おとなごと
まだうららかと言えた初夏。獄の我慢ならないもんに何十、何百度目かの自分があげられた。
そうやって毎度のごとく無限に増え続けていく『二つ』を、はいはいと流していたのが悪かったのだろうか。いつにない真剣な顔で深く重いため息をつかれてしまった。
ため息もまぁまぁよくあることだから、と流しかけたものの表情は変わらず厳しい。眉間に寄ったシワも深く、これはちょっと不味いかもしらん、と思ったときだ。
「俺は、お前みたいなクソガキが本ッ当に我慢ならん……!」
苦々しげに吐き出された言葉は疲労感が強く、怒りと苛立ちを露わにしていた。嫌悪や軽蔑、不快さが混じっていなかったのを良かったというべきか。
なにより口ではああだこうだ文句を垂れ流すものの、最後の最後には甘い男がこんなにも強く反発するのに驚いた。
本気かそうでないかくらいの区別はつく。あれは腹の底から引きずり出してしまった本音だ。
すぐにしまったとばかりに気まずそうにされたのもその証左だろう。
もごもごもぞもぞと尻の座りが悪そうにする獄に、なんともなしに対抗心がわいた。
もう数ヶ月もすれば二十歳になる。十八歳成人などと言ってもガキはガキだとうそぶく『オトナ』に目にもの見せてやろう――そう、思ったのだ。
「獄、また手土産か? しょっちゅう来んのに毎回悪ィな。拙僧はあんま詳しくねぇけど、これ入手困難って言われてるやつじゃなかったか?」
「……いや、たまたま、手に入ったんだ。この前、うちの事務所で十四と話してたろ。そうしたら、たまたま、ポップアップショップがやっててな……」
「ぽっぷあっぷ……? 出店みたいなもんか? 並んだんじゃねえの?」
「並びはしたが、長蛇ってほどでもなかったからな」
「やっぱ並んだんじゃねえか……毎回毎回いいんだぜ? でも、ありがとな」
気になってたから覚えててくれて嬉しい、と差し出された手土産を両手で受け取ると、ああ……、と怪訝そうな顔をされた。失敬なヤツだ。
気遣いがないだの乱暴だの傍若無人だのとぶつくさ言った総括に『クソガキ』とのたまったから、真反対の言動を心がけてやったのに。玄関先で出迎えて二、三言葉を交わしただけでこのザマだ。
ここ最近の獄へと対応は、父親に絶対に粗相をするなと散々言い含められたおつとめくらい気合いを入れてやっている。
丁寧に、上品に、けれども親しみやすく――身なりが派手で信用ならぬと断じてきた相手も、生まれ持った髪と目以外の装飾を落として法衣を纏い、ふさわしい振る舞いが出来るのだと見せてやれば掌をくるくると返した。
普段と言い方や仕草を少し変えただけで、本質は何も変わっちゃいないのに馬鹿らしい。笑い出したくなるのを抑えてにこりとすれば、素敵な跡取りさん、なんて。ダメだ腹が捩れて死ぬ。
疲れはしても出来なくはない。『オトナ』の言う良い子を演ってやるなんて簡単だ。獄だってこれなら文句はないだろう。二度と忌々しげに『クソガキ』と言わせはしない。
「獄? やっぱ最近暑いのに出店に並んだりすっから……」
「違う、大丈夫だ」
なのになんだってコイツはこんな反応なのか。
お望みどおりの良い子を演ってやってるのに、顔色がどんどん悪くなっている。
完全な他所行きの良い子では気持ち悪いと言うだろうから、違和感がないていどにして演っているのが逆に気になるのか。自分で言い出したクセに面倒くさい男だ。
「もうすぐ十四も来るぜ。これ見たら絶対喜ぶぞ」
「ああ、そりゃ良かったよ」
全然良くなさそうな面をして何を言う。喉の奥に刺さった小骨がどんどん増えていくみたいにウンウン唸っているのを下手くそに隠して笑われても、見ているこちらがモヤモヤとする。
全てではなくともわかることはある。『家族』なのだ。
だいたい、やめてほしければ言えばいい。自分が言い出しっぺだからこちらが飽きるまで黙っていようという魂胆だろうがそうはいかない。
言ったことの責任を取る――自分で自分の尻を拭く――のが大人だろう?
互いに腹に一物も二物も抱えた笑みを浮かべながら客間へと向かった。
俺には我慢ならないものが、と言い始めると、まあガキ共がやかましい。
いつものだろと、と流されたり茶々を入れたり。
それでまた三つ四つと増えていくのだが――
「そんじゃな獄、無理すんなよ」
拍子抜けするほど穏やかに終わった集会は、思えば最初からおかしかった。
以前なら一つ憎まれ口を叩こうものなら倍以上になって返ってきて、そこからひとしきり言い合いになる。第三者に止められることもあれば自然におさまることもあり、その時々によるが大体はまたやってると周囲に揶揄された。
今日は寺での修行……という名の空却の思いつきで十四と揃って呼び出されていたのだが、到着した時点であの不良坊主が大人しくおつとめをしていた。
最近馴染んできたやわらかい物腰で案内をする様を眺めてから、良い子にしてんじゃねえか、と明らかに噛みつかれそうなことを言ったのに、拙僧ももうガキじゃねぇからな、と綺麗に流された。
ふ、と口元だけ微笑むように上げた顔はたしかにずっと大人びて見えたものの、なんとなく張り合いがない。むしろ吠えつかれることを期待して煽るような言葉をかけた自分が幼稚に思えておもはゆかった。
それでも僧侶として、大人として外向きの振る舞いを改めただけだろうと思っていたのだ。この頃は人目のある場所でしか会っていなかったから、態度を崩せなかったのだろう、と。ところが居住区域内に入っても空却の態度はそのままだったのだ。
もちろん多少はくだけていたが、以前はもっと粗野で荒っぽい。気遣いも礼も絵に描いたような悪ガキの言動であらわされてきたのに。
混乱したまま勝手知ったる客間に案内され、十四が来るまではと事前に用意されていた菓子を差し出された。飲み物を持ってくる、と離席するのを見送ると、自然、大きなため息が吹き出した。
一体全体どうしてああなったのか。気持ちが悪いとは思わない。だいぶ遅いが年相応の礼節をわきまえたのだと言われたら納得する。
もとより整った顔立ちで寛容に微笑む姿は父親である住職にも似ていたし、仏や菩薩と言われて想像する神々しさすら感じられた。無理をしている様子もなく、自然にこなしている姿は後継としていかがなものかと言っていた者達も黙らせることが出来るだろう。
文句のつけようもない。見るからに不良じみた外見も装飾品のたぐいは控えめになっているし、所作は見違えるほど品よくなった。ごく稀に鳴りを潜めた荒っぽさが覗いても、親しみやすさに変換される。
正直に言えば煩わしく悩まされる回数は減った。空却に対して我慢ならないと声を上げたのはいつが最後か。他のものへと向けたそれを穏やかに受け止められた記憶しかない。
一番最初に『家族』だ、と幼く笑った顔を思い出す。もうすぐ二十歳になると思えない無邪気さと、相反する達観でしっちゃかめっちゃかにされるのは、ずっと変わらないままだと思い込んでいた。
親しき中にも礼儀ありという言葉もある。無いから持てと言い続けたそれをついに空却は持つことにしたのだ。こちらの希望どおり、頼んだとおり。ムラっけさえなければと惜しまれた子供は、その才に違わぬ自己制御を成し遂げている。
望ましいはずなのに――そう悶々としていると、十四も着いたぞ、とコンビニ菓子を携えた弟子を連れて戻ってきた。
こころなし手厳しさが減った師匠に十四はいっそうよく懐いている。危ないからコップ持つっすよ、というはりきった声が部屋にまで聞こえてきて、毎年見る巨大なやかんいっぱいに作った麦茶を運んでいるのだろうとすぐにわかった。ありがとな、という声は前よりも小さいものの通りの良さは変わらず、好意がわかりやすくなっている。
見聞きしなくとも十四がぱぁ、と笑ったのがわかった。やかん重くないっすか、自分まだまだ持てるっす、と言うのを、それじゃあ拙僧が手ぶらになるだろ、とあやす空却も笑っている。暑さから離れた、そこだけ春の陽気のような穏やかさで廊下を歩いているのが二人の会話だけでわかった。
からりと襖が開くと、案の定巨大なやかんを持った空却が待たせたな、とすまなそうに眉を下げる。すぐ隣でコンビニ菓子が詰まった袋とグラスの乗った盆を抱えた十四が、お待たせしたのは自分っす! と慌てていた。気にするな、そんなに待っていない、と取りなすと、じゃあこの話はおしまいだな、と空却が眉を下げたまま笑う。
和やかで、穏やかで、少しだけ騒がしい。空却は十四を優しく叱咤しながら可愛がり、十四もそんな空却に懐いて慕う。俺に対しても年長者への敬いをあらわしながらほどよい気安さも見せて以前よりずっと頭も胃も痛くない。
まただ、望んでいた平穏に限りなく近い、ほぼ最良のはずの状況がどうしてかひっかかる。いつまでもヤンチャな子供なままではいられない。十四の泣き虫が少しずつおさまりつつあるように、空却も年齢相応の落ち着きを得るのだろう。
それは成長や変化と呼ばれる、歓迎されるべきものなのに。俺は、なぜ目の前の空却を上手く受け入れられないのか。
戸惑いを上手に隠すことに注力した話し合いは、中身がほとんど頭に入って来なかった。今までなら中身らしい中身などなかったのだが、最近は雑談で脱線しても空却が軌道修正するようになって驚くほど真面目に取り組んでいる。
菓子を食って駄弁って無為に時間を消費するのがなくなったのも良いことだ。お互いに忙しく時間を合わせるのだって楽ではない。前触れなく強引に山に連行されたり意味不明に挽肉を素手で叩かされたりしたのがおかしかったのだ。
各々に最近聞いてハマった曲。歌詞だけでなく広告でも本でもいいから響いた言葉。そういったものを語り合うのは自分の中の琴線が何に反応したかを分析する手立てになる。話すことで俯瞰し、他人に指摘されて気づく、一人では見落としてしまうことを掬い合うのは有益な対話だ。切り替えきれない頭と心が腑に落ちないと叫びさえしなければ。
そうしてはじめに戻る。
空却に集中出来ていないのを指摘され、十四と揃って夏バテかと責めもしないで心配された。冗談めかしすらしないで案じられるのに余計に掻き乱される。大丈夫だ、と言う声の説得力の無さは誰よりも、自分自身がわかっていた。
二人に帰った方がいいと促され、見送られる。べしょりとべそをこらえる十四を宥めながら気遣わしげに微笑む空却に、こちらが問いかけたかった。
お前こそ、無理をしているんじゃないか――、と。
とっくにうららかなどと言っていられない灼熱の真夏日の真っ只中。ようやく暑さがおさまるやも、と囁かれはじめた頃。二十回目の誕生日を迎えた。
朝から寺は大賑わいで、観光客がなんか祭りでもあるのかと首を傾げている。よもやただの一修行僧の誕生日とは思うまい。
祝いの言葉、人によってはそれに加えてプレゼントを。折り紙で出来た金メダルを首からかけられて優勝を貰ったり、商店街の割引券だのクーポン券だのを貰ったり、御馳走を食べるだろうから、と日持ちのする菓子を貰ったりした。
DRBを観てファンになったという人間の一部から、妙に重たかったり軽かったりする内容不明品を貰ったのは後で来るプロに相談する。
八月に入ってから観光客だの以外は切り替えた言動に違和感を持たなくなっていた。そういう散歩ついでに日参するような人間には誕生日も把握されている。もう大人だもんなぁ、十八歳成人なんて言ったって酒が飲めるのは二十歳だしねぇ、なんて早めの祝い――なのか?――の言葉も頂戴したりもしていた。当日は有難いことに大人気なのだ。
ずっと黙って様子を伺っていた父親や兄弟弟子連中も、誕生日という節目でか、ようやく分別がつくようになったか、と目を潤ませたり肩を叩いて喜び合っている。いくらなんでもそこまでするほどじゃないだろ。
まだ来ていない十四は最初は何か変なもの食べたんすか? なんて失礼なことを言っていたのに、あんなに暴れん坊でやりたい放題だったのに人間って変われるんすね……! 自分も頑張るっす! ともっと失礼なことを言いやがった。そのくせ引っ叩かれないとわかっているからベタベタ引っつく頻度が上がったあたり図太い。
警察なんかにはようやく手を出さずに通報してくれるようになったと諸手を挙げて喜ばれている。身近なプロにどこまでなら過剰防衛にならないかを叩き込まれていたから、そういう意味でも楽でいい、とこっそり言われた。どこにも不良はいるもんだ。
どうあれ数ヶ月続けた『オトナ』ごっこの成果は良好だ。はじめは疑っていた連中も、今では変わった、成長した、大人になった、と讃えるのがほとんどで、ほんの数人がちょっとだけ寂しい、と謝罪とともに教えてくれた。
「……まさかお前がその数人側なんてなぁ……」
はぁ、とため息をついてひとりごちる。もうすぐ十四と連れ立って来るはずの少数派の男は本当に難儀だ。
ほとんどの人間が歓迎している状況を、たった一人だけ曖昧に濁した顔で受け入れたフリをしている。
父親と警察を筆頭に、名指しで肩の荷が下りただろうと言われたにも関わらず、表情は浮かないまま。
誰よりも面倒くさい、この『オトナ』ごっこのきっかけになった男。
「獄は、拙僧にどうなってほしいんだよ……」
わからないまま祝福は続き、両手が抱えきれないほどの贈り物で埋まった頃、渦中の男はあらわれた。
「空却さん! お誕生日おめでとうございますっす!」
プレゼントいっぱいっすね、と言いながら、ひょいひょいとつり下げた袋を預かり、小さなものは自前のエコバッグにまとめてくれた。ファンからの差し入れで慣れているのか綺麗に素早くしまうのが上手い。
「おめでとさん」
続けて祝いの言葉をかけられた、が。一応、口角は上がっているものの、うっすら苦々しさをたたえた獄の目は、心底からの満面の笑みの十四と並ぶと悪目立ちする。ぶっきらぼうな風を装うにも上手くない。最近めっきり言われなくなった、クソだのバカだのガキだのと罵られていた時の方がよほど親しげで情を感じられた。
獄の我慢ならないもの発表会はすっかりなくなったが、新たな面倒くささは終わる気配がない。
今日もこのままかと内心で頭を抱えていると、十四だけに持たせられない、と手元に残ったほとんどの袋を掻っ攫われ、皆まで言わずとも家へと向かって歩き出した。
兄弟弟子に一旦貰ったものを置いてくると告げ、ずんずんと先を行く背を追いかける。
「二人ともありがとな。……獄は、調子良くないのか?」
礼を言い直しながら、遠回しに様子が変だと伝えるも、暑いから、と一刀両断にされた。後ろの十四が着いたら休憩っす! と明るい声を出していたけれど、先頭を進む背中の返答はにぶいまま変わらない。
幸い、寺から家への距離は短いからすぐに到着した。
ひとまず玄関に入り、手荷物を置く。誰か一人が必ず控えているからエアコンの効いた室内は生き返るような心地で、はぁ、と一息ついて、背中しか見えなかった男の顔を覗き込んだ。
「獄、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ」
顔色は悪くない。汗が出過ぎてもいなければ出なさ過ぎてもいない。受け答えも普通。ただ、やっぱりこちらを見る目が苦しそうだった。
「……嘘、つくなよ……。最近ずっと、拙僧のこと、辛そうな顔して見てるの、なんでなんだよ……」
『家族』だからわかる。いくら周りが弁護士先生は急な変化に戸惑っているんだ、面倒見がいいから寂しいんだ、なんて言ってもわかってしまう。
「獄は、拙僧が『オトナ』になった方がいいんじゃねぇのかよ……!」
まだ玄関先。大きく響く引き戸の音で、そろそろ奥から控えた誰かが来る。それなのに、汗だくのまま突っ立って、こんな話をはじめてしまった。
「拙僧は! 獄がお前みたいなクソガキは我慢ならんっつぅから! 文句なしのオトナになってやろうってしてンのに! なんで言い出しっぺの獄が喜ばねぇんだよ!」
今年の誕生日、いよいよ本当に大人になると言われて、それで、だから、大事な『家族』に、絶対に祝ってくれる『家族』になんかしてやりたかったのに。
「そりゃ、ちょっとはぎゃふんと言わせてやりてぇとも思ってたけど……でも、なんなんだよここ最近の不貞腐れた面は! 拙僧にどーしてほしいんだよ!」
状況は最悪だ。奥に控えていたのがよりにもよって父親と古株の兄弟弟子で、何が起きているのかわからないと呆然としている。十四はかわいそうなくらいおろおろとしていて、えと、その、と取り成そうと吐いた言葉を飲み込んでは、所在なく手を振っている。
問題の不貞腐れ男と言えば、数ヶ月ぶりに眉間にシワを寄せ、完全に喧嘩を売る時の睨み方をしてがなったのにも関わらず、睨み返すでもなく、目をそらすでもなく、それはそれは嬉しそうにした。
明確な破顔ではなかった。ただ、ひどく苦しそう、辛そうだったのが、すっかり晴れていたのだ。
なんでか全然わからない。ここ数ヶ月もさっぱりわからなかったが、今が一番わからない。実は暑さでヤラレてしまったと言われたら信じるていどには理解出来ない。
それはたぶん、ここ最近の獄をよく知る十四と、途中から来た父親と兄弟弟子もで、獄以外の全員が頭にはてなマークを浮かべていた。
じ、と見つめる視線に促されたのか、輝きを取り戻した鋼色の目がこちらをまっすぐと見つめている。良い事、の、はず……なのだが、どうにも状況がわからず、とりあえず睨むのはやめて見つめ返した。
「……俺は、空却が急に落ち着いて、聞き分けがよくなって、自分勝手に暴れ回ったりしなくなって、正直……ものすごく助かった……」
「良かったんじゃねえかよ」
獄に向かっていた視線のいくつかが叱り咎めるものとなって飛んできたのを無視して、話の続きを催促する。
「本当に助かった……持て余したエネルギーの発散と思いつきに付き合わされて山だの滝だの変な食いもんだす店だのに連れて行かれなくて本当に助かった……」
「親父がいるからってここぞとばかりに文句言ってねぇか?」
「言われるようなことをしてたんだろうが。ともかく、警察だの自治体だの管理団体だのからの呼び出しもなくなって俺は助かってた……!」
本当に申し訳ない……と頭を下げる父親と兄弟弟子に目だけでお前も謝れと訴えられるが当然無視をした。
だって、それじゃあなんで滔々と文句を垂れ流すこの男は、その文句の原因がなくなったのに不満そうにしていたのだ。
「わっけわかんねぇなァ? そんなに助かってたっつーのに、なにがご不満だったんだよ」
「それは……」
「それはァ?」
肝心要、一番聞かねばならない部分をようやく吐く。散々やきもきさせられたせいで、胸ぐらを掴んで恫喝するような距離と表情になったのを止められたが、それも無視した。
イイコのオトナのようにしたって、こいつは喜びゃしないのだ。お行儀よくするだけ損をする。
「……お前が、赤の他人にするみたいな態度を、とるからだろ……」
「は?」
「考えてもみろ! いっつもうるせえ何やっても噛みつくクソガキが、急に育ちの良い小坊主みたいになって年齢相応に気遣いとかしてきたらどう思う」
自分、なんか変なもの食べたんすか? って聞いたっす! と元気よく十四が答えた。途中参戦した父親達のジト目なんていつものことだ、無視する。
「だろう? 俺も最初は困惑して、その次に新手の嫌がらせかと思って、最後にはああ、本当に変わろうとしてるんだろうな……と思った」
「そんならそれで良かったじゃねえか……」
「良くないからこうなってるんだろ!」
「なんで拙僧がキレられてんだよ……」
だいたい、だ。
「赤の他人にするみたいって言うけどな、そこまで変えてなかったろ」
「いいや、だいぶ変わってたぞ。お前は自分の傍若無人さ、悪鬼羅刹のごとき行いを過小評価している」
「でも獄はその傍若無人な悪鬼羅刹のがいいんだろ?」
全く意味がわからない。いくら他人行儀に感じたからといって、自分が苦労する方がいいのはおかしいだろう。面倒見がいいの範疇ですましていいと思えない。
ぐ、と息を詰まらせて認め難そうにしているが、つまりは自らが人ならざるものの蛮行と喩えた状況の方がいいと言っているのだ。
「……物好き……?」
「本当に失礼なやつだな……。俺は、お前は上手いことやってたと思うよ。ちゃんとやりゃ出来んだなって見直した。でもな、やっぱどっか無理してんだよ」
「無理とか、したつもりねーけど?」
「本当に無理せずお前の言う『オトナ』が出来てたら、俺はお前を他人みたいだなんて感じないと思うがな」
俺に違和感を与えた時点でお前の負けだ、と、見慣れた悪い大人の顔が笑う。さっきまで一人で苦渋百面相をしていたクセにかっこをつけやがって。
「……じゃあ、またベンゴシセンセにたぁっくさん、メーワクかけるけどイイってコト?」
「無理してあんだけ出来たんだ、そのうち自然に出来るようになるだろ」
「そーいや最近暴れてなかったから、体ナマってんだよなぁ……」
「わざと問題起こすのはやめろ」
わざとじゃなければいいということだろう、と指を鳴らすと、あのう、と十四が挙手をした。小学生のときやったような気がする動きに、ハイ、十四くんと指名してやる。
「……空却さんは、前みたいに戻るってことでいいんすか?」
「だって獄が嫌だっつーんだからしょうがねぇだろ。文句は獄に言えよ」
「はぁ!? お前が不自然な挙動をしないで品行方正に振る舞えばいいんだろうが!」
数ヶ月ぶりの言い合いに十四と父親、兄弟弟子が空笑いをして目を合わせたのが視界の端に入ったのを、ほんの少しだけ申し訳なく思いながら前を向き直す。
言われたとおり無理をしていたのかもしれない。また我慢ならないと言われるだろう。
でも、『家族』にあんな顔をさせるより、ずっといい。
――かくして、長いようで短い鬼の霍乱は終わりを告げた。
後に『住職は成人を迎えて逆に子供返りしたことがある』と永らく面白おかしく語り継がれることになるのを、当の本人は鷹揚に笑って許したという。
2024/8/21
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