皐月接吻騒動
「拙僧がキスしなきゃ死ぬっつったらするか?」
可愛い一番弟子は、え!? 死にたくないっす!! と力強い返事をくれた。涙で潤む目に不思議と苛立ちはわかず、あやすように頬にくちづけた。
一方、可愛くない三十路の弁護士は、は? と嫌そうに眉を顰めた。
「なんだよ死んでいーのかよ」
「いいか? 俺の唇は安くないんだ。相応の理由がなきゃ断固拒否だ」
「キスしないと殺すって脅された」
「どこの馬鹿だ?」
「拙僧も知らん」
ほとんど他人に教えたことのないアドレスに『波羅夷空却様へ』と慇懃無礼な匿名メールが届いたのはついさっきのことだ。
要約すると『キスをしないとチームメンバーを殺す』というものだが、いたずらにしては手が込んでいて気持ちが悪い。キスくらいならとすぐに十四を捕まえてすませたものの、次に捕まえた獄はずっとこの調子だ。
「立派な殺害予告じゃねえか! さっさと警察行け!」
「キスすりゃいいんだろ? 口とは指定されてねぇし」
「いいか、俺には――」
「う、るせぇっ!」
いつものアレがはじまりそうで、さっさとすまそうと懐に潜り込み、万が一にも口に当たるまいと耳のつけねに軽くくちづける。とりあえず大丈夫だろう。口がお望みならそう書くべきだ。
「待て馬鹿!」
「おし! これで大丈夫だろ! じゃ、ポリんとこ行くわ!」
ぎゃあぎゃあ喚く獄を置き去りに走り出す。立派な殺害予告らしいからなんかしてくれるだろう。してくれなくとも殺しに来たのを捕まえればいい。
しかしまぁ……変なメールだった。
いきなり緊急だと呼び出され、わけがわからないまま首筋にキスをされ、人で賑わうオオスに置き去りにされ、大変にいたたまれないことになっている。一瞬の出来事で野次馬は少ないが、あのクソガキは目立つのだ。
何よりも頭が痛いのは、ちゅ、という存外にかわいらしい音に心臓が跳ねてしまったことだ。
「……勘弁してくれ……」
社会的に死にたくない――まだ。
すっかり見えなくなった背中の方向を拝むように手を合わせた。
2024/5/27
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