を隠さない父が兄弟弟子にいつもどおりのお勤めを言い渡す。そして、私はこの馬鹿をどうにかする、とぎりぎり立っていた足を払われ、転んだ隙に首根っこを掴まれ、近くの部屋に引きずり込まれた。
 がらんとしてざぶとんすらない部屋に転がされ、楽にしていい、と言われてどうにかこうにかあぐらをかくものの、心臓は飛び跳ね、体は奥から熱くなって止まらない。燃えるように熱くて、苦しくて、は、は、と真夏の犬のようになってしまう。全身があんまり熱いからか汗が止まらず、目もうるんで視界がにじむ。心なしか父の顔も赤い気がするけれど、何もかもぼやけて見えるからさだかではない。
 体から溢れそうな何かを抑えるように前のめりになって父を見上げると、腹に厄介なものを刻まれたな、とうなられた。服をまくりもせずに、まじないのほどこされたあたりを目でさぐられ、思わずぐ、と声をもらす。たったそれだけで腹を撫で回されたのと同じ感覚がした。燃える、苦しい、それなのにもっと、と思ってしまう。父に抱くにはあまりにもおそろしくておぞましい感情に、頭が冷えるのに反して体はどこまでも熱くなる。
 くそ、と舌打ちをしてどうにかならないか、と問えば、逆にいきさつを問い返され、おそらく、と山での出来事を話せば息を飲まれた。空却が修行僧と把握した上でまじないをかけたならば十中八九仏敵であろう――おおむね予想通りの答えに異論はない。荒事やせいぜい食ていどで、酒や性……様々な誘惑にも興味の薄い空却が、中でも一際さっぱりしている色恋、もっと言えば肉欲に絡んだまじないなのもわかっていた。問題は相手が元々は堕ちた僧だった可能性が高く、ささやくだけにも関わらず施されたまじないは非常に強固で、父ですら一人では相手の設定した条件を満たさなくては完全解除は不可能だと匙を投げた――正確には投げさせた――ことだ。
 それだってわかっていた。生まれてから今まで見てきた顔だ。どれだけ上手に隠してもわかってしまう。わずかな顔色の変化、額に浮いたほんのわずかな汗、ぴくりと歪んだ眉間や目蓋、父が生命をとそうとする時の表情くらい、放蕩息子にもわかるのだ。
 準備が必要になるから身を清めてきなさい、と言うのを遮って、どうしたら解ける、と睨めつける。視線の先、聞かん坊の子供をあやすのと同じ目をする父に、拙僧の不始末に老いぼれは手出しをするなと噛みつけば、重々しく口を開いた。

『誰でもいいから抱かれればいい』
 色恋も酒も煙草も賭博もやらぬ健康優良児にかけられたまじないは、実にこの世のものでないらしい尊厳を無視したもので、存外に子煩悩な住職が一体どんな気持ちで息子に告げたのかと苦いものが胸に広がる。そもそも性に溺れさせたいのならばなんだっていいだろうに、抱かれるようには出来ていない身体をわざと弄ぶようなまじないをかける相手の性根の悪さに怒りがこみ上げた。
「なンで獄がそんな顔すんだよ」
「俺は本意じゃない性行為を強いられている被害者に緊急救助で性行為を強いられてんだよ」
「拙僧のせいか」
 ま、未熟者が修行不足で足元すくわれたから違いねェ、と自嘲気味に笑う子供の妙にからりとした声が気にさわる。さらされたままの腹に宿る淫紋とかいうふざけた非科学的現象がさらに火に油を注いだ。
「たわけ、お前は珍しく被害者だろうが」
「オイコラ待て、珍しくってなんだ?」
「言葉のままだよ生臭暴力見習い」
「せめて僧をつけやがれ」
 ふてぶてしく図々しく、尊大に食ってかかる顔に安心するなんて馬鹿らしい。だけれども自分が認めた人間が、引っ叩いて目を覚まさせてくれた人間が、たまたま目についたていどの理由で望まぬ行為を強いられている状況に責任を感じているのが我慢ならなかった。たとえ未熟者で修行不足でも、見ず知らずの悪意ある存在に心身の選択肢を奪われていい理由などない。
「……またすっげぇ顔してんぞ……」
「当たり前だろ……」
 我慢ならない、許してはおけない、相手が法で裁けるものならば今すぐ二度と娑婆の空気を吸えなくしてやるものを。チームを組んでから幽霊だの怪奇現象だのを受け入れているのは癪だが、自分で見聞きした体験を否定できない。なによりこのガキは下品なおおたわけではあるが、悪趣味なおふざけはしないのだ。
「念の為に教えてほしいんだが」
「あんだよ」
「灼空さんはともかく、十四じゃなくて俺を選んだ理由はなんだ」
 この淫紋の発情効果を受けなかったのはあと二人。父である住職――灼空さんはまじないを生命と引き換えに解こうとせんばかりだったと言うから、まず間違いなく除外される。この寺は親が親なら子も子なのだ。元より二択の選択肢で、どうして自分に軍配が上がったのか。なんとなく想像がついたものの、確認したかった。
「あぁー……っとなぁ……まず『相手は誰でもいい』から、それこそ親父のツテ……そういう商売してる檀家サンとかだな……でプロの兄ちゃんを頼むって話が出た」
 最初の日から今日に至るまでの二週間を順繰りに思い出そうとする子供は、すでに懐かしそうに言葉を紡ぐ。二週間が遠い過去になるほどの疲弊を生命力の権化の子供がしているのに、また腹の奥から怒りが湧き上がった。
「いちいちおっかねえ顔すんなよ……んでま、とりあえず年齢も近くてテクもあって口が固いってお墨付きのイケメンの兄ちゃんが派遣されてきたんだが……」
 まじないをかけられた直後、危険を感じた空却が素早く寺に逃げ込み、一定の耐性がある人間以外とは接触を絶っていて、普通の人間にどれほどの効果があるかわからない。近づくだけで一種の洗脳状態に陥れる強力なまじないだ。さっさとすませようとするドラ息子を抑え込み、協力して下さる相手方に何かあってはいけない、一度お話しを、と住職立会いのもとお見合いまがいをしたらしい。
「これがまぁー大失敗! 色事がお仕事だからかまじないに引きずられやすい上、他人の情念とか色々背負い込んでて……親父がいて、よかったわ」
 拙僧一人なら殺すとこだった、とぼやく目は疲労の色が濃く、げんなりとしながらそっとネオンサインの浮かぶ腹をしまった。あたたかくなったとはいえ冷えたのか、もしくは『父親がいてよかった』ことと関係があるのか。まじないをかけられたことを自分の未熟とする子供の心中はいかほどだろう。気づけば握りしめていた拳がぎり、と音を立てた。
「ンなわけでピュアな拙僧は獣欲っつー言葉を身をもって体験したわけだが、理性がねぇ相手だと拙僧が反射的に殴り飛ばして抱かれるどころじゃねぇのはわかるよな? 半殺しにしかけた兄ちゃんに丁重にお帰りいただいて、さてどうしたもんかって言ってたらお前らが来て、おっ、こいつら平気じゃねーかって寸法よ」
「ああ、十四と見舞いに行った時だな……ところで俺には我慢ならんもんがあるんだが――」
「拙僧もまじないに操られたケダモノに犯されんのも、『家族』とこんな茶番でセックスすんのも我慢ならねえよ。気が合うなァ?」
 ひゃはは、と笑う声はようやく普段聞き慣れた音を放った。どん詰まりでも折れず曲がらず退かない、決して歪まぬ意志が獰猛に爪と牙を研ぐ挑戦的な声。覚悟を決めて、腹を括ったナゴヤ・ディビジョンのリーダーがそこにいる。
 誰よりも悔しくて、怒り狂っているのはこの子供だ。最初に頭を下げられたような悲壮な決意をたたえた目よりよほどいい。ムカつく馬鹿を殴り飛ばすために抱け、と言外に訴える色気もクソもない力強い眼差しに十分答えをもらった。
「もういい」
「今度は何が面白ェんだか……強いて言うなら十四は頼む時点でえぇ〜くうこうさぁ〜ん! とか言って泣くから黙らすのにゲンコツ一発すんだろ、最中でガタガタぬかしてベソかかれたら絶対殴るし、パニック起こしていつものイカレた物言いされたらボコボコにしちまいそうだからよ。獄はなんでもかんでも我慢ならん〜ってうるせぇけど、色々慣れてんだろ? さっきからなんかよくわかんねぇ反応してっけど……」
「弁護士に依頼がくるトラブルって意味ならイエスだ。が、オカルトだのセックスだのは専門外だ」
「謙遜すんなよ、オカルトはともかくセックスはDRB参加するって言ったらさんざ浮き名を流した弁護士先生が本命と別れることになったって聞いてんぞ? 拙僧はオカルトに関しちゃプロだが、抱く抱かれる以前にオツキアイもしてねぇ正真正銘さらっぴんのヴァージンだかんな、それに比べりゃケーケンホーフだろ。足りないとこはお互い様っつーことで! あとは……親父曰く、『家族』と呼び合い、心底から互いを認め合う絆があるからこそ悪意あるまじないを弾くのだろう……だとよ」
 だから理性ぶっ飛ばさないでヤサシク抱いてくれよな、アマグニセンセ?――そう、いたずらに笑う子供にこちらも腹を括る。さっさと済ませて元凶を見つけてふん捕まえて償わせる。絶対にだ。こいつに、俺にしたことを後悔させてやる。

 話はついたな、と部屋から出た子供が父親を連れて戻ってきた。ひどく恐縮した面持ちで私が不甲斐ないばかりに、と地につかんばかりに頭を下げるのを止める。住職は恩人で、空却は家族。どちらも失えないもので、生命と貞操は秤に乗せて比べていいものではないが、当事者が生命を重んじたなら叶えてやりたい。
 たださすがに寺でははばかられる、とダメ元で自宅への移動をお願いすると、今の話し合いの最中もまじないの影響を受けないならば問題ないし、巻き込んでしまった協力者への支援は当然だ、他に要望はないか、と再びこちらが恐縮する勢いで頭を下げられる。ではもし失敗しても許してほしい、とおどけて言えば、それ以上、頭を下げることはやめてくれた。
 善は急げ、と獄が了承したときのために準備されていた空却の着替えやら、何に使うかわからない仏具やらを車に詰め込み、頭から白いベールのようなものを被った空却を助手席に納める。なんでも住職が一夜漬けして作った簡易まじない封じだそうで、人によってはすれ違うだけで犯したくなるほど強烈に働く効果を短い間だけ一律『ちょっと気になる』ていどにまで抑えてくれるらしい。最もはじめからなんともない人間にとっては、いつもと変わらず黙っていれば顔とスタイルだけは極上の暴力韻踏坊主が花嫁じみた薄布を被っただけなのだが。
 車中で空却は、まじないをかけたのは天災みたいなモンだからとあっさりとした調子で話しはじめ、無理に探してもまた似たようなまじないかもっと悪いものをかけられるかもしれない、父親だって五分五分の相手だから捕まえるならもっと強くなってからだと結んだ。獄もオトシマエつけたいだろうけどちょっと待てとベール越しにギラつく金色がまぶしい。こんな見た目と性格で、まるで僧侶らしくないのに迷いなく自分の定めた道を見据えている。悟りだの仏の教えだのはわからないけれど、道を外れ、堕ちたものにはきっと妬ましくて、羨ましくて、仕方がないのだろう。
「ま、ちゃっちゃと片付けてまずはDRBだな!」
「今のお前じゃ不戦敗になりかねないしな」
「不戦勝じゃねぇの?」
「相手チームにマイクではない方法で攻撃……って取られたらこっちがアウトだな」
「今からでも体質変化しましたって連絡すっかァ?」
「やめとけ、ヒプノシスマイクなんてもん作ってる連中だぞ。モルモットにされかねん」
「違ェねぇわ」
 互いに腹を括ったからか、軽口を叩き合い、むしろいつもより穏やかで落ち着いた空間で二人きり。これからセックスをするなんてとても思えなかった。この短いドライブが終われば、もう後には退けない。腐れ縁の生意気なガキから『家族』に変わった子供を、もっとずっと幼い頃から知っている子供を、抱くのだ。

 ぼふん、といつも埃が立つ、と叱り飛ばされるベッドに飛び込めば、緊張感がない、と家主にどやされた。幸先がいいのか悪いのか、道中の安全のために、と父親の用意してくれたまじない封じは発揮されることなくベッドにばさりと広がっている。ないとは思うけれどという前置きのもと、もしも獄にまじないが効果を発揮することがあれば、微力ながら正気に戻る手助けになるだろうとも言われた。
「空却……いつもやめろって言ってんだろ」
「んだよ減るもんじゃなし、ケチケチすんなよ」
「ちゃっちゃと終わらすんじゃないのか」
「十四んちのもいいけど、やっぱ獄んちのベッドが一番寝心地いいんだよなぁ……な、終わったらそのまま寝ていいか?」
「話を聞けチェリーボーイ、何が楽しくてお前とピロートークせにゃならんのだ。送ってやるから終わったら帰れ」
「これから拙僧のヴァージン奪うのに冷たァい」
 傷つくぅ、と心にもないことを言いながら広げた薄布を体に巻きつける。ごろごろと転がったベッドは本当にちょうどよく弾み、受け止め、ひとところに留まるとそのまま身をゆだねて眠ってしまいそうに気持ちがいい。いっそ寝ている間に済ませてもらえないだろうか。ああでも、そうしたら『本意ではないセックス』を獄一人に背負わせてしまう。
「好き好んで奪うわけじゃねえ」
 薄布の端っこを掴んで止められて、上から痛いくらい真剣な目で叱られた。かすかにふるえている手は怒りだろうか。それも自分が巻き込まれたこと、しなくてはならないことへ――のではない、性根の悪い理不尽を強いる存在への心底からの怒りだ。
「拙僧だって好き好んでヤるわけじゃねえ。でもヤんなら獄が一番よかったんだよ」
「親父さんと十四以外で、だろ? 最悪の消去法だ」
「なんだよこっちはマジなのに」
 さっさとすませよう、ちゃっちゃと終わらせよう、と言っていたのに、なぜかまたはじまってしまった同じような問答に、腹を括りきれていなかったのだと思い知る。巻き込んでしまった獄だけではない。自分だってそうだ。ならば納得いくように全てをつまびらかにしてやろう。
 特段、セックスがしたくてしょうがないとは思っていなかった。オナニーだって修行や喧嘩で晴らしきれないときにやるくらいで、性への興味や知識、経験が少ないことをことさら恥ずかしいとも思わなかった。そこに求めるものがないとわかっていたからだ。
 それでも父親は一度決めたら退かぬからと、口を酸っぱくして軽々しく性行為をするなと言っていた。心と頭が追いつかぬままでも体は育ってしまう。独り立ちも出来ぬ未熟者が子を成すようなことがあってはならない、と耳にタコが重たくぶら垂れるほどに。あくまで空却が抱く側としての言葉だったけれども、貰い事故で抱かれる側になっても、たとえ子が出来ずとも根っこは変わらない。自分でもよく見たこともない場所をさらけ出して、玩具にしてはいけないと言われた場所で繋がるなんて、互いに信頼しあっていなければ出来ることじゃない。
 プロならば後腐れもないし上手いことやってくれただろう。ハジメテにこだわりもないし、治療として器具を突っ込まれるかちんこが入るかの違いだ。生きていればセックスに限らず本意でないことなど山ほどある。父親の方がよほど難しい顔をしていた。そりゃそうだろう。酢ダコが出来るほど言い聞かせた息子にセックスの相手を見繕うなんてしたくなかったはずだ。こっちからすればあってないような貞操に身内の生命をかけられる方がよほど嫌なのだが、説得するのが大変だった。これも言い出したら聞かず、言って聞く息子ではないと思わせてきた成果だ。
 派遣されてきたプロは儀式……? に性行為が必要だとうかがったのですが……と仕事用の微笑みを浮かべたまま、困惑していた。そりゃそうだろう。儀式でセックスするなんてエロ漫画かAVの世界にしかない。いやに気合いの入った企画モノだと思っていたら、ここら一帯でも一番有名な寺に呼ばれたら当然の反応だろう。
 お前だけだと説明が面倒だとお相手を押し倒したりしかねないと失礼なことを言われ、まずは父が説明をし、その後で実際に会って反応を見る、と簀巻きにされた状態で言われた。後腐れない相手と一発ヤレば終わるのに、と口に出したらしばき倒されるから言わなかったものの、父には伝わっていたのだろう。まじないの効果は個人差があるのだから、とつかれたため息が、けして相手を思ってだけではないことくらい、こっちだってわかっていた。
 呼ぶまで隣の部屋で控えていなさい、と待たされ、簀巻きから解放されたもののやることもなく、ずっと聞き耳を立てていた。信じられないとは思いますが、という前置きで、ホラー番組に出てくる胡散臭い坊主のような話をする父に、最初は訝しげだったプロがだんだんと引き込まれていくのが襖越しにもわかる。断片的にしか聞こえないものの、しまいには涙ぐむプロの声にこれはもう説教が上手いとか話が上手いとかじゃないんじゃないか? と疑問が生じた。つい最近、ヒプノシスマイクでこてんぱんにされたばかりだから洗脳の二文字が脳裏をよぎる。
 セックスしないと死ぬ淫乱みたいに思われちゃいねえかと気まずく思っていると、タイミング悪く入りなさい、と声をかけられた。いったいどんな説明をしたんだと冷や冷やしながら襖を開けると、前評判どおりのイケメンが涙ながらに立ち上がる。思わずぎょっとして後ずさると、襖を掴む手を握られた。お話は聞きました、決して怖い思いはさせません――怖いもクソもちゃっちゃと一発ヤッてくれればそれでいいんだが、悪徳坊主の口八丁に騙されたイケメンはいやにドラマティックに距離を詰めてくる。もしかしてそういうシナリオの企画AVだと受け取られたのだろうか。演技にしては大袈裟すぎて大根くさいが、しょうもないまじないを解いてくれるならなんだっていい。まずは挨拶でも、と少しばかり背の高い、ちょうど銭ゲバ弁護士と同じくらいの相手を見上げれば、先までは涙でキラキラとしていた目がどろんと濁ったものに変わっていた。まずい、と思うと同時に手を振り払い、今度は明確に後ずさる。父親に手を出すな、と目で伝えるのも忘れずに。
 強力なまじないの影響を完全に防ぐのはどだい無理な話で、見えない壁で放たれる力を覆い隠し極限まで薄めて抑え込む――薄布の織糸一本一本にしたのと同じまじない封じを部屋全体に施していたのだけれども、少し対面しただけでこの有様になってしまった。寺の内外問わず、何人かとおしゃべりをしてまじないの影響が出るまでの時間を測ったときは素早く済ませば十分すぎるほど猶予があったのに。イケメンがたまたま影響を受けやすかったのか、仕事が性にまつわるものだからか、はたまた彼自身にまとわりつく老若男女の情愛の断片が妬け焦げたのか。
 なんで逃げるんですか、抱かれなきゃいけないんでしょう、と優しいけれど酔っ払ったような口調でずんずんと距離を詰め、強引に迫り来るイケメンはすっかりまじないに毒されていて、悪趣味な紋の浮かぶ腹のあたりを執拗に見つめている。芝居がかった言動の相手にどう尻をゆだねたらいいのかばかり考えていたときとは違う、悪い薬をキメてしまった相手に尻をまかせるなんてとても出来ない、という思いが強くなる。
 この目と、この目をした人間が吐き出す言葉が嫌だ。さっきまで普通に、対等に話していたはずの相手が、自分を何をしてもいい、都合のいい玩具にするような目で見て、手を伸ばし、口を開く。視線だけで穢されるような感覚に怖気が走り、自然に拒絶した手足がおかしくなってしまった人達の意識を奪う。そうしていくらかするといつもの彼らに戻るのだ。
 誰だっていい、誰でもいい、このまじないを解いてくれるのなら尻の純潔などどうだっていい。意地を張っているわけでもヤケクソでもなく、本心からそうだと言えるけれど、こちらを生きたオナホールと勘違いする頭に変えられてしまった相手は無理だ。まじないにかかっている間の記憶はうっすらと残る。体が勝手に拒んでしまう以上に、理性を無くして知人の子供に乗っかって腰を振っていたなんて記憶は薄くでも残らない方がいい。本意でなくとも、ビジネスでも、己の意志ではじめて終わらせなくては遺恨が残る。
 せっかく派遣されたプロのイケメンが飛び掛かろうとした隙をついて、顎下を殴って昏倒させると、そわそわと見ていた父がなんとも言えないため息をついた。さすがに息子の暴力だけではなく頼みの綱が切れたことへのものだと思うけれど、それならばこちらの方がより深いため息がつける。性に精通したプロだからとした期待が裏目に出て、別の人を派遣してもらったとて同じようなことになる気がした。
 意識のないプロイケメンが運ばれるのを見送り、振り出しに戻ってしまったことに脱力する。このままでは父親が息子の貞操のために生命をかけてしまう。ただでさえ未熟につけ入られた不始末なのだ。三分でもいい、ともかくまじないに耐えられる者を見つけなくてはならない。
 そうなるともはや寺の中か外部から招くしかないが、同じように力を貸してもらうなら、父が主体となって解呪する協力者を募ると言い出した。やめろよ息子の尻のために何人巻き込むんだよ。しかも父の関係者となるとこの国どころか海を越える。なんと言って協力してもらうのかまで考えて目眩がしてきた。現状のままでは坊主ワールドドリームチームがしょうもない理由で結成されてしまう。そんなまどろっこしいことをするより拙僧が穴から尻だけ出したところを誰かにちんこを入れてもらえばいいんじゃないか? と言ったら頭と尻を百叩きにされた。条件だけなら満たされるし、坊主のワールドドリームチームより手間もかからない。ちょうど百叩きで尻も分裂した気がするし、増えた尻の分だけ貞操も増えた気がする。これを言ったら本当に尻が爆発しそうだから黙ったが。
 最低最悪の睨み合いの最中、イケメンが無事に意識を取り戻したと連絡があり、父が断じてお前のためだけではない。まじないにより心を乱された人々に過ちを犯させないためでもある――と坊主ワールドドリームチームを押し切ろうとしはじめた。実際、先ほどのプロでほぼ外部からの選択肢は潰え、プロの前に寺の中で募ったものも空却を抱くなら命をかけて解呪に協力すると言われてしまった。だからスキモノの通り魔のせいで万が一にも死人が出るのが嫌だと何度言えばいい。
 誰でもいい、誰だって。まじないに毒されず、自分の意志で抱いてくれる者ならば。たったそれだけだと思うのに、たったそれだけが難しい。恨めしく腹を睨んでも、まじないは消えるどころか力を増しているようだった。
「あらためて聞くととんでもねぇな……」
「そーだよ。そりゃ親父も拙僧も変になんだろ?」
 素っ頓狂な言動をしても行儀のいい十四と、外面はいいから礼儀正しく振る舞う獄は、いつだって玄関から訪ねてくる。その日だって本来ならばそうなるはずだったのだが、天の導きというやつか、サプライズお見舞いに庭から忍び込もうと言う十四に引きずられた獄が、父と二人、どん詰まりの話し合いをしている部屋にちょうど押しかけてきたのだ。
 空却の部屋ならもう少しあっちだぞ、そうでしたっけ? あれぇ……そんな聞き慣れたコントがだんだんと近くなり、まさかと思って庭へと続くガラス戸のある次の間へと向かう。わざと音を立てて襖を開いた先、鍵をかけた戸の前で泥棒よろしくわわたわたとした、サプライズを仕掛けるつもりが驚かされた間抜けが二人、そこにいた。
 手土産らしき袋を抱え、呆気に取られた二人とガラス戸越しに目が合う。まじないを受けてから寺にこもりきりだったから素直に疑問と驚きと喜びがわいて、つい鍵を開けようとするのを、ほんの数十分前の記憶が押し留めた。
 部屋全体に施したまじない封じはあくまでも室内が効果範囲で、戸を一枚とはいえ隔てたらそこは外だ。個人差があるとはいえ、もし二人があの目をしたら? 家族と呼び合う二人が自分をおぞましい欲望に塗れた目で見たら? だとしても二人は悪くない。力ばかりある気まぐれで、スキモノの通り魔のまじないは、耐性がある寺の者をも苦しめる。いくら二人の精神力が強固だとしても、気合いと根性だけでどうにもならないことはあるのだ。大嫌いな目をしても、下卑た言葉を吐いたとしても、それが二人の本心だと思うこともなければ、幻滅したり失望することもない。ただ、自分の未熟が二人をそんな風にしてしまうのが嫌だった。
「いつもならバカみたいな大声で呼んでくるし、戸も窓も壊す勢いで開けるのにおかしいと思ったんだよ」
「さすがの拙僧でも父親の前でてごめにされかかった直後だったからなぁ」
「そんなの警戒して当然だ。怖く……はないだろうが、嫌だったろ」
「てめぇんちすらおちおち歩けねぇからな。不便でしょうがないっつうの」
 杞憂と化した恐れと迷いの結果が今だ。ためらう空却にどうしたんすか空却さん、ほれみろやっぱり仮病だ、なんて失礼な、いつもどおりのふざけた会話をする二人に怒る気がするわけもなく、鍵を開けて招き入れる。こんなところからすみません、と頭を下げて手土産を差し出すのを受け取る父も、心なし安堵して見えた。
 このときにはとっくに二人のどちらかに――もしかしたら二人ともに――苦行を強いて、重荷を背負わせることになる覚悟を決めていた。DRBの前にチームが、自分達の関係が崩れるかもしれないと考えなかったと言ったら嘘になる。もとより覚悟の上で強いて、背負わせるのだから共に抱えていくつもりだし、何か対価を求められたら出来る限り答えるつもりだ。頭がおかしくなったと疑われるような頼み事をする自覚はある。
 二人とも頼んだらなんのかんの引き受けてくれるだろうと思っていたけれど、自然に任せようと思えたのは獄だった。中学から今まで、散々馬鹿をしてきたのもバレていて、言い出したら聞かないのも知られている。お互い、かっこがつかないことばかりぶち撒けあってきた。そこに尻のいざこさが加わるくらい、痛くも痒くもない。口うるさいが面倒見はいいし、ここまできて退くなんてこともきっとない。
「獄にとっちゃ最悪だろうがな、拙僧にとっては最善だ。十四が頼りねぇわけでも信じられねぇわけでもねえけど、みっともねぇとこ見せ慣れてンのは獄なんだよ」
「……ほんっとにお前は……わかった、ごねるようなことして悪かったよ」
「無茶苦茶言ってんのはこっちなんだから気にすんなって。いい加減お互い腹括って人命救助……いや犯罪防止か? ともかく世のため人のためDRB参加のため、一発ヤって、綺麗さっぱり終わらせんぞ!」
 薄布を引く手を捕まえて、ぐっとベッドに引きずりこむ。バランスを崩した獄に押し倒されるような体勢になったが構やしない。くちびるが重なりそうなほどの距離で見つめ合いながら、そこには色気も恋慕もなかった。

 恋人同士の初夜ならばそのままキスでもしたのだろうが、現実は人命救助であり犯罪防止。渋々やれやれという態度を崩さぬ男は引きずりこんだ体をこともなげによっこいせ、と持ち上げるなり、初めてならバックがいいらしい、と労るそぶりでひっくり返してきた。言われていることはわかっても頭が追いつかず、されるがままになっていると早く四つん這いになれ、と促され、思わずはぁ?! と大きな声が出てしまう。
「ああ、すまん。バックって言うのは――」
「あ、いや悪ィ、バックだもんな」
 バック――つまりは後背位。獣が交尾をするときの体位。知らないわけではない。ただ、あんまり手慣れた様子でスムーズに進むから、望んでいたはずの展開なのに着いていけない、というよりも今更ながら本当にセックスをするのか? なんて馬鹿なことを考えてしまった。セックスをするためにここまで来たのに。事務所と同じに十四と押しかけては勝手知ったる秘密基地のようにしてきた家で。抱かれやすいように四つん這いになろうとしている。少しだけ押し返すような弾力のベッドだって何度となく飛び込んだ。ほんの少し前だってそうやって怒られた。『家族』と呼び合う前から気安く付き合ってきた腐れ縁のこの男と、その男の家だからと好き放題に押しかけてきた家で、本当に、本当にセックスをするのか?
「服、脱がなくていいんか?」
「あぁー……言い方が悪いが、入れて出すだけだろ? まあ……いちおう下は脱いでおいた方がいいかもな……」
 これ以上考えたら不味い――頭で鳴り響いた警鐘が胸を揺らし、どくどくと速く強く脈打つのを落ち着かせるように、なんでもない風を装って着たままの服をどうするか確認する。こちらとて入れて出すだけだから別に尻だけ出せばいいだろうと思っていた。けれど怖気付きそうな自分の退路を断ちたくて、いちおう、という言質に従うように背を向けて、下半身を覆うものを全て脱ぎ捨てる。パンツも下着も、ついでにスカジャンと薄布もベッドの外へと放り投げ、万が一にも臆病風に吹かれた時の逃げ場も無くせば、後ろからじぃ、と視線が注がれた。
「ナニ見てんだよ」
「よくもまあこんなおっかねえやつにちょっかい出そうと思ったなって感心してただけだ」
「そんなの、拙僧が一番思ってるっての」
 上は作務衣、下だけ丸裸になって、この後、四つん這いになる。さっさと終わらせよう、と言ったのは自分なのに、今更、本当に今更に『家族』とセックスするという事に混乱している。恥ずかしいことも、みっともないことも、見られて知られているのに、尻の穴と悪霊まがいに強いられてのセックスが追加されるだけ。そう思うのに体が上手く動かない。
「……やっぱナシってんならいつでも言いな」
「言わねぇよ……っ」
 親父さんも寺の人達も、もちろん俺だって怒りゃしねぇ、とベッドから降りようとする気配を感じて、体が軋みながら動き出す。
 誰かを必ず生贄のごとく巻き込む方法でしか解けないようなまじないをかけられた未熟さが疎ましい。どちらの方法にしたって『家族』を巻き込むことになる自分の至らなさが悔しい。どちらも最悪だけれども、今とろうとしているのは誰の命もかからない分、まじないをかけた根性悪の用意した趣味の悪い正規ルートなのも気に食わない。全部、何もかも最悪だ。一番悪いのは性根も趣味も極悪の通り魔でも、そんなのに易々とひっかかる己が恨めしい。
 知らぬから惑わぬなんて戯言だ。色恋なんぞ知らなくたって、どうしようもなく惑っている。己の貞操と尊厳の反対側で『家族』の命と尊厳が揺れていて、比べるものでないとわかっていても、命だけは理不尽な賭けから下ろしたかった。後ろでまだ待ってくれている男を信じている。何があっても壊れぬ絆で繋がっていると。こんなことで損なわれるものは何も無いのだと。信じている。
 自分の考えを全部わかった上で『家族』は新しい借りを作って待ってくれている。それをやっぱダメでしたなんて手のひらを返すことを出来るわけがない。なによりここを下りたら父達に命を賭けさせてしまう。それは失ったら戻らないものの中で一番無くせないもので、だから、失っても、戻らなくても、痛くも痒くもないものを差し出すのだ。
「……あんま見んなよ」
「いや、見なきゃ入れらんないだろ」
「じゃ拙僧があけとくから! チラッと見て突っ込め!」
「何言ってんだ馬鹿!男のケツでそんなことしたら大事故になんだろうが! ……ったく、これだから童貞処女は……」
「はぁ?! 男のケツが勝手に濡れねーってことくらい知っとるわ!」
 言われたとおり、かはわからないけれど、四つん這いになって足を開く。当然、尻の穴が見えるように、と大きく開くと、医者にすら見せたことなど一度もない穴のふちが引き伸ばされた。呼吸のたびにひくひくとする感覚がして、そんなつもりはないのにセックスを、ちんこを期待するように感じてしまう。見るな、なんて今更で、無茶苦茶だと思うけれど、当たり前に恥ずかしい。
 羞恥を振り切るために頭を枕にうずめ、所在なくふらつく足をぴんと張る。自由になった両手で尻のふちを左右から広げてみせるも、叱られた上に未経験と無知をごっちゃにしたため息をつかれた。そこまで無鉄砲でも無謀でもない。一度はプロに頼もうとしたのだ。最低限の知識はある、というかそもそも尻の穴は女だって濡れない。
「わかってんならなんもしねぇで突っ込めるわけないくらい、わかんだろ? ローションならあるから……」
「だから……! あ、いや、あ、そうか……言ってなかったか……」
「なんだ? あの荷物の中になんかあんのか?」
「あー……獄、ちげぇんだよ、今の拙僧のケツ、濡れんだよ」
「は?」
「まじないが発動すると体が勝手に抱かれる準備をすんだよ」
「おいこら……そんなの聞いてないぞ」
「言うの……忘れてた、んだ……よっ」
 まじないの発動は効果対象が規定の範囲内にいれば常時。つまりまじないが『男』と判断した相手と一定の空間に長時間留まれば留まるほど、体が勝手にそうなってしまう。そう言えば最初の説明で拙僧と、って言ってたな……、と優秀な頭脳の無敗の弁護士様が察して下さった。忌々しいことにおぼこな未熟者にほどこされた『発情』の戒めは、今も腹に居座ってぼんやり光る助平なネオンに触られたり見られる以外でも牙を剥く。
 ただ助平なネオンこと淫紋はまじないの本体だから、これを直接どうこうされるのは防ぎにくいものの、尻の汁は精神力と修行の賜物で意識していれば防げる。二週間、鬱々と引きこもっていたわけではない。これまでの人生でないくらい、自分の体と欲に向き合ってもきたのだ。
「たぶん、襲われても……んぅ……ちんこが入りやすいように……って……」
「お前そいつに何したんだよ……」
「だぁから……っ、なぁんも、して、ねぇ……って!」
「待てよ! 知らねえ男に襲われて! 犯されてるはずなのに体が準備万端で! あげく感じるようにされる……って、何にもしてねぇなら理不尽すぎるだろ……っ!」
「だから、とぉりま、なんら、って、ぇ……」
 意識して止めていた体の発情を促すと、堰き止めていた分なのか、耐え難いほどの快感が押し寄せてきた。指で開いていたふちが熱く、尻と手のひらの両方から吹き出す汗でぬめるのに、尻の奥から湧き出た汁がとぷとぷと溢れ出して指がすべる。汗と尻からつたい落ちた汁でびしゃびしゃの足がくずれないでいるのは意地で、他は全部ぺったりとベッドに張り付いてしまった。
 恥ずかしいだとか戸惑いだとかの感情すら色欲に変換されるのか、快感はたかまるばかりでまるでおさまらない。本来の性器のはずのちんこは触ってもいないのに硬く尖り、尻と同じにだらだらと我慢汁を垂れ流している。それ以上におかしいのが尻で、引きこもった間に指を少し突っ込んだだけの、十分さらっぴんで通じるそこが、ひどくうずく。ちんこが入ったことがあるみたいにきゅうきゅうとうねって、自分の指すら美味そうにしゃぶるのにゾッとした。同時にこれなら怪我になったりはしないだろう、下手すると気持ちいいだけかも知れない、という打算も生まれた。そうなるとなおのこと、『家族』に命を賭けてなどほしくなかったのだ。
「せ、そぉ、はぁ……たぶん、きもちい、だけだから……」
 うぶで、おぼこい、未熟者を色と欲で堕落させるなら、嫌なのに、いけないのに、それなのに気持ちいい――というベタベタなお話が下衆なスキモノのお好みだろう。人智を超えた快楽でハジメテを穢してしまえば後は勝手に溺れ死ぬ、そう舐め腐り、侮っているのならば、後悔させてやればいい。根本的には自分一人に向けられた悪意は、まじないが解けた以降は相手となった獄には影響はないし、もしも互いにまじないのなごりが残ったとしても屈する気は毛頭ない。この一発、一回を耐え切ったら全部終わりにする。
「はやく、ぃれろ、よ」
 顔が見えないけれど、みっともなく尻の穴を広げるのをじっと見ている男に引導を渡してくれ、と頼む。この間まで付き合っていた相手だとか、オナホだとか、ともかくそういうものだと思ってくれ、とさらに指に力を込める。
「な、ぁ、ひとゃぁ……っ」
 気配も視線も感じるのに黙りこくった男に胸がざわついた。そうだ、これはセックスだ。こちらばかりが準備万端でも仕方がない。頼まれたら断れない優しく甘い男を押し切ったものの、今さっきも理不尽な通り魔に怒り狂っていた。出して入れるだけにしても、入れるものがしんなりしていたらどうにもならない。なんとか新しい扉を開いて汁を垂らす尻穴に欲情してもらうか、怒りなり疲れなりで勃起してもらうかしなくては。
「ごめ、ん、せっそぉ……、ひとゃのちんこのこと、わすれてた……」
 たってるか? いれられそうか? いやになってないか? 突っ伏したまま問いかける。考えてみればこんなにずっと一緒にいるのにまるで発情する様子を見せないのだ。不埒なまじないも真っ青な鉄の理性の持ち主が、恋愛対象でもない相手の尻の穴で勃起をするわけがない。
「たって、なくてもい、から……! あな、んとこ、かまえたら、せっそぉ、いれっから……っ」
 返事がないのがいたたまれず、くずおれそうな足を叱咤するのも兼ねて呼びかける。説明不足の急展開、いかにも怒りそうなことだけれど我慢してほしい。後でいくらだって聞くから、今はもう、はやく、
「ひとゃのちんこ……っ、くれって……っ!」
 限界も限界で、半分以上べそをかいていた。指で広げた穴のふちがひくひくとふるえながらぴゅ、ぴゅ、と吹くはずのない汁を吹き、そんな些細なことすら頭が真っ白になりそうに気持ちがいい。尻の見えないくらい奥は、知らないはずのちんこを迎え入れたくて仕方がない、と切なげにわなないて、そのせいでまたぴゅるる、と汁を吹いてしまう。
「いらん気を回すな」
「ふ、あ!?」
 半べそでちんこをねだっていた最中、何かごそごそと音がしていた。聞こえていたもののどうしようもなかった答えを、ぶちゅ、ととてもハジメテなんて思えないほどぬかるんだ尻の穴に押しつけられている。ぢゅぷぷ……と割り開かれる感覚にぞくぞくとした拍子に、ぬるついていた指は離してしまった。
「あのなぁ……こっちもゴムの準備とかあんだからな?」
「へ……、ごむ……? ついてんのか……? ょくわかんねけど、ちんこすげぇ……」
 あつい、かたい、でかい。安心したら一気にうだった頭で思ったことが口から全部出ていたらしい。もっと変なことを言いそうで口を塞ごうとしたものの、上手に動かせないままの両手はシーツを掴むのが精一杯だった。俺をファストフードみたく言うんじゃねぇ、と自称極上品の弁護士センセイがおかんむりになっている。そのせいかまた一段と大きくなった気がするけれど、よくわからない。最初は片方だけ掴まれていた尻が、今は両方を鷲掴みにされ、みちみち、ちゅぷちゅぷと音を立ててナカにちんこが入っていく。
 チッ、と苛立った舌打ちが聞こえて、勃起の理由に行き当たる。なるほどこれは怒りマラというヤツだ。何せずっとこの状況に怒り狂っているのだ。当事者の空却以上に空却の身に降りかかった理不尽に憤慨している様はあんまり苛烈で頭が冷えるような驚きが先立つものの、なんだか嬉しくもある。起きてしまったからには仕方ないと風呂敷畳みに奔走して、しっかり怒るヒマがなかったのだ。情に厚いと思っていたけれど、まさかここまで親身になって付き合ってくれるとは思っていなかった。
 安心したのか、体の力は抜け切って尻はすっかりびしょびしょで、都合よく助平に作り変えられた体は怒りで膨れ上がったちんこを嬉しそうに飲み込んでいく。はじめからそういう場所だったかのように、ずぶずぶと入り込んでいくちんこを食み、その熱く硬い塊に擦られ、くじられるのが気持ちいい。もう少し嫌だとか気まずいだとか感じて、いつもかさっきまでのように一悶着あると思っていたのに。今までだって散々に巻き込んで、振り回して、ついにはセックスしてくれなんて無茶苦茶を受け入れてくれた。
「は、ぁ……、ひとゃ……、ありがと、な……」
「急になんだ……っ」
 はぁ、と同じように熱のこもった息を吐き、余裕のない声がつむじのあたりに降ってきた。本意ではないのはお互い様だろうにずっとこちらの心配ばかりして、ぴくりともしない相手に無理矢理に勃起して抱いてくれる。ああまたでっかい借りが出来てしまった。それも言えないような秘め事までくっつけて。まるで面白くないこの状況が、いつか笑えるような気がするのは獄だからだ。
「きもち、ぃ、か……?」
「おま、えっ、……なぁっ!」
 せめて気持ちよくあってほしい、と思って切れ切れに問いかけるも、がくん、と大きな体がのしかかってきた。なんつぅことを聞くんだ、とひどく弱った調子で耳元でつぶやかれ、元より密着していた体がより近くなって隙間なんてほとんどない。ただでさえ尻以外はぺったりとベッドに張り付いていたのに、のしかかられた重みでびくともしない。答えがないまま交わりだけが深くなり、腹の中がずっしりと満たされていく。
 もしかしなくとも嫌でも、気まずくもないのも、気持ちいいのも自分だけなのだろう。悪いことをしたと思っても、ぐぅ、と膨れたちんこに助平に変えられた尻を擦られて、上手く言葉にすることが出来ない。発情してうだった頭は肝心なところで動いてくれず、やがてみちみちと尻の中を割り開くようにしていたちんこが、ぶちゅんっ、と水音を立てて、張りつめたさきっぽで届く一番奥にたどり着いた。
 尻の中、腹の奥、自分でもよく知らない場所でどくどくと脈打つ塊が鎮座している。まじないの恩恵で痛くも痒くもないかわりに、ひたすら気持ちいい。気持ちいいと思うようになっている。頭の隅にわずかに残る戸惑いを、ちんこを美味そうに食む尻がかき消してしまう。言葉もなく突っ伏しているのを気遣ってか、根っこまで突っ込まれたちんこを動かすこともせず、じ、とその場に留まってくれている。それが余計に辛い、とはとても言えない自分の余裕のなさと、大人の優しさが、欲を乞うように動く体を加速させた。
「足、辛いなら」
「っらく、ねぇっ……よ」
 唯一、意地と根性で立たせていた足もぶるぶるとふるえ、ばちゅ、と尻にきんたまが当たるほど密着した状態では気になるのだろう。覆い被さる体はゆっくりと圧を強くして、ほとんど崩れた膝を完全に折りたたむように体勢を変えていく。だいじょぶだ、いい、と言っても聞いてくれないどころか、ハイハイと雑に宥められた。
「ひとやっ……!」
「これから動くのに、足ガクガクされたらやりにくいんだよ」
 だから大人しくしてろ、と弱々しい抗議を封じられ、ぱたんと畳まれた膝を動かせないように外側から太い足で囲われる。確かにちんこを入れた状態で急に足が崩れ落ちたら、と考えるとゾッとした。場合によってはちんこが折れる。ただで巻き込んでセックスなんかさせてしまっているのだ。どうせまじないの効果でロクに動けやしないのだから、いいようにしてもらうに限る。
「ん……っ、せっそ、わかんねから……ひとゃに、まかせる」
 そうだ。入れた、入った、で終わりではない。出して、出されてようやく終わる。ゴムの準備と言っていたから生ではないはずだけれど、ハジメテだし違いなんてわからない。熱くて、硬くて、大きな塊が、みちみちと出すだけだった場所に押し入ってきて、ついに全部おさまってしまった。ときおりぐぅ、とふくれるのすら、いやらしく変えられた尻は喜んで締めつける。心と頭を置き去りに、体だけがたかぶって、気持ちよくて、たまらない。
 後ろから全身を覆うように囲い込まれ――そんな気力はとっくにないけれど――逃げも隠れも出来ない。重く厚く感じていた体は、それでも潰さないよう、苦しくないよう、加減をされている。ずっとぶっきらぼうな言葉で慈しまれてきた。たぶん、死ぬまでガキだバカだと言われるだろう。この歪なセックスが終わっても、きっと。そうして最後に残った強張りも捨てて、顔の見えない優しく甘い大人に全てを委ねた。
「ひとゃ、なか……」
「言われなくても出してやる……!」
 よかった、と小さく漏れた声が届いたかどうかはわからない。直後にず、と尻の中でちんこが動いたからだ。
「ひ、ぅっ」
「そんな、激しくしねぇから……っ」
 上擦った声が出たのは怯えではなく、ずぅ、とちんこが中で擦れた瞬間、腰がびくびくとするほど気持ちよかったからだったけれど、ひどく優しく宥められて、さらに感じてしまう。やめろ、と言うことも出来ず、ゃ、ぅ、ゃあ……、と甘ったるい媚びた喘ぎが出て、恥ずかしいのに止められない。
「……出したら、すぐ、抜くから……!」
 だから我慢してくれ、と、そっと耳に流し込むようなささやきにさえ、尻と腹がきゅうきゅうと反応してしまう。こんなイイ声で今までもセックスをしてきたのだろうか。こんな、ゼロ距離で聞かせられたらバカみたいに感じてしまう、やらしい声で。
「やぁらぁぁ……っ」
 自分でももう制御不能な快感に、めちゃくちゃな喘ぎとも悲鳴ともつかないものが出てしまう。さっさと終わると思っていたのに。入れて出すだけと思っていたのに。ちんこを入れた体が、貪欲にもっともっとと求めて、淫紋というしょうもない助平の考えたクソみたいなまじないが牙を剥く。
「ひぉゃぁだひて……っ、はやくなかだひへ……っ」
 気持ちよすぎて苦しくて、尻が、腹が、ずぅっとびくびくきゅうきゅうとちんこを締めつける。ハジメテなのに、中に入ったちんこがすごく好きで、気持ちよくしてくれるとわかっている。ハジメテなのに、知らないのに、中にいっぱい出してほしくて、それ以外、何も考えられない。
「ああ……ったく!」
 ――だから、ハジメテなのにとんでもないおねだりをしていた、なんて気づかぬまま。さっきまで聞かん坊の子供を宥めていた優しい大人の男と思えぬ獰猛な獣の舌打ちが鼓膜を揺らした。
「ぁ、ゃうぅぅっ!」
 とたん、ばちんっ、と尻を打ち据えるように腰を振られる。元より深く抉られた中をこね回すためか、あまり引き抜かれず、かわりにぶっくりとふくれたさきっぽで、自分でも知らない場所をたくさんぐりぐりといじめられた。ふくれているのはちんこ全体で、穴のふちからそう遠くない、擦れると気持ちいいところも、動くたびごりごりと撫でられる。
 いったいいつ、体の持ち主ですら知らない泣き所にどうして気づいたのか。もしかしてこの大人はとんでもなくセックスが上手いんじゃないか。ラッキーと言うには過ぎた快感が恐ろしくて、はやく、はやく出して終わってほしい。
「まへ、まっへ……っ、ぐりぐりすんなぁ……」
「ぐりぐりしねぇと、出ねぇんだよ!」
「じゃ、ぐりぐりして、い、からぁっ! はゃくっ! はゃくなかにだせってばぁっ!」
 またチッ、と舌打ちをされた。怒りで勃起しているちんこもぐぐ、とふくれたのを構え直され、尻に当たるきんたまもどくどくと上向いて脈打っている。これが全部注がれる、と思ったら、こっちまでどくどくと胸がざわついて、尻もきゅんきゅんとちんこを食い締めた。そんなことされたいなんて、思ったこともないのに。掴まれていた尻肉がぎゅう、と押さえ込まれ、より深くまでほじられるのだと察して、ぞくぞくと背がふるえてしまう。
「……射精してやるから、良い子にしろ」
 小さな子に言い聞かせるようなセリフに、具体的にどうしたらいいんだ、と問う暇はなかった。
「ひっ、あっ! ぐり、ぐ、りしゅご……しゅごぃ……っ、にゃんか、へん、へん……っ、ふあ……らめ……! しょこは、もぉ、やぁぁ……っ」
 ちんこのさきっぽで届く一番奥。そこだけをぐりぐりごりごりとくじられて、何かおかしいと思うのに気持ちよくてたまらない。枕に埋もれたままで何も見えないけれど、さっきから尻をちんこでほじられると気持ちいい以外のことがわからない。自分の本来の性器は、ちんこはどうなっているのか。それすら尻から得る快感が強すぎて霞んでしまう。もっと、もっと気持ちよくしてほしくて、さきっぽへのおしゃぶりを意識的にしようとまでする自分が怖いのに、硬く張り詰めたちんこでぬかるんだ尻の奥を撫でられるたび、きゅぅぅぅ……っと尻の中全部がちんこに甘え媚びる。
 ふぅふぅという自分の息に混じって、のし掛かり、射精を、種付をしようとする大人の荒い吐息も混ざった。出ないはずの愛液で濡れて、くぱくぱと開く尻穴にずっぷりとハマったちんこは、いよいよ窮屈そうにしている。ここにきてようやく、ゴムで隔てられている感覚を理解した。射精したくてうずうずとするさきっぽのひくつきが、まさに薄い膜を挟んだようなのだ。こそばゆさ以上にはがゆい、と感じるのは生で射精されたいと思っているからなのか。そんなことをされたいと思う場所じゃなかったはずなのに。どんどん狂わされていく。こんなまじないなんぞに負けたくないのに。
「……も、やぁ……! おかひくなりゅ……っ、しり、へんになりゅ……っ! はぁく、はゃくだしてぇ……っ、せそ、もぉ……おかしくなりゅ……っ、しり、きもちぃ、きもちぃくて、あたま、ばかんなりゅ……ぅ……」
「おかしく、されてんだ……! お前はなぁんも悪くねぇから……、良い子だから……、気持ちよくなってイッちまえっ」
「あっ、ひぃ……っ、ひぉ、ゃぁ……? せ、そぉ、わるくねぇ……?」
「変態におかしくされてるだけで、なぁんも悪いことしてねぇだろ……! 尻で気持ちよくなってんのも、イキそうなのも、ぜぇんぶ、お前のせいじゃない」
 だからおかしくなって、バカになって、イキまくって、それですっきりしたら元に戻れ――めちゃくちゃな頭に大人の、獄の声だけがはっきりと聞こえた。おかしくなっても、ばかになってと、きもちよくなっても、イッてもいいのか、回らない舌を一生懸命に動かすと、いい、いい、いいから、いいんだ、とあやされる。のしかかられたまま、顔が見えないのに、その重さと声で安心する。
「ひぉゃ……っ、ひ、ゃぁ……! せ、そぉ……、しりでいく……っ、ひぉゃの、ちんこ、ぐりぐりしゃれて……っ、ぃく……ぅう……っ」
「……クソッ、あぁ、イケ! おかしくされたまんま、尻でイッちまえ……っ」
「あ、あぁっ、ひぉ、ゃぁっ! ま、てぇっ……! そこ、らめ……! ちんこ……っ、ちんこ、きちゃ、らめぇ……っ」
 認めたくない快感を許されて、受け入れた瞬間、ちんこのさきっぽがぐりゅんっ、と尻の奥をほじり上げた。ずっと同じ場所をぐりぐりとされてきたけれど、今までとは違う。ノックされ続けたドアを開かれる、違う、自分が開いて、招き入れて、
「来ちゃだめって……無理に決まってんだろ……っ」
「へ、らて、そこ、しょこ……わぁっ!」
 ぐぷん……っ! と絶対してはいけない音がして、ちんこのさきっぽが尻の中の奥の、絶対に入れちゃいけない場所にハマりこんだ。これは、さすがに自業自得だろうか。
 は、あ、とふくれたさきっぽを咥えたまま息も絶え絶えになっていると、焦りと興奮を無理矢理ねじ伏せた大人の、ふぅぅぅ、ふぅぅぅ……というおそろしい唸り声が耳元で響く。
「……ぜんぶ、お前に変なことしたやつと、俺のせいだ」
 そういうことにしておけ、終わったら忘れろ、だから――
「尻の奥のダメなとこ、ちんぽでいぃっぱい……ほじってやる」
「ひぉゃ、まて! らめ、やら……っ!」
「いくらイヤイヤダメダメってしたってなぁ……セックスしないと終わんねぇんだから、観念して尻ほじられて気持ちよくなりな!」
「ひ、ゃ……ほぁぁっ」
 全くそのとおりではあるけれど、これ以上、何がどうなるかわからない。気まずさだとか痛みだとか、覚悟していたことは何にもなくて、ただただ気持ちがいい。待ってくれるわけもないまま、ぎゅ、と尻を掴み直されて、来る、とわかっていたのにじゅぷじゅぷんっ!と小刻みにほじられたら勝手に口が開いていた。すっとんきょうな声が出て恥ずかしいのに押さえられない。
「ひほゃ……っ! ひひょゃぁっ! あ! ひと、ゃあンッ! ひ、やァッ、らぁっ! ゃぁ、あぁぁぁ……っ」
 我慢して飲み込んだら余計溢れ出しそうで、でも変な声も出したくなくて、じゅぽじゅぽじゅぷじゅぷと尻をほじくる大人に泣き縋った。ふ、ふぅ、と自分と似たり寄ったりの鼻息に抜けそうになる気をどうにか引き締める。もう上り詰めたと思うのに、さきっぽにほじられるたびに先が見える。もっともっと、高く、深く、気持ちよくなれると尻がちんこにしゃぶりつく。
「ぅぅうううぅぅ……ふ、ぅう……」
「……おい空却、射精すぞ」
「へ、ぁ?」
「セックス終わりってことだ、よ!」
 熱くて、硬くて、太い、大きな塊の、ひときわぶっくりと張り出したさきっぽがごりゅん! と尻の奥を抉った。びくびくと跳ねる腰と背をずん、と押しつぶされ、身に余る快感を吐き出すことが出来ない。大人は終わりだと言ったけれど、終わりなんてあるのか。もうずっと、何をされても気持ちよくて、頭の裏っかわと目の中でばちばちと火花が散っている。知らなかったことを突然ぎゅうぎゅうと詰め込まれて、急速に繋げられていく感覚に心が追いつかない。入れて、出して、入れられて、出されて、そうしたら終わりだと思っていたけれど、体がまだ終わりじゃないと叫んでいる。
「ぉわ、りゅ……っ?! ほん、とに、ぉわる、かぁっ?!」
「お前に、助平ないたずらしたやつが……俺達が『セックスした』って認めてくれたらなぁ……っ」
「……んなんっ! わか、ンねぇじゃ、ねぇかょぉっ」
 あの通り魔が認めるセックスなんて知ったこっちゃない。そもそもセックス自体これが初めてで、これを普通とか真面だとか言っていいかもわからない。人命救助で犯罪防止のための、愛でも暴力でも損得もない、ただの腐れ縁から『家族』になった大人の男だから許せると思った行為。これは、セックスなのか――
「これからわかるから」
 気持ちよくなってろ、と、びっくりするほど優しく甘い声であやされた。鼓膜をくすぐるような小ささなのに、頭のてっぺんからつま先まで響き渡る。反面、ぐっぽりとハメこまれたさきっぽは、容赦も遠慮もなくぐぅぅ、と尻の奥に射精をしようと硬く力んだ。
 ゴム越しでもわかる。ひくひくとうごめく子種の口から、みっちりと居座る肉茎から、尻に押し付けられたきんたまから、どくどくびゅくびゅくと精子が迫り上がってくるのが。わかってしまう。ああもう、すぐだ。もうすぐ、ここに、『家族』と呼ぶ男の精子が。
「ふっ、う……!」
 呼吸を止めていたかと疑う深い息を吐き出されると同時に、びゅるるるるっと勢いよく精液が叩きつけられた。ゴム越しなのに熱くて、びゅくびゅくと注がれる感触とぐいぐい押しつけられるさきっぽが、いやらしくされた尻を喜ばせる。ようやく待ち望んだモノが与えられたとばかりにちゅぱちゅぱとさきっぽをしゃぶって、今まさに浴びせられている精子をおねだりしているのがわかってしまう。そんな体が恥ずかしくて、でもどうしようもなく気持ちよくて、声も言葉も喉の途中で消えて、はくはくと口だけが動いた。
「……ひ、ぅ……」
 名前を呼ぶことすら出来ないまま、射精が終わったらしいちんこが抜かれる。つぽんっ、ずぅぅぅぅ……、とさきっぽがはまりこんでいた場所から抜け出し、そのまま太茎を受け入れていた尻を撫でられた。ふちから抜け出る瞬間に、まだ硬いさきっぽがひっかかるのにびく、としてしまう。射精して、されたら、入れて出して、入れられて出されたら終わりのはずなのに、まだまだ気持ちがいいまま。まだわからない、と自分に言い聞かせても、腹からまじないが消えていなければ失敗だ。そうしたらまたセックスをしなくてはいけない……また、巻き込むのか?
「……ひっ、ちょああっ?!」
「あぁ、悪い」
 またこれをする――させる――のか? という懊悩にひたる間もなく、何もなくなったはずの尻の中を何かが這いずった。感触は太茎に近いけれど違う。もっと何か、やわらかくて、ぶよぶよとしたものが出口へと向かってずるる……と蠢いた。尻を掴んでいた手が片方離れているのが関係あるはずだ。だって、尻を掴んだままの手が、ぐい、と尻の穴を開いている。
「にゃにっ、やっ! やぁっ! これ、なぁ……っ!」
「力抜け、取れないだろ」
「とりゅって、にゃに、ぉ……」
 セックスをもう一回するかしないかどころではない。ぞわぞわとして不気味なのに、助平なままの体は得体の知れないものまで快感と認識している。セックスは終わったはずなのにびくびくとまた反応してしまう。自分の体に起きている何もかもが嫌なのに、大人ときたらすっきりした様子でとんでもないことを口にした。
「ゴム」
「は……?」
「お前が食っちまったコンドームだよ」
「く、て」
 そんなもの食ってない。ちんこに被さった状態で中に入ったけれど、まさかゴムだけ取れるなんてそんなこと知らない。だって、そんなの。
「……どうやらまだまじないは解けてねえらしいな。ゴムひっぱっても気持ちいい〜離したくなぁ〜いってちゅぱちゅぱしてんぞ」
「いぅなぁっ!」
「しかしとんでもねえまじないだぞ。ちんぽへの媚びがヴァージンとは思えねえ。おかげでこの有様だ」
「……さぃってぇ……」
 巻き込んだのはこちらとはいえ、いくらなんでもデリカシーがなさすぎる発言に腹が立つ。好き好んでこんな助平な体になっていない。今だってずるぅ、と引かれる感触が泣き出しそうなほど気持ちよくて、それが嫌でたまらないのに、この大人ときたら本当にひどい。最低だ。最近フラれたのはこういうところが理由じゃないのか。
「俺だって早く抜いてやりてぇよ、ほれ力抜けって」
「ぬけりゅわけ、ねぇらろっ」
 抜きたくともず、ず、とゴムを引かれるたび、きゅ、きゅ、と尻と穴のふちがしまってしまう。『ちんぽへの媚び』がまるで制御できず、悔しいやら恥ずかしいやら。片手で尻穴を開いているはずだから、ゴムの引き抜きにそこまで難儀するなんて。
「しょうがねえなぁ……。……空却、お前も尻を開け」
 あっけらかんと最初にちんぽねだったみたいに、と続けられて、やっぱこいつフラれた理由別にあんだろ、と、元に戻ったら絶対ブン殴る、が頭の中でぐるぐると回る。自分が一発出してスッキリしたからって雑すぎるだろ。こっちはまだ全然スッキリしないどころか、だんだんとひどくなっている気すらするのに。
 とにかく早く楽になりたくて、動かすのもやっとの手を尻へとやる。上手く掴めるかわからない。よたよたとしていると尻を掴む手とぶつかり、す、と誘導された。それに合わせてもう片手も尻穴のふちを広げるようにすると、引き抜こうとしているゴムに指が触れる。伸びたゴムがびん、とふるえるのに、自分の食い締めの強さを実感して、デリカシーのない言葉が真実だと突きつけられていたたまれない。
「ぬけよ……っ」
「もうちょいいけるか?」
「くっそ、がぁ……っ」
 ただでさえ力が入らないのに、自分の尻から出る汁でぬるぬるして指がすべる。腹に力を入れると不随意にひくつくのが嫌で避けていたけれど、ゴムを咥え込んだままではいられない。諦めてぐ、と力を込めて尻をぐぱ、と開くと、さすが、と何がどうさすがなのか釈然としない褒め言葉とともにコンドームが引き抜かれる。ずずず……っぶちゅちゅ、と最後まで尻の中を撫で回され、出る瞬間は名残惜しげに締めつけられるまま、ひどく恥ずかしい音を出していた。
 こんなに体も心もむちゃくちゃにされたのに、忌々しいまじないはまだ腹に居座っている。見えてはいないが、そうでなければいまだに気持ちよくて気持ちよくておかしくなりそうな体の説明がつかない。そして一体全体、どうやって二回目を頼めばいい。
 背を向けたまま尻の穴を広げて、快感をどうにかやりすごし、口を開いては閉じる。いっそのこと気持ちいいからもっと、と淫乱じみた催促をしろ、と悪い顔をした自分が囁いて、反対側から何言ってんだ付き合わせているんだから頭を下げろ、と真面目腐った自分ががなった。正直そのどっちも嫌で、もうこの気が狂いそうな行為をしたくなかった。尻をどうにかされるたび、自分が自分ではなくなっていく。気持ちよくて、気持ちよくて、それ以外なんにもなくなってしまう。
「……もぅ、せっくすしたくねぇ……」
 静かな部屋に想定外に大きく響いた本心に、は、とすると、背後の大人も少しだけ揺らいでいた。それはまあ、そうだろう。無理矢理巻き込まれて、一銭にもならない人命救助で犯罪防止に協力させられて、あげくに「もうしたくない」なんて言われて平然としているような男ではない。即座に食ってかからないあたりに腐りきらない性根が見えて、余計に申し訳なさがある。
「えと、ちがぅ……その、ひとやがいやとかへたとかそうじゃなくて……いやじゃなくて、へた……ってかうまい、から……きもち、よくて……それしか、かんがえらんなくて……」
 どうにかお前は悪くない、と訂正と感謝を伝えようとしどろもどろで言葉を捻り出す。これならバトルのがよっぽど楽だ。どうしたらいい。これからも『家族』のまま、ずっといたいのに。
「……ゴムがダメだったんじゃないか?」
 黙りこくっていた大人が口を開いた。人の話を聞いていたのかいなかったのか、考えがまとまった、とばかりにこちらを置き去りに自論を展開していく。せめて体勢を変えさせてほしいのだけれども、そんな余地をくれない。
「え、あ……?」
「スキモノ変態通り魔のやることだからな、生じゃないと『セックス』じゃないんじゃないか……?」
「まじかよ……」
 そうして導き出されたのがこれだ。助平とか通り越して馬鹿だろ。変なエロ動画の見過ぎじゃねえのか。何から何まで気持ちが悪くていっそ感動した。そんなやつに振り回されているのが恥ずかしいとか悔しいとかよりも、変態の異常な情熱に恐怖する方が強くなってきた。
「推測だ。スキモノのお眼鏡にはかなわなかったが、俺達は十分セックスしてたと言っていい。ヴァージンと思えないとんでもねえ具合の良さと乱れっぷりは『将来有望な僧侶』を堕落させたいってんなら大成功だろ」
「せっそぉのことはよけいだっ!」
「今も呂律回ってねえくせに。でだ、一個試したいことがある」
「あんだよ……」
 余計な発言はあったものの、感動するほど呆れた馬鹿のスキモノのやることだから仕方がないと思えてきた。何が起きても、何をされても、理解不能の変態スキモノ通り魔のすることなのだ。もう何が起きても驚かない――そう腹を括ったはずなのに、次の瞬間には目を剥いていた。
「ゴムの中身お前の尻に入れる」
「ごむのなかみ、って……」
「俺がさっき出した精子」
「いわんでもわかるっつの!」
 言いながら引き抜いたゴムをたぷたぷと振るのに、びく、と反応してしまう。別に大事大事にしていたわけではないがヴァージンだったのだ。そのうち誰かビビッとキタやつとオツキアイだのケッコンだのをするのかとなんとなく思っていただけで、そういう相手が出来なくっても『家族』がいるからいいかと思っていた。なのに当の『家族』とセックスして、それもお互い惚れた腫れたもないのに、あんな、やらしいことを。ついさっきまで、していた。
 重そうに揺れるゴムの音に、そんなに出たのか、と息と唾を飲んでしまう。そもそも尻にべちべちと当たっていたきんたまがずっしりとしていたのだ。しかも尻の具合もたいそう良かったらしいからそうなるのだろう。今、大事なのはこれではないけれど。
「じゃ俺の言いたいこともわかるだろ」
「……なまでやんねぇとだめかどうか、ためすんだろ」
「よくできました。精液の腸内接触で『セックス』になるのか、腸内射精じゃないと『セックス』にならないのかを検証する。なにせ相手の根性が悪すぎるからな、ゴムつけてダメだったから腸内射精しかないと思ってヤッたら腸内に精液が付着するだけでいいくらいの嫌がらせは絶対やってくる」
 今、一番大事なのはこれだ。残念なことにお互いにセックスそのものは満更ではないけれど、あくまで人命救助で犯罪防止のために行なっている。検証の名目で気持ちいい、悪くない、とヤリまくったら相手の思う壺だ。セックスになるとか腸内射精だとか当たり前に話しているが、一歩下がって見ると異様さに目がくらむ。こんな状況、早く脱しなければいけない。
「たしかに、せいしだけしりにいれなおすとか……へんたいはすきそうだもんな……」
「ま、ダメならその時はその時だ。最初にお前に頼まれた時点で覚悟は出来てる」
 解除されたらセックスを回避できるし、それで解除されなくとも解除されるまで付き合う――言外にそう示されたのに安心して、手から力が抜ける。ずる、と両手の指が離れたのに戻りきらない尻の穴に少しだけ不安になったものの、気にしないことにした。またこの後すぐ、開くのだから。
 まじないの状態確認をしたいから体勢を変えるぞ、仰向けになるように促され、もぞもぞと動きだす。そんなに時間は経っていないはずなのに、久しぶりに会うような懐かしさすらある。密着を完全に解いて、ごろりとひっくり返って見上げた先、いつもより少しだけ赤い顔の大人の目はいつもと同じに綺麗なまま、そこに映る自分だけがいやらしかった。

2023/6/29


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