罪人の檻にて
生まれ変わったら、なんて。
「拙僧ら僧侶がなんのために修行してると思ってんだ?」
「ヒェ……ごめんなさい……」
寺の縁側、もはや定位置と化したそこで休憩兼さしいれ待ちをしていたときのことである。
とりとめもなく話している最中に、ふと十四が口にした『生まれ変わったら』に思わず強い言葉が出た。
けれども悟りを開いて輪廻から解脱するのが大目的なので、苦しみの生を繰り返すことになる生まれ変わりなんて考えは、坊主としてはあんまりいいことではない。
が、自分が自分ではないものだったら、という想像は誰しもが一度くらいするものだ。空却とて望んで寺に生まれたわけではない。ただそれでも今の自分が自分として成っているのは寺に生まれたからで、そうでなければ目の前でしょぼくれる弟子との出会いも、これから訪ねて来る予定の恋人との出会いも、全てなかっただろう。
しかし寺に生まれるなんて、よほど前世で功徳を積んだはずなのに、今生の恋人とのアレヤコレヤで帳消しになっている気がする。もったいない、とは思わない。来世の自分よ、せいぜい気張ってくれ。いや、今生で拙僧が大悟に至ればいいんだが。
「まあ、生まれ変わっても記憶なんざねえし人間じゃない可能性のが高いし、十四が思うような生まれ変わり〜なんてねえんだが」
「空却さんが急に師匠になる〜!」
「また弟子いびってんのか?」
十四がぴえんぴえんと絵文字みたいな顔で泣いていると、件の恋人サマがいらっしゃった。手土産を持って現れた三千世界一のイイオトコが空却の堕落の原因である。
今日も完璧に整えた外面が、自分達を前にすると崩れるのが気持ちいい。
「いびってねえよ。坊主としてのありがたいアドバイスだ」
「うう、少しくらい夢を見せてほしい……」
「んなもん寝るときに見たら十分だろ」
どうしようもない、絶対にできないことやかなわないことはある。それでも何もかも諦めてあるかもわからない来世に託すなんて馬鹿馬鹿しい。それなら傷ついても間違えても現世で歩み続ける方がずっといい。
そうしてみっともなく足掻いて縋りついて、ようやく口説き落として手中におさめたのが獄なのだ。思いを抱えたまま死ぬまで悔やむのも、来世に祈るのもしたくなかった。
もしこの恋がかなわなかったとしても、自分はやるだけやったと思えたらまだマシだ。諦めきれなくて、引きずったとしても。
「こいつは一応、生臭でも破戒してても腐っても坊さんだからな。まあ俺も生まれ変わりとかは信じてないし興味ないが」
「はぁ〜〜〜二人とも夢がないっす……」
「あの世に行っても切れねえ縁以上、何が欲しいんだよ」
「それはもちろん大事っすけど!絶対なれないものになったら〜って思ったり……うぅ……」
「あんまいじめてやんな、お兄ちゃんだろ」
「うっせえぞパパ」
結局、うやむやなまま、さしいれの団子をつまんで解散した。
別に付き合ってやってもよかったのだ。せっかくだから二メートルくらいになりたいだとか、龍になってみたいだとか。
でもやっぱりダメだ。今しかないのだ。空却が獄と出会えるのは今しかない。結ばれるのも。来世もなんて願わない。来世の空却も獄も、今の空却と獄とは違うのだ。
愛すればそれだけ生の苦しみも深くなる。こんなにたった一人の人間に執着して、囚われて、悟りなんてとっても開けない。
獄は、自分ばかりが振り回されているかのように言う。そんなことはない。もう獄への感情が愛しかないだけなのだ。
色んな気持ちがすり減って、削れて、摩耗して、ついには火がついて燃え尽きて、消炭みたいになった中に残った、揺らがない、壊れない、消えない、唯一しかないだけで。
きっと空却は地獄に堕ちる。たくさんのあやまちを、そうとわかっていて犯しているから。そして、愛する人を道連れにしようとしているから。
「なあ獄、前にもう拙僧しかいないって言ったよな」
「言ったがなんだ。三十路半ばで未成年と付き合う覚悟なめてんのか」
「いや、最高のカレピだな〜♡って思っただけだが」
数日後、なんのかんの足繁く通ってくれる恋人からあらためて言質をとった。
獄は空却しかいないと言う。三十路半ばで、未成年と付き合うためにその親に頭を下げて、書面まで作って。
バカなクソガキに引っかき回されて振り回されて、それでもけして別れようとはしない。
でもそんなの、空却だってずっとずっとそうなのだ。とっくに獄しかいない。
どうかこれからも空却のせいでめちゃくちゃになってほしい。
そして一緒に、恋と地獄におちてほしい。
2021/02/28
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