ファンファーレでお目覚め
ひとや、と甘くささやく声音はたしかに恋人のもので、間違いなく夜、肌を合わせたいと乞う時と同じものだった。
触れると熱い肌は指によく馴染む。にじんだように色づく頬はやわこいうぶ毛が生えている。
それだけのことがどうにもたまらなくなって、ぐ、と引き寄せると、鼻先にふわ、と何かが当たった。
「な、んだ。これ……」
「獄が急にひっぱるからだろ」
耳だよ、とふわふわの塊を撫ぜる指に耳? と首を傾げると、拙僧のだよ、とこともなげに言われる。
「……耳?」
「まァだ寝ぼけてんのか? 拙僧の耳だろ?」
恋人の頭から生えたぴん、と伸びる長い耳。つやつやとした綺麗な赤い毛並みは、空気をふくんでふわふわとしている。
「はえてるな……?」
「……マジで寝ぼけてんな」
H歴になってから人間はセックスすると兎耳が生えるだろ?
さも当然のように言われたセリフを理解出来ずにいると、獄くらいの年齢だとしょうがねぇよな、とさして気にした様子もなく続けられる。
H歴、望まぬ性行為か否かを判別する画期的なシステムが開発された。
ヒプノシスマイクと共に水面下で開発され、秘密裏に導入されたそれは『合意の性行為だった場合、兎の耳が生える』というものだった――
「なんだそりゃ……」
「拙僧だって、ンなたわけたことがあるもんかと思ったけどよ」
実際ヤると生えるし。
きゃらきゃら笑う恋人に、ぐい、と身に覚えのない部位を引かれ、背筋がぞわりとふるえる。
「獄にも生えてンだろ?」
合意の証は耳、快感の証は尻尾――
「……愛の証は『ココ』ってな」
そう言って、綺麗に割れた腹をやさしく撫でる恋人がくすぐったそうに微笑んだ。
「ちょ、待っ――!」
「お、起きた」
おはよーさん、とフライパンとおたまを構えた恋人が、今にもぶつかりそうなそれらを引き離す。
なんだか知らんが『フライパンをおたまで連打して起こすのをやってみたい』と以前から言っていて、油断すると実行しようとする。
毎回運良く寸前で目を覚ましているが、いつかとんでもない爆音で叩き起こされるかも知れないと思うと生きた心地がしない。
しかし、今はそんなことより――
「空却……セックスしても、兎の耳だの尻尾だのは、生えない、よな……?」
「ヒャハ! 寝ぼけてんのかァ獄! ンなの漫画みてーなことあるかよ」
ほ、と胸を撫で下ろし、恋人に人間の耳しかないことを確認する。
良かった――
「セックスして出来んのは子供だけだろ?」
ぱぱってば仕事ばぁっかしてっからボケちまったなぁ、と自分の腹に語りかける恋人の目は、慈しみ深く、とても嘘とは思えない。
「獄」
くらりと強いめまいがして、流されるままに目を閉じる。
次こそ、俺の恋人に会えますように。
2024/8/9
BACK
作文TOP/総合TOP