裁かれぬ故に愛されぬ
「獄ァ、ぱぱかつってなんだ?」
「なんつうこと言うんだこのバカ!」
そう叱り飛ばされる少し前、言われたのはやはりよくない言葉だった。
話の起こりは父親との微笑ましいやり取りもなく静かな寺に、明らかに柄の悪い輩が訪ねてきたことによる。
柄の悪さと言うならばこちらもなかなかのものだが、いちおう中身は修行中とはいえお坊さんだ。
そんなセイレンケッパクな修行僧に下卑た顔でお前がハライクーコーか、と指さし確認する輩が喧嘩を売っていないとしたら仏も法もいらない。
案の定、顔とつり合う下品な口から吐かれた文句が『ぱぱかつ』だった。意味はわからなくとも、あの表情が向けてくる言葉によくない意味があるのはわかる。
そうして、なんとなく口にするのも憚られる言葉の是非を問いに、俗世間に詳しい男の職場に押しかけたのだ。
しかし『ぱぱかつ』なんて外聞が悪いと頭を抱えているが、所長たる男の私室にノックもなしに入る職員はいないし、聞き耳をたてる無作法者もいない。
そも、どこが内で外かわからぬが、外聞はとっくに悪い。
「侮辱罪――」
「拙僧が心身共に鍛え直して親父に託してきた」
「ちっ……」
「なに舌打ちしてんだよ」
法に疎くとも、ないことないことを言って他人を貶めるのは『悪い事』なのは子供でも知っている……ぶっちゃければ『言わなきゃダメか?』なのだが、ダメだった。
これがDRBならばまた少し違ったのだが、マイクを持って挑まれたわけではないからただの喧嘩のバーゲンセール告知でしかない。そういうのは辣腕弁護士である男からすれば素晴らしくお買い得なのだろう。舌打ちはそれだ。
「で、ぱぱかつってなんだよ」
「定期的に小遣いをよこしたり飯を奢ってくれたりする金持ちの男――『パパ』を探す活動、でパパ活なんだと」
「は?」
「パトロンってもわかんねえか。愛人契約とか売買春みたいなモンだよ」
「……」
『ママ』を探すパターンもある――いらないおまけも加え、こともなげに説明された『ぱぱかつ』は、男をよく知るものとしては納得がいかなかった。
やわらかい言葉に隠された奥、金銭の見返りに春の夢を得るような行いを男は好まないし、しやしない。
露悪的な振る舞いの根っこには切なくなるほど純粋な祈りがあって、それが懐に入れたものにあまねく注がれるだけなのだ。
自分ともう一人をガキ共とひとくくりにして、迷惑そうにしながらも可愛くてしょうがないという目をする男が『パパ』だなんて面白くもない。
年長者としての矜持、情と懐の深さを邪な欲と同じにされるのはひどく腹が立つ。
「どうした黙り込んで」
「いんや、もぉ少ししっかりお説教してやるべきだったって思っただけだよ」
「よせよせ、またやりすぎて灼空さんに怒られるぞ」
「拙僧の『父親』は獄じゃねぇし、『家族』の獄に『パパ』をやらす気もねーんだよ」
じわじわと腸が煮えてきた。
自分達は金やら体ではなく魂で繋がっている。
強く、堅い、前に進んでいくための誓いと絆を、誇りも覚悟もないままに辱められるのがこれほど不快だと知らなかった。
「……そうやってお前と十四が怒りそうだから黙ってただけで、俺はけっこう似たようなこと言われてるからな」
「はぁ!?」
「言いたいやつには言わせときゃいいんだよ。ムキになったら余計に絡んでくるぞ」
もっと汚く悪い言葉も浴びせられてきたと笑う男は、こちらが心配するより早く、もちろん全て慰謝料をいただいたが、と目の奥が冷え切った笑みを深くする。
案じさせない気遣いと大変よく儲かったのだろう事実を混ぜこぜにして、面白おかしい話に仕立て上げたが最後、踏み込むことを許してくれない。
お前達をわずらわせるものは一つもないと示されるのが寂しいと思うのは、男の持つ無敗の弁護士という冠への疑いに繋がる。
だとしても、『家族』なのだ。
「それでも拙僧はイヤだ」
男の、獄の心映えを踏み躙る汚い言葉を垂れ流す口なんて縫って塞いでやりたい。
親しい者と共にいるだけで悪様に罵られるなんて、おかしな話じゃないか。
そんな腹の内さえもお見通しの男は、さっきとまるで違う、子供っぽくも感じる表情で笑った。
「一番信じてほしいヤツが自分の事みたいに怒ってくれるのは悪くない気分だよ」
満足げに細められた目とゆるやかに弧を描いたくちびるに、それ以上は何も言えなくなってしまう。
本当にこいつはずるくてかっこいい大人なのだ。
俺を真っ当な大人の男と信じて疑わぬ子供のまっすぐな目が眩しくて、痛い。
綺麗な金色が自分に向けられるほのぐらい欲望にまるで気付かないまま輝くのに、罪悪感が募る。
それでも、ただ一つ欲しいこころは金では手に入らない。からだだけならばいらない。この手におさめるならば全てを。
そうでないならば、何一つだって欲しくはない。
2024/6/14
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