汝、手折ることなかれ

 うだるような暑さの中、厳かな寺を彩り咲き誇るひまわりに負けない、輝く笑顔の恋人に見過ごせないものが刺さっていた。
 服装はいつもどおりの作務衣で、剥き出しの肌もいつもどおり不思議と焼ける気配がない。見過ごせない――いつもと違うのは、おつとめ中は特別装わぬ恋人の頭だ。
 かすかな風に揺れる、一輪の花。赤毛に混じらぬようにか白いハイビスカスの飾られた恋人は、表情は同じなのにいつもより可憐に見える。
 毎年もらう木箱入りのスイカを差し入れると連絡したら、あの美味いやつな! とそれはそれは嬉しそうに出迎えると返事が来た。俺が会いたいと言った時より、予定より早く着くと言った時よりもはしゃいだ様子だったのに傷ついてなんかいない。
 だから当然、このあいらしい髪飾りだって、たまさかに檀家さんからもらったからつけているとかなだけで、恋人である俺を出迎えるためにしたわけではないのだ。

「ヒャハ! 待ってたぜ、御スイカ様々♡」

 よほど好物なのか、夜しか聞かないような媚びた声を出して、ひったくる勢いで木箱をもぎ取られた。別に、炎天下の中、車を飛ばしてスイカを持ってきた恋人=俺に対して歓迎の言葉も労りの言葉もないのなんてなんとも思っていない。木箱を大事そうに抱えることで、恋人すなわち俺と手を繋いだり出来なくなるとは微塵も考えていないのを恨めしく思ったりなどしていない。

「その花、どうした」
「ハワイ旅行したっつぅ檀家さんがくれた」

 空ちゃんにあげるって、と笑いながら寺内にある居住区へ向かう恋人は、クッキーも貰ったから着いたらお裾分けしてやる、とえらくご機嫌だ。

「前に言ってた旅行好き一家か?」
「いんや、ソロ旅大好き男」
「……へぇ」
「拙僧と獄の間くれぇの歳で代々ウチの檀家だからな、ジジババどもに引っ張られて空ちゃんって呼ぶんだわ」
「ほぉ……」

 話しながら進むとあっという間に居住区へと辿り着く。扉を開けてやると、あんがと、と言って中へと入っていった。こういう時にもさも当然のような顔をされたら叱り飛ばせるのに、ふとした瞬間に育ちの良さが滲み出るのが悔しいとは思っていない。
 今は、もっと大事なことがある。

「この花、自分でつけたのか?」
「あぁ、空ちゃんなら右だって」
「……ふぅん……」

 玄関先に木箱を置き、サンダルを脱ぐ恋人の頭の右側でふわふわとするハイビスカスは、贈り主に言われたとおりの位置におさまっている。
 ところで少し前に恋人と籍を入れ、簡易な披露宴をすると先んじて檀家には連絡をした。すでに寺内にもポスター掲示してある。訪問直前まで男が旅行していたとしても家族なり寺なりで知る機会はあるはずだが。

「たぶん勘違いしてるな」
「勘違い?」

 よくわかっていない恋人を置き去りに、こちらを見上げる顔のわきから白いハイビスカスを抜き取る。
 言葉と行動が繋がらないのか、ぱちくり、と目をまばたきさせ、頭の上にはてなマークを浮かべた。
 花を抜く時に触れた指がこそばゆかったのか、ぴく、とほんのわずかにふるえた耳と肩がじんわりと赤くなる。

「左、だ」
「なにが?」
「パートナーがいるなら、ハイビスカスは頭の左側に飾るんだよ」
「あぁ! 勘違いってそういうことか」

 胸のつかえが取れたとばかりに破顔して、左側に刺し直してやったハイビスカスを満足げに見つめる。
 遠からぬ式で恋人が着るのと同じ純白の花に向ける目は庭の花木へのそれとは違い、喜びといくらかの恥じらいを含んでいて、ひどく甘い。

「獄もなんかつけろよ」
「じゃあずっと左側にいてくれ」

 恋人より、空却より、美しい花などありはしない。
 それを嘘つきな泥棒に譲ることも同様に。

2024/8/30


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