断頭台が泣きわめく
子供の体温は高い。
ぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうをしてくる子供などは特にそのきらいがあって、触れたところから汗ばむような感覚すらある。
「離れろ空却!」
「ヤァダよ。誰が逃すか」
「逃げねえから離してくれ……」
熱いだけで逃亡の意思はないと何度も言って聞かせれば、ようやく少しだけ離れたものの、依然として状況に改善は見られなかった。
「信用がない」
「信頼はしてるぜ?」
「そりゃどうも」
はあ、とため息をついて見下ろした先、出会った頃より殊勝な態度の中坊がこちらを見上げているのと目が合った。
事務所に押しかけては騒動を起こす子供は他にもいるからあやし方は覚えたものの、漢気に惚れた、と交際と結婚を迫る子供のあしらい方は会得出来ていない。
今日も今日とて火傷しそうな愛情表現をしに襲来した子供をどうにか所長室に押し込むと、獄、と呼びかけられながら腰あたりにぶら下がられた。
わかっているのかいないのか、コアラのようにくっついた子供の顔のあたりにちょうど下腹部がきて、たいそう際どいことになるのだ。
今はフリーだが少し前の恋人は積極的で、この体勢が別れたきっかけと被る。自宅のデスクの下に入り込んで——などというアダルトコンテンツみたいな事をしたがったから、防犯カメラが設置してあると遠回しに断るとますます燃え上がって辟易した。
そもそも分別なくそこかしこで行為をするのが我慢ならない。自宅ならば多少は譲るが、わざわざアブノーマルなプレイをするのは断固拒否だ。
多少揉めたが、相手も『性格の不一致』には慣れているのか最終的には円満に解決した。話し合いの最中に、獄とは相性がいいと思ったのに、と何度か残念そうに言われたが、どういう意味かは聞けなかった。
そして今。俺は、逃げるな、本気だ、と言う子供を前に、この至近距離で、事務所という公の場で、己がおかしな反応をしないようにするので頭がいっぱいだった。
まこと、疲れと苛立ちとアダルトコンテンツめいた思い出は恐ろしい。
現実逃避しても仕方ないが、現実逃避もしたくなる。子供は現在進行形で際どい位置を陣取っているのだから。
一方的な気まずさに、熱いほどだった体が急速に冷えるのを感じた。このまま何もかもがおとなしくなってくれやしないかと思うのに、体が心を裏切ろうとする。
社会的な死を前に本能がいらぬ仕事をしているらしい。やめてくれ、余計に命が危ない。徐々に迫り来る限界を子供が察する前にどうにかしなければ。
「……獄は」
「っ、なん、だ?」
「拙僧に、コーフン、すんの……?」
際どく、危うい部分に密着したまま、ちらちらと上目遣いで問いかける子供は実に目の毒だった。
挑むような、恥じらうような、嬉しそうに、けれども戸惑ってもいる表情は、こちらの腹の内をわかっている。確信だった。
「——馬鹿言うな、とっとと離れろ」
「はぐらかすんじゃねぇよ」
「駄々をこねるな、わかったら離れろ」
「ヤダって言ってんだろ」
「空却……っ!」
多少乱暴なことをしてでも引き剥がそう、とした時だ。
ちゅ、と場にそぐわぬかわいらしいリップ音が響くと同時に、どうにか抑え込んでいる危険地帯に何かが触れた。
言うまでもない。言うまでもないが、だからこそ言いたくないし、言葉にしたくないし、理解をしたくない。
「……拙僧のファーストキス、あげちまったじゃねえか」
囁くような小さな独り言は俺にだけ届くように調整されていて、煽りなれた声音が頭をガンッと揺さぶった。
あらぬ部位に初物のくちびるを捧げられた衝撃を引きずる馬鹿な大人の隙をつき、するりと離れた子供が立ち上がる。
いつもより緩慢に伸びた背の理由は考えるまでもなかった。手持ち無沙汰を装って後ろ手を組み、気持ち前のめりの子供もまた、限界を迎えていたのだ。
2024/11/22
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