ハイジャック・バニー・ジャック
寝入り端、急にどすん、と腹のあたりに重みがかかり、恐る恐る目を開けた獄の前に、兎――バニーガールがいた。
ふわふわの白いつけ耳に、これまた白く、ぴし、とした飾り襟と光沢のある黒の蝶ネクタイ。胸元に際どいV字の切れ込みが入ったレオタードはエナメル生地に似た艶やかな黒で、色白な肢体を引き立てる。
足元は見えないが、ここまでスタンダードなバニーガールならきっとハイヒールを履いていたのだろう。襟と揃いの飾り袖を身につけた両手が思わせぶりに獄の体へと手を這わせた。
誰だ、なんて無粋な問いかけはしない。獄にこんなことをする――出来る――相手は一人しかいないし、薄暗がりに浮かび上がる抜群のプロポーションはなによりも雄弁だった。
「……俺は眠いんだが……」
「オイコラ、他に言うことあんだろ」
「風邪引くぞ」
「引かねーよ!」
「ああ、お前馬鹿だもんな……」
そんな格好して、と面倒くさそうに顔をしかめ、布団をかぶって無視しようとする獄に、ちょっと待て、とバニーガール――空却が噛みついた。
逃げるな、と剥ぎ取った上掛けをベッドの外へと放り出し、杭打つようにさらに重みをかけて腹の上に鎮座する。
そこまですると思っておらず、今更に焦る獄へのとどめに気持ち前のめりになって、尻をず、と際どい位置まで下げた。
「……勘弁してくれ、俺は明日も早いんだ……お前の思いつきには付き合ってやれない……」
「朝なら拙僧のが早いっての。それに思いつきじゃねえ。ちゃぁんと計画どおりだよ」
話は少し前に遡る。
獄の数あるコレクションの中には古い雑誌も含まれていて、日本に限らず海外にもその食指は伸びている。
音楽、ウィスキー、バイクにファッション……生まれる前の情報は電子アーカイブ化が進んでいるが、当時から現代まで残ってきた物質に触れるのはまた趣が違うのだ。
内容も古い大衆向けの雑誌は今よりも少々下世話なものもあるが、そこも含めて時代というものを映しているのだと獄は思っている。
当然、そういうものは今よりもずっとあられもない写真や図版が多い。
見たいのは一ページにも満たないコラムであったりするのだが、表紙は一糸纏わぬ美女が艶然と微笑んでいたりする。
自然、恋人には見られたくないという意識が働いて隠してきたものの、ついうっかり整理途中で表に出していたものを見られてしまったのだ。
よりにもよってバニーガールで有名な雑誌を。
そこからがもう大変だった。
空却からすればグラビアだのAVだののアダルトメディアを厭うてきた恋人が、まさかのバニーガールである。それも結構多めにコレクションしているときた。
これでわかりやすく嫉妬するならかわいいのだがそうではない。
曰く『隠されたのが気に食わない』
空却とて見目のいい人間に目が惹かれるのもわかるし、真実、表紙を飾る豪奢な美女達が目当てでないこともわかる。何より獄が『グラビア本を持っていても空却が妬いたりしないのに少なからずショックを受けるのが嫌』で隠していたのも言われずともわかっていた。
それならばいつものように面倒くさい男の浪漫語りを延々してくれたらよかったのだ。そうしたらハイハイわかったやらしいモンじゃねぇのなと流して終われたのに。
なのに獄が母親にエロ本が見つかった子供のようなしょうもない反応をするから、ほんのちょっぴりでもやましいことがあるんじゃないかと疑ってしまったのだ、と。
空却の、ほんのわずかに凛気の香る疑念にこっそりと鼻の下を伸ばしてしまったのは許してほしい。
獄が何をどのように好んでいても、過去の恋愛模様を知っても『今、隣にいるのは自分なのだ』という自負で揺るがない恋人なのだ。
贅沢な悩みだとわかっていても、自分と同じように独占欲を見せてほしいと思うときもある。
結局、香るだけでおかんむりの本題は『隠し事』への不満だったのだが、それも話し合いで解決している。
中の記事が欲しかっただけ、切り取るよりも丸ごと保存したい、表紙は目当てではない、隠したのは空却の言うとおりで疑うようなことはない、ときっぱり伝えれば、納得してくれた。
……と思っていたのだ。
それがどうしてこうなったのか。
「俺はバニーガールに興味ないって言ったろ」
「それは聞いた」
「ならなんで……」
「ようするに、だ」
にんまりと笑った空却が獄の胸の辺りに手をつくと、のびをするように、ずぅ、とやわい尻がさらに際どい部位へと近づけた。
あからさまな動きでゆらゆらと揺れる腰と尻が、視覚からも弱点を責め立てる。
どんなに平静を装ってもかわいいかわいい恋人の猛攻に正直にならざるを得ない。
「獄の目に入るやらしーもん、ぜぇんぶ拙僧にしか思えなくしちまえばいいんだわ」
「は?」
「そしたら獄は拙僧が妬かないだとか気にしなくていいし、拙僧も獄が本当はエロ本収集してんじゃねぇかとか疑わなくていいだろ?」
さも名案とばかりに胸を張る空却に獄の開いた口が塞がらない。
けれども雑というか乱暴なその解決策はある意味では嫉妬よりも深く重い。
恐らくそんな意図は微塵もないだろうが『自分にだけ欲情してほしい』とねだられているも同然の発言に、獄の胸は勝手にきゅんきゅんと弾んでしまう。
獄だってただ闇雲に妬いてほしいわけではない。
好きだ好きだと惜しみなく心を捧げてくれるのに、こちらには多くを求めぬ空却の、妙なところで僧侶らしい無欲さに不安になるだけなのだ。
それはそれとして――
「……俺ははじめっから、お前が着たらとしか考えてないんだが……」
「あ?」
「だから、そんなことするまでもなく、俺はやらしーもんぜぇんぶ、お前だったら、お前にしてやりたい、お前にしてもらいたい、しか考えてないんだが……」
興味ないなんて嘘だ。
鍛錬を重ね青年へと変わりつつあった空却の身体が、手塩にかけて愛でて快感を教え込まれて色香を放つようになった。
触れて、撫でて、もっと、もっと強く深く交わりたいと駆り立てる肢体を、フェティッシュな衣装で飾るのはどれだけ魅力的なことか。
そしてそれを好きなように貪っていいと許される喜びが如何様か。
強いることはもちろん、提案することも憚られた願望は獄の中でそっとしまっておくつもりだったのに。
「むっつりすけべ……?」
「言い方を考えろ」
「だって他に言い方なんてねーだろ」
「ああもう……むっつりすけべでもなんでもいい。バニーガールを見たらお前を思い出すようなこと、してくれんだろ?」
今更やめますなんて言わせない、と尻に圧をかけられたままの場所をぐ、と持ち上げれば、かわいいかわいい、考えなしの兎がびくんと跳ねた。
2024/8/23
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