わるいおとなのたなごころ

 規則正しい生活をしている恋人と定時を守りたくとも守れない日もある自分とでは、生活のリズムが合わないことはままある。だから邪魔してるぞ、というメッセージを確認出来たのが恋人が寝ている時間で、急いで帰宅して部屋の灯りをつけると、どっかりとベッドを占拠されているなんてよくあることなのだ。

「はあ……せめて半分は空けといてくれよ……」
 掛け布団を追い出してごろんと大の字に転がった恋人はきちんと風呂に入り、家に置いているスウェットに着替えて歯も磨いたのだろう。近寄ると全身から洗い立て特有の香りがふわふわと漂った。
 帰ったばかりの自分がひどく汗臭く感じるのはそのせいで、口の中もコーヒーと煙草の苦味でいっぱいに思えてくる。せめてと噛んだブレスケアのミントの清涼感が黒々とした匂いを際立たせた。
 自分もさっさと風呂に入ろう。つるつるぴかぴかの恋人に気遅れして、抱きしめたりキスをしようと思えない。恋人を照らす寝室のぼんやりとした光すら、汚れた体を咎めるようだった。
「ん……」
 掛け布団を直そうとしたその時だ。恋人がもぞりとみじろぎした。くすぐったそうにおもむろに首を振り、小さく伸びをするように胸を反らせる。そのままぱたんと着地して、布団がぱふ、と空気を吐いた。
 少しだけ眉根が寄っているものの魘されてはいない。さっと目視で様子を確認しても異常はない。ないのだが――
「ふ、ぅ……」
 悩ましげな吐息と共に胸元が上下する。浅く穏やかな呼吸に混じるかすかな違和感は簡単に見つかった。
 ――乳首が勃っている。
 そこまで薄くも厚くもない生地ではあるが、それにしても明らかに乳首がある部分か二箇所。ぷっくりとふくれている。さすがに形まではわからないが、つん、と勃起しているのはわかる。
 この二つの小さな頂きによって悩ましげな寝息と些細な身じろぎの意味が変わってしまった。そんなつもりはなかった――そもそも何もしていないのだが――という虚空に放った自己弁護は恋人に届くわけもなく、疲れ切った頭にごつんと返ってくる。
 なんてことはない。ただの生理反応というやつだ。見なかったことにして風呂に入り、髪を乾かし歯を磨き、恋人の隣で寝ればいい。今度そういう機会があったらちょっと意地悪く言ってやればいい。
「ん、ぅっ!」
 そう思うのになぜか掛け布団を放り、ベッドサイドから身を乗り出して、両手で恋人の乳首をちょい、とつまんでいた。スウェットの上からではわからない硬くしこった尖りは、しゅこしゅこと扱けばさらに硬くなっていく。
「はっ、はぁっ……ほ……っ、はぁ……っ」
 目を閉じたまま、ついにぱかりと口をあけ、乳首から腹へと響く快感を逃がそうと大股開きのまま腰を揺らす。すぼめた口から溢れた喘ぎは、腹に溜め込んだ快感と引き換えに吐き出されたように空気を含み、ひどく熱い。
「は、ぁ……っ、は、ほぉ……っ、ほぉぉ……っ♡」
 はじめはゆるゆると揺れていた腰が、びくんっと大きく跳ねた直後からより強く、深く――何かを求めてがくんがくんと揺れ出した。衣擦れの音も次第に大きく、激しくなっていき、ハの字に開いていた足もM字を描くようながに股に折れ、いっそうのこと淫猥な動きになってしまう。
 ほんの少し、ほんの少し乳首を扱いているだけだ。それも寝ていて明瞭な意識のない恋人の乳首で、まさかこんなセックスの最中のように大胆な反応をされるなんて思ってもいなかったのに。
 このまま硬く尖り切った先っぽを爪先でかりかりとほじってやったらどうなってしまうのか。考えなくともわかるのに、どうなってしまうんだろう、と口の端が上がっていく。
「ほっ♡ ほぉっ♡ ほへぇぇぇ……っ♡」
 自分で拵えた据え膳に逆らえず、かりかり……とふくれた先端をほじくると、びくびくとのたうち、へこへこと腰を振る。白い喉を弧を描くように晒し上げ、すっかり反り返った背のせいで胸元――乳首――をこちらに押しつける形になってしまう。もたげた首が縮こまろうとしたら、扱いていた時の指できゅ、と捕まえてお仕置きとばかりに責め立てた。
 夢現の恋人の飾りも偽りもない無意識のおねだりは、自分にだから見せられるものなのか、はたまた乳首をかわいがれば誰にでも見せてしまうのか。前者であってほしい。後者ならば相手に何をするかわからない。
「ほっ♡ ほあっ……♡ あっ♡ あぁっ♡ ぁぁあああぁぁ……っ♡」
 自然、乳首を掴む力が強くなる。風が吹くだけでも絶頂しそうなほど敏感になった尖りをぎゅっ、とつまむと、ぱかっと開いた足が一瞬静止し、直後にびんっと腰を突き出して、そのままぷしゃぁっ! と潮を吹き上げた。ゆるく勃起したことがわかる性器がおもらしによって浮かび上がり、特にぐっしょりと濡れた先っぽあたりはよりくっきりとして、いやでも形がわかってしまう。
 寝たまま乳首を愛撫されての盛大な潮吹き絶頂に生唾を飲み下して、つままれて逃げ場のない乳首の先っぽをさらに爪先で掘り下げる。かりかり、すりすり、掘っては撫で、さすり、時には押し戻し、そのたびにはしたなくおねだり腰振りをしてベッドが揺れた。あまりに勢いよくがくがくと揺さぶるものだから足が何度がかすめたが、ぷしゃ、ぴゅる、と潮以外のものも吹き出して達する恋人がかわいくて許してしまう。最後には長い嬌声と共にしょろろ……と粗相をしながら一際深く極め、自分のおもらし跡へと崩れ落ちた。
 悩ましげに眉を顰めたものの、目は閉じられ起きる気配はない。ただすぼまった口からはほ、はぁ、と甘い吐息が落ち続け、白い額や頬は真っ赤になっている。
 濡れた下半身とベッドが気持ち悪いのだろう。最初と同じようにもぞもぞと動くと、ぬちゃ、ぺしゃ、とじっとりと水分で重たくなった音が響いた。
「ぅ、ん……?」
 がに股に開きっぱなしだった足がシーツを掻き、拭い難い違和感に思い当たったのか恋人が目を覚ます。うつらうつらとしたままの顔は未だほてりが抜けきらず、無意識無自覚に垂れ流される色気はとても外には出せない――出したくない。
「ただいま」
「……ぉかぇり……」
 寝ぼけまなこでも乳首絶頂の余韻の残る恋人は、生まれたての動物のように時折びく、がくと震えた。そして気だるげに起き上がり、異常を確認するように下腹部周辺へと手を伸ばすと、さぁ、と血の気が引き青くなり、その直後に今度はかぁ、と真っ赤に変わる。
「ひとゃ……」
「え、と……」
「せっそうが……その、もらすの……みてた、か……?」
 耳まで見事に赤く染まった恋人が、粗相を隠すように跡地に乗って縮こまった。見てたも何も、俺がこのはしたない地図の制作者と言っても過言ではない。だがここで素直に『寝ている恋人の勃起乳首に釣られてつまんでほじったらおもらし絶頂させてしまった』と言ったら、おっかない恋人に何をされるかわかったものではない。
「あぁ……その……」
 目をそらし、言葉をにごし、ためらってみせる。我ながら完璧な『声をかけるのが難しい現場に居合わせてしまった人間』が出来た。普段の恋人なら野生動物めいたカンでおかしいなどと言いかねないが、起きぬけの今なら大丈夫だろう。
 予想通り、三度目の最初とも二度目とも違う、濡れて張りつく服の気持ち悪さと、恋人とは言え他人のベッドでおもらししてしまった恥じらいでもぞもぞとしている恋人は気づいていない。
「ごめん……」
 ただのおもらしだったなら寝小便くらいと開き直るだろうが、乳首でおもらし絶頂した記憶はなくとも感覚はあるらしい。縮こまるのに乳首に当たらないようにするか、ぎゅっと押しつけるかで迷っているそぶりをして後者を選んでいた。
 珍しく殊勝な態度――それも羞恥までしている――なのは夢精するように乳首絶頂した上に気持ちよくおもらしまでして、一部始終を見られていたという状況への混乱もあるのだろう。
 ……そう、乳首オナニーをしておもらし絶頂するのを見られたなら双方反省点もあるかもしれないが、睡眠時の無意識な乳首でのおもらし絶頂は双方被害者のような状況になる。好き好んでオナニーをしていたわけでもないのに乳首イキをして派手におもらししてしまった上、その痴態を全て見られていた恋人も、たまたま帰宅したら自分の寝床で恋人が無意識の乳首絶頂をして尿も精液も潮もぶちまける現場に立ち会ってしまった――という設定の――俺も、どちらも悪くない。
「こんな……みっともねえことして、」
 くそ、と真っ赤な顔のまま悔しげにつぶやく恋人に少ない良心が痛むが、余計に俺の仕業ですとは言えなくなった。言ったら生命と未来が危ない。寝入った恋人の乳首をイキしょんするまで弄り回す変態と向こう三年超は擦られる。
「みっともなくなんかねえよ」
「でも、ベッド、使えねえだろ」
 獄が寝られねえ、と肩を落とす恋人の健気さがちくちくと胸に刺さる。恋人はみっともなくもないし恥ずかしくもない。一日の禊をし、綺麗さっぱりとした恋人をはしたなく乳首でおもらし絶頂させることで、どこかくらいよろこびを得ていたこちらの方がよほどみっともなくて恥ずかしい。
「……やらしくて、かわいかった」
「っ……なわけ、ねーだろ……っ」
 縮こまったままの恋人の赤い耳に、小さな二つのパーツをちょっとかわいがられただけではしたく絶頂してしまう事への素直な感想を流し込む。身体の中でくすぶる熱に火がつき直したのか、びくんっと跳ねたのがたまらない。
「本当だって、俺の名前呼びながらやぁらしく腰振って……夢で俺とナニしてたんだ?」
「へ……せっそ、そんな……こと、して……?」
 ここまできたら都合よく捏造してしまおう。半端な嘘だと半端に心が痛むだけだ。騙すならばいっそ大胆に刷り込む。
「……俺が見た全部、言ってやった方がいいか?」
「い、言うな!」
「まず乳首――」
「だぁぁぁぁぁ!」
 捏造騙りは無理矢理中断させられたものの『夢の中でも俺とセックスしている』というのは強く刻まれたのだろう。実際に夢を見ていても見ていなくとも、恋人が今日『俺とセックスする夢を見て、無意識乳首オナニーでおもらし絶頂してしまった』と思い込んでくれれば十分だ。
「俺はこれから風呂なんだが、一緒に入るか?」
「……入る」
 さて、よろりとしながらも立ち上がった恋人をエスコートして綺麗にしてやらなくてはいけない。俺はそんなつもりはないけれど、未だ羞恥と快感の残滓で混乱する恋人を宥めるためにする事がどんな風に働くかは恋人しだいなのだ。

2023/12/31


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