熟成五年、愛永年
中学生のガキ――それもとびきりのクソガキが、ぺろんと服を捲り上げて腹を出している。
「何してんだ、いくらお前がバカでも風邪引くぞ」
「んだよ、きかねーじゃねえか」
「何の話だ。お前が人の話を聞け」
「お節介ババアが弁護士先生落としたいなら色仕掛けしたらって」
「空却、その危険なお婆様はどこのどちら様だ?」
事務所の所長室で二人きり。平日の日が高い時分、学生は同年代と机を並べているもんだと思っていたが、堂々とサボっていやがる。
すっかり冷え込むようになってきて、部屋には暖房、服は重ねて厚く変わりはじめているというのに、色仕掛けにきたというクソガキは制服だけでぶらりとあらわれた。
「老いも若きも狂わせた魔性のオンナってオオスにその名を轟かせたっつう伝説のババアだよ」
「真偽はともあれちゃんとしたテクを教わってこい。ただのガキの腹見て飛びつくのは本物の変態しかいねえよ」
「獄は変態じゃねぇの?」
「誰が変態だ人聞きの悪い。とっととしまえ」
とある一件以降、妙に懐いたこの子供から熱烈な求愛をされている。恐らく父親以外の大人が肝が据わっていて弁も腕もたつ子供に覚悟と気迫で負けてきたのだ。全く情け無いことだが、赤の他人の子供――見るからに未来の反社有望株のような不良――に向かい合える大人は多くない。
なあなあにして終わらせようとするだらしがない大人も、力を持て余した暴れ馬のような子供も、どっちも我慢がならなかっただけだ。それなのに小生意気な態度はそのままに子供が惚れた腫れたとのたまっている。
「あのな空却、俺は中坊の腹なんか全っ然! 興味がないんだ」
「お! じゃあ腹以外は興味あんだな?」
「そういうことじゃねえ!」
「拙僧も見せたかったのは腹じゃねえんだよ」
「おい何してんだ。しまえって言ってんだろ」
ごそごそとさらに上へ、首元まで服をたくし上げた子供が得意げに反り返った。
「そうかりかりすんなって。大丈夫? おっぱい揉む?」
「揉まん!!!!!!」
部屋中に響き渡る大声を真正面から浴びて、怯むどころかやっぱダメかと子供が身なりを整える。恨むぞ魔性のババアめ。こんなガキになんてことを仕込むんだ。
「……空却、今の絶っ対、よそでやんなよ……?」
「なんだよ嫉妬か?」
「俺の風評被害になんだよ……『中年弁護士が中学生をたぶらかした』とか言われんだぞ」
「拙僧が勝手に獄に惚れてんのに?」
「お前がなんて言って、どう思ってようと、だ。密室……じゃねえが、職場の私室に用事もないのに二人きり、しかも子供は服脱いで性行為を連想させるようなことを言ってる……そんなのはいっくらでも面白おかしく書き立てられて玩具にされんだ」
「……獄は、拙僧がオモチャにされんの嫌なんだァ?」
「お・ま・え・が、じゃねえ。お・れ・が、だ!」
不満げに話を聞いていた子供が一転、ふぅん、へぇ、とにまにま嬉しそうに笑う。万が一すっぱ抜かれても、まず責められるのはこちらだ。ついであちらが。お互いに素行がよろしいとは言えないから、根掘り葉掘りひっくり返され、ある事ない事並べられ、能無しの飯のタネにされて、暇人共の会話のネタにされる。そんな不愉快で面倒なことは御免だ。
「また獄に借りをつくんのは癪だから引いてやるよ」
「借りなんていいから大人しく学校行け」
どうにかこうにか追い出したクソガキは、それから二度と色仕掛けなんてしなかった。断じてして欲しかったわけではない。ただ、しばらくの間、怖いくらい白い肌が脳裏に焼き付いて離れなかっただけだ。
「おーおーやつれてんじゃねえのベンゴシセンセ。大丈夫? おっぱい揉む?」
「揉む。あと吸う」
「……」
「なんだ空却」
「拙僧が中坊のときは『揉まん!』ってブチ切れてたのになァ〜って思ってただけだよ」
「あのな……中坊の胸だぞ? 嬉々として揉んだら変態だろ」
「あんときからせいぜい五年だぜ? 拙僧たいして変わっちゃいねえのに」
「変わったろ……中坊の時より乳は育ったし……腹だってくっきり割れて……。ああ、乳首の色は変わってねえか」
薄いピンク……と眠たげにつぶやきながら、捲り上げてあらわになった胸の真ん中へと頭を沈めた。今にも眠りに落ちそうなのに、両手はしっかりと乳を掬い上げるように構えている。育ったという胸は寄せ上げられて、変わらないと言われた乳首がつん、と天を指していた。
五年前に一度見たきりの乳首の色をしっかり覚えているのをどう受け止めたらいいのかわからない自分を置き去りに、恋人が乳首へと近づく。初めてまじまじと見たそこは、色以外全部変えられてしまった。
どくどくとうるさい心臓の音はきっと聞こえてしまう。せめてどうか、五年前の自分の分まで鳴り響いているのには気づかないでほしい。
「いや、ちょっと濃いピンクになったか……」
「黙って吸え!」
2023/11/29
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