パーソナル・スペース・フォーエバー
最近、恋人がよそよそしい。
その証拠は山ほどあるが、今日に限ればいつも連れ立って訪ねてくる事務所に弟子一人しか来なかった。
「そんな持って回った言い方しなくてもわかりますよ。だって空却さんが獄さんちにお泊りに行くーって元気に出かけて、戻ってきたらああでしたもん」
「ああ」
「ああっす」
いつも自然と距離が近い空却が、気持ち距離が遠い。ほんのわずか。拳一個分くらい。小さな違和感が確信になったのは、獄が寺に訪ねて来たときだ。
拳一個では足りない、人一人入る距離感。あまりにもわかりやすく避けている。
「何したんすか」
「どっちが、とかじゃなくて即俺を疑うか?」
「何かしたと思うから自分に話してるんじゃないすか?あと普段ならどっちかがどっちかのやらかしたことを言って、それに言われた方が反論して、喧嘩がはじまって、そのうちさんざん巻き込まれた自分そっちのけで勝手に解決するんで!」
「……悪かった……」
「えっ!?なんで謝るんすか?!」
二人が喧嘩しても絶対仲直りするってわかってるからと笑う十四は、泣き虫だけれども芯が強い。
チーム最年少ー空却とはたいした差はないがーは、常は二人にはないやわらかさで、DRBでは一番ステージ慣れした魅せ方で、優しく頼もしく支えてくれる。
三人チームでうち二人がカップルなんて揉め事に繋がりやすい。迷惑をかけたり肩身が狭い思いをしないようにとしていたが、二人の努力と十四の柔軟さでうまいこといっている。いきすぎて、すっかりカップルの相談役になってしまったが。
「で、心当たりは」
「口を滑らした。かも、しらん」
「確実に滑らせてますね!」
ざっくりばっさり、言うときは言う。
無邪気に空却さん、獄さんのこと大好きだから謝ればすぐですよ!と追加でざくざく刺してくる。
違う、違うのだ。
積み重ねてきた『安全安心・絶対にひどいことをしない大人の男の恋人』という信頼を自ら台無しにしてしまっただけなのだ。
やることをやっているから獄に性欲がないなんて思ってはいないだろうが、下卑たクズどもとは違うと思ってくれていたはずなのだ。
それをあんな。
『俺なら出会ったその日になにがなんでも手籠めにする』
なんて。
恋人はしらない人間を見る目をしていた。
動揺と緊張、困惑と焦燥、かすかなおそれで、肌から伝わる鼓動はずっと早くて、嘘だと取り繕っても当然ながら信じるわけもなく。
一緒にベッドに戻るところから、もう避けられていた。
弁護士が恋人にかける言葉を間違えるなんざ笑えない。
「説明がしにくいんだが、その」
「もしかしてエッチな話っすか」
「そう、だな……」
「でも大丈夫だと思います」
「……なんか知ってるのか?」
「直接聞いた方がいいっすよ。空却さん、本当に獄さんにベタ惚れなんで」
そうして十四はこれ以上は馬に蹴られるっす、なんてニコニコしながら事務所を去っていった。
一つとはいえ年下の弟子として可愛がられ、獄の知らないところで空却から色々話されているらしい十四の言葉は信じるに値する。
たしかに距離感だけなのだ。他は全て同じ。スキンシップの類は減ったが、ゼロではない。
お互い予定がたてこんでセックスはしていないが、抱きしめたり、キスくらいはしているのだ。ただそうなるまでに縮める距離感が広がっただけで。そう、特別拒否もされなければ躊躇われもしない。嫌悪であるとか不快だとかそういうのも感じない。それだけに気になるのだ。
元より恋人は着の身着のままでどこにでも行ってしまう。勢いのまま十四を連れて新宿に行ったり、こちらをうるさいほど好きだと言いながら勝手に東京に行ったように。距離なんか関係ないと言わんばかりに生きてきた人間がネガティブな理由以外で距離をとる意味がわからない。
もしかして、好きだから、距離をとっているー?
「余計にわからん……」
頭を抱えて唸っていると、スマホにメッセージアプリの通知が表示された。タイミングいい恋人からのそれに、思わず食い気味にタップする。
開いた先にあったのは家で待ってる、というシンプルなものだけだったが、あの一件から家にも事務所にも寄り付かなくなっていた。会えたのは唯一、寺だけ。
さてはて、こいしい恋人の真意はいかほどか。
残り少ない仕事をさっさと片付けて、土下座をすればいいのか、キスをすればいいのかを見抜かなくてはいけない。
2021/02/20
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