世界で一番美しいのは
「俺はモテるから、わざわざお前みたいな生意気でかわいくないクソガキとお付き合いなんてしないんだよ」
一世一代ではないが、それなりに気合をいれた告白はキレイさっぱりお断りされた。
まあごもっともだ。たまたま親が知り合いで、たまたま弁護しただけの、十六も年下の子供。それも傷害で年少送り寸前の不良。まともな大人なら相手をしない。
まともな大人なら。
「じゃあなんで、新しい恋人がいねえんだよ」
「お前が事務所どころか自宅まで押しかけてっからだろうが」
「そんなん弁護士なんだからいくらでもやり方あんだろ。拙僧みたいなクソガキ一人、なんとかできないなんて言わせねえぞ」
「灼空さんにはお世話になってんだ。懐いてるみたいだからよろしくとも言われてる」
「手に余るって言えばいいだろ。職場にも家にも押しかけられて迷惑だって」
「本気でお前を締め出そうとしたら手間なんだよ」
「……そういうことにしてやる」
あの日、お前なんかよりいい相手は山ほどいる。選び放題だと断られた。実際、獄は顔もスタイルも整ったいい男で、鼻持ちならないところもあるが一本筋が通っていて決して自分を曲げない。仕事もできるし立派な肩書きもある。断れたときに隣に並び立つ相手を想像して、お似合いだと思ったタイプに自分は重ならなかった。
だからせめて、さっさと新しい恋人を作ってほしい。よりどりみどりだと言った男が側に置きたいと思った相手を拝ませてほしい。素直に諦められるようなら押しかける回数は減らすし、応援だってする。そうでなかったら相手を見て、善処できるところはしなくもない。
早く、早く引導を渡されたかった。
だと言うのに。
「でも獄、惚れてるヤツはいるんだろ」
「はあ?」
「拙僧だって対人商売なんだよ。今よりもっとガキの頃から色んな人に会って、見て、話してきた。だから、わかんだよ」
「だとしてもお前じゃねえぞ」
「んなこといいんだよ。獄が選んだやつを知りたい」
「知ってどうする」
「場合によっちゃ諦める」
「場合によらず諦めろ」
「ならさっさと恋人にしろよ」
ぐ、とむせたような声を出した。小さいところがある男だ、フッたクソガキにままならぬ色恋を指摘されて旗色が悪くなったのだろう。そのままげほげほと咳き込む。
「モテモテで、よりどりみどりなんだろ?」
「モテモテで、よりどりみどりだから確実に獲りたいんだよ」
「まだ囲い込んでねえのかよ。ダサ」
「しょうがないだろ。案外ガードが固いんだよ。あっちだって俺を好きだって言ってんだがな」
「身内がめんどくさいんか」
「一生付き合うことになるからな、ちゃんとしとかないと」
「……マジじゃねえか」
「大マジだよ」
なんだ、とっくに終わっていたのではないか。
知らぬ間に渡されていた引導を、いや、渡されていたのに拒否していたのを、たったいま眼前に突き付けられた。
本気で相手を追い詰めるときのように真面目に、冷静に、理路整然と、きっぱり断れなかったからチャンスがあると思った。
どんなに家や職場に押しかけて、むちゃくちゃなことをしても、絶対に無下には扱われないから、少しは特別になれたと感じていた。
こちらが獄を意識していない瞬間だけ、ひどく熱く甘い眼差しを感じるから。それが自分に向けられているんじゃないかと期待していた。
恋愛に狂う人を二度と愚かだと笑えない。プライドが邪魔して、みっともなく縋り付くことすらできない。まったく道化たことになっている。
「ますます面が拝みてえなぁ……」
「面白くないと思うぞ」
「それは拙僧が決めることだっつーの。写真とかねえの?」
「あるにはあるが」
「んだよだし惜しむなよ。減るもんじゃなし」
「俺の中では減るからダメだ」
「ケーチ。銭ゲバ。守銭奴。金の亡者」
「仕方ねえなあ」
せめて父親から許しをもらってからにしたかったが、とかなんとか言いながらガサガサ鞄の中を漁る。
ついに恋敵、にすらなれなかったお相手のご尊顔が拝めるわけだが、スマホではなくわざわざ写真か何かがあるらしい。もうアルバムとか作る気満々じゃねえか。外国の家みたいにそこら中に飾って、年賀状も当然そういうやつになるわけで。ああクソムカつく。全然諦められやしない。
じわ、と視界がにじむ。表情筋を叱咤しても止まりそうにない。情けない顔をして泣きたくはないから、意地でも笑顔を作ってやろうと顔面を引きつらせた。どっこいどっこいにみっともないが、少しでもマシな気持ちになれる方にする。
むりやりに口の端を結んだ頃合いに、ヒュッと何かが飛んできた。
「ほれ」
「う、わ。って、オイ」
「んだよ美人だろ」
「いや、これ」
「今度一緒に土下座しろよ」
お前のおっかない親父さんの前で。
そう、えらいカッコつけたセリフを言われたのに腹が立って、使い古された手鏡を投げ返した。
どう見たって必死で泣くのをこらえてる、ぐしゃぐしゃの顔をしたクソガキを美人だなんて言う大人は、まともじゃない。
まともじゃなくて、よかったよ。
2021/02/03
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