太陽が凍る日に眠る

 見ていて寒い、と言われて頭のてっぺんから爪先までコーディネートされた。
 さすがに高ェ、親父に叱られる、と止めようとしたものの、じゃあもう今年の冬は山に行かねえって約束出来るのか、と鼻先にクレジットカードを突きつけられたら黙るしかない。
 そうしてキンキンに冷え切った金属製の黒いカードはうやうやしく店員に運ばれていったのだった。



「スカジャンあるからいらねえのに」
「スカジャンしか着ねえの間違いだろ。着るにしたって袖のあるもんを下に着ろ」
 何軒もハシゴして貯まったがさがさと嵩張る立派な買い物袋も、半分以上没収されてほとんど手ぶらで歩いている。すぐコートに着替えろと言われたのを嫌だと断ったら、せめて、とマフラーを巻かれた。白と黒の一松模様はなんとも無難――シンプルで使い勝手がいい。いつの間にか買われ、タグも外されていたそれは問答無用で装着させられたものの、手触りのよさにすぐ気に入ってしまった。
「拙僧は寒くねーって言ってんのに」
「だから見てる方は寒いんだよ。それに空却、お前は『風邪を引いた事に気づかないから風邪を引かない馬鹿』みたいなとこがあんだろ」
「喧嘩売ってんのか?」
「鈍感だって言ってんだよ」
 失礼な物言いはお互い様でいつもの事だけれども、カチンとこないわけじゃない。マフラーの端を撫でながら睨めば、面倒くさそうにため息をつかれた。
「こんなクソ寒いっつうのに薄着で山に行くガキの感覚が自分と同じなんて、俺は思わないね」
「慣れだよ慣れ」
「いいか、俺には我慢ならんもんが二つある」
「それ、何百個目の拙僧だァ?」
 無視して真冬に半袖短パンの大人と人の忠告を聞かない子供を並べ立てるのに、まだ気にしているのかとげんなりする。
 クリスマスだの年末年始だのは買い物困難地域の山住まいの住人にもお祭り事だ。加えて天候によっては自分を含めた出張販売や買い物代行業者の訪問も困難になる時期でもある。当然、備蓄も兼ねて自然と増える物量を捌いている最中、川に落ちた。幸いにも帰り道、一人でびしょ濡れになっただけなのに、寺に戻ったときになぜかいたこいつが真っ青になったのだ。
 濡れたからスカジャンを脱いだのはわかる――が、なんで下が夏と同じ格好なんだよバカ! 濡れたにしたって絞って着りゃいいだろうが! 気持ちが悪いのはわかるけどな……は? すぐそこだったから? お前、何キロ先をすぐそこって言ってるんだ? 待て、今暑いって言ったか? 熱い? 暑い? まさか低体温症じゃねえよな――
 それはもううるさかった。一緒に談笑していたはずの親父が叱り飛ばす隙を与えずにべらべらべらべらと喋り続け、これが無敗の弁護士かと感心していたら、飲みかけらしい茶を流し込まれ、どこからか取り出したバスタオルを被せられた。あまりの勢いに親父も他の連中も呆然とする中、気づいたら沸いていた風呂につかっていた。
 曰く、薄着で濡れ鼠になった子供に寒風吹き荒ぶ寒空の下「よっ! 銭ゲバ儲かってっか!?」なんてケタケタ笑われるのは化かされたみたいでゾッとしない、だそうで。
「ンなくらいで拙僧は死なねぇよ」
「バーカ、そう言うやつほど死ぬんだよ。自然を舐めんな。あの時だって顔は青い通り越して紙みてえに白いわ、ぶるぶる震えて歯もガチガチ鳴らしてうるせえわ、体だって、冷凍庫に置いといたみたいだったんだぞ」
 短い間に言いかけただろう言葉と、思い出しただろうものとが頭を過ぎる。鈍感だと言われても、バカな子供を見る目に一瞬宿った後悔と悲痛を見逃すほどにぶくもない。家族の冷たい体なんぞ、何度も触りたいものではないのだから。
「だから気ィつけるって……」
「絶対着ろ。ついに妖怪が出たかと思ったんだからな」
「寺にゃ親父がいるから変なのは早々入ってこねーよ」
 ちょっと待て、じゃあ妖怪自体はいるのか、と噛みつくのを適当に流して買い物袋を漁る。えらく高級な革製品店で奢られたぴかぴかの手袋を出して着ければようやく黙った。
「たしかに軍手よりいいな」
「軍手代わりにはすんなよ」
「それは出来ねェ約束だわ」
 怒ったか呆れたかする気配が横からしたけれど、きっとこの男は許してくれる。べらぼうな値段の手袋がボロボロになるよりも、バカな子供の手が冷たい方がよっぽど我慢ならないのだから。

2023/12/23


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