東京より野蛮

「こんな綺麗な子供がフラフラしてて無事なんて、東京の不良はずいぶん行儀がいいんだなあ」

 夜中に目を覚ましたらベッドの横ががらんとしていて、水でも飲んでるのか、はたまた便所かと思ったがいっこうに戻らない。
 気になって探しに出ると、リビングの間接照明だけがぼんやりとともっていて、テーブルに寄りかかった恋人が自分が中学のときの写真を片手に酒を呑んでいた。
 何してんだと話しかければ、まさかの答えが返ってきた。"オトナのタシナミ"でぐでんぐでんに酔っ払う醜態はさらしていないが、少しマズい感じの飲み方をしている。どんな宴会でもいるのだ、一人でもくもくと深酒して、急にしくしくと泣き出すようなのが。
 しかし綺麗、とな。

「なんだよ、ずいぶんご機嫌じゃねえか。拙僧の御尊顔お褒め下さるなんざ珍しい」

 中学のときの、制服姿の写真だ。
 今よりさらにガキでどうしようもなかった頃の。
 綺麗だなんてバカなことを言う。

「お前はずっと綺麗だよ」

 からん、とグラスの中の氷が揺れた。
 低い、深い声音が頭を揺らす。
 とたん、ドッ、と胸が鳴った。
 酔っ払いをからかうつもりだったのに。
 薄暗がりの中、こちらの目を正確に捕らえて、そんな。
 何も言えずにいると、頬に手を寄せて、輪郭をなぞり、目尻のあたりをくすぐられる。
 その間もじっと見つめる目を離してくれない。
 ドッ、ドッ、ドッ、と鼓動が速くなる。
 触れられたところが全部熱い。

「拙僧が喧嘩強いの、しってんだろ」

 ようやくひねり出した言葉は尻すぼみで弱々しくて、なんとも情けなかったのに、目の前の恋人は真面目な顔のまま。
 これはなんの羞恥プレイなんだ。
 もしかしなくても想像以上に酔っているのか。
 せめて手を離してほしいけれど、目尻に生えたひときわ長い睫毛をくるくるとするのにハマったらしい。
 こそばゆいからやめろ、とすら言えないこの雰囲気。
 ドキドキと漫画みたいに胸が痛い。

「だからだよ。まったく、東京の治安はすこぶるいい。俺なら出会ったその日になにがなんでも手籠めにする」

 ドクン、と心臓が跳ねた。
 そんなこと、今まで言われたことがない。
 子供に変なことはできない、かわいいと思うからひどくしたくない、大切だから大事にしたい、そんな優しく甘い言葉ばかりだったのに。
 そらしてしまいたくなるほど強い目が、静かにずっと燃えている。
 たんたんと言葉を紡ぎだす声が、したたかに牙を研いで狙っている。
 ほんの数時間前まで自分を抱いていた男と同じだと思えない。閨でだって、こんな凶暴な感情を向けられなかった。
 睫毛をいじる指はそのままに、ぐっと顔が近くなる。
 ぬめるくちびるからアルコールが香った。
 こんな大人の男、しらない。

「嘘だよ」

 そんなことしたら廃業だ、と言う顔は口元だけが笑っていた。

2021/02/19


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