オワリの恋人

「拙僧が『ハジメテ』じゃなかったらガッカリしたか?」

 身体を重ね、肌を合わせるのにも慣れた頃。
 それなりに若いとはいえ、なんやかや忙しい二人には準備にも後始末にも時間と労力のかかる"挿入を含む"セックスをする余裕がないときもある。
 なのでまあやるとなったら精根尽き果てるまで、やらんとなったらおやすみ三秒、その中間地点が今だった。
 抱き合って、くちづけをして、愛撫して、達することもないまま終わることもあれば、妙に盛り上がって最後までなんてこともある。今回はその中間、お互い一回ずつ絶頂を迎え、後始末もしたし寝るかというタイミング。
 ベッドの上に並んで転がったところでこの発言である。
 こてん、とかわいらしくこちら向きに転がってなんでもないふうを装っているが、目の奥に逃げも隠れも許さない、問い詰める意志を感じた。

「なんでだ?」

 渾身の平静だった。
 内心でもしかして無意識で初物好きっぽい言動をしていたのか?と焦りまくっているが、アウトプットは極めて自然を装った。
 しかし絶対初物がいいなんて言うのは一部のフェチだけだ。相手がどんな経験や体験をしてきたとしても、今は自分を選んでいる。過去を、ましてや非常にプライベートなことをとやかく言うのは人倫にもとるというものだ。
 だが獄にはほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ思い当たることがあった。恋人ー空却をはじめて抱いたとき、くちづけすらもしたことがない、と決まりが悪そうに言われて、どうしようもなく喜びが隠せなかったのだ。
 淡い初恋や、少しだけ背伸びしてみたり、なんてことがあってもおかしくない、いやきっとある、と思っていたのに。何もかもまっさらなまま、初恋すら捧げたなんて言われたら、かわいくて、嬉しくて、ひどく興奮してしまった。
 結局「キスするときは目を閉じろ」と言われて素直に閉じられたまぶたにぷつりと自制の糸の切れて、それでも大切にしようと優しく優しくー泣いてもう挿入しろと乞われるほどー抱き潰した。
 快楽も愛もしらない身体と心に文字通りあふれ出るほど注ぎ込むのは、たしかに凶暴な充足感がある。独占欲と支配欲、庇護欲、優越感、うつくしい無垢なこどもを手中に収めたという仄暗いよろこび。ただ、それを何度でも味わいたいと食い漁る気持ちはわからない。獄の感じたよろこびは空却を抱く際についてきたおまけでしかないのだから。

「拙僧がハジメテって言ったら喜んでたから」

 やっぱりか……。
 再び渾身の平静である。絶対に『自分のことを好きな若くて綺麗で可愛いけどおぼこな子の初物がほしくて、なんならその後も自分好みにして楽しみたいおっさん』とは思われたくない。そう受け取られたら別れ話をされるのは明白だ。
 俺色に染めたい、なんて欲望が全くないとは言わない。でもだ、恋人とセックスするとなったとき、相手の最初で最後になりたいなんて夢、一度くらいは見るだろう。恋だの愛だのに浮かれたバカな人間は特に。それが初物でなければがっかりするようなクズと同じに思われたのなら純粋に凹む。

「俺は引く手数多で選び放題だが、お前だってそうだろ」
「急になんだよ……」
「バカなクソガキだが悪いやつじゃない、みてくれだってそこそこいい、家も立派で食いっぱぐれもしなそうー難点がないとは言わんが、十分上等だ」
「それがなんだっつーんだよ」
「俺のことが好きだ〜なんつっても初恋だとは思わなかったし、勝手に東京行ったりなんだりしてるからとっくに色々やってると思ってたんだよ」
「人が何しに東京行ったと思ってんだ」
「だから、そんなに本気で好かれてるなんざ思ってもなかったんだよ!」
「はあ〜〜〜?!拙僧がどんだけ好きだって言ったと思ってんだ?!」
「子供の言うことを本気で受け取って痛い目みるのは大人なんだよ!」

 空却が本気だなんてわかっていた。それでも大人は子供に本気になんかなってはいけない。子供への責任だけではない、大人だって傷つくし、怖いのだ。どれだけ自分を好きだと言われても、埋められない時間を、その差を、恐れている。
 試すように責めて、焦らして、追いつめて。ズルいと、臆病だと謗られてもかまわなかった。自分のあやまちが二人ともをずたずたにするかも知れないのだ。本気で愛されるうちに、ウッカリ本気になってしまったバカな大人はこれ以上、間違えるわけにはいかなかった。
 だから、答えをあいまいなままにして、どれだけ遠くに行って離れても、自分だけを変わらず思っていてくれたのが嬉しくてしょうがなかったのくらい、許してほしい。
 もう獄には空却しかいないのだ。

「……つまり拙僧が獄にベタ惚れなのをあらためて実感して嬉しかったからヴァージンの尻をめちゃくちゃにした、と」
「そうだよ。悪かったな」
「悪いどころかめちゃくちゃヨカったぜ?」
「下ネタやめろ」

 わかったなら寝ろ!と抱き寄せた顔は、ご機嫌だった。
 人生最後の恋人は今日もかわいい。



「ああでも、もしお前が誰かとセックスしてたとして、その相手が成人してたら嫌だったな……」
「なんで成人だけなんだよ」
「今より子供だったお前とセックスしたがる大人なんて、最低最悪のクズだからだよ」
「拙僧、獄のそういうとこ、好きだぜ」

 自分だって、食いたくて食いたくてたまんないって顔してたのに、絶対変なことをしなかった。
 だから、本当に大切に思ってくれてるとわかったよ。
 愛おしさがあふれて、ちゅ、とくちづければ、こらえるように抱きしめられた。
 おやすみ。拙僧の、最初で最後の恋人。

2021/02/18


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