本当に、仲が良いですね

 尊敬する所長の部屋からはいつも子供の頃にイメージした『大人の男』の匂いがする。
 煙草、コーヒー、革、香水……時折、備え付けのバーを利用したのかアルコール。
 全身で己の美学を主張するスタイルを揶揄されることもあるけれど、不潔にされるよりはよほどいい。友人達の上司や同僚の話を聞くと余計にそう思う。
 そこに数年前から違う匂いが混じり出した。

 失礼します、と不在の間の報告と茶請けを持っていくと、ひどく懐かしい香りがした。祖父母の家で転んで、擦りむいた時に嗅いだ……。

「よぉ! いつもありがとな」
「こいつにそんないいモンをやるな……!」

 何をなさっているのですか、という言葉は飲み込めたものの、視線をそらす事は出来なかった。
 ソファーの上、仰向けになった所長に馬乗りになる――すっかり見慣れた――赤毛の少年。
 弁護士事務所で見るにはセンシティブな光景の最中にもその香りはした。甘く、やわらかい、少しこもったような懐かしい匂いは、少年からしている。

「逃げんな獄! まだ塗れてねぇ!」
「塗らんでいい!」

 よく見れば少年は小さなチューブの先を必死で所長につけようとしている。どうやら所長のくちびるの端が切れてしまったらしく、軟膏を塗ろうとしているようだ。
 出血はおさまっているものの、赤い痕の残るくちびるは痛々しく目を引いた。口を開くと傷が引き攣るのか、不快そうにする様に少年の顔も歪む。
 恐らくどこかで揉めて少年が怪我をさせてしまったのだろう。軟膏はそのため……だとしても今にも別の怪我をこさえそうだ。
 こういったやり取りは数年前から日常茶飯事で、驚くような距離感にも大分慣れてきた。初めは感じた違和感も完璧に誂えた私室を侵略されても拒み切らない所長の姿で消え、かすかな残り香が定着するようになって、気づけば当たり前になってしまった。
 もちろん、こう目の当たりにすると驚くけれど。
 思わず笑って、本当に……とこぼせば、二人揃った大きな声で否定をされた。

2024/5/21


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