犯さずとも甘く
キスをしたい、と上目遣いで見つめられ、ぷるんとしたくちびるが間近に迫る。
ほのかなミントの香りを漂わせる無着色のリップクリームの艶めきは年齢相応に幼いもので、これにぐらついたら負け——と気を引き締めた。
「……あのな、空却」
「なんだよ」
「俺は中学生は対象外なんだ……」
「獄は拙僧の対象内だぜ!」
「お前『は』な! 俺は違うんだっつうの!」
意気地なし、とぶうたれる子供は今、俺の膝の上に乗っかっている。
事務所のデスクで仕事をしているところを襲撃され、逃げる間もなく真正面を陣取られた。
両手を首に回し、ぐ、と近寄るたびにあらぬ場所が擦れ合う。
耳年増の中坊は身体ばかり立派に育ち、頭はてんでガキのままだ。
「わかったら退け」
「わかンねぇから退かねぇよ」
「……ここでキスしたとして」
「なんだよ! してくれんのか?」
「それで終わりになると思うか?」
例え話の途中で前のめりになる子供の腰と尻を掴んで抱き込むと、びく、と細くて薄い身体が跳ね上がる。
喧嘩だの修行だのを欠かさぬ身体は筋肉もついていて、同年代の中では鍛えられている——が、あくまでも同年代の中でしかない。
まだまだ頼りない未成熟の身体は、ぐ、と力を込めれば痕が残ってしまいそうで不安になった。
それでもこれは怖がらせよう、嫌な思いをさせよう、としてのことだ。
顔が見えない子供が何事かを言うのを無視して触れた場所を撫でさする。
「や、」
切羽詰まってひっくり返った、聞いたこともない子供の声に思わず手が止まった。
『や』が含まれ始まる言葉は概ねほぼ確実に拒絶を意味するもののはずだ。
望まぬセクシャルハラスメントがようやく荒療治として機能したと手を止めると、子供の方から身を引いた。
羞恥か怒りでか赤い顔は、いつものように眉を顰めているがどこか気まずげで、きちんと誤解をといてやらねばと思わされる。
意味不明でめちゃくちゃなことをするこの子供のことは嫌いではない。むしろ好ましくすら思っている。だからこそ勢いまかせのような行為を止めたかった。
「わかったろ空——」
「や、らしいこと、すんのは……獄んちが、いい……」
拙僧、はじめてだし、とわかりきっている告白と予想だにしない回答に二の句が継げなくなる。
膝の上、薄桃色のくちびるをふるわせて、こちらを社会的抹殺に追い込もうとする子供は嫌になるほど綺麗で、おそろしくかわいらしかった。
ほとんど完成した美貌を力一杯にクソガキ、と叩き倒す俺にいつか感謝をしてほしい。
2024/12/20
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