灯台下暗し

 寺生まれの宿命というやつか。
 耳にできたタコが連なって、ぶら下がって地面に着くくらい、何度も何度も言われたセリフがある。

「怖い話ってある?」

 霊感とかあるの?お化け見たことある?御祓とかするの?寺生まれってやっぱすごいの?ー言い方は違っても聞きたいことは全て同じだ。
 五感でしることの出来ない何かが本当に在るのか。
 もちろん相手によって返事は変える。それっぽい噂話をしてやったり、ベタに生きた人間のが怖いとか、寺に生まれたからじゃなくて拙僧だからすげえんだと教えてやったり。まあ、色々だ。

「で、ないんすか?怖い話」
「ねーよ。いままで何聞いてたんだよ」
「でも由緒正しいお寺っすから、そういうの期待するじゃないすか!」
「寺生まれのKさんにあるのはラップと喧嘩のスキルだけだよ」

 案の定、よく泣くビビりのくせに食いついてきた十四にいい機会だからと「うちにそういう話はないし、拙僧にもクソ親父にもハーッ!でなんとかするような力はない」と説明した。したにも関わらずこれだ。そこはギブアップしろ。今は不退転の心はいらない。というか人の話を聞け。

「じゃあもう普通に怖い話でいいっす!」
「普通に怖い話ってなんだよ!どちらにしろねえよ!」
「たしかに……空却さん、怖いとか感じなさそうっすよね」
「十四、お前たまにすっげえ失礼だよな」
「え!?怖いことあるんすか?!」
「ウチのクソ親父よりおっかないもんねえわ」
「そんなんだと思ってたっすよ……」

 案外、言うときは言う泣き虫の弟子を締め上げながら、ふと思い出す。
 少し前、檀家さんに娘さんがかなり歳の離れた相手と付き合っているのだと相談された。
 思い当たるフシがいやというほどあるから、好き合っているならいいじゃないかと取り成したものの、憂いは晴れない。
「幸せならそれでいいと思いたい。けれども親である自分と同じくらいの歳の差で、将来あの子がひとりぽっちになるんじゃないかと思うと心配で」
 そう言ってさめざめと泣き出した細く薄い背を、優しくさすった。
 人はいつか必ず死ぬものだ。病気や事故でもなければ生まれた順に死んでいく。何もなければ娘さんより先に親と相手は逝くだろうし、ひとりぽっちになるだろう。
「……大丈夫だよ。そりゃ寂しくなることもあるだろうけど、こんなにたくさん愛されてんだ。その思いがきっと娘さんを幸せにしてくれる」
 そうだといいな、そうならいいな。とつぶやく檀家さんの顔は、目はひどく腫れていたけれど来たときよりも明るくなっていた。

「いや、怖くは、ねえなあ……」
「ぐぅ、ごぉさんッ!ギブ!ギブっす!」
「ここはネバギブアップしろや」
「うぐぅッ!」

 一人、遺されることは怖くない。とっくに覚悟はできている。そも自分が先に死ぬことだってあるかもしれないのだ。日々に後悔はのこせない。けれども、背筋が一瞬凍りついた。
 一体何がと考えこむ。ゾッとして、背がふるえ、冷や汗があふれ、喉と口がカラカラに渇く。目の前が見えているのに焦点が合わず、頭の中もぐるぐるとする。
 あの感覚は恐怖だった。怖くて仕方がないと全身が叫んでいた。でも、何がー?
 そして、バキボキと鳴るきしんだ音と悲鳴を聞きながら、急にストンと腑に落ちる。

「あぁ」
「うう、ど、どうしたんすか?」
「獄が死ぬのは、怖いな」
「それは怖い話じゃなくて、ノロケっすね」

 解放した弟子をもう一度締め上げた。

2021/02/01


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