今生丸ごとテイクアウト
待ちに待ったいい肉の日だぜ、と嬉しそうに笑う恋人の好物は唐揚げで、前もって集めていたのだろうセールだの限定商品だののチラシを所長室のテーブルに広げている。
メールチェックをしてパソコンをシャットダウンするだけ——という段階で、待ち合わせよりも早く現れた恋人は待っててやると尊大に客用ソファとテーブルを陣取ったのだ。
毎年の行事だから互いに予定を調整して、今年は夕方から連れ立って回る手筈になっている。恋人が午前中に一人で行った店にはバツがつけられていて、クーポンもいくつか使われていた。
慣れた様子で茶を持ってきた所員が、今日はこのあと所長とお出掛けですよね? 食べ歩きですか? などと盛り上がるのを横目で観察する。
「そ、でぇと♡ ってヤツ」
こちらへと視線を流し、にまにまと口角を上げる恋人の『でぇと』の言い方はわざとらしくたどたどしい。
育ちのせいか年齢と外見の割に妙にカタカナ語に弱いとはいえ、『デート』を知らないわけがない。
煽るように色気を大盤振る舞いしながら拙く言葉を紡ぐくちびるがつやめくのに無性にイラついてしまう。
楽しんできてください、と丁寧に、けれども素早く立ち去る所員は痴話喧嘩に巻き込まれるのをスマートに回避した。
「俺はそんなに食えんからな」
「なんだよ、ずいぶん弱気なこと言ってんじゃねーか」
「……お前はいくつになってもよく食いそうだもんなあ……」
「獄だってたいがいだろ」
「そりゃ同年代よりは食える方だがな」
手早くチェックを終えて恋人の隣に座ると、チャレンジサイズと銘打たれた唐揚げに大きく丸がつけられているのを見つけてゾッとした。比較に並べられた通常サイズの大きさも定かではないが、肉塊を丸ごと揚げたとしか思えない。
やんわりと無理強いしないように訴えると、ハタチにもならない子供からの過大評価が降ってきた。身一つで山にこもる恋人の頑健さと健啖ぶりならば、今の自分くらいの歳になろうが問題なく平らげるのは想像に難くない。
だがそれは恋人だからであって、俺には無理、と断ろうとした時だ。
「拙僧がもう無理、やめろって言っても聞きゃあしねぇでガツガツ貪るクセに?」
日頃の無体をいじる声は三日月のように弧を描いたくちびるからさらりと放たれた。
愉快さは滲むものの先ほどまでと同じ、あまりにも自然な口ぶりもあって答えに窮してしまう。
勢いまかせに、それは『食べる』の意味が違うなどと言えたらよかったが、一本取ったとばかりに細められた金色に目がくらんで言葉が出てこない。
「拙僧のコト、もう食えねぇ?」
残念、とくちづけを強請るようにすぼまったくちびるに、今度こそぐらりと揺さぶられ、我慢ならずに喰らいつく。瞠目する金色は甘噛みすれば簡単にとろけて落ちた。
綺麗な薄桃色につやめくくちびるは見るからに甘そうで、実際、味はしないがふにふにとやわく弾力があり、ずっと食んで吸っていたくなる。
口の端から涎がしたたり落ちた頃合いでじたばたと暴れだしたからしかたなく解放すれば、恋人はいっそう熟れて匂い立っていた。
「おかわりは?」
「まず唐揚げッ!」
うるんだ目で睨まれてもかわいいばっかりで、困ったことにも誰にも見せたくないしどこにも行かせたくない。
今が一番美味い恋人をどうにかこのまま持ち帰り出来ないか、どうにか唐揚げよりも俺を選んでもらえないか。
真っ赤な耳に囁くオーダーを通らせるべく、恋人が逆らえなくなる声が出るよう、喉をふるわせた。
2024/11/29
BACK
作文TOP/総合TOP