今度は一緒に来てね
空却くんは近所の大きなお寺の子で、我が家も代々檀家としてお世話になっている。
再開発の波に乗り、うちのような小さな薬屋で買い物をするよりももっと安くて品揃えがいいお店はたくさんある。調剤もしているからか常連さんはいるものの、華やかさには欠ける。
空却くんのような今時の子には駅前の大きなドラッグストアの方がよっぽど便利だろうに、お使いでも私用でもうちに来てくれる。ありがたいけれど不思議で、あるとき遠回しに「お父さんに言われて来ているのか」と聞いてみたら「ガキの頃はここしか知らなかった」「だから今もついここに来ちまう」と言われた。
思わぬ返答に驚いていると「あとポイントカード作れってうるさくねぇから」と笑って、エコバッグいっぱいに常備薬とバンドエイドを買って帰っていった。
「口に塗るモンあるか?」
空却くんは顔に迫力があって眉間にシワが寄ると怖そうに見えてしまう。慣れてしまえばクセなのだとわかるけれど、今日は見たとおりに少しばかりお怒りのようだった。
口……リップクリームだろうか。むすりと結ばれたくちびるはつやつやとしていて、何かを塗る必要があるとは思えない。
「あぁー……ケガ、してんだよ。ツレが」
口のはたが切れて血が出ているのだと言う顔はバツが悪そうだ。もしかしてケンカしたの? と聞くと、さらに強く眉をひそめ、アイツが悪い、と綺麗なくちびるをとがらせる。
見慣れた子供の癇癪ではない、もっとつやっぽいものに見えたのは、いつもピカピカ輝いている金色の目が泣いてもいないのに濡れて光って見えたからかもしれない。
もうすぐ二十歳になる子がしても不思議ではない表情に頬をゆるませれば、なに笑ってんだ、と声を荒げた。
全然怖くない。空却くんのこの顔は照れ隠しだとわかっているからだ。
入り口の方からちらちらこちらを覗いているハンサムがきっとお連れ様だろう。
今度は――と別れ際に声をかければ、器用に耳だけ赤くして乱暴に手を振って行ってしまった。
2024/5/20
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