奴隷の身支度

 頭のてっぺんからつま先まで誇りと美学で出来た男を滝行に誘ったら、サロンに行くから、と断られた。

 梅雨と夏の悪いところが混ざり合い、着の身着のままで修行に行こうとすると止められるようになった時分。涼を求めて押しかけた先の所長室で涼しくなれンぞ、と声をかけたのだがすげなくフラれてしまった。
 しかし、さろん。
 聞いたことはあっても馴染みがない。檀家のジジババが言うのと、ねーちゃんにーちゃんが言うのは違うもんだったりして混乱したこともあるが、こんがらがったままそういうもんがあることにした。
「……何想像してるかわからんが、ネイルサロンだよ」
 ほれ、と掲げられた――自分でもケアしているが時間を作ってプロに見てもらっているという手――爪はたしかに綺麗に整えられている。
「コレも信用商売ってヤツ?」
「普通は小汚い寝巻きみてえな格好の人間より清潔なフォーマルウェアの人間のが信用されんだよ」
 お前はそうじゃないだろうが、という見えない枕詞を無視して、へぇ、とだけ返す。
 人間は中身と言うが性根も行いも顔と体に出るものだ。見てくれは綺麗でも腐った性根をあらわすような目をしたヤツもいれば、外見は汚れて傷んでいてもまっすぐで美しい姿勢と同じ生き方のヤツもいた。
「十分キレイなモンだけどなぁ」
 ほんの少し伸びてはいるが、割れたりガタついてもいないツヤツヤの爪を眺めているとサロンに通う必要が見出せない。おそらく素人にはわからない違いがあるのだろう。凝り性の男が用途不明の道具でせっせと手入れしているのが容易に想像出来てしまった。
 こだわりが強くて面倒くさい性格が滲み出る手先につい笑いがこぼれる。
「拙僧も行ってみっかな」
「座ってられんのか?」
 失礼な言葉は聞かなかったことにした。



 出来る限り牙と爪を削いで研ぐ、たとえ突き立ててしまってもやわく沈むように。
 万が一にも刮げたりしないよう、入念に繊細な布や自分の肌を撫ぜ、その上でさらに薄膜を纏わせる。
 そうして最後、潤むよう、滑るよう、粘着質な液体を塗してようやく恋人の身体の中を暴くのだが――

『コレも信用商売ってヤツ?』

 それもあるが、それだけじゃない。
 ほとんど全部お前のため。
 そう言ったら聡い恋人はきっと爪痕を残すのをやめてしまう。
 可愛い可愛い赤毛の猫が爪をとぐのは俺の背中だけでいい。

2024/7/6


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