気遣いは人間関係の基本のき

 キスマークとかを見られてザワつかれるのはお互い本意ではない。ましてや相手は暗黙の了解というか公然の秘密なのだ。あ、あの二人……なんて思われたらやってられない。
 そんなごく当たり前の理由で基本的にキスマークはつけない。つけるとしても絶対見えないところ。と決めている。

「でもたまにわざと見えるところにつけてますよね」
「そりゃあいつが悪いからだよ」

 今日だって自分から唐揚げ食いに行こうぜ!獄のおごりで!と言い出したくせに遅れている。サボって抜け出そうとして簀巻きにされているんだろうな……と言わずともわかるから、タピオカをすすって待っていた。獄のおごりで。
 そうして、いつまでたってもタピオカが上手く飲めない十四が、底に残ったタピオカをちまちま吸っているときに、通りかかったカップルがすごかったのだ。
 たまにいる、離れた死ぬのか?というくらい密着して、しまいには軽くおっぱじまってしまうタイプの彼彼女らは、ものすごく、目のやり場に困る。
 獄は露骨に嫌そうに目を背けるが、十四は内心のパニックとは裏腹に目を離せずにいた。こういうときにするりと視線を流せたらいいのにとは思うが、そんな器用ではない。どうにか乗り切ろうとしてタピオカを一個一個吸いながらキメ顔をしていた。
 早く通り過ぎてほしい、と心で泣いて顔はキメる最中、見てしまったのだ。二人の首あたりにびっしりついたキスマークを。

 結果、あまりに膨大な、湿疹か?と疑うレベルのそれに、思わず「獄さんたちがあんまりカップル〜ってしてなくてよかったっす……」ともらしたら「お前そりゃ……」ととうとうと語られたのだ。

「なんで空却さんが悪いんすか?」
「やめろっつっても聞かねえで悪さするからだよ」
「それでキスマークって」
「そうすると暴れらんねえからな、大人しくなる」
「罰ゲームじゃないすか……」

 残り少なくなったタピオカをすすりながら、キスマークの意味を自問自答する。
 大人な、色っぽい雰囲気を感じるものだと思っていたけれど、あんまりそんなふうではない。
 そもそも二人のどちらかについているときも、喧嘩の跡みたいで目を背けたくなるような艶は感じなかった。
 カップルも色々だなぁとひとりごちながら、最後のタピオカ飲み下す。空却がきたのは、そこからさらに一時間してからだった。



 すまんな!と全くすまなそうではない顔で謝りながら、空却がようやく到着した。すると待たせやがってお前がおごれ、絶対嫌だ誰のせいで遅れたと思ってんだ、とさっそく言い合いがはじまる。
 いつものことだ。店から離れた場所でやっているから迷惑にはならないだろう。こころなしいつもより声も小さい。
 でもなんで獄のせいで遅刻したのだろう。

「俺のせいってどういうことだ?」

 イチャモンをつけるなクソガキ、訴えて勝つぞと呪文のように罪状を並べはじめる獄に、キッと目をつり上げる。
 いつもの睨みよりも弱い、というよりもどことなく照れているというか恥ずかしそうというか……。

「背中にキスマーク残したろ」
「残した。服で隠れるし見えないだろ」
「量がおかしいって言ってんだよ!」

 いい機会だ見ろ!と急に十四に向き直って、あれよあれよとスカジャンと法衣を脱いでいく。さすがに全部ではないが、肩甲骨まで剥き出しになるようにずり下ろす。
 髪の毛が長ければいくらか隠れる場所だが、空却の髪の毛はひどく短い。さらけ出されたうなじから下は、それはもうとんでもなかった。
 骨をたどって、花が咲いたようにつけられた赤い痕。ところどころ薄く歯形もある。
 空却の様子からして意識がないかトンでいるときにつけたのだろう。こんなの素面の師匠が止めないわけがない。
 それにしたって『罰ゲーム』でつけられるキスマークとの落差がすさまじい。見ているこちらに否応なく夜を連想させる、色濃く残る情事の痕跡はまさしくキスマークだ。

「わ、わあーーー!服、服着てください!!」

 頭の中で見知った二人のあられもない想像をしてしまったのをかき消して、空却の凶行を止める。
 幸か不幸か十四が背中側に回ればすっぽり隠れてしまうので、そのままの勢いで空却の服を無理矢理上げた。

「……これをクソ親父に見られて延々説教されたのは獄のせいだろ」
「獄さんが悪いっす!」
「待て!事前確認も事後承諾もしてるぞ!」
「量が……ちょっと……」
「そうだぞ。クソ親父もちょっと多すぎて見過ごせなかったって言ってたんだからな」

 恋人と恋人の友人、恋人の親からの猛攻にグ、と喉奥で呻きを上げると、俺が悪かったよ、と渋々折れた獄に、よっしゃ慰謝料!と叫ぶ空却。
 こうして夜の気配を消して見ると歳の離れた悪友みたいなのに、あの背中は間違いなく恋人だった。
 愛と執着、独占欲と支配欲。きっと獄の体にも刻まれている証。
 あと心の底から二人がカップルカップルしてなくて本当によかった、前にも思ったけど本当によかった、と胸を撫で下ろした。
 なにせB.A.Tは三人で一つの、一蓮托生なので。

2021/02/12


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