愛の証左

 定期的に恋人が屍山血河を築くので、頭痛に目眩、動悸に胃痛、ストレス性のそれらが絶えない。
 今日も今日とて商店街の路地裏でのびている男の後始末に電話一本で呼び出された。

「……思えば初めて会ったときも死人が出るところだったもんな……」
「今は拙僧のこと知ってて挑んでくるバカばっかだからその心配はねえな」
「じゃあこいつは」
「野生のバカ」
「バカとバカのバカ騒ぎに巻き込むな」

 目の前に転がっている、恋人に負けず劣らず派手な外見の若者は、なんでも杖をついた御年配の鞄をひったくったそうで。
 たまたま居合わせたから追いかけて、捕まえる瞬間ウッカリ足がもつれてぶつかってしまったそうだ。

「いやあさすがは由緒あるお寺の御子息サマだ、日頃の行いがいいんだろうなぁ。顎に綺麗に入って昏倒してんじゃねえかバカ」
「いやいや拙僧まだ修行の身でして。きっとこちらさまの徳が高かったんでしょうよ。途中で止めてもらえたんだからな。ひったくりはひったくりだが」

 足に自信があったのか真昼間の街中での犯行で、目撃者は多い。ざっと聞いただけでも相当すばしこかったようだ。
 それをまあ、息も切らさず追いついて、接触したと思ったら次の瞬間に相手がぱたりと倒れ、地に伏せる男を見つめるその手には奪われた鞄があったーなんて。

「漫画かよ……」
「事実は小説より奇なりってな。というわけであとよろしく」
「よろしくですむかバカ!」

 とは言ったものの『よろしく』のあたりで走り出していた。追いつけるわけもなく、赤い弾丸のように飛んでいく頭を見送る。そしてのされた男がぴく、と動く頃、ようやくパトカーがたどり着いた。



 お手柄の本人が不在のままなので、監視カメラ映像での確認がとられることになった。
 流れるような動きで放たれる、目にも止まらぬ速さの拳。スロー再生にしても最低限の画質と性能のカメラでは捉えきれない。
 ここら一帯の警察も恋人のことは知っている。相変わらず化物じみた動きだと日々犯罪者と向かい合う職種の人間に言われているが、恋人はこれといって武道のたぐいはおさめていない。
 ガビガビの監視カメラ映像の中、迷いなく、踊るように、男をのす。しなやかな体躯も、ひらりとはためく服も、ただの路地裏をステージにしてしまう。
 綺麗だーなんてバカなことを考えていた。一週間前もすごかったですよね、と身に覚えのないことを言われるまでは。



『口止めされてたんですよ。どうせいつか耳に入りますよって言ったんですけど』
『一週間前の夜中です。工事で街灯が少なくなってるところに後姿だけ見て小柄だったから、と。相手ですか?縦にも横にも大柄で……はい』
『すごかったですよ。後ろから抱きついてきた相手をそのままドーン!と。すさまじい音がしたって通報が重なって、恐る恐る覗いた人の証言もあります』
『もみ合ったみたいですけど無傷でしたよ。多少服と髪が乱れてましたけど。ともかく、あのあたりの痴漢常習犯だったんで助かりました』

 知らない理由が明白だった。
 檀家さんから愚痴か相談でもされたのだろう。
 そして時間と相手で絶対うるさく言われるのを見越してこちらを避けやがったのだ。



「おいクソガキ、なんか言うことねえか」

 帰宅したら玄関に見慣れた靴を見つけた。
 案の定、家主より先に帰ってリビングでくつろぐ恋人に、後ろから抱きついて、言外に全部聞いたぞ、と伝える。
 回した手は服のあわいに差し込んで、肩口に頭を乗せて返事を待った。

「愛してるぜ、獄」

 俺は件の痴漢の弁明が聞きたかったのであって、抱きつかれるままに振り向いて、かわいく笑いながらそんなことを言えとは言ってない。
 ただまあ、投げ飛ばされていないあたり、間違いなく愛されているのだろう。

2021/02/17


BACK
作文TOP/総合TOP