熟れた果実は重く垂れる
寺に遊びに来ていた子供が、恋人をテレビ番組の悪者に似ていると騒いだ。
曰く、みたこともないくるまにのっていて、みたこともないかみがたで、みたこともないふくをきているから。
そう言われると恋人の美学の粋を集めた格好は、見慣れないものばかりなのだろう。
くーこーやっつけて! にーちゃんやっつけて!
うんうん、と心の中でひとりごちていたら、髪色を理由に正義の味方と懐かれる自分へ恋人を倒す任務が生まれていた。
なんで俺が悪役なんだ、と足下で騒ぐ子供達に文句を垂れながらも、けして必要以上に声を荒げない恋人は見かけに反して優しい男である。しかし悲しいかな、理解してくれる者は少ない。
一番年下の子供が今にも泣き出しそうなのに、仕方なく手を刃のように構え、恋人の頭へと振り下ろした。
恋人を迎えに車を走らせ、駐車場で降りるなり子供に囲まれ、悪者だ、まおうなんちゃらーだ、などと騒がれた。
子供によく懐かれる恋人といるとしばしばごっこあそびに巻き込まれるが、悪役をやってやるのと悪役だと本当に泣かれるのは話が別だ。
仕方なかったのだろう。頭へと手刀を振り下ろした恋人が、悪いヤツはやっつけた! こいつはもう拙僧の子分だから大丈夫! 今からこいつの車でパトロールに行くぜ! と強引にまとめて車に乗り込んだ手腕を褒めていいのか迷っている。
おかげで大きな遅れもなく久方ぶりの逢瀬が叶ったのだが――
「ご、め……」
ん、と言いたかったはずの声は吐息でかき消され、そのまま、きゅ、とひき結ばれたくちびるに飲み込まれる。
動きだけは派手だったものの頭に当てられてはいない手刀は、入念にセットした髪だけをぐちゃぐちゃに崩し、その仕事をまっとうしてくれた。
直すにも時間がなく乱れたまま家に着くと、玄関に入るなりあらためて悪かったな、と頭を下げられた。傷つけずにわかりやすくダメージを与えたと伝えないとおさまらないのだと困った顔をする。
眉尻を下げて詫びる恋人は気づいていない。子供達の大好きな『くうこうにいちゃん』を奪う存在として、俺が無意識に敵視されていることを。
発車する直前の声は半分くらい恋人を引き止めるものだったが、子供達が轢かれないように誘導して焦っていた耳には届ききらなかったのだろう。もしくは引き止める声さえごっこあそびの範疇と思ったか。
「なんで子分にした悪いヤツに謝ってんだ? 正義の味方のくうこうにいちゃん?」
「ふ、ぅ……っ」
いつまでも玄関先で話しているわけにはいかない。とりあえず茶でも、と言うより早く、恋人の熱っぽい視線が突き刺さった。ほんのついさっきまでの快活さをどろりとした欲望に塗り替えた目は、正義の味方がしていい色をしていない。
本当は問うまでもない。久しぶりに会って、どこぞへ出かけるでもなく家へと連れ込むのだ。互いに目的など一つきりしかない。
恋人に非はないが禊を済ませて安心したのだろう。すっかり期待しきった表情になっていたから、腰を抱き寄せ、さらに下へと手のひらをすべらせた。
優しく撫でるだけでびくびくと跳ねる身体にいたずら心が湧き上がる。ぷりんと引き締まったまろい尻をほぐしながら、まったくだ、酷い目にあった、と囁けば、先ほどよりずいぶんつたなく謝罪された。
手のひらに馴染む感触を堪能しながらいっそう問い詰めると、恋人はもはや甘たるい息をこぼすばかりで意味のある答えを出来ない。こちらにしなだれかかる足は頼りなくふるえ、不埒な手のひらに自ら擦り付けるようにしてしまう。
おとなげない優越感を満たされて、今度は嗜虐心が湧き上がって止まらない。何と言ってやれば子供達の正義の味方は悪い大人に嫁いでくれるだろうか。
火傷しそうに熱い肌は、もうとっくに堕ちている。
2024/8/2
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